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三章 必要
3-7 笑う門には
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「…………」
笑いとその副産物である涙が収まった時、そこにあったのはただただ重苦しい沈黙だった。先程までも俺の笑い声を除けばそうだったのだろうが、妙なスイッチが入っている最中と切れた後では、その感じ方はまさに天国と地獄。
「あー……」
無理矢理にも何か口にして状況を打開するべきだとわかってはいるものの、流石の俺でもこの局面での正解を見つけ出すのは不可能に近かった。
「すいません、笑っちゃって」
上手い解決策が無い以上は、真正面から謝るしかない。頭を下げる直前、目に入ったツッキーの表情は、無表情でも怒りでもない薄い笑みで、それがむしろ恐ろしく感じた。
「……ううん、いいの」
頭上から降ってきたのは、穏やかな声。
「可笑しいよね、変なあだ名の一つをずっと気にしてるなんて」
「それは……」
今の俺が否定したところで、そんな言葉には何の説得力もないだろう。
だが、ツッキーが真剣に悩んでいるのはおそらく事実であり、それを他人が下らないと一蹴するのはあまりに無責任というものだ。……うん、無責任だ。
「頭、上げて。怒ってないよ」
素直に言葉に従い顔を上げると、そこには先程と同じ笑みがあった。
「花火が弘人くんを家に連れてきた理由が、やっとわかった」
「……ツッキーと会わせるため、じゃないんですか?」
呼び名にしばし迷うも、結局は本人の望んだあだ名の方を口にする。
「そういう意味じゃなくて。じゃあ、家に連れてくるほど仲良くなった理由、かな」
言い直した方の理由は、俺にもわからない。だが、ツッキーは確信を持ったような強い口調でそれを口にした。
「弘人くんは、花火に似てるんだ」
「似てる、ですか?」
つい最近、同じような事を言われたのを思い出す。
俺と先輩のどこが似ているのか。自分ではそうは思わないものの、こうも短期間で二度も同じ事を言われるという事は、他人からはそう見えているのだろうか。
「前に、花火にも同じ話をしたの。そうしたら、あの子も突然笑い出してね」
初詣の時、俺の願い事を思いっきり笑い飛ばした先輩の姿を思い出す。
とは言え、俺の知る限りでは、先輩に特別な笑い癖があるわけではない。俺に関しては言うまでもなく、この場合、偶然にもツッキーのあだ名を取り巻く流れが両者のツボに入ってしまっただけだとは思うが、それを似ていると言われればそうなのかもしれない。
「あの一回だけかな、花火と喧嘩したの。喧嘩って言っても、私が怒ってる間、花火はずっと笑ってるだけだったけど」
その光景を思い浮かべると、中々にシュールなものを感じる。もっとも、先程の俺も似たようなものだったのかもしれないが。
「やっぱり、すいません。馬鹿にするつもりは無かったんですけど」
「わかってる。花火もそう言ってたから」
笑みを深めたツッキーの手が俺の額に触れようとするも、寸前で引いていく。
「それに、本当に怒ってないんだよ。むしろ、嬉しい」
代わりに手を水槽に付き、一度だけ視線をそちらに移して、すぐに戻した。
「花火だけじゃなくて、弘人くんも笑ってくれたおかげで、他の人からすれば私の悩みなんて本当に下らないものなんだって、そう思える気がする」
今日一番の明るい笑みを浮かべたツッキーの言葉の、全てが本当だとは思わない。
つい先日に知り合った妹の後輩、その程度の関係である俺が何をしたところで、昔からツッキーの抱えてきた問題が解決するわけがない。
それでも、全てが嘘だとも思いたくはない。もしもそうだとしたら、そこまで気を遣わせてしまっているのだとしたら、俺はツッキーの傍にいるべきではない。
「ありがとう、付き合ってくれて」
だが、続いた言葉は別れの言葉にしか聞こえなかった。
「私を立ち直らせるために、花火に協力してくれたんだよね?」
「えっ……」
「最初からわかってたよ。あの子、頭いいけど、変なところで抜けてるから。妹の友達と付き合いたい、なんて変な事、本気で思ってる人がいるわけないのにね」
なんだか、かなり拗れた誤解をされているらしい。しかし、そんな事より、笑顔で言われた一言が俺には地味に痛かった。
「私はもう大丈夫だから。花火にも、そう言っておくね」
会話を締めにかかっているツッキーの誤解を解くべきなのだろうが、何と言えばいいのかがわからない。
「それと、お節介かもしれないけど、できれば花火と仲良くしてあげてほしいな」
結局、俺にはツッキーが背を向けて去っていくのを、ただ見送る事しかできなかった。
笑いとその副産物である涙が収まった時、そこにあったのはただただ重苦しい沈黙だった。先程までも俺の笑い声を除けばそうだったのだろうが、妙なスイッチが入っている最中と切れた後では、その感じ方はまさに天国と地獄。
「あー……」
無理矢理にも何か口にして状況を打開するべきだとわかってはいるものの、流石の俺でもこの局面での正解を見つけ出すのは不可能に近かった。
「すいません、笑っちゃって」
上手い解決策が無い以上は、真正面から謝るしかない。頭を下げる直前、目に入ったツッキーの表情は、無表情でも怒りでもない薄い笑みで、それがむしろ恐ろしく感じた。
「……ううん、いいの」
頭上から降ってきたのは、穏やかな声。
「可笑しいよね、変なあだ名の一つをずっと気にしてるなんて」
「それは……」
今の俺が否定したところで、そんな言葉には何の説得力もないだろう。
だが、ツッキーが真剣に悩んでいるのはおそらく事実であり、それを他人が下らないと一蹴するのはあまりに無責任というものだ。……うん、無責任だ。
「頭、上げて。怒ってないよ」
素直に言葉に従い顔を上げると、そこには先程と同じ笑みがあった。
「花火が弘人くんを家に連れてきた理由が、やっとわかった」
「……ツッキーと会わせるため、じゃないんですか?」
呼び名にしばし迷うも、結局は本人の望んだあだ名の方を口にする。
「そういう意味じゃなくて。じゃあ、家に連れてくるほど仲良くなった理由、かな」
言い直した方の理由は、俺にもわからない。だが、ツッキーは確信を持ったような強い口調でそれを口にした。
「弘人くんは、花火に似てるんだ」
「似てる、ですか?」
つい最近、同じような事を言われたのを思い出す。
俺と先輩のどこが似ているのか。自分ではそうは思わないものの、こうも短期間で二度も同じ事を言われるという事は、他人からはそう見えているのだろうか。
「前に、花火にも同じ話をしたの。そうしたら、あの子も突然笑い出してね」
初詣の時、俺の願い事を思いっきり笑い飛ばした先輩の姿を思い出す。
とは言え、俺の知る限りでは、先輩に特別な笑い癖があるわけではない。俺に関しては言うまでもなく、この場合、偶然にもツッキーのあだ名を取り巻く流れが両者のツボに入ってしまっただけだとは思うが、それを似ていると言われればそうなのかもしれない。
「あの一回だけかな、花火と喧嘩したの。喧嘩って言っても、私が怒ってる間、花火はずっと笑ってるだけだったけど」
その光景を思い浮かべると、中々にシュールなものを感じる。もっとも、先程の俺も似たようなものだったのかもしれないが。
「やっぱり、すいません。馬鹿にするつもりは無かったんですけど」
「わかってる。花火もそう言ってたから」
笑みを深めたツッキーの手が俺の額に触れようとするも、寸前で引いていく。
「それに、本当に怒ってないんだよ。むしろ、嬉しい」
代わりに手を水槽に付き、一度だけ視線をそちらに移して、すぐに戻した。
「花火だけじゃなくて、弘人くんも笑ってくれたおかげで、他の人からすれば私の悩みなんて本当に下らないものなんだって、そう思える気がする」
今日一番の明るい笑みを浮かべたツッキーの言葉の、全てが本当だとは思わない。
つい先日に知り合った妹の後輩、その程度の関係である俺が何をしたところで、昔からツッキーの抱えてきた問題が解決するわけがない。
それでも、全てが嘘だとも思いたくはない。もしもそうだとしたら、そこまで気を遣わせてしまっているのだとしたら、俺はツッキーの傍にいるべきではない。
「ありがとう、付き合ってくれて」
だが、続いた言葉は別れの言葉にしか聞こえなかった。
「私を立ち直らせるために、花火に協力してくれたんだよね?」
「えっ……」
「最初からわかってたよ。あの子、頭いいけど、変なところで抜けてるから。妹の友達と付き合いたい、なんて変な事、本気で思ってる人がいるわけないのにね」
なんだか、かなり拗れた誤解をされているらしい。しかし、そんな事より、笑顔で言われた一言が俺には地味に痛かった。
「私はもう大丈夫だから。花火にも、そう言っておくね」
会話を締めにかかっているツッキーの誤解を解くべきなのだろうが、何と言えばいいのかがわからない。
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結局、俺にはツッキーが背を向けて去っていくのを、ただ見送る事しかできなかった。
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