骨董術師は依代に唄う

玄城 克博

文字の大きさ
21 / 49
Ⅲ Gift

3-2 決闘の裏

しおりを挟む
 雷の記憶。
 それは、ティア・エルシア・ウィットランドの中には存在しないものだった。
「……大丈夫かい、ティア?」
 アルバトロスとアンナの去った部屋、ニグルは自らの椅子へと座るよう促すも、ティアはそれに首を振る。
「私は問題ない、あの場には居合わせていなかったからな。先程も……その前も」
 ティアの口元に浮かぶのは、緩い笑み。それは、自嘲の笑みだった。
 ティアはヨーラッド・ヌークスを知らない。名前は、存在は知っていても、その姿を直接目にした事がない。
「すまない、僕は――」
「いや、私が悪かった。よりによって、お前に当たるなんて。一番辛いのは、兄さんと共に討伐隊に出たお前だろうに」
 ヨーラッドの活動域からは離れていたマレストリ王国で彼を直接知るのは、かつて大陸中から魔術師を集め編成されたヨーラッド討伐隊に参加していたもののみ。
 その唯一の生き残りが、他でもないニグル・フーリア・ケッペルだった。
「……この話は、やめておいた方がいいかもね」
「そうだな、そうしよう」
 小さく零し椅子に腰掛けるニグルに、ティアは頷きを返す。
「……それより、差し迫った問題についてだ」
 短い沈黙は、女騎士の言葉に打ち破られた。
「アルバトロス卿の決闘、か。避けたい話題だけど、そうはいかないだろうね」
 大仰に頭を抱える素振りをしながら、ニグルは言葉を続ける。
「それで、ティアはどう思う?」
「無理だろう。アルバトロスの、本人曰くの魔術的才覚がどれほどのものであっても、それだけで身に付くほど変成術は甘いものではない」
 アルバトロス自身の語った、彼がヨーラッドと拮抗する力を得る可能性について、ティアは懐疑にすらならない明確な否定の感情を抱いていた。
「まぁ、そうだろうね」
 そして、それにニグルも同調する。
「なんだ、てっきり何か手でもあるのかと思ったが」
「別にそういうわけじゃないよ。本人も言った通り、試して損はないとは思うけど」
 浅い笑みを保ったまま、ニグルが背もたれに深く寄り掛かり、反動で起き上がる。
「それにしては、随分と落ち着いているようだが?」
「決闘するのは僕じゃないからね。……ああ、冗談だよ」
 ティアの表情を見て、少し真顔に戻って言葉を取り下げる。
「人間、本当に困った時には中々慌てたりできないものだね。そのためのエネルギーも無くなる、って言うのかな。僕じゃあヨーラッドをどうにもできないって事はもう十分にわかっているし」
「何か、策はないのか? 弱点や対策は?」
「そういうものがあったなら、こんな事にはなっていないよ」
 ヨーラッド・ヌークス討伐遠征の顛末について、ティアはニグルの話でしか知らない。更に言えば、ティアは自らそれを聞く事を避けてきていた。
 それでも、大陸中の魔術師を集めた討伐隊を相手にしてなお、今もヨーラッドが表舞台に姿を現す事ができたという事実だけはたしかだった。
「……来るにしても、まさかこれほど早いとは」
 眉をひそめるニグルに、下唇を強く噛むティア。表情は違えど、思い浮かべている事はほとんど同じだろう。
「おそらく、ヨーラッドはウルマと組んでいる」
 ニグルの呟きに、ティアが目を見開く。
「負傷はともかく、ヨーラッドが以前のように自由に動くには組織の力が必要だ。公の場に姿を現して、その上アルバトロス卿に宣戦布告するような余裕は今のあれにはない」
「ウルマが匿っているからこそ、ヨーラッドはあのような場に姿を現せたと?」
「それに、タイミングが良すぎるからね。ウルマから決闘の申し込みを受けて、まだ二日と経ってない。明日にでも、ウルマは決闘の代表者がヨーラッドだと告げて来るだろう」
「もしそうだとしたら、尚更最悪じゃないか」
「本当にそうなんだよね。ウルマからの提案を断っても、アルバトロス卿が決闘を受けた事に変わりはないし。そこに便乗されると、問題を切り離すだけでもなかなか面倒だ」
 顔を歪めるティアと対照的に、ニグルの表情は笑みへと戻っていた。
「それで、結局どうするつもりなんだ?」
「それは君が決める事だよ、ティア」
 焦りからか、詰め寄るようにして発されたティアの言葉に、ニグルは笑顔で切り返す。
「言っただろう、ウルマとの決闘に関しての決定は君に任せるって。今は前線にも出れないんだし、じっくりと考える時間もある」
「それは……だが、決闘を私が戦うという前提だったからじゃないのか?」
「そうだね、たしかにそれもある。だけど、今の君は騎士団長で、僕はあくまで護衛長に過ぎない。最初から、この戦争に関する最終的な決定権は君の方にあるんだよ」
「だが……っ」
 何かを言いかけようとして口籠ったティアを見て、ニグルはゆっくりと背もたれに体を預けていく。
「君にヨーラッドの問題を預けるのが酷な事はわかっている。でも、だからこそ君が決める必要がある。そうでないと、一番苦しむのは君自身だ」
「……そう、だな。今度こそ、私が」
 決意の声は、しかし力なく響いた。
「少し時間をくれ。考える時間がほしい」
「ああ、そうするといい」
 踵を返し去っていくティアを、黒髪の魔術師は腰掛けたままで見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...