妹の友達と付き合うために必要なたった一つのこと

玄城 克博

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二章 彼女

2-11 じゃあどういう顔して話聞けばいいの

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「なんだかんだ言って、結構楽しかったわね」

 デートという名のショッピングモール散策を終えると、いつの間にか日も落ち、外はいかにも夕暮れといった紅色に照らされていた。やはり、冬の日没は驚くほどに早い。

「まぁ、俺と一緒にいればどこでも楽しいだろうな」

「なんでそんなに自信満々なの……」

 可乃が呆れた目を向けてくるも、否定しないという事はそういう事だろう。

「でも、そうね。あの時と比べれば、弘人の意味わかんない感じにも慣れてきて、それなりに楽しくやれてるのかも」

「俺の何がわからないんだ。すごく素直ないい子だろうが」

「基本的に全部わかんないわよ。急に妹の友達と付き合うとか言い出すところとか」

「ゆっくりと伏線を張りながら、そこはかとなくそれっぽい感じを匂わせつつ、一旦ミスリードで姉の友達に導いて、最終的に妹の友達と付き合うと言えば良かったのか?」

「いや、やっぱり、どうやって言おうと意味わかんないわ」

 どうでもいい話をしながら、遅々とした歩みで駅への道を歩く。ちょうど可乃と俺の家の中間辺りに位置するこの辺りからは、互いに電車に乗るのが最も早い。タクシーの方がいいとかいうセレブな意見は封殺させてもらう。

「……ねぇ、妹の友達と付き合いたい、っていうの、本気なの?」

「付き合いたい、じゃない。付き合うんだ。そう、これはその過程を描く物語」

「一応、真面目に聞いてるんだけど」

 こちらを凝視する可乃の顔は、言葉通り真剣そのものだった。ここで茶化していくのが本当の芸人という奴なのかもしれないが、俺にはボケを無視される未来と戦ってまで芸人を目指す覚悟は無い。

「少なくとも、嘘ではないな。可乃がどのくらいから本気と呼ぶのか、俺は知らないが」

「嘘ではないけど冗談だ、なんてオチは笑えないわよ」

「お前が笑えないなら、俺がその分笑ってやる。あはははははははっ!」

「真面目に聞いてる、って言ったはずなんだけど」

 可乃の視線は、冷たいというより怖い。真面目がこんなに怖いものなら、俺は一生不真面目でいい。ただ、この場合、俺が不真面目でも可乃が真面目だと意味がないのだが。

「わかったわかった。大真面目に言うなら、あれだ。普通の男が彼女が欲しい、とか言ってるのと似たようなものだと思ってくれれば、大体合ってる。それが俺の場合、妹の友達という条件が追加されただけ、みたいな」

「なるほどね……じゃあ、あんたは妹の友達じゃない彼女は欲しいとは思わないの?」

「ぶっちゃけ、思わないわけでもない。ただ、それより妹の友達と付き合いたい方が優先順位が高いわけだ」

 妹の友達の定義については、昨日も先輩や柚木を交えて話したし、今と同じような話をどこかでしたような気もするが、それでもここまで『妹の友達と付き合う』という事自体について真面目に考えさせられたのは初めてかもしれない。基本的に俺は不真面目で、その上でそんな自分を愛しているから仕方ないが。

「じゃあ、もしも、もしもよ。……月代先輩が弘人に告白してきたら、どうする?」

「他の女の名前を出すのは最低、じゃないのか?」

「私からならセーフ、なんでしょ。いいから、真面目な話なんだから、真面目に答えて」

 これでもかと真面目というワードを連発する可乃の語彙力不足をからかってやりたくもなるが、からかうという行為は真面目と真逆のベクトルに位置するのでここは堪える。

「答えるのは構わないが、こっちにも質問させてくれ。なんで月代先輩なんだ?」

 ただ、こちらからの質問くらいは許してもらえるだろう。

 可乃にとって、顔を合わせるのは昨日が初めてだったという先輩の名前がここで出てくる理由が、純粋に気になった。

「なんでって、それは……一番、可能性があると思ったから」

「可能性?」

「私の知ってる中で、だけど。あんたと仲良くて、それで、あんたが告白を受け入れそうな相手、って考えて思いついたのが、月代先輩だったの」

「なるほど、先輩は美人さんだしな」

 俺の知っている限りでは、月代先輩ほど美人という言葉が似合う人はいない。別に学校のミスコンに輝いたというわけでもないが、そもそもミスコンなんてものがないのだから仕方ないだろう。

「それだけじゃなくて。あの人は、なんか弘人に似てるのよ」

「俺も美人さんだって事か? そう言われると嬉しいな」

「ねぇ、茶化さないでって何度も言ったわよね」

「ついジョークを吐くのは、しゃべり癖みたいなもんだ。これくらいは許せ」

 溜息をつかれるも、それ以上の追求は無いので許可を得たと受け取る事にする。

「で、どうなの? あんたはその美人さんの月代先輩と付き合うの?」

「そうだな……引っ張っといて悪いが、その時にならないとわからない、が正解だな」

 可乃には見えているのかもしれないが、俺には月代先輩に告白されるビジョンが上手く想像できない。先輩の事は好きだが、それがどういった好きなのかは曖昧だ。

「へえ……逃げるんだ」

「言葉が悪いな。お前だって、友希に告白されたらどうするって聞かれたら――」

「断るわよ」

「お、おう。そうか」

 無念、友希。『兄の知人と付き合うために必要な百の方法』は原案段階で破棄された。

「じゃあ、質問を変えるわ」

「今日は随分と好奇心旺盛わんぱくガールだな。正月気分でエヴリハッピィか?」

「今、私があんたにもう一度改めて告白したらどうする?」

 俺の渾身のおふざけは、しかし可乃によってかんっぺきにスルーされてしまった。

「また面白い質問だが、さっきと同じだ。その時にならないとわからない」

「今がその時だ、って言ったら?」

 真面目を通り越して怖い、を更に通り越して、可乃の顔は一種壮絶なものへと変貌していた。能面のように固まった表情の中で、一部分だけ小さく動く口からの言葉は、電車の車輪の音に重なり、それでも都合良く掻き消されたりはしない。

「ねぇ、あの時の話、あんたは誤解だと思ってたのかもしれないけど、私は――」

「悪いな、可乃。そろそろ、俺の電車が来るから行くわ」

 それでも、俺達が会話を交わしている間に電車の音が聞こえるほど駅の近くにまで歩いてきていた事はたしかだから。可乃の言葉が終わる前に、俺は覚えてもいない時刻表をでっち上げ、走り出していた。

「――やっぱり、逃げるんじゃない」

 後ろから追ってくる呟きも、もちろんしっかりと聞こえていた。
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