15 / 36
二章 彼女
2-9 寿司は回る、されど食はさほど進まず
しおりを挟む
「あんたの理想のデートって、どんな感じなの?」
「そうだな……一周回って、テニスとかしたいかもしれない」
乙女チックな話題に、ベタなデートスポットがいくつか頭に浮かんだが、それらをあえて却下してスポーツの方に走ってみる。きっと、こんな感じの方が健康的でいい。別にテニス経験ないけど。
「着物じゃできないじゃない!」
「……お、おう、そうだな」
幾分強めの発声は、おそらくツッコミだと思われるが、こちらはボケていないので反応に困る。もしかしてあれか、そういうボケか。
「着物ならそうだな、温泉旅館とかにでも行けばいいんじゃないか?」
「温泉旅館……も、もう、エッチ」
今度はボケはボケでも色ボケしているようだが、下手な事を言うと話が拗れるのでこの場は流す。
「まぁ、相手次第でもあるだろうから、ここで考えてもしょうがない面もあるな」
「じゃ、じゃあ、私相手なら?」
「金が無いお前相手だと、このくらいで妥協するしかないらしい」
左側で回っている皿を取り、手掴みで寿司を口に運ぶ。
「仕方ないじゃない、私だってもう少しお金入ってると思ってたんだもん」
自分から財布宣言しておいて、肝心の可乃の財布には一万円どころか五千円札すら入っていなかった。すっかり寿司を奢らせるつもりだった俺は、仕方なく回らない寿司から回る寿司にランクを落としたというわけだ。
「まぁ、若い内から美味いものばっかり食べてるとそれに慣れちまうから、たまには回転寿司なんかに来てみるのもいいんじゃないか?」
「あんたって、たまに知ったような事言うわよね」
「そう言われると聞こえが良くないな」
知ったような、とは実際は知らないという事だ。要するに、知ったかぶりをしているように見えるというのに近い。
「多分、先輩の影響だろうけど、もう少し上手くやらないと駄目か」
「先輩って、月代先輩?」
「そう、月代先輩」
あの人に出会った当初は、とにかく手の平の上で転がされた。一度など、本気で自分が実は女なのだと思い込み、女子更衣室に入りかけた事もあったくらいだ。
「ねぇ、デート中に他の女の名前出すのって、最低だと思わない?」
「名前出したのはお前じゃん」
「うっ……じゃあ、他の女の事考えるのが最低!」
「思想の自由に踏み込んで来るか。大体、デートっていってもそんな大層なもんじゃないだろうに」
デートという言葉の意味を正確に知っているわけでもないが、少なくとも俺と可乃は付き合っているわけではない。つまり、この場合可乃は、食事をする相手がたまたま異性だったというだけの事をデートと呼んでいるに過ぎない。
「まぁ、いいわ。私は心が広いから、今回は許してあげる」
「お前なんかに許してもらわなくても、こっちには憲法が付いてるから平気だ」
「拳法? 格闘技なんかやってたの? ……はっ、もしかして、私を殴る気!?」
腕を顔の前に構えて身体を揺らす可乃が、何をどう勘違いしたのかは大体わかる。言論と思想の自由の話は、少しばかり難しすぎたようだ。
「すいません、お会計いいですか?」
「ちょっ、変なタイミングで! 私が変なやつだと思われるじゃない!」
「大丈夫だ、多分馬鹿だと思われるだけですむ」
「同じだから!」
実際のところ、軽く構えをとっていた事などより、無駄に声を張り上げている事の方が普通に目立つ。奇声を上げる可乃を見て、呼び止めた店員が声を掛けるタイミングに困っていた。
「……えっと、お会計ですか?」
「はい、お願いします」
「1、2、3……16枚で、1600円になります」
税込みで100円のランチタイムは、小銭がわかりやすくて助かる。可乃が六枚しか食べなかったため、純粋に料金としても財布に優しい事になっていた。
「よし。行くぞ、可乃」
店員から料金表みたいなものを受け取り、レジにまで歩く。小銭を整理するのが面倒なので、千円札二枚で会計を済ませ、釣りを受け取って外に出る。
「ん、あれ? 私に奢らせるんじゃなかったの?」
会計が終わり、外に出たところで、やっと気付いたように可乃は首を傾げた。
「勘違いするな、別に俺が奢ったわけじゃない。ただ、店員の前で女に金を出させるってのはプライドが許さなかっただけだ」
「割りと本気で、あんたって最低よね。……本当、私も付いてないわ」
ぶつくさといいながらも、それでも金を出してくれる素直さは、きっと社会に出た時に可乃を苦しめるだろう。優しい誰かに守ってもらえるといいね。
「取るなら早く取りなさいよ。この守銭奴、甲斐性無し」
「いや、俺も鬼ではない。ここは特別に割り勘にしておいてやろう」
可乃の手から千円札だけを受け取ると、代わりに200円をそこに置く。
「いいの?」
「気にするな、そもそも、良く考えれば奢られる理由もないしな」
「あっそ、ありがと」
最初に全額奢らせると言っておいたおかげで、割り勘にしただけで礼を言われるというおかしな事になった。しかも、食べた額は俺の方が多いため、可乃は実質的には俺の分の金を払っておきながら礼を言っている事になる。まったく、こんな笑える話はない。
「ね、ねぇ、まだ帰らないでしょ? どこか行きたいとことかない?」
心なしか頬を赤らめ、次のプランを問うてくる可乃を見て、なぜか知らないが一瞬だけ自分が本当に最低な男であるかのような錯覚に襲われた。
「そうだな……一周回って、テニスとかしたいかもしれない」
乙女チックな話題に、ベタなデートスポットがいくつか頭に浮かんだが、それらをあえて却下してスポーツの方に走ってみる。きっと、こんな感じの方が健康的でいい。別にテニス経験ないけど。
「着物じゃできないじゃない!」
「……お、おう、そうだな」
幾分強めの発声は、おそらくツッコミだと思われるが、こちらはボケていないので反応に困る。もしかしてあれか、そういうボケか。
「着物ならそうだな、温泉旅館とかにでも行けばいいんじゃないか?」
「温泉旅館……も、もう、エッチ」
今度はボケはボケでも色ボケしているようだが、下手な事を言うと話が拗れるのでこの場は流す。
「まぁ、相手次第でもあるだろうから、ここで考えてもしょうがない面もあるな」
「じゃ、じゃあ、私相手なら?」
「金が無いお前相手だと、このくらいで妥協するしかないらしい」
左側で回っている皿を取り、手掴みで寿司を口に運ぶ。
「仕方ないじゃない、私だってもう少しお金入ってると思ってたんだもん」
自分から財布宣言しておいて、肝心の可乃の財布には一万円どころか五千円札すら入っていなかった。すっかり寿司を奢らせるつもりだった俺は、仕方なく回らない寿司から回る寿司にランクを落としたというわけだ。
「まぁ、若い内から美味いものばっかり食べてるとそれに慣れちまうから、たまには回転寿司なんかに来てみるのもいいんじゃないか?」
「あんたって、たまに知ったような事言うわよね」
「そう言われると聞こえが良くないな」
知ったような、とは実際は知らないという事だ。要するに、知ったかぶりをしているように見えるというのに近い。
「多分、先輩の影響だろうけど、もう少し上手くやらないと駄目か」
「先輩って、月代先輩?」
「そう、月代先輩」
あの人に出会った当初は、とにかく手の平の上で転がされた。一度など、本気で自分が実は女なのだと思い込み、女子更衣室に入りかけた事もあったくらいだ。
「ねぇ、デート中に他の女の名前出すのって、最低だと思わない?」
「名前出したのはお前じゃん」
「うっ……じゃあ、他の女の事考えるのが最低!」
「思想の自由に踏み込んで来るか。大体、デートっていってもそんな大層なもんじゃないだろうに」
デートという言葉の意味を正確に知っているわけでもないが、少なくとも俺と可乃は付き合っているわけではない。つまり、この場合可乃は、食事をする相手がたまたま異性だったというだけの事をデートと呼んでいるに過ぎない。
「まぁ、いいわ。私は心が広いから、今回は許してあげる」
「お前なんかに許してもらわなくても、こっちには憲法が付いてるから平気だ」
「拳法? 格闘技なんかやってたの? ……はっ、もしかして、私を殴る気!?」
腕を顔の前に構えて身体を揺らす可乃が、何をどう勘違いしたのかは大体わかる。言論と思想の自由の話は、少しばかり難しすぎたようだ。
「すいません、お会計いいですか?」
「ちょっ、変なタイミングで! 私が変なやつだと思われるじゃない!」
「大丈夫だ、多分馬鹿だと思われるだけですむ」
「同じだから!」
実際のところ、軽く構えをとっていた事などより、無駄に声を張り上げている事の方が普通に目立つ。奇声を上げる可乃を見て、呼び止めた店員が声を掛けるタイミングに困っていた。
「……えっと、お会計ですか?」
「はい、お願いします」
「1、2、3……16枚で、1600円になります」
税込みで100円のランチタイムは、小銭がわかりやすくて助かる。可乃が六枚しか食べなかったため、純粋に料金としても財布に優しい事になっていた。
「よし。行くぞ、可乃」
店員から料金表みたいなものを受け取り、レジにまで歩く。小銭を整理するのが面倒なので、千円札二枚で会計を済ませ、釣りを受け取って外に出る。
「ん、あれ? 私に奢らせるんじゃなかったの?」
会計が終わり、外に出たところで、やっと気付いたように可乃は首を傾げた。
「勘違いするな、別に俺が奢ったわけじゃない。ただ、店員の前で女に金を出させるってのはプライドが許さなかっただけだ」
「割りと本気で、あんたって最低よね。……本当、私も付いてないわ」
ぶつくさといいながらも、それでも金を出してくれる素直さは、きっと社会に出た時に可乃を苦しめるだろう。優しい誰かに守ってもらえるといいね。
「取るなら早く取りなさいよ。この守銭奴、甲斐性無し」
「いや、俺も鬼ではない。ここは特別に割り勘にしておいてやろう」
可乃の手から千円札だけを受け取ると、代わりに200円をそこに置く。
「いいの?」
「気にするな、そもそも、良く考えれば奢られる理由もないしな」
「あっそ、ありがと」
最初に全額奢らせると言っておいたおかげで、割り勘にしただけで礼を言われるというおかしな事になった。しかも、食べた額は俺の方が多いため、可乃は実質的には俺の分の金を払っておきながら礼を言っている事になる。まったく、こんな笑える話はない。
「ね、ねぇ、まだ帰らないでしょ? どこか行きたいとことかない?」
心なしか頬を赤らめ、次のプランを問うてくる可乃を見て、なぜか知らないが一瞬だけ自分が本当に最低な男であるかのような錯覚に襲われた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる