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Ⅲ Gift
3-3 勝算
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現代において魔術を語る際、五大元素を切り離して語る事はほぼ不可能と言える。
火、風、土、水、エーテル。世界を形作るとされる五つの元素の内、エーテルを媒介にして残りの四つの元素に干渉する。それにより、一時的に五大元素の秩序が崩壊した結果として生じる超自然的現象を五大元素魔術といい、その雛形を作ったとされるアルバトロス・フォン・ヴィッテンベルクが現代魔術の父と呼ばれるようになって以降、五大元素魔術は常に魔術における主流となっていた。
「……で、なんでそのアルバトロス様が五大元素を知らないんだか」
珍しく本気で困惑した表情のアンナが、首を横に倒しながら呟く。
「一応、知識はあった。ただ、理解していなかっただけだ」
「それは転生術で引き継いだ知識でしょ。どっちにしろ、実際に使えないなら同じだし」
事の発端は、アルバトロスがアンナに変成術の教えを乞うた事だった。
手探りで変成術について説明しようとしたアンナは、しかしその最中で、アルバトロスがそもそもの五大元素魔術について理解していない事を知らされ、今に至る。
「じゃあ、アルバの魔術って何なの? どうなってるの?」
「どうなってると言われても。ただ自分の感覚に従っているだけで、言葉にするとなると難しい」
「うわ、出た、天才。私と同じだ」
けらけらと笑ってみせたかと思いきや、すぐにアンナは表情を引き締める。
「でも、一から五大元素魔術をモノにするには、数日じゃ絶対足りないよ。ましてや変成術までとなると、私だって今でも完全にはできないんだし」
「天才が笑わせる」
「そういう言い方は感じ悪いなぁ。しょうがないじゃん、変成術は、身体の構造の時点でできるかどうか決まっちゃうんだし」
「身体の構造?」
首を捻るアルバトロスに大仰に頷き、アンナは言葉を続ける。
「世界は五大元素で構成されてる、ってのが現代魔術の考え方だってのは言ったよね。つまり、世界の一部である人間の身体も、五大元素によってできてるって事になるわけ」
アンナの指が、自身の胸元を指す。
「その配分が、人によって違うんだよ。私なら、平均よりも少し火の元素が多い、みたいな感じで。基本的には、身体の多くを占める元素は魔術で干渉しやすい元素と同じで、その元素を個人個人の属性って呼ぶんだけど」
一度言葉を切り、少しだけ顔をしかめて更に続ける。
「元素の配分が極端に偏った身体の持ち主にしか、完全な変成術は使えないんだよね」
アルバトロスが気付かない内に、火へと変わっていたアンナの右腕が揺れながら赤の光を放つ。
「そもそも、一般的な魔術師の操る変成術ってのは、一元素を身体の一箇所に偏らせる事で、擬似的にその部位を一元素、正確には元素に限りなく近い四つの物質、火、水、風、土のどれかに変成させる術の事を言うんだよ」
「だが、完全な変成術とは、全身を変成させるんだろう?」
「だから、それができるのは、元々身体を形作る元素が一元素に偏ってる人だけなの」
炎で象られた肩を竦め、アンナの顔には苦笑。
「例えば、ティアなんかは、ウィットランド家の数代に渡る体内元素の置換の結果、身体の元素比率が極端に風に偏ってるから、全身を風に変成できる。あくまで一般家庭に生まれた庶民派の天才の私じゃ、そうはいかないってわけ」
「となると、俺も変成術を扱えるかどうかは怪しいところだな」
「まぁ、そもそもアルバは五大元素魔術から覚えないといけないんだけど」
腕を肉に戻したアンナが、大げさに顔をしかめて見せる。
「私としては、一から現代の魔術を覚えるよりは、アルバが今使ってる魔術で戦う方法を考えた方がまだマシだと思うけどね。仮にアルバが完全な変成術を使える体質で、まずあり得ないだろうけどヨーラッドとの決闘までにそれを身に付けたとしても、それじゃあまだティアのレベル止まり。まだまだヨーラッドには敵わないだろうし」
「変成術よりも更に上がある、という事か?」
「上というよりは、横かな。ヨーラッドは、変成する元素が架空元素の雷なだけ。って言うほど簡単な話じゃないんだけど、理屈的にはそういう事だから」
「架空元素とは?」
続けて問いを投げられ、アンナは少しだけ考え込む。
「文字通り、架空の元素。本来、五大元素の組み合わせでできている物質、例えば雷を無理矢理元素と仮定して魔術の媒体にする、とかそんな感じ」
「良くわからないな」
「だよねー。正直言うと、私もあんまり良くわかんないし。架空元素は大陸式の基本魔術教育過程では一文しか記述されてないくらいの、今でも研究真っ最中の分野だし、まずは五大元素を完全に理解してからじゃないと、説明してもわからないと思うな」
そんな事より、と話が切り替わっていく。
「とにかく、ヨーラッドは他の元素と同じように魔術で雷を操れるし、全身を残らず雷に変成させる事もできるって事。それに何より、雷ってのはとにかく疾い」
「その雷の速さとは、気象現象としての雷の速さと同一なのか?」
「多分、限りなく。少なくとも、私には判別できないくらいの差だね」
「なるほど、そうか」
会話を一度途切れさせたアルバトロスは、しかしほとんど間を置かずにまた口を開いた。
「お前がヨーラッドと決闘をするなら、どんな手段を使う?」
「私? 私は勝てないから受けないよ。……ただ、どうしてもっていうなら、宝石でも大量に持ち込んで会場ごと燃やすかな」
「宝石……元素の集合体か」
通常、五大元素魔術は世界を構成する元素に干渉する事により魔術現象を引き起こすものだが、実際には物質ごとに元素構造は違い、扱う魔術と一致した元素を多く含有する物質を媒体とするほど、発生する魔術現象の規模は大きく、扱いも容易となる。
そういった前提の元で作られたのが魔術宝石、一元素を極限まで凝縮して固体に閉じ込める事で魔術媒体とした物体だという事は、アルバトロスの知識の中にもあった。
「ただ、宝石が足りないと」
もっとも、魔術宝石を作るには独自の魔術を学ぶ必要があり、製作可能な者は限られている上、作成に時間が掛かる事からその希少価値は高い。一瞬で闘技場全体を焼き尽くすだけの『火』の宝石を用意するのは現実的に不可能だろう。
「それに、もし用意できても逃げられちゃうしね。場外ありならそれで勝ちだけど、審判も何も消えちゃうから形式上の勝ちなんて無駄だし」
だから結局ヨーラッドには勝てない、とアンナは鼻で笑った。
「ただ、アルバも道具を用意するっていうのはありかもね。宝石なら、そのまま媒体に使う以外に魔術の補正にも使えるし」
「それは五大元素魔術の補正だろう」
「あ、そっか。じゃあ……」
考え込むアンナを他所に、アルバトロスは然程悩む様子を見せずに続けて口を開く。
「まぁいい、ひとまずは、五大元素魔術について一から学ぶとしよう」
「えっ、本当にやるの?」
「最初からそのつもりだと言っただろう」
「でも、一般過程だと、戦闘用魔術を学び始めるまで半年は掛かるよ?」
「それならそれで構わない。どちらにしろ、この時代の魔術に興味はあった」
淡々としたアルバトロスの宣言に、アンナは口元を歪めて笑う。
「あははっ、アルバには危機感が足りてないなぁ」
「それは違いない。敗北も挫折も、かつての俺には無縁のものだったからな」
「まぁ、そうかもね」
浮かべた笑みを消さないまま、しかしアンナはふと目を伏せた。
「……でも、アルバは死を知ってる。それも、少なくとも二回は」
再び上げられた視線は、アルバトロスの瞳を正面から見据えていた。
「ねぇ、アルバ。本当は、もう勝算があるんでしょ?」
「何故そう思う?」
「あなたが、ヨーラッドについてよく知ってるから」
「俺は――」
「嘘。あなたは、絶対にヨーラッドを知ってる」
静かな声が紡ぐのは、有無を言わさぬ断定だった。
「ヨーラッド・ヌークス。大陸最悪にして、私達にとっての最悪。アーチライトを殺した魔術師」
アンナの掌が、緩やかにアルバトロスの頬へと触れる。
「覚えてるんでしょ? 自分が死んだ時の事、自分を殺した魔術師について」
その目は黒の少年の瞳を覗き込みながら、だが彼とは別の者を見ていた。
「ねぇ……アーチライト」
火、風、土、水、エーテル。世界を形作るとされる五つの元素の内、エーテルを媒介にして残りの四つの元素に干渉する。それにより、一時的に五大元素の秩序が崩壊した結果として生じる超自然的現象を五大元素魔術といい、その雛形を作ったとされるアルバトロス・フォン・ヴィッテンベルクが現代魔術の父と呼ばれるようになって以降、五大元素魔術は常に魔術における主流となっていた。
「……で、なんでそのアルバトロス様が五大元素を知らないんだか」
珍しく本気で困惑した表情のアンナが、首を横に倒しながら呟く。
「一応、知識はあった。ただ、理解していなかっただけだ」
「それは転生術で引き継いだ知識でしょ。どっちにしろ、実際に使えないなら同じだし」
事の発端は、アルバトロスがアンナに変成術の教えを乞うた事だった。
手探りで変成術について説明しようとしたアンナは、しかしその最中で、アルバトロスがそもそもの五大元素魔術について理解していない事を知らされ、今に至る。
「じゃあ、アルバの魔術って何なの? どうなってるの?」
「どうなってると言われても。ただ自分の感覚に従っているだけで、言葉にするとなると難しい」
「うわ、出た、天才。私と同じだ」
けらけらと笑ってみせたかと思いきや、すぐにアンナは表情を引き締める。
「でも、一から五大元素魔術をモノにするには、数日じゃ絶対足りないよ。ましてや変成術までとなると、私だって今でも完全にはできないんだし」
「天才が笑わせる」
「そういう言い方は感じ悪いなぁ。しょうがないじゃん、変成術は、身体の構造の時点でできるかどうか決まっちゃうんだし」
「身体の構造?」
首を捻るアルバトロスに大仰に頷き、アンナは言葉を続ける。
「世界は五大元素で構成されてる、ってのが現代魔術の考え方だってのは言ったよね。つまり、世界の一部である人間の身体も、五大元素によってできてるって事になるわけ」
アンナの指が、自身の胸元を指す。
「その配分が、人によって違うんだよ。私なら、平均よりも少し火の元素が多い、みたいな感じで。基本的には、身体の多くを占める元素は魔術で干渉しやすい元素と同じで、その元素を個人個人の属性って呼ぶんだけど」
一度言葉を切り、少しだけ顔をしかめて更に続ける。
「元素の配分が極端に偏った身体の持ち主にしか、完全な変成術は使えないんだよね」
アルバトロスが気付かない内に、火へと変わっていたアンナの右腕が揺れながら赤の光を放つ。
「そもそも、一般的な魔術師の操る変成術ってのは、一元素を身体の一箇所に偏らせる事で、擬似的にその部位を一元素、正確には元素に限りなく近い四つの物質、火、水、風、土のどれかに変成させる術の事を言うんだよ」
「だが、完全な変成術とは、全身を変成させるんだろう?」
「だから、それができるのは、元々身体を形作る元素が一元素に偏ってる人だけなの」
炎で象られた肩を竦め、アンナの顔には苦笑。
「例えば、ティアなんかは、ウィットランド家の数代に渡る体内元素の置換の結果、身体の元素比率が極端に風に偏ってるから、全身を風に変成できる。あくまで一般家庭に生まれた庶民派の天才の私じゃ、そうはいかないってわけ」
「となると、俺も変成術を扱えるかどうかは怪しいところだな」
「まぁ、そもそもアルバは五大元素魔術から覚えないといけないんだけど」
腕を肉に戻したアンナが、大げさに顔をしかめて見せる。
「私としては、一から現代の魔術を覚えるよりは、アルバが今使ってる魔術で戦う方法を考えた方がまだマシだと思うけどね。仮にアルバが完全な変成術を使える体質で、まずあり得ないだろうけどヨーラッドとの決闘までにそれを身に付けたとしても、それじゃあまだティアのレベル止まり。まだまだヨーラッドには敵わないだろうし」
「変成術よりも更に上がある、という事か?」
「上というよりは、横かな。ヨーラッドは、変成する元素が架空元素の雷なだけ。って言うほど簡単な話じゃないんだけど、理屈的にはそういう事だから」
「架空元素とは?」
続けて問いを投げられ、アンナは少しだけ考え込む。
「文字通り、架空の元素。本来、五大元素の組み合わせでできている物質、例えば雷を無理矢理元素と仮定して魔術の媒体にする、とかそんな感じ」
「良くわからないな」
「だよねー。正直言うと、私もあんまり良くわかんないし。架空元素は大陸式の基本魔術教育過程では一文しか記述されてないくらいの、今でも研究真っ最中の分野だし、まずは五大元素を完全に理解してからじゃないと、説明してもわからないと思うな」
そんな事より、と話が切り替わっていく。
「とにかく、ヨーラッドは他の元素と同じように魔術で雷を操れるし、全身を残らず雷に変成させる事もできるって事。それに何より、雷ってのはとにかく疾い」
「その雷の速さとは、気象現象としての雷の速さと同一なのか?」
「多分、限りなく。少なくとも、私には判別できないくらいの差だね」
「なるほど、そうか」
会話を一度途切れさせたアルバトロスは、しかしほとんど間を置かずにまた口を開いた。
「お前がヨーラッドと決闘をするなら、どんな手段を使う?」
「私? 私は勝てないから受けないよ。……ただ、どうしてもっていうなら、宝石でも大量に持ち込んで会場ごと燃やすかな」
「宝石……元素の集合体か」
通常、五大元素魔術は世界を構成する元素に干渉する事により魔術現象を引き起こすものだが、実際には物質ごとに元素構造は違い、扱う魔術と一致した元素を多く含有する物質を媒体とするほど、発生する魔術現象の規模は大きく、扱いも容易となる。
そういった前提の元で作られたのが魔術宝石、一元素を極限まで凝縮して固体に閉じ込める事で魔術媒体とした物体だという事は、アルバトロスの知識の中にもあった。
「ただ、宝石が足りないと」
もっとも、魔術宝石を作るには独自の魔術を学ぶ必要があり、製作可能な者は限られている上、作成に時間が掛かる事からその希少価値は高い。一瞬で闘技場全体を焼き尽くすだけの『火』の宝石を用意するのは現実的に不可能だろう。
「それに、もし用意できても逃げられちゃうしね。場外ありならそれで勝ちだけど、審判も何も消えちゃうから形式上の勝ちなんて無駄だし」
だから結局ヨーラッドには勝てない、とアンナは鼻で笑った。
「ただ、アルバも道具を用意するっていうのはありかもね。宝石なら、そのまま媒体に使う以外に魔術の補正にも使えるし」
「それは五大元素魔術の補正だろう」
「あ、そっか。じゃあ……」
考え込むアンナを他所に、アルバトロスは然程悩む様子を見せずに続けて口を開く。
「まぁいい、ひとまずは、五大元素魔術について一から学ぶとしよう」
「えっ、本当にやるの?」
「最初からそのつもりだと言っただろう」
「でも、一般過程だと、戦闘用魔術を学び始めるまで半年は掛かるよ?」
「それならそれで構わない。どちらにしろ、この時代の魔術に興味はあった」
淡々としたアルバトロスの宣言に、アンナは口元を歪めて笑う。
「あははっ、アルバには危機感が足りてないなぁ」
「それは違いない。敗北も挫折も、かつての俺には無縁のものだったからな」
「まぁ、そうかもね」
浮かべた笑みを消さないまま、しかしアンナはふと目を伏せた。
「……でも、アルバは死を知ってる。それも、少なくとも二回は」
再び上げられた視線は、アルバトロスの瞳を正面から見据えていた。
「ねぇ、アルバ。本当は、もう勝算があるんでしょ?」
「何故そう思う?」
「あなたが、ヨーラッドについてよく知ってるから」
「俺は――」
「嘘。あなたは、絶対にヨーラッドを知ってる」
静かな声が紡ぐのは、有無を言わさぬ断定だった。
「ヨーラッド・ヌークス。大陸最悪にして、私達にとっての最悪。アーチライトを殺した魔術師」
アンナの掌が、緩やかにアルバトロスの頬へと触れる。
「覚えてるんでしょ? 自分が死んだ時の事、自分を殺した魔術師について」
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