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修羅場は御免と寂しい横顔
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しおりを挟む月末の繁忙期を乗り越えて、今日は待ちに待った休日だ。
数週間前にネット通販で購入した下ろし立てのワンピースを着て、最近お気に入りのテラコッタカラーのルージュを口元に引いて街に繰り出せば、数メートル先に、見知った後ろ姿を見つける。
――あれは、黒瀬くんと……隣には、綺麗な女の人。彼女だろうか。
気づかれないように素通りしようと、黒瀬くんたちがいる通路とは反対の右端に寄って、まばらな通行人に紛れるようにして俯き気味に歩く。
「っ、あんたみたいなクズ男、こっちから願い下げだから‼」
黒瀬くんたちの横を無事に通り過ぎて、そのまま振り返らずに進んでいれば、背後からそんな怒鳴り声が聞こえてきたものだから――思わず後ろを振り返ってしまった。
そうすれば、黒瀬くんと一緒にいた女性が怒り顔でこちらに向かって歩いてくるのが見える。そのまま私の真横を通り過ぎて行った女性を見送って、黒瀬くんの方に視線を向けてみれば――。
「っ、いつからそこに……!?」
気づけば私の目の前に、黒瀬くんが立っていた。
「たった今だよ。お姉さんに気づいてきちゃった。偶然だね」
「きちゃったって……さっきの女の人は? 行っちゃったけど、いいの?」
「ん? ……あぁ、さっきから後を付いてくるから放っておいたんだけど……お姉さんに話しかけに行くのに邪魔だなって思って、離れてってお願いしたんだよ」
にっこり笑いながら話す黒瀬くんの言葉の、どこからが冗談でどこまでが本気なのか――私には皆目見当もつかない。
というか黒瀬くん、はじめから私に気がついていたのか。それなのに、バレないようにと通行人に紛れて必死に下を向いて歩いていたことが、何だか恥ずかしくなってくる。
「お姉さんが近くにいたら、俺、すぐに気づけると思うよ」
「……黒瀬くんは犬ですか」
「犬かぁ。お姉さんの飼い犬なら、なってもいいかも?」
「……すみませんけど、女の子泣かせの躾がなってない犬は、いらないです」
「ふっ、酷い言われようだね」
クスクスと笑いながら私の隣を歩いている黒瀬くんは、今日も今日とて楽しそうだ。
「……あの、どこまでついてくる気?」
「どこまでって……どこまでも?」
「……」
どう突っ込めばいいのか。呆れて言葉も出ないです。
「というか黒瀬くんって、見かける度に女の人と揉めてる気がするんだけど」
先ほど見た光景を思い出し、何気なく口にする。
呆れて言った言葉だったけど、どう捉えたらそうなるのか、「え、もしかしてヤキモチ?」だなんて。……黒瀬くんへの言葉は、どうしてこうも湾曲して伝わってしまうんだろうか。
もう反応するのも面倒で無言で歩き続ければ、黒瀬くんも特に気にした様子はなく、私の隣にピタリと並んでついてくる。それにしても……。
「(本当に、綺麗な顔してるよなぁ)」
横目に見て、その顔面の綺麗さに感心にも近い気持ちを抱いていれば、視線に気づいたらしい黒瀬くんがこちらを見下ろしてくる。
「何? もしかして惚れちゃった?」
「大丈夫。君のことを好きになることは絶対にないから」
「なぁんだ。残念」
残念だなんて微動も思っていなさそうな顔でクスクスと笑った黒瀬くんは、本当にどこまでもついてくる気のようで、私の目的地である劇場の中まで、当然のように入ってきた。
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