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まだ、気づかないふり
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しおりを挟む「はい、どうぞ。お姉さんのために作った特別カクテル」
「……ありがとう」
お礼を言って受け取れば、黒瀬くんはニコリと笑って私が口にするのを黙って見つめている。真正面からじっと見られていることに少しだけ緊張しながら、グラスを傾けようとした――そのタイミングで、黒瀬くんがテーブル席に座るお客さんに呼ばれてしまった。
「……ちょっと行ってくる。後で感想、聞かせてね」
数秒の沈黙の後、にこりと笑った黒瀬くんは、奥の方にあるテーブル席に向かっていった。お客さんたちはそこそこ酔っぱらっているみたいで、複数人の男女の賑やかな声がここまで聞こえてくる。
グラスの中身をコクリと喉に流せば、すっきりした甘さで飲みやすい。カシスソーダみたいだ。グラスのふちにちょこんと添えられているチェリーがかわいらしい。
私のために作ってくれたのだという言葉を思い出せば、何だか一気に飲むのが勿体なく思えてくる。グラスを手にしたままぼうっとしていれば、左隣から声が掛けられた。甘く澄み渡るような声だ。
「ねえ。隣、座ってもいいかしら?」
声を掛けてきたのは、ついさっき黒瀬くんと仲睦まじげな様子で会話していた女性だった。
栗色のロングヘアは綺麗に巻かれていて、大きな目元は睫毛がくりんと上を向いていて華やかな印象だ。短いスカートから、ほっそりした足が惜しげもなくさらけ出されている。
この女性は私と二つ分空けた席に座っていたはずだったけど、開いていた距離を一気に詰められた。私が返答する前に隣に腰掛けている。
――そういえば、此処に初めて来店した時も、同じように強引に隣に座ってきた男の子がいたなぁと思い出していれば、何故だか興味津々といった雰囲気を漂わせている女性が話しかけてくる。
「あなた、名前は何ていうの? 私は美代っていうの。美代ちゃんって気軽に呼んでくれていいから」
「ええっと……私は香月百合子といいます」
「百合子ちゃんね。ねぇ、あなたって椿の彼女?」
「椿……ああ、黒瀬くんですね。いえ、違います」
私の返答に、美代さんは何故だか面白くなさそうな顔をして唇を尖らせる。
「なあんだ、違うの。てっきりそうだと思ってたのに……」
「……あの、美代さんはこの店によく来られるんですか?」
さっき黒瀬くんと話していた雰囲気からして、常連さんなのだろうかと思って聞いてみれば、美代さんは笑みを深めて顔を近づけてくる。
「ふふっ、気になる?」
「気になるというか……」
「というか百合子ちゃんは、私と椿の関係が気になるんでしょ?」
「それ、は……」
関係が気になるかと言われれば、正直気になる。だけど、楽しげに口角を持ち上げながら私の返答を待っている美代さんに正直に答えることが……何だか憚られてしまって。口籠ってしまった。
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