骨董術師は依代に唄う

玄城 克博

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Ⅳ Cheat

4-8 炎と風

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「……くっ、らっ!」
 疾風の突きを、業火の両手が受け流す。分離して前方へと向かった左手は、斜めに背へと抜けていく頭部を捉えられず、反転。交差し際の斬撃を、再び両手で受ける。
 更に反撃に向かおうとした拳を、アンナは寸前で止める。脇をすり抜けたティアは、そのまま前へと進み、互いの間合いを大きく開けていた。
「どうしたの、もう疲れた?」
「疲れて、など……いない」
 寒々しい風の音の中、僅かに熱い呼吸音が聞こえる。対するアンナの方は、見た目にも声にも常のそれとほとんど変化がない。
 数時間前まで最前線で戦っていたティアは、まだ消耗が完全に回復しきってはいなかった。それに加え、ティアが全身を変成させているのに比べ、アンナは両腕だけ、単純な体積で言えば、変成術の保持だけでも数倍の消耗の差がある。今この時にすら、二人の残された体力には差が生じ続けていた。
「だよね。まだ遊ぶ余裕があるんだから、全然余裕か」
 言葉が終わるよりも早く、アンナは高速で距離を詰める。多少の肉体強化は施しているものの、あくまで体術に過ぎない接近は、風そのものの速度を持つティアにとっては脅威ではない。拳の間合いに入るより先に、横薙ぎの一閃で足を止めにいく。
「……っ?」
 たしかに胴を捉えるはずの剣は、しかし盛大に空を切った。後退した、というわけでもなく接近を続けるアンナの姿に、刃を切り返しても間に合わないと判断し、勢いのまま跳んで回避。
「……っ、熱、い?」
 距離を離しながら、その途中で感じた熱さに脇腹に意識を向ける。風と化した肉体は外見からはわからないものの、ティア自身の感覚では、左腹部から腰に掛けて軽度の火傷が走っていた。
 一瞬にも満たない間、無意識に患部に向いていた視線を戻すと、すでにアンナの間合いの中。明らかに速度を増した接近と、そこから放たれる拳に完全な回避を諦め、ティアは剣を手放しながら徒手での防御に切り替える。
 火と風が正面からぶつかり合い、互いに焦がし、切り裂こうと均衡する。
「痛っ……」
 先に引いたのは、やはりティアだった。元より拳闘での戦闘を想定したアンナの両手の篭手は、それ自体が防具であり武器でもある。互いに変成術を発動しているとは言え、素手のティアが正面から掴み合いをするには分が悪い。
 間髪入れずに追撃へと向かおうとしたアンナの足は、半歩進んだところで急停止。先程ティアが手放した魔術剣レーニアが、風の刃となって左下方から斜め上に切りつけて来ていた。
「危っ!」
 後ろに跳ね、奇襲はすんでのところで躱される。と、次の瞬間、アンナの左腕が前に伸び、その先の手の部分、一段と膨れ上がった炎が刃を横から受け止めた。
「これで……大分、有利に、なったかな」
 徐々に形を取り戻していき、やがて完全に変成の解けた剣を、アンナはティアとは逆の方向に投げ捨てる。
 剣術を基本戦闘形式とするティアにとって、しかし剣を失う事は単に肉弾戦での不利のみを意味しない。魔術剣の名の通り、魔術の制御、強化、保持などあらゆる補正を与える三つの宝玉を内包した愛剣レーニアを手放した事で、ティアの常時展開し続けている変成術は精度が大きく落ち、継続すら危ぶまれる状態になっていた。
 余裕の言葉を吐くアンナの声も、刃を受け止めた消耗からか苦悶が微かに混じるが、揺らめく左の炎は傷がそれほど重くはない事を示している。
「どう、ここらで終わっとく? ティアも剣なしじゃ無理できないだろうし」
 自らに傾いた戦況を鑑みて、アンナは構えはそのままに提案を投げかける。
「私に負けを認めろという事か?」
「ティアって、勝ちとか負けとか、そういうの好きだよね。私も人の事言えないけど」
 皮肉気な笑みを浮かべた喉からは、短い笑い声。
「でも、もし、ここで止めるなら、私はティアに勝ったとは思わないかな。ティアの方がどう受け取るかは知らないけど」
「それは、情けか? それとも、そこまで私に退いてほしい理由があるのか?」
「どっちでもないよ。いや、そりゃ、ティアがおとなしく言う事聞いてくれればそれが一番なんだけど、ここで負けるならそれはそれでいいかな、って……」
 電源が切れたように、唐突に途切れた言葉と共にアンナの顔から表情が消える。
「……思ってたんだけど」
 再開された低い声は、高速の接近とほぼ同時にティアに届いた。その速さは、これまでのアンナの速度よりも更に速く、ともすれば風や火の速度の方に近いほど。返答する余裕など無いままに、右から襲い来る炎を躱し、腹部への一撃を風の両手で受け止める。
 受けた突きの威力を後方への回避に加え、距離を取ろうとするも、更に詰めて来るアンナとの間にはそれほどの速度差が生まれない。そして、十分な間合いを空ける前に、ティアの背には壁が迫っていた。
 頭に過ぎるのは、圧倒的な危機感。風に変成しているからといって、面で立ち塞がる壁をすり抜けられるわけではなく、逃げ場のない状態、零にごく近い距離で戦えば、仮に手元に剣があったところでまず間違いなく一方的に嬲られる。アンナにそれだけの力量がある事を、ティアはここまでの戦闘で理解していた。
 打開策を考えるよりも先に、ティアは反射的に行動していた。壁への衝突で反動を付け、アンナのいる前方へと飛び出すと同時に、術式を発動。迎撃にきた二本の火の柱の内、向かって右手側へと短剣の形をした風が激突し、そこから一気に噴出した突風がアンナの腕から身体までを半回転させる。体勢を立て直そうとするアンナに、ティアは追撃ではなくその横を抜けて再び距離を取る事を選んだ。
「……へぇ、持ってたんだ、それ」
 器用に上半身を捻り、アンナは両の脚で地面に着地する。その視線の先には、再び開けた空間へと戻ったティアの右手、魔術短剣リネリアの形があった。
「アーチライトの剣……それを私に向けるなんてね」
「……私も、お前相手に使う事になるとは思ってもみなかった」
「誰相手なら使うつもりだったの? なんて、聞くまでもないか」
 気軽に口を開いているようで、その実、アンナの発する圧力は欠片も弱まってすらいない。後退して自らの愛剣レーニアを拾いに行く隙をも危ぶみ、ティアは慣れない短剣の構えを取って相対し続ける。
「私は、アルバトロスの決闘を見届けなくてはならない。退いてくれ、アンナ」
「見届ける? アルバの負けるところを? そんな事が出来るの?」
 気配が、ふっと緩む。この瞬間、アンナは間違いなく心から笑っていた。
「出来るわけないじゃん、よりによって、あのヨーラッドがアルバを、アーチライトの身体をもう一度殺すところなんて、黙って見てられるわけない」
 だが、同時に、その笑みが前向きな感情からのものでない事も、ティアには手に取るようにわかってしまった。
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