逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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気づかない振りがお上手で

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「百合子さん、家まで送ってあげられなくてごめんね」
「ううん、大丈夫だよ。仕事頑張ってね」

 今日はシフトの関係で、この時間帯はマスターと椿くんの二人しかいないらしい。
 今回は皇さんが奢ってくれるとのことで、萌黄さんはご機嫌に鼻歌をうたいながら外に出ていった。その後ろを、へべれけの美代さんに肩を貸した皇さんが続いていく。

 ――美代さん、泥酔した時の記憶は覚えているタイプだろうか? 皇さんに介抱されたことを喜ぶか、それとも恥ずかしがるか……うーん、後者な気がするから、美代さんにとっては覚えていない方が良いのかもしれない。

 美代さんも歩ける状態じゃないし、会計をする前にタクシーを呼ぼうと思ったけど、皇さんがすでに呼んでくれたらしい。なのでそれはお任せして店を出れば、目の前に停まっていたのは想像していたタクシーではなく、黒塗りの高級車だった。

「え、っと、この車は?」
「ウチの車だ」
「ウチの……?」

 萌黄さんは慣れた様子で助手席に乗り込んでしまった。そして、美代さんの肩を抱いた皇さんが後部座席に乗り込む。
 そういえば皇さんはヤクザの若頭だったと今更ながらに思い出しながら、その背中に続こうと思ったけど、後ろから手を掴まれ引き止められる。

「百合子さん、気をつけて帰ってね」
「うん。車で送ってもらうし、大丈夫だよ」
「……それと、この前言ったこと、忘れてないよね?」
「この前言ったことって?」
「男に対して、もっと警戒心を持ってってこと」

 そう言って、わざとリップ音を響かせるようなキスをしてくる。

「仕事が終わったら、また連絡するね」

 椿くんは私の頬をするりと撫でると、名残惜しそうに手をはなして、店内に戻っていった。

「嬢ちゃん。もう出るが、大丈夫か?」
「……あ、すみません! 今乗ります」

 椿くんが消えていった扉を呆けたまま見ていれば、皇さんに呼びかけられる。慌てて車内に乗り込んで「お願いします」と頭を下げた。

 これから用事があるらしい萌黄さんは、一足先に近くの繁華街で下りてしまった。
 そして、今宿泊しているというホテルに美代さんを送り届け(何でもお仕事の一環で、ここ最近はずっとホテル暮らしをしているらしい)、車内には私と皇さん、そして運転手さんだけになる。アパートの住所を告げれば、停車していた車は緩やかに動き出した。

 何気なく窓の外に視線を移せば、車窓に皇さんの横顔が反射している。ネオンがきらめく闇夜を背景にしてもはっきりとわかる、精悍で整った顔立ち。その顔が、不意にこちらに向けられた。
 窓ガラス越しに目が合ったので、私は外に向けていた視線を右方向に移した。

「嬢ちゃん、あれ以来何か変わりはないか?」
「変わり、ですか?」
「あぁ」

 皇さんが言っている“あの時”とは、京都旅行でのことだろう。でも萌黄さんが言っていたような報復? なんかも特にはされていないし、毎日変わりのない生活を送っている。まぁ、心配した椿くんが側にいてくれるからっていうのもあるんだろうけど。

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