23 / 42
第弐拾参話
しおりを挟む
その頃はまだ私の夫の濤が森の長を務めていた。私よりずっと強く、更に正義感にあふれた彼は、いつも森の人間側と妖怪側の境界線を守っていた。それは彼が死んだ今、私がやっているのだけれど。
その日私は濤に付いて行っていた。特に他意なんて物は無く、純粋に彼がどんな風に境界線を守っているのか、と言うかそもそも境界線を守るとは何なのかを知りたかっただけ。特に止められたりはしなかった。無理矢理付いて来た私に、彼は一言「妖怪側は危険だから入るな。」とだけ言われた。
境界線の辺りを暫く歩いていた時、濤は突然話をしてきた。
(なぁ早瀬、お前は俺が森の長をやる事に反対をしてこなかったな。)
今まで一度もそんな事を言われた事が無かったから少し驚いたけど、特に反対しなかった事に理由がある訳ではないから「そうね。」とそれだけ、簡単に返した。
(森の長には幾つか仕事があるのだが、今日はその事で一つ人間嫌いのお前に謝らなければいけない事があるんだ。)
私はそれを聞いて特に濤の話を遮る事はせず、静かに彼の後を付いて行きながら聞いていた。
(長は境界線を守る。それはつまり人間を妖怪側に、妖怪を人間側に入れない事だ。そして妖怪側には『守神』が、人間側には『森の主』がいるんだが、俺の仕事の一つに『森の主』を守る仕事がある。)
そこで初めて私は、彼の役目が中々に大変な物である事を知った。人間を向こう側に入れないなんて事は、私達が吠えるだけで人間は簡単に逃げていくけれど、妖怪なんて物は吠えたくらいじゃ逃げちゃくれないでしょう。まぁ、特に問題も無さそうな様子を見る限り、流石濤ねと思った。
暫く歩いて行くと、森の隅々まで見た事があると思っていた私が初めて見る場所に辿り着いた。其処は少し開けた空間に、坂と滝、そして川。その中央に一本の、それは見事な巨木が生えている場所。そしてその巨木の周りには綺麗な花が幾つも咲いていた。
(此処は森の心臓に当たる場所だ。この木を守る事もまた、森の長の仕事だ。)
そう言って濤は木の裏側に向かって歩き出した。私もその後に付いて行った。
木の裏、其処は丁度木漏れ日の当たる場所で、そして木の根元には何故か傷だらけの人間が横たわっていた。
(如何して此処に人間が。)
私がそう問い掛けると、濤は人間の前に立った。
(待たせて済まない。)
濤がそう言うと、その人間はゆっくりと目を開いて濤の後ろを指差した。
巨木を囲うように輪になって生えている木の内の一本、その根元に群がる木霊達の中にその子はいた。
濤は何も言わずに木霊達に近付き、その中央にいる赤ん坊を咥えて連れて来た。
(この子が次の『森の主』で間違い無いな、主よ。)
その問い掛けに人間は何も言わず、唯幸せそうな顔をして頷いた。そしてそのまま目を瞑り眠った。
まだ状況の掴めない私に向かって濤は言った。
(俺がお前に謝らなければいけない事はこれだ。俺は『森の主』を守る事も仕事だが、それはお前が何よりも嫌いな人間だ。)
そう、私は人間が嫌い。
まだ幼い頃に両親を人間に殺され、また、自分も人間に殺されそうになった。それに森に住む動物達も、人間達の私利私欲のせいで殺されたから。
それなのに、如何やら濤の話を聞く限り、濤はずっと人間を守っていた。そして恐らくだけれど。
(これがまだある程度歳を取った人間ならば話が変わるが、赤ん坊となると乳を飲ませたりしなければならない。)
つまりそう、私にこの子を面倒を見ろと、そう言う事でしょう。
(如何しても嫌なら、俺は別の方法を考えよう。)
貴方なら私の意思を尊重してくれると知っているし、実際今も他の方法を考えているのでしょう。だけど、私は貴方にこれ以上下手に負担を増やしたくない。
(えぇ、分かった。)
私はこの子を自分の子として育てる事にした。理由なんて特に無い。それに人間が嫌いと言えど、生まれたばかりの赤子には何の罪も無いのだから。
その日私は濤に付いて行っていた。特に他意なんて物は無く、純粋に彼がどんな風に境界線を守っているのか、と言うかそもそも境界線を守るとは何なのかを知りたかっただけ。特に止められたりはしなかった。無理矢理付いて来た私に、彼は一言「妖怪側は危険だから入るな。」とだけ言われた。
境界線の辺りを暫く歩いていた時、濤は突然話をしてきた。
(なぁ早瀬、お前は俺が森の長をやる事に反対をしてこなかったな。)
今まで一度もそんな事を言われた事が無かったから少し驚いたけど、特に反対しなかった事に理由がある訳ではないから「そうね。」とそれだけ、簡単に返した。
(森の長には幾つか仕事があるのだが、今日はその事で一つ人間嫌いのお前に謝らなければいけない事があるんだ。)
私はそれを聞いて特に濤の話を遮る事はせず、静かに彼の後を付いて行きながら聞いていた。
(長は境界線を守る。それはつまり人間を妖怪側に、妖怪を人間側に入れない事だ。そして妖怪側には『守神』が、人間側には『森の主』がいるんだが、俺の仕事の一つに『森の主』を守る仕事がある。)
そこで初めて私は、彼の役目が中々に大変な物である事を知った。人間を向こう側に入れないなんて事は、私達が吠えるだけで人間は簡単に逃げていくけれど、妖怪なんて物は吠えたくらいじゃ逃げちゃくれないでしょう。まぁ、特に問題も無さそうな様子を見る限り、流石濤ねと思った。
暫く歩いて行くと、森の隅々まで見た事があると思っていた私が初めて見る場所に辿り着いた。其処は少し開けた空間に、坂と滝、そして川。その中央に一本の、それは見事な巨木が生えている場所。そしてその巨木の周りには綺麗な花が幾つも咲いていた。
(此処は森の心臓に当たる場所だ。この木を守る事もまた、森の長の仕事だ。)
そう言って濤は木の裏側に向かって歩き出した。私もその後に付いて行った。
木の裏、其処は丁度木漏れ日の当たる場所で、そして木の根元には何故か傷だらけの人間が横たわっていた。
(如何して此処に人間が。)
私がそう問い掛けると、濤は人間の前に立った。
(待たせて済まない。)
濤がそう言うと、その人間はゆっくりと目を開いて濤の後ろを指差した。
巨木を囲うように輪になって生えている木の内の一本、その根元に群がる木霊達の中にその子はいた。
濤は何も言わずに木霊達に近付き、その中央にいる赤ん坊を咥えて連れて来た。
(この子が次の『森の主』で間違い無いな、主よ。)
その問い掛けに人間は何も言わず、唯幸せそうな顔をして頷いた。そしてそのまま目を瞑り眠った。
まだ状況の掴めない私に向かって濤は言った。
(俺がお前に謝らなければいけない事はこれだ。俺は『森の主』を守る事も仕事だが、それはお前が何よりも嫌いな人間だ。)
そう、私は人間が嫌い。
まだ幼い頃に両親を人間に殺され、また、自分も人間に殺されそうになった。それに森に住む動物達も、人間達の私利私欲のせいで殺されたから。
それなのに、如何やら濤の話を聞く限り、濤はずっと人間を守っていた。そして恐らくだけれど。
(これがまだある程度歳を取った人間ならば話が変わるが、赤ん坊となると乳を飲ませたりしなければならない。)
つまりそう、私にこの子を面倒を見ろと、そう言う事でしょう。
(如何しても嫌なら、俺は別の方法を考えよう。)
貴方なら私の意思を尊重してくれると知っているし、実際今も他の方法を考えているのでしょう。だけど、私は貴方にこれ以上下手に負担を増やしたくない。
(えぇ、分かった。)
私はこの子を自分の子として育てる事にした。理由なんて特に無い。それに人間が嫌いと言えど、生まれたばかりの赤子には何の罪も無いのだから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる