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Ⅳ Cheat
4-7 再演
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「……まったく、随分な舞台を用意されたものだ」
白い髪に白装束、虹色の目をした魔術師が、闘技場の中心、四方からの歓声を受けて呟く。鈴のような声は不思議と響き渡り、更に歓声を盛り立てていく。
熱を増す舞台の中、アルバトロスの目は闘技場の端から端までを眺める。地形は凹凸の無い平面の円形、中距離戦の間合いより一回り広い面積に、障害物の類は一切無い。
「……紛れは作りようもないか」
口の中だけの呟きは、低く、客席までは届かない。
「しかし、此度の敵手はまだ姿を現さぬのか」
「は、はい。そのようです」
呟きにも似た言葉が問いかけであると気付くのに遅れたか、やや間をあけて、闘技場の周囲を固める兵の内の一人がようやく返答した。
「ヨーラッド・ヌークスはそういう奴です。あいつに礼節なんてものは無い」
距離をおいて右側、他の兵が吐き捨てるように言う。一度だけその声に目をやるも、すぐにアルバトロスは興味を失ったように視線を戻した。
しばらくそのままで時が経ち、観客の声も落ち着いてきたところで、転生された時とは違う白色の細い杖を握るアルバトロスの左腕が持ち上がっていく。
「……どうやら、時間には正確なようだ」
呟きの意味は、直後に訪れた雷鳴によって明らかになる。劈くような音が鳴り止むよりも先に、アルバトロスの対面には仮面と黒装束で全身を覆い隠した男の姿が現れていた。
「これでも、この時を待ち望んでいた。遅れるなどという事はあり得ない」
感情を映さない声からは、言葉の真偽を計ることはできない。表情すら仮面の下にある以上、それは尚更。
「それはなんとも光栄な事だ。精々、失望させないよう尽力するとしよう」
対照的に、アルバトロスの声は過剰なほどの情緒を含んでいた。謙虚な言葉とは正反対の皮肉と嘲りの混じった薄笑みにも、ヨーラッドは欠片も反応を見せない。
「始めよう。準備は出来ているな、アルバトロス卿」
「勿論。だが、そうだな、出来る事ならば号砲のようなものが欲しいところではあるか」
両者の決闘の勝敗を定める審判員などは、この場に用意されてはいない。互いが、あるいは片方が止めるまで続く旧式の決闘においては、開始の刻も両者で決めるしかない。
提案を口にしたアルバトロスは、自らの白装束の中から緩慢な動作で取り出した銀色の硬貨を、見せつけるように両手を行き来させる。
「特に提案が無ければ、これが地に落ちたその時を始まりとしようと思うが」
「構わない。ただ、硬貨はウルマ帝国公用のものとしてもらおう」
「義理立てか。我は構わぬが、生憎と今はこの一枚しか手元に無い」
「金など、この場にはいくらでもある」
ヨーラッドが手を水平に差し出すと、客席から金色の硬貨が一枚、引き寄せられるかのようにその上へと飛び、そして止まった。
「仕込みは無い。好きに放るといい」
「ふむ、そうさせてもらおう」
投げられた硬貨を受け取ると、アルバトロスはそのまますぐに宙に打ち上げた。
天高く上がった硬貨は、最高点に達した瞬間から重力に引かれて加速を始めていく。観客の視線は自然とそれを追い、決闘を行う本人達は互いに睨み合いの形のまま首を傾けすらしない。
「…………」
決闘の始まりは、無音だった。少なくとも、外から見ていた者にとっては、ヨーラッドの初手は硬貨を地面が弾く音よりも早く見えた。
だが、それは互いにとって協定の違反を意味しない。
光の速度は、音の約八十八万倍。それには劣るものの、音の約五百倍の速度を持つ雷へと変成したヨーラッドがアルバトロスとの距離を零に詰めるまで、硬貨の音が鳴り響くのを待つ必要は無い。
「……っ」
硬貨が地面を踊るように跳ねる音に更に遅れて、ようやく観客が一斉に息を呑む。その視線の先には、朧気に人の輪郭を取った雷と、その腕に見える部分から伸びた三本の細い刃物に首を貫かれたアルバトロスの姿があった。
白い髪に白装束、虹色の目をした魔術師が、闘技場の中心、四方からの歓声を受けて呟く。鈴のような声は不思議と響き渡り、更に歓声を盛り立てていく。
熱を増す舞台の中、アルバトロスの目は闘技場の端から端までを眺める。地形は凹凸の無い平面の円形、中距離戦の間合いより一回り広い面積に、障害物の類は一切無い。
「……紛れは作りようもないか」
口の中だけの呟きは、低く、客席までは届かない。
「しかし、此度の敵手はまだ姿を現さぬのか」
「は、はい。そのようです」
呟きにも似た言葉が問いかけであると気付くのに遅れたか、やや間をあけて、闘技場の周囲を固める兵の内の一人がようやく返答した。
「ヨーラッド・ヌークスはそういう奴です。あいつに礼節なんてものは無い」
距離をおいて右側、他の兵が吐き捨てるように言う。一度だけその声に目をやるも、すぐにアルバトロスは興味を失ったように視線を戻した。
しばらくそのままで時が経ち、観客の声も落ち着いてきたところで、転生された時とは違う白色の細い杖を握るアルバトロスの左腕が持ち上がっていく。
「……どうやら、時間には正確なようだ」
呟きの意味は、直後に訪れた雷鳴によって明らかになる。劈くような音が鳴り止むよりも先に、アルバトロスの対面には仮面と黒装束で全身を覆い隠した男の姿が現れていた。
「これでも、この時を待ち望んでいた。遅れるなどという事はあり得ない」
感情を映さない声からは、言葉の真偽を計ることはできない。表情すら仮面の下にある以上、それは尚更。
「それはなんとも光栄な事だ。精々、失望させないよう尽力するとしよう」
対照的に、アルバトロスの声は過剰なほどの情緒を含んでいた。謙虚な言葉とは正反対の皮肉と嘲りの混じった薄笑みにも、ヨーラッドは欠片も反応を見せない。
「始めよう。準備は出来ているな、アルバトロス卿」
「勿論。だが、そうだな、出来る事ならば号砲のようなものが欲しいところではあるか」
両者の決闘の勝敗を定める審判員などは、この場に用意されてはいない。互いが、あるいは片方が止めるまで続く旧式の決闘においては、開始の刻も両者で決めるしかない。
提案を口にしたアルバトロスは、自らの白装束の中から緩慢な動作で取り出した銀色の硬貨を、見せつけるように両手を行き来させる。
「特に提案が無ければ、これが地に落ちたその時を始まりとしようと思うが」
「構わない。ただ、硬貨はウルマ帝国公用のものとしてもらおう」
「義理立てか。我は構わぬが、生憎と今はこの一枚しか手元に無い」
「金など、この場にはいくらでもある」
ヨーラッドが手を水平に差し出すと、客席から金色の硬貨が一枚、引き寄せられるかのようにその上へと飛び、そして止まった。
「仕込みは無い。好きに放るといい」
「ふむ、そうさせてもらおう」
投げられた硬貨を受け取ると、アルバトロスはそのまますぐに宙に打ち上げた。
天高く上がった硬貨は、最高点に達した瞬間から重力に引かれて加速を始めていく。観客の視線は自然とそれを追い、決闘を行う本人達は互いに睨み合いの形のまま首を傾けすらしない。
「…………」
決闘の始まりは、無音だった。少なくとも、外から見ていた者にとっては、ヨーラッドの初手は硬貨を地面が弾く音よりも早く見えた。
だが、それは互いにとって協定の違反を意味しない。
光の速度は、音の約八十八万倍。それには劣るものの、音の約五百倍の速度を持つ雷へと変成したヨーラッドがアルバトロスとの距離を零に詰めるまで、硬貨の音が鳴り響くのを待つ必要は無い。
「……っ」
硬貨が地面を踊るように跳ねる音に更に遅れて、ようやく観客が一斉に息を呑む。その視線の先には、朧気に人の輪郭を取った雷と、その腕に見える部分から伸びた三本の細い刃物に首を貫かれたアルバトロスの姿があった。
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