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Epilogue
01
しおりを挟むとある晴れた日の夕暮れ時。警視庁内の廊下を、玲衣夜は一人で歩いていた。以前協力した捜査の調書をとるためである。
昼過ぎには到着していたのだが、予定よりも時間がかかってしまい、気づけば午後五時を回っていたのだ。今日は千晴と悠斗と外食をする約束をしていたため、腕時計に目をやった玲衣夜は早く帰らなければと急ぎ足で廊下を進んでいた。
けれど急いでいたのが仇となったのか――曲がり角で、向こうから歩いてきていた人物とぶつかりそうになってしまった。咄嗟に避けた玲衣夜は立ち止まり、軽く頭を下げて謝罪する。
「っ、と、すみません」
「いえ、こちらこそ」
玲衣夜が顔を上げた時には、その人物――スーツを着た男性は、玲衣夜の横を通り過ぎていくところだった。どうやら相手も急いでいたようで、その姿はあっという間に遠ざかっていく。
玲衣夜も前を向いて歩き始めようとしたのだが――突然、聴こえてきた無数の“声”によって、その足はぴたりと止まる。
「っ、……な、に……この声……」
頭の中に響き渡るのは、数多の霊の――恨みつらみが込められたような、悍ましい声で。
顔を蒼ざめさせた玲衣夜はパッと振り返ったが、もうそこに、男の姿はない。
そのまま暫くに立ち竦んでいた玲衣夜だったが、偶然通りかかった理が、遠目から見ても分かるほど血の気の引いた玲衣夜の顔を見て、驚いた様子で駆け寄ってくる。
「おいっ、どうかしたのか?」
「……理くん。……いや、何でもないんだ。ごめんよ」
「だが……」
どう見たって“何かあった”顔をしている。
けれど理が何を言っても「大丈夫だから」の一点張りの玲衣夜に、これ以上追究することは諦めたようだ。溜息を吐きながら「……送っていく」と先を歩いていく。
「いや、一人で帰れるよ」
そう告げようとした玲衣夜だったが――理から有無を言わせない、圧のある視線を受け、玲衣夜もその好意は素直に受け止めたようだ。開きかけた口を閉じ、黙って理の後をついていく。
その足を動かしながらも……頭の中に浮かび上がる一つの可能性に、玲衣夜は小さく頭を振った。
――まさか、そんなはずは……警察関係者に“あいつ”がいるはずないんだから……私の考え過ぎた。
自身に言い聞かせるようにして、胸中で同じ言葉を呟く。しかしその顔色は、依然として優れない。
理に続いて警視庁を出れば、下を見て歩いていた玲衣夜は、立ち止まった理の背中にぶつかってしまった。それだけぼうっとしていたということだ。
くるりと振り向いた理は、僅かに逡巡した後、玲衣夜の頭にそっと掌をのせた。それはほんの一瞬のことで、その大きな手はすぐに下へとおりていく。
「お前が何を考え込んでいるのかは知らないが……お前は一人でうじうじ抱え込み過ぎだ。いい加減、もう少し人に頼るってことを覚えろ。……“あいつら”も、待ってるんじゃないか」
理が、玲衣夜の背をそっと押す。反動のままに、玲衣夜は一歩二歩と足を踏み出した。玲衣夜が顔を上げれば――警視庁の前に、二つの影があった。
あたたかな夕暮れのもと、玲衣夜に気づいて笑う千晴と、気だるそうにこちらを見つめる悠叶が――そこにいたのだ。
「玲衣さん、迎えにきたよ」
「……腹へった。早く行くぞ」
「……あぁ、今行くよ」
眩しいものを見るように目を眇めて、玲衣夜は一歩、また一歩と足を踏み出した。その瞳に、つい先ほどまであった不安や怯えの色は見られない。
「理くん、ありがとう。……またね」
「……あぁ」
振り返ってひらりと手を振る玲衣夜に、理は短い言葉を返す。けれどその背を見つめる瞳は、ひどく優しい。
玲衣夜は胸の中にじんわりあたたかいものが広がっていくのを感じながら、大切な人たちのもとに向かって駆け出した。
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