妹の友達と付き合うために必要なたった一つのこと

玄城 克博

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二章 彼女

2-10 ショッピングモールを回る、されど猫に食指は進まず

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「……さて、よりにもよって来てしまったな、ここに」

 数あるデートスポットの中で最も俺達にとって相応しくないであろう場所を前に、思わずゴクリと息を飲む。いや、実際にゴクリなんて音はしないが、そのくらいの覚悟だという事だ。

「なんでそんな怖い顔してんの」

「実は、こっちが俺の素の顔だ。普段の顔は……ああ、思いつかねぇ」

「適当に見切り発車してんじゃないわよ」

 怒られてしまうが、完全に10%俺の落ち度なので何も言わずに可乃を睨む事くらいしかできない。

「ちょっと、もっと顔怖くなってるんだけど」

「90%に怒りをぶつけてるんだ」

「まだ10%上がある、とかいう奴?」

 可帆がいつも通り見当外れな返しをするも、これも10%俺の落ち度なので下唇を噛む。

「うわっ、怖っ、その顔、怒ってる時のお父さんより怖いから」

「だから90%……しつこいわ!」

「意味分かんないから、本気で怒らないでよ!」

 こんなものが俺の本気だと思われては心外だ。俺の本気はまだ10%残っている。

「いいから、早く入るわよ。話なら中入ってからでもできるでしょ」

「いや、だから、その入るというのがだな……」

 色々と話を逸らしてはみたが、やはりそんなもので目の前に控える魔獣の館から意識を逸らせるわけもなかったようで、可乃の足はすでに歩みを再開してしまっていた。

「そもそも、なんでわざわざペットショップなんかに入る必要があるのですか」

「なんで、って、それは……行くとこないし」

 特に予定も立てず、昼過ぎからデートをしようなんて言ってみたところで、張り切った着物姿も邪魔をし、そう都合のいい場所など無いというのが現実だ。現に、今こうして特に変哲もないショッピングモールなど回っているのがその証左だった。

「いや、だからといって店を全部見て回る必要も無いだろうが」

 しかし、いくら暇だからといって、ペットショップというのはどうなのか。それは例えるなら、暇だから針と糸で肌を縫ってドブネズミを描くアートに挑戦しようとでもいうかのような、ゼロをマイナスにするような行為ではないかと俺は思うのだが。

「……だって、少しでも長くデートしてたいし」

 俺がぶつぶつと呟いている間に、可乃は可乃で何やら健気な事を呟いていた。聞き逃したりはしていないし、むしろ追求していく心積りである。

「そんなにデートが好きか、この色狂いめ。お前なんか、えーっと……思いつかない!」

「ちょっ、聞こえてたの!? って言うか、あんた今日なんか冴えないわね!」

「気付いてしまったか。着物姿でバッチリ決めまくった可乃ちゃん(笑)と、着の身着のままで出てきた弘人くん(仮)では釣り合わないと、今更」

「言ってないから。それに、(仮)って何よ」

「適当に()付くもの探してみただけ」

「やっぱり、いつにも増して雑じゃない」

 呆れた顔をしながら、可乃はすでにペットショップに足を踏み入れてしまっていた。むしろ、俺もいつの間にか結構ガッツリ入ってた。

「いや、何、本当に? 今からでも出た方がいいんじゃないの?」

「ここまで来て今更何言ってんの。大体、なんでそんなに嫌がってんのよ」

「なんでって、そりゃあお前、俺達の馴れ初めから終焉までの短い歴史を思い出してみろ」

 察しの悪すぎる可乃にわかりやすく直接問題点をぶつけてやると、流石に気付いたかバツが悪そうに顔をしかめた。と言うか、本当に今更気付いたのか。

「……いや、私だって、あれは悪かったかな、って思ってるわよ。何も頭ごなしに犬派のあんたを否定しなくても、もっとお互いに歩み寄れてれば、今頃は違ったのかも、とか」

「そいつは殊勝な考えだな。だが、互いに歩み寄るというのは間違いだ。俺は譲歩するつもりなどないから、そっちから一方的にトコトコと歩いてきてくれたまえ」

「あんたって、本当にクソむかつくわね、クソ」

 まぶたを痙攣させてこちらを睨む可乃は怖くて直視できないので、代わりにケージに収まった可愛らしい子犬を眺める事にする。

「ああ、犬はいい。妹の友達を彼女にできた暁には、是非とも犬耳を付けてもらいたい」

「気持ち悪い欲求を公衆の面前で吐き出さないでくれない?」

「いや、待ってほしい。部屋で一人でにやけながら言ってる方が気持ち悪いと思わないか」

「……うわっ、キモッ! 変なもの想像させないでよっ!」

 実際、自分で想像してみても大概気持ち悪かった。何が悲しくて、そんな現実の見えていない真似をしなくてはならないというのか。

「まったく、私は猫ちゃんで癒されるとするわ」

「猫にちゃんを付けるのはあれか、かわいさアピールか?」

「そうよ、かわいいから思わずちゃん付けしちゃうの。悪い?」

 どうにも言葉の意味が上手く伝わっていないようで、あえて訂正するのも面倒なので適当に愛想笑いをして茶を濁しておく。

「あっ、向こうに猫ちゃん触れる場所があるわ、行きましょっ!」

 少しの間、互いに自らの派閥の動物を愛でていると、やがて可乃が黄色い声を上げた。

「犬ちゃんを触れる場所は無いのか?」

「そこは普通にワンちゃんでいいでしょうが」

「なぜ犬は鳴き声で呼ばれるのに、猫は呼ばれないのか。とっても不思議だ」

 他愛ない会話を交わしながら可乃についていくと、すぐに触れ合いコーナーなんていかにもな名前の、簡易的な仕切りで囲われた一角に辿り着いた。

「わぁ、猫ちゃんがいっぱいっ、これ全部触っていいの?」

 可乃が思いっきり目を輝かせている理由が、しかし俺には気に入らない。

「犬ちゃんがいない……犬ちゃんがいないじゃないのさ!」

「今は猫ちゃんの時間らしいわよ。今回は、私の方がツイてたって事ね」

 勝ち誇るという言葉をそのまま表情にしたかのような可乃の顔に、俺の中の負けず嫌いな部分がムクリと鎌首をもたげる。

「いやだい、いやだい、犬ちゃんに触るんだい!」

「ちょっ、騒がないの! 子供じゃないんだから!」

「少年の心を失ったら男はそこでおしまいなんだい! 故に私は自己の欲求に歯止めをかけない事を選択したんだい!」

「なんかもうわかんないけど、とりあえず静かにして!」

 人の多い店内で、奇行を繰り広げる俺達へと向けられる目は駄々をこねる子供とその母親に向けられるそれだった。このまま可乃が俺の母親だと思われては堪らないので、渋々ながら諦める事にする。

「私は猫ちゃんに触ってくるから、あんたはそこで指を咥えて見てなさい」

「そんな事してたら、いよいよ本気でお前の乳飲み子だと思われるだろうが」

「ばっ、馬鹿、出ないわよ!」

 胸を掻き抱く可乃に、ここで「じゃあ、俺が出るようにしてやるよ」なんて言えるのが本当のイケメンなのだろうが、俺はまだその域には達していない。

「やっ……やだっ、この、変態!」

 いや、どうやら達していたらしい。

「変態変態変態変態変態、変態変態へん、たい、っはぁ、変態変態変態変態!」

「そんな息継ぎしてまで変態連呼しなくても」

「あんたがさせてるんでしょうが!」

 真っ赤な顔で怒鳴る可乃は、このままだと酸欠になりそうで心配だ。もし可乃が倒れたとして、その辺に置いて帰ったらやっぱり怒るんだろうな。

「変態な事言ってないで、あんたも猫ちゃんを愛でればいいのに」

「言っただろうが。俺は犬派で、猫は苦手なんだ」

「苦手って、なんで? 犬と違って、猫は小さいから怖くないでしょ」

「なんだ、話してなかったか?」

 可乃が犬を苦手な理由が、小さい頃にやたらとデカイ犬に襲われたからだというのは前に聞いていた。今ではじゃれていただけだったのだろうと可乃自身が認めているらしいが、それでも過去の記憶はトラウマとして残っているようで。

「子供の頃、好きなものを食べ過ぎて、結果、吐いて嫌いになるって事があるだろ?」

「いや、知らないけど。そんな事あるの?」

「あるんだよ、少なくとも俺と友希と柚木はあった」

 ちなみに、例として上げると、友希はいくら、柚木は納豆がそれで駄目になった。

「へぇ、そう。で、それが何か関係……えっ、まさか?」

「そうだ、そのまさかだ」

 何かに気付いたように、可乃が大きく息を呑む。

「あんた、猫ちゃん……食べたの?」

「……えっ、いや、違うけど。何、その発想」

 しかし、続いた可乃の言葉は予想を大きく外れ、流石の俺も思わず引いてしまった。

「だって、今の話の流れだとそういう事じゃないの?」

「いや、もっとその、猫に触れ合いすぎて嫌いになったとか、そっちが普通じゃないか?」

「なんだ、そういう事……良かった、脅かさないでよ」

 可乃はほっとしたように胸を撫で下ろしているが、脅かされたという点では俺の方もいい勝負だと思う。これからは可乃に食べられないように気をつけねばなるまい。

「まぁ、実際は別に猫が苦手な理由とか無いし、ただ犬の方が好きってだけなんだけど」

「……あんたと話してると、すごい勢いで時間を無駄にしてる気がする」

 あれだけ騒いでも犬が出てくる様子は無いようなので、仕方なく俺も可乃に並んで猫を愛でる事にした。
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