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ほしがることは罪ですか?

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「……黒瀬くん?」

 時刻は夜の二十二時をとっくに回っている。耳に届いたインターホンの音に、こんな遅い時間に誰だろうと来訪者を確認すれば、そこには仕事帰りであろう黒瀬くんの姿があった。

 ――こんな時間に黒瀬くんが訪ねてくるなんて珍しい。

 何か用事でもあるのかと扉を開ければ、特にいつもと変わらぬ様子の黒瀬くんが笑顔で立っていた。

「遅くにごめんね」
「ううん、それは大丈夫だけど……こんな時間にどうしたの?」
「んー……会いたくなったから。きちゃった」
「会いたくなったからって……さっきも会ったのに?」

 問いかけながら、黒瀬くんを部屋に招き入れる。十二月末の身の縮こむような寒さに、黒瀬くんの身体もすっかり冷え切っている。ヒーターの前で待っているように伝えて、温かい飲み物を準備するためにキッチンに向かった。

「はい。こんな時間だけど、珈琲でも大丈夫だった?」
「うん、ありがとう。……あれ、もしかして百合子さん、飲んでたの?」
「うん。缶チューハイ二本だけね」

 テーブルに置いてあるアルコール缶を目にした黒瀬くんに問いかけられた。マグカップを手渡せば、黒瀬くんはブラックの珈琲を一口含んでホッと息を吐いている。

 ――黒瀬くんの様子は、本当にいつもと変わらない。ということは、“あれ”に気づいたわけでもなさそうだ。自分でも回りくどくて分かりにくすぎることをしたという自覚はあったから、気づかなければそれはそれでいい。……もし神様がいるのだとしたら、それは直接声に出して伝えなさいって、そう思われているのかもしれない。

「ねぇ、百合子さん」

 しんとした部屋の中で、黒瀬くんの私を呼ぶ声が、鼓膜を揺らした。そして次の瞬間――視界が反転し、何故か私は、黒瀬くんにソファの上で押し倒されていた。

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