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最終章
大丈夫(4)
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今日は、四度目の――最後の投薬から、一か月になる。
マルカさんの言ったとおり、オレの身体は完全に治ったわけではない。
今でも、動きすぎるとそこそこの倦怠感には襲われるし、ふとした瞬間にふらつきを感じるという症状が残っているのは確かだ。
それでも……
オレは「マルカさん」と声をかけた。名前を呼ばれた彼女の視線が、こちらに向く。
「確かに、全部すっきり治ったわけじゃないですけど……ここまで改善しただけでも、オレ、本当に感謝してますよ。今こうやって、自分で車を運転してここに来られたことですら、数か月前の自分にとっては夢みたいなものだったんだから」
「風音寺さん……」
マルカさんは柔らかく微笑んだ。大きな瞳が、きらきらと瞬いて見える。
うんうん。やっぱり、この人は笑ったほうが可愛いな。
オレもつられて、笑顔になる。
「安心しろ、クソガキ共! すぐにこの俺が、またあの新薬を……いや、あれを越える薬を作ってやるからな! どうだ、嬉しいだろ!」
社長は社長で、今日は絶好調だ。これでもかというくらい、思い切り口角が上がっている。
この人も、このほうがいい。だってほら。落ち込むと、また面倒臭いし……
オレは一度、肩をすくめた。
「はい、期待してます」
「んじゃ、今日はもう帰れ。居座られても迷惑だからな」
「はい。でもその前に、社長にお話があるんですけど……あの、オレを、ここで働かせてもらえませんか?」
「……なに?!」
社長は顔をしかめてオレを見た。
まともに目が合い、ちょっと照れくさい。人差し指で鼻の頭を触り、「へへ」、と中途半端にはにかんでみる。
「あ。って言っても、社員とかじゃなくて、短期間の体験入社? みたいな感じ希望です。ホントは前に働いてたバイト先に戻りたいんですけど、『再採用してもらったはいいけど、やっぱり体調的に無理かも』なんてなったら、迷惑かけちゃうし……だからその前に、ここでちょっと働かせてもらいたいんですよね。自分にどの程度の労働ができるのか、一回試させてもらいたいなー、と思って」
社長の表情が、一層苦く歪む。
「なっ……なめんなよ、クソガキ! おまえ、相殺堂をなんだと思ってやがる。ガキ専用の職業体験施設じゃねえんだぞ!」
「そんな風には、思ってないですよ。働いた分、安くてもいいからちゃんとお金は欲しいし」
「くっそ図々しいな!」
「はい。せっかくここまで回復したんで、これからは多少、図々しくいこうかと」
「ふざけんな、バカヤロウ! おい、弓枝木! おまえからも、このバカになんか言ってやれ!」
社長は苛立ちに満ちた目線をマルカさんに向けた。マルカさんは平然とした表情で、社長の顔を見上げる。
「いいじゃないですか。わたしにとっては、ありがたい話です」
「なっ、なに……?!」
顔面蒼白になり、社長がよろめいた。
「お、おまえ、また俺を裏切って……まさか、この野郎に気があるんじゃねえだろうな?!」
マルカさんの顔が、一気に真っ赤に染まっていく。眉が下がり、肩が縮こまる。
「ちっ、違います!! そそそそんなことが、あるわけっ……わ、わたしは従業員が自分一人なので、手いっぱいで困っているだけです!」
オレはぱちんと手を打ち鳴らした。
「やった! じゃあ、決まりですね!」
「決まり、じゃねえええええええええええっ!」
目を剥き、社長が咆哮する。足を踏み出し、オレにぐっと顔を近付けてきた。
「おい、貴様。これはいち会社の社長としての意見だ。俺はこの会社及びうちの薬に思い入れのある人間しか、ここで働かせる気はねえ。たとえ、雑用係だとしてもな!」
「あっ、大丈夫です! オレ、相殺堂の薬に興味ありますから」
「うそつけ! おまえが興味あんのは、自分に関係のある新薬だけだろ! 俺が言ってんのは、もっと広く深い愛だ!」
「わかってますって。前に見た、あの傷薬を混ぜる時の渦巻き模様。あれ、好きなんですよね。何時間でも見てられますよ」
「浅ぇよ、バカ! そんなもん、志望動機になるか! 全っ然、大丈夫じゃねえ!」
掴みかかってくる社長の手をかわし、オレは大きく口を開けて笑った。
大丈夫、大丈夫。会社に対しての思い入れは十分あるから。
今、この相殺堂を愛してるのは、第一に社長とマルカさん。
そしてその次は、オレだと思うよ。
マルカさんの言ったとおり、オレの身体は完全に治ったわけではない。
今でも、動きすぎるとそこそこの倦怠感には襲われるし、ふとした瞬間にふらつきを感じるという症状が残っているのは確かだ。
それでも……
オレは「マルカさん」と声をかけた。名前を呼ばれた彼女の視線が、こちらに向く。
「確かに、全部すっきり治ったわけじゃないですけど……ここまで改善しただけでも、オレ、本当に感謝してますよ。今こうやって、自分で車を運転してここに来られたことですら、数か月前の自分にとっては夢みたいなものだったんだから」
「風音寺さん……」
マルカさんは柔らかく微笑んだ。大きな瞳が、きらきらと瞬いて見える。
うんうん。やっぱり、この人は笑ったほうが可愛いな。
オレもつられて、笑顔になる。
「安心しろ、クソガキ共! すぐにこの俺が、またあの新薬を……いや、あれを越える薬を作ってやるからな! どうだ、嬉しいだろ!」
社長は社長で、今日は絶好調だ。これでもかというくらい、思い切り口角が上がっている。
この人も、このほうがいい。だってほら。落ち込むと、また面倒臭いし……
オレは一度、肩をすくめた。
「はい、期待してます」
「んじゃ、今日はもう帰れ。居座られても迷惑だからな」
「はい。でもその前に、社長にお話があるんですけど……あの、オレを、ここで働かせてもらえませんか?」
「……なに?!」
社長は顔をしかめてオレを見た。
まともに目が合い、ちょっと照れくさい。人差し指で鼻の頭を触り、「へへ」、と中途半端にはにかんでみる。
「あ。って言っても、社員とかじゃなくて、短期間の体験入社? みたいな感じ希望です。ホントは前に働いてたバイト先に戻りたいんですけど、『再採用してもらったはいいけど、やっぱり体調的に無理かも』なんてなったら、迷惑かけちゃうし……だからその前に、ここでちょっと働かせてもらいたいんですよね。自分にどの程度の労働ができるのか、一回試させてもらいたいなー、と思って」
社長の表情が、一層苦く歪む。
「なっ……なめんなよ、クソガキ! おまえ、相殺堂をなんだと思ってやがる。ガキ専用の職業体験施設じゃねえんだぞ!」
「そんな風には、思ってないですよ。働いた分、安くてもいいからちゃんとお金は欲しいし」
「くっそ図々しいな!」
「はい。せっかくここまで回復したんで、これからは多少、図々しくいこうかと」
「ふざけんな、バカヤロウ! おい、弓枝木! おまえからも、このバカになんか言ってやれ!」
社長は苛立ちに満ちた目線をマルカさんに向けた。マルカさんは平然とした表情で、社長の顔を見上げる。
「いいじゃないですか。わたしにとっては、ありがたい話です」
「なっ、なに……?!」
顔面蒼白になり、社長がよろめいた。
「お、おまえ、また俺を裏切って……まさか、この野郎に気があるんじゃねえだろうな?!」
マルカさんの顔が、一気に真っ赤に染まっていく。眉が下がり、肩が縮こまる。
「ちっ、違います!! そそそそんなことが、あるわけっ……わ、わたしは従業員が自分一人なので、手いっぱいで困っているだけです!」
オレはぱちんと手を打ち鳴らした。
「やった! じゃあ、決まりですね!」
「決まり、じゃねえええええええええええっ!」
目を剥き、社長が咆哮する。足を踏み出し、オレにぐっと顔を近付けてきた。
「おい、貴様。これはいち会社の社長としての意見だ。俺はこの会社及びうちの薬に思い入れのある人間しか、ここで働かせる気はねえ。たとえ、雑用係だとしてもな!」
「あっ、大丈夫です! オレ、相殺堂の薬に興味ありますから」
「うそつけ! おまえが興味あんのは、自分に関係のある新薬だけだろ! 俺が言ってんのは、もっと広く深い愛だ!」
「わかってますって。前に見た、あの傷薬を混ぜる時の渦巻き模様。あれ、好きなんですよね。何時間でも見てられますよ」
「浅ぇよ、バカ! そんなもん、志望動機になるか! 全っ然、大丈夫じゃねえ!」
掴みかかってくる社長の手をかわし、オレは大きく口を開けて笑った。
大丈夫、大丈夫。会社に対しての思い入れは十分あるから。
今、この相殺堂を愛してるのは、第一に社長とマルカさん。
そしてその次は、オレだと思うよ。
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