逃げられるものならお好きにどうぞ。

小花衣いろは

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狂暴な獣を飼い慣らすには

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「それじゃあ百合子先輩、おやすみなさいです!」
「香月先輩、お疲れさまでした」
「二人共、お疲れ様。また明日、よろしくね」

 夕食を済ませてホテルに戻ってきた私たちは、各々が部屋で自由な時間を過ごしていた。
 シャワーを済ませた私は、ドライヤーで髪を乾かしながら、そういえば椿くんはどこのホテルに泊まっているんだろうと考えた。

 髪を乾かし終えたら、連絡してみようかな。
 そんな風に思っていれば、来訪者を告げるインターフォンの音が鳴り響く。

「香月先輩、夜分にすみません」

 扉を開ければ、そこに立っていたのは林くんだった。林くんもすでにシャワーを済ませたのだろう。その黒髪はまだ少しだけ湿っている。

「全然大丈夫だよ。どうかしたの?」
「その、実は……香月先輩に、相談に乗ってもらいたいことがあって」

 その言葉で、数時間前、思い詰めたような暗い表情をしていた林くんを思い出す。

「うん、分かった。私でよければ話を聞くね」
「っ、ありがとうございます」
「それじゃあロビーにでも移動しようか」
「あの、よければ、このまま香月先輩の部屋にお邪魔させてもらえませんか?」
「え? いや、さすがにそれは……ちょっと無理かな」

 椿くんにも警戒心を持つようにって言われたし、林くんにその気がないとしても、いい年をした男女が密室に二人きりは良くないだろう。そう思ってはっきりと断ったけど、意外にも林くんは食い下がってきた。

「……どうしても駄目ですか?」
「うん、さすがに部屋に二人きりはね」
「俺の相談っていうのが、どうしても、人には聞かれたくない内容なんです! 十分……いや、五分だけでもいいです。話を聞いてもらったら、すぐに出ていきますから。それでも、駄目ですか?」

 思い詰めたような顔をした林くんに、縋るようなまなざしを向けられる。再度断りの言葉を伝えようとして……だけど私の口は、気づけば正反対の言葉を紡いでいた。

「……分かった。それじゃあ十分だけなら」
「っ、ありがとうございます!」

 深々と頭を下げる林くんを見ながら、心の中で(椿くん、ごめんね)と謝って、林くんを部屋に招き入れた。

「あ、よければこれ飲んでください。さっき売店で買ったんです。話を聞いてもらうお礼にと思って」

 林くんが差し出してくれたのは、珈琲牛乳だ。温泉とかによく売っている、瓶タイプのもの。瓶は少しだけ汗をかいているけど、まだ買ったばかりなのだろう、よく冷えている。

「ありがとう。こういうタイプの珈琲牛乳って、久しぶりに飲むかも」
「お風呂上がりの牛乳って、何だか美味しく感じませんか? 俺、こういう旅先とかで見かけると、つい買っちゃうんですよね」
「うん、分かるかも。宿泊先とかで飲むのって、特別美味しく感じたりするよね」

 有難く受け取った珈琲牛乳のキャップを開けて、喉に流し込む。……うん、甘くてよく冷えていて美味しい。シャワーを浴びて火照った身体に、染み渡る感じがする。

「それで、話っていうのは?」

 林くんに鏡台の前にあった丸椅子に座るよう勧めて、時間もあまりないから、早速相談を聞くことにする。長居してもらうつもりはないから、聞く姿勢としては失礼かもしれないけど、私は立ったままで話を聞かせてもらうことにした。

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