13 / 190
修羅場は御免と寂しい横顔
1
しおりを挟む月末の繁忙期を乗り越えて、今日は待ちに待った休日だ。
数週間前にネット通販で購入した下ろし立てのワンピースを着て、最近お気に入りのテラコッタカラーのルージュを口元に引いて街に繰り出せば、数メートル先に、見知った後ろ姿を見つける。
――あれは、黒瀬くんと……隣には、綺麗な女の人。彼女だろうか。
気づかれないように素通りしようと、黒瀬くんたちがいる通路とは反対の右端に寄って、まばらな通行人に紛れるようにして俯き気味に歩く。
「っ、あんたみたいなクズ男、こっちから願い下げだから‼」
黒瀬くんたちの横を無事に通り過ぎて、そのまま振り返らずに進んでいれば、背後からそんな怒鳴り声が聞こえてきたものだから――思わず後ろを振り返ってしまった。
そうすれば、黒瀬くんと一緒にいた女性が怒り顔でこちらに向かって歩いてくるのが見える。そのまま私の真横を通り過ぎて行った女性を見送って、黒瀬くんの方に視線を向けてみれば――。
「っ、いつからそこに……!?」
気づけば私の目の前に、黒瀬くんが立っていた。
「たった今だよ。お姉さんに気づいてきちゃった。偶然だね」
「きちゃったって……さっきの女の人は? 行っちゃったけど、いいの?」
「ん? ……あぁ、さっきから後を付いてくるから放っておいたんだけど……お姉さんに話しかけに行くのに邪魔だなって思って、離れてってお願いしたんだよ」
にっこり笑いながら話す黒瀬くんの言葉の、どこからが冗談でどこまでが本気なのか――私には皆目見当もつかない。
というか黒瀬くん、はじめから私に気がついていたのか。それなのに、バレないようにと通行人に紛れて必死に下を向いて歩いていたことが、何だか恥ずかしくなってくる。
「お姉さんが近くにいたら、俺、すぐに気づけると思うよ」
「……黒瀬くんは犬ですか」
「犬かぁ。お姉さんの飼い犬なら、なってもいいかも?」
「……すみませんけど、女の子泣かせの躾がなってない犬は、いらないです」
「ふっ、酷い言われようだね」
クスクスと笑いながら私の隣を歩いている黒瀬くんは、今日も今日とて楽しそうだ。
「……あの、どこまでついてくる気?」
「どこまでって……どこまでも?」
「……」
どう突っ込めばいいのか。呆れて言葉も出ないです。
「というか黒瀬くんって、見かける度に女の人と揉めてる気がするんだけど」
先ほど見た光景を思い出し、何気なく口にする。
呆れて言った言葉だったけど、どう捉えたらそうなるのか、「え、もしかしてヤキモチ?」だなんて。……黒瀬くんへの言葉は、どうしてこうも湾曲して伝わってしまうんだろうか。
もう反応するのも面倒で無言で歩き続ければ、黒瀬くんも特に気にした様子はなく、私の隣にピタリと並んでついてくる。それにしても……。
「(本当に、綺麗な顔してるよなぁ)」
横目に見て、その顔面の綺麗さに感心にも近い気持ちを抱いていれば、視線に気づいたらしい黒瀬くんがこちらを見下ろしてくる。
「何? もしかして惚れちゃった?」
「大丈夫。君のことを好きになることは絶対にないから」
「なぁんだ。残念」
残念だなんて微動も思っていなさそうな顔でクスクスと笑った黒瀬くんは、本当にどこまでもついてくる気のようで、私の目的地である劇場の中まで、当然のように入ってきた。
0
あなたにおすすめの小説
Bravissima!
葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと
俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター
過去を乗り越え 互いに寄り添い
いつしか最高のパートナーとなる
『Bravissima!俺の女神』
゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜
過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。
互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。
✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧
木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生
如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター
高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長
好きだから傍に居たい
麻沙綺
恋愛
前作「ヒ・ミ・ツ~許嫁は兄の親友~(旧:遠回りして気付いた想い)」の続編です。
突如として沸いた結婚話から学校でのいざこざ等です。
まぁ、見てやってください。
※なろうさんにもあげてあります。
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
工場夜景
藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。
同期に恋して
美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務
高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部
同期入社の2人。
千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。
平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。
千夏は同期の関係を壊せるの?
「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる