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Ⅱ Proficiency
2-3 回顧
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「なるほど、流石にいささか曖昧だな」
白の内壁に立て掛けられた『魔術師アルバトロス・フォン・ヴィッテンベルクについての概要』のプレートを見上げ、そこに名を記された本人が口の端で笑う。
「言っても千年前だからね、これでも細かく書かれてる方なんじゃない?」
「それもそうだろうが、どうしても粗雑さが目につくのもまた本音だ」
説明のプレートには、十七節からなるアルバトロスの正式名称や、生年に主な活動期間、そしてどれほど偉大な魔術師であるかが記されていたが、具体的な功績やどのような魔術を行使したのかまでは書かれていない。概要とは言え、並べられた曖昧で抽象的な賛美にアルバトロスは不満を零していた。
「これは確認なんだが、この時代における俺の立ち位置は、今まで実在した魔術師の中で最も偉大で強大な魔術師という事でいいのか?」
「うん、少なくともこの国を含めた大陸の大半では、アルバトロス・フォン・ヴィッテンベルクの名前は現代魔術の父、歴代唯一の等級十七を誇る大魔術師で通ってるね」
「等級十七、か」
入口から移動しつつ、アルバトロスが呟く。
「等級は、まぁ、高いほど強くて凄い魔術師って事になるかな。だからと言って私はティアやニグルに負けてるとは思ってないけど」
「いや、意味を聞いたわけではない。ただ、あの女騎士でもその等級とやらは十二、更に五つも上がいるのかと思っただけだ」
アルバトロスの継承した記憶には魔術師等級の意味、そして『ある程度以上親しい人間』の等級について刻み込まれていた。
「やっぱり、ティアが気になる?」
展示の一つ、アルバトロスの使用していたとされる杖の前で、アンナが足を止めて問う。
「まぁ、初対面があれで、その上アーチライトの記憶を引き継いでるんだから、そうなるのも当然と言えば当然なのかな」
「継いだ記憶はあくまで知識として、感情移入はしないようにしている。今の俺にとっては、あれが最も信頼できる基準だから例に上げただけだ」
迷いのない声が返ってきた事に満足したのか、アンナは再び歩みを再開する。
「実際には、ティアの上はあと四つだね。大陸式だと等級十七はアルバの特等席で、どんなにすごくても他の魔術師は十六までが限度。しかも、その十六すら歴代で両手の指で数えられるほどしかいなくて、今生きてる中では等級十五が一番上なんだけど」
「それでも遠いな。もっとも、その頂点には俺がいるのか」
ふと漏れた短い息は、アルバトロスの笑い声だった。
「やはり、自分より上がいるという事はそれだけで面白い」
今度はアルバトロスから足を止めた隣、戦絵巻とその説明の飾られた区画に横目を向けて、もう一度、今度は低い声で笑う。
「やっぱり、アルバは千年前には敵無しだったの?」
「少なくとも、何をしようと誰にも止められないくらいには、な」
一枚の絵巻を視線が捉え、アルバトロスはわずかに息を吐く。
「ヴェルガノムとの戦いか。最も苦戦したのはおそらくこれだろうな」
説明版を確認し、アンナも同じ絵巻を覗き込む。
薄く黄ばんだ紙には、五色で周りを彩られた白色の魔術師と、黒と白を纏った灰色の魔術師が向かい合う形で互いの色を喰らい合う様が描かれていた。
「えっと、ヴェルガノム、って? 初めて聞いたけど、強かったの?」
「今では大したものではないのだろうが、あの時代においては傑出していた魔術師の一人だ。俺がいなければ、ここに奉られていたのはあの男だったかもしれない」
少しの間懐かしそうに目を細め、しかしアルバトロスは再び歩き始める。
「まぁ、何にせよ大昔の話だ。二度と会う事もない相手の話など無意味だろう」
「……寂しいの?」
遅れずに隣に並んだアンナは、アルバトロスの横顔へとそう問いを投げていた。
「寂しい、か。考えてもみなかったが、たしかにそうなのかもしれないな」
それに対して、アルバトロスはあっさりと肯定を口にする。
「そっか、そうだよね。アルバの友達も、もうみんな死んじゃってるんだもんね」
それまでとは一転、アンナは抑えた声で訥々と呟くと、アルバトロスへと一歩、肩が触れる位置まで距離を詰めた。
「寂しいなら、私に甘えてもいいんだよ?」
回り込み、向かい合う形になったアンナの身長は、ほぼアルバトロスと同じだけの高さ。
水平に交差した視線は、だがすぐに途切れてしまう。
「生憎だが、そのつもりはない。寂しさを埋めたいなら余所でやれ」
「……あなたが、それを言う? 全部わかってる癖に」
脇を抜けようとしたアルバトロスの背後から、押し殺したような低い声。
瞬間、アンナを起点に熱と赤の光が生まれた。
「やはりそうか。だが、それは八つ当たりと――」
「なんて、ね。別に私は寂しくなんかないよ」
アルバトロスの言葉は、だが常のそれとなんら変わりないアンナの声が被さり消える。
背後を向いたアルバトロスの視線の先、そこにはバツの悪そうな笑顔だけがあった。
「ただ、本当に寂しくって悲しんでる子もいるから。八つ当たりだとしても、それはわかってあげてほしいかな」
「言われなくても、わかっている」
「そっか、それならいいや」
アンナの声を合図に、どちらからともなく止まっていた歩みを再開する。
「あ、アルバの人形がある! 思いっきりおじいちゃんだけど」
まったく普段通りの様子のアンナが歩調を上げたのに合わせて、アルバトロスは一歩遅れてその後に続いた。
白の内壁に立て掛けられた『魔術師アルバトロス・フォン・ヴィッテンベルクについての概要』のプレートを見上げ、そこに名を記された本人が口の端で笑う。
「言っても千年前だからね、これでも細かく書かれてる方なんじゃない?」
「それもそうだろうが、どうしても粗雑さが目につくのもまた本音だ」
説明のプレートには、十七節からなるアルバトロスの正式名称や、生年に主な活動期間、そしてどれほど偉大な魔術師であるかが記されていたが、具体的な功績やどのような魔術を行使したのかまでは書かれていない。概要とは言え、並べられた曖昧で抽象的な賛美にアルバトロスは不満を零していた。
「これは確認なんだが、この時代における俺の立ち位置は、今まで実在した魔術師の中で最も偉大で強大な魔術師という事でいいのか?」
「うん、少なくともこの国を含めた大陸の大半では、アルバトロス・フォン・ヴィッテンベルクの名前は現代魔術の父、歴代唯一の等級十七を誇る大魔術師で通ってるね」
「等級十七、か」
入口から移動しつつ、アルバトロスが呟く。
「等級は、まぁ、高いほど強くて凄い魔術師って事になるかな。だからと言って私はティアやニグルに負けてるとは思ってないけど」
「いや、意味を聞いたわけではない。ただ、あの女騎士でもその等級とやらは十二、更に五つも上がいるのかと思っただけだ」
アルバトロスの継承した記憶には魔術師等級の意味、そして『ある程度以上親しい人間』の等級について刻み込まれていた。
「やっぱり、ティアが気になる?」
展示の一つ、アルバトロスの使用していたとされる杖の前で、アンナが足を止めて問う。
「まぁ、初対面があれで、その上アーチライトの記憶を引き継いでるんだから、そうなるのも当然と言えば当然なのかな」
「継いだ記憶はあくまで知識として、感情移入はしないようにしている。今の俺にとっては、あれが最も信頼できる基準だから例に上げただけだ」
迷いのない声が返ってきた事に満足したのか、アンナは再び歩みを再開する。
「実際には、ティアの上はあと四つだね。大陸式だと等級十七はアルバの特等席で、どんなにすごくても他の魔術師は十六までが限度。しかも、その十六すら歴代で両手の指で数えられるほどしかいなくて、今生きてる中では等級十五が一番上なんだけど」
「それでも遠いな。もっとも、その頂点には俺がいるのか」
ふと漏れた短い息は、アルバトロスの笑い声だった。
「やはり、自分より上がいるという事はそれだけで面白い」
今度はアルバトロスから足を止めた隣、戦絵巻とその説明の飾られた区画に横目を向けて、もう一度、今度は低い声で笑う。
「やっぱり、アルバは千年前には敵無しだったの?」
「少なくとも、何をしようと誰にも止められないくらいには、な」
一枚の絵巻を視線が捉え、アルバトロスはわずかに息を吐く。
「ヴェルガノムとの戦いか。最も苦戦したのはおそらくこれだろうな」
説明版を確認し、アンナも同じ絵巻を覗き込む。
薄く黄ばんだ紙には、五色で周りを彩られた白色の魔術師と、黒と白を纏った灰色の魔術師が向かい合う形で互いの色を喰らい合う様が描かれていた。
「えっと、ヴェルガノム、って? 初めて聞いたけど、強かったの?」
「今では大したものではないのだろうが、あの時代においては傑出していた魔術師の一人だ。俺がいなければ、ここに奉られていたのはあの男だったかもしれない」
少しの間懐かしそうに目を細め、しかしアルバトロスは再び歩き始める。
「まぁ、何にせよ大昔の話だ。二度と会う事もない相手の話など無意味だろう」
「……寂しいの?」
遅れずに隣に並んだアンナは、アルバトロスの横顔へとそう問いを投げていた。
「寂しい、か。考えてもみなかったが、たしかにそうなのかもしれないな」
それに対して、アルバトロスはあっさりと肯定を口にする。
「そっか、そうだよね。アルバの友達も、もうみんな死んじゃってるんだもんね」
それまでとは一転、アンナは抑えた声で訥々と呟くと、アルバトロスへと一歩、肩が触れる位置まで距離を詰めた。
「寂しいなら、私に甘えてもいいんだよ?」
回り込み、向かい合う形になったアンナの身長は、ほぼアルバトロスと同じだけの高さ。
水平に交差した視線は、だがすぐに途切れてしまう。
「生憎だが、そのつもりはない。寂しさを埋めたいなら余所でやれ」
「……あなたが、それを言う? 全部わかってる癖に」
脇を抜けようとしたアルバトロスの背後から、押し殺したような低い声。
瞬間、アンナを起点に熱と赤の光が生まれた。
「やはりそうか。だが、それは八つ当たりと――」
「なんて、ね。別に私は寂しくなんかないよ」
アルバトロスの言葉は、だが常のそれとなんら変わりないアンナの声が被さり消える。
背後を向いたアルバトロスの視線の先、そこにはバツの悪そうな笑顔だけがあった。
「ただ、本当に寂しくって悲しんでる子もいるから。八つ当たりだとしても、それはわかってあげてほしいかな」
「言われなくても、わかっている」
「そっか、それならいいや」
アンナの声を合図に、どちらからともなく止まっていた歩みを再開する。
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