いきなりマイシスターズ!~突然、訪ねてきた姉妹が父親の隠し子だと言いだしたんですが~

桐条京介

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第11話 里奈の怯え

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「こんなことなら食材を買ってきておくべきだったな」

 奏が腰に手を当て、コンロの上のフライパンの中身を菜箸で掻き回す。普段からあまり料理をしない透と違い、手慣れている。

 今回も里奈がお手伝いを申し出たが、やはり大層なものは作らないという理由で遠慮されていた。そのせいか、どことなく申し訳なさそうだ。

 一方で腹ペコ状態を隠そうともしない奈流は、期待で目を輝かせている。

「おいしそうなにおいだねー。よだれがとまらないよー」

「もう奈流ってば。お口をきちんと閉じてなさい」

 嗜めつつ、里奈はお姉さんらしく濡れた奈流の口元をティッシュで拭く。母親が生きている頃から、この姉妹はきっとこんな感じで生活してきたのだろう。

「お兄ちゃんも、奏お姉ちゃんのりょうり、たのしみだよねー」

「そうだな」

 頷いてから考える。女性の手料理というものを、一体どのくらい食べていないのかと。

 もっとも透の場合は恋人がいた経験もないので、おふくろの味ということになるのだが。

 銭湯で異性としての意識を多少してしまったせいか、奏の後姿にもこれまでと違う印象を受ける。

 スーツとはいえ私服姿なのも影響しているのか、妙に女性らしく見えるのだ。

 彼女の性別は女性なので当然といえば当然なのだが、透の中では明確な変化だった。

 視線が後姿の中でも女性らしい丸みを帯びた部分へ無意識に移動しかけたその瞬間、透を注意するかのごとくドアがノックされた。

 透が立つより先に、奏が反射的に返事をして玄関へ移動する。

「あら、晩御飯まで作ってくれてたの? そうしてると新妻みたいよ。この機会に透君とくっついてしまいなさいな」

 貧乏アパートにインターホンなんて高価なものはないので、ドアを開けるまで来訪者が誰かはわからない。

 顔を見せた綾乃の第一声を受け、奏は掴んでいるドアノブを押して鍵をかけた。

「ちょっと! 母親を締めだすなんてどういう娘なのかしら。開けないと号泣するわよ」

「それが小学校で長を務める者の発言ですか。里奈君の方が大人に見えますよ」

 観念した奏は、綾乃を中に入れて調理に戻る。背中が透に後は任せると言っていた。

「用事の方はもういいんですか?」

 真っ先に出迎えた奈流とハグをしている綾乃に声をかける。

「ええ。それに報告もあるしね」

「報告ですか?」

「急な話だけど明日から里奈ちゃんと奈流ちゃんには、私が校長をしている小学校に通ってもらうわ」

 大きな胸を張る綾乃。

 まさしく急な話だった。

「透君とこの家で暮らすのなら、転校するのが当たり前でしょ。諸々の手続きはやっておいたから心配しないで。神崎さんとも話はついているわ」

 各方面にツテもある綾乃が動いてくれただけに、話がとんとん拍子で進んでいく。

 透自身も姉妹を小学校へ通わせる必要があると思っていたのでありがたい話だった。

「感謝しますけど、よく手続きがすんなり終わりましたね。色々と関係書類も必要になるような気がするんですけど」

「ああ。そこらへんはね、強引に突破しちゃった」

 悪びれもせずに言った綾乃を前に透は絶句する。強引な力技を使って、書類が整う前に姉妹を学校へ通えるようにしたのは明らかだった。

「無理をさせてしまったようですみません。でも助かります」

 透が頭を下げると、慌てて里奈もお礼を言い、隣の妹にも同様にさせた。

「気にしないで。透君の助けになると決めたもの。お礼を言うなら、誰に対しても分け隔てなく接して人望を集めた武春君に言いなさい」

「武春お――父さん」

 里奈が仏間の方を見る。

 今朝も食事前に、皆で仏壇へ手を合わせていた。

「困ったことがあったらすぐに相談しなさい。出来る限り力になるわ。さあ、話は終わり。晩御飯を食べましょう。透君の新妻が愛情込めて作った料理が待っているわ」

「子供にまで変なことを吹き込まないでください!」

「いいじゃない。将来的にそうなるんだから」

「なりません!」

 断言されると少し悲しい気持ちになるが、だからといって透も綾乃さんの言う通りにしましょうとはならない。誰にだって気持ちというものがある。





 夜の闇が濃さを増し、外からは車の走る音さえ聞こえてこなくなる。

「二人とも眠りましたか?」

 透は居間へ降りてきた綾乃に尋ねる。彼女はつい先ほどまで、姉妹を寝かしつけてくれていた。

「ウフフ。私はたいして必要なかったわ。里奈ちゃんがお姉さんらしく、奈流ちゃんの面倒を見ているからね。少し、しっかりしすぎているくらい」

「子供らしくないところは多々ありますね」

「この家で暮らすうちに、徐々にでも本来の子供らしさが戻ればいいのだけどね」

 綾乃が奏の隣に腰を下ろす。

「あの子たちも眠ったし、話をしましょうか。例の借金とやらは本物のようね。二度と姉妹に関わらない誓約書にサインさせた上で三百万円を全額支払う。透君の要望通りにしたけど、本当にこれでよかったの?」

 肯定した透とは対照的に、心底驚いたような顔をしたのが奏だ。

「何だその三百万というのは」

 細部までは知らされていなかったらしい奏に、透は事情を説明する。

 銭湯で姉妹も世話になったし、隠しておくよりは教えようと判断した。

 その結果、

「君は阿呆か」

 という聞き覚えのある言葉を貰った。

「相手の言い分通りにするとは信じられないな。私なら徹底抗戦するぞ」

「でしょうね。ただ俺がそれをやると、相手は確実に姉妹を標的にします。それならいっそ金を払って、二度と関わるなと言ってやった方がいいかと思ったんです」

「忠告したところで考えは変わらないのだろうな。今回の件で初めて君の頑固さを知ったよ。個人的な印象としてはあまり自分を持っておらず、日々を淡々と過ごすタイプだと思っていたのだが」

 透は苦笑した。奏の指摘は大体当たっていたからだ。

 他人を優先するといえば聞こえはいいが、それは真っ先に大事にする何かが自分の中にないことを意味する。少なくとも透はそうだった。

 何も言い返せない透に代わって、綾乃が口を開く。

「そういう言い方はないでしょ。少しは旦那様を立ててあげなさい」

「母さんはいい加減にしてください。私は――はあ。もういいです」

 文句を言っても柳に風と受け流されると判断したのか、奏はため息とともに台詞を中断した。

 帰ると立ち上がった奏の背中を、母親である綾乃が追いかける。

「里奈ちゃんたちを学校へ案内するから、透君が出勤する前に迎えに来るわね」

 今日の夜だけで何度も助けてくれた母娘がいなくなると、途端に居間がシンとする。

 これがずっと当たり前だったのに、寂しく感じられるから不思議だった。

 やることもなく、一人ぼんやりと正面のテレビを眺める。普段はゲームしたりDVDを見たりするが、今夜もそういう気分にはなれなかった。

 今日も座布団を並べて敷布団代わりにするか。

 軽く伸びをして、寝床の準備をしようとした透の前に、里奈がやってきた。

 綾乃に買って貰ったと思われる、ピンクとブルーのハートマークが重なった小さな柄が幾つもあるパジャマを着ていた。

「どうした。眠れないのか?」

 尋ねる透の前で膝をつき、これ以上ないほど里奈は上半身を折り曲げた。

「ありがとうございました。ママの借金を返してくださった分は、あとで必ず私がお支払いします」

 必要ないと言おうにも、母親の借金だからと里奈は譲らないだろう。ならば透が言うべき台詞は決まっていた。

「何十年かかってもいいから、無理をせずに返せ。親父が残してくれた金だ。母親は違っても、娘のために使うなら文句も言わないだろ」

 里奈がビクっと体を震わせる。

 何かに怯えているようにも思えるが、透の勘違いで感動しているのかもしれない。

「明日の朝には綾乃さんが迎えに来る。一日中家にいるより、学校で勉強した方がいいだろ」

「あ、あの。それですけど、私は家にいてお手伝いをした方がいいと思うんです」

 妹の奈流は小学校に通わせてほしいが、自分は働きたい。里奈はそう言っている。

 相手の意図を察しても、ならそうしてもらおうとはならない。どんなに大人びていようとも、里奈はまだ小学三年生の女児なのだ。

「お前が家に残ってるのを見て、妹は素直に学校へ通うのか?」

 透の指摘に、里奈は顔をしかめる。

「そ、それは……私が言い聞かせます!」

 自然とため息がこぼれる。決意は立派だが、女児に家事をやらせて学校へ通わせないとなれば大問題である。

 その点を説明すると里奈は俯いたが、それでも家の手伝いをした方が……と折れる気配は見せない。

 どうしてこんなにも強情なのかと考え、透はもっともありえそうな結論に辿り着く。

「もしかして役に立たないと俺に追い出されると思ってるのか? だとしたら少し不愉快だな。お前らが本当に親父の娘なら、母親は異なっても俺は兄だ。可能な限り家族を養おうとするのは当たり前だろ。わかったら、さっさと寝ろ。明日、妹と一緒に学校へ行くためにな」

 これ以上、透を不機嫌にしても得はない。そう子供らしからぬ判断をしたのか、それとも単純に怖くなったのか。

 どちらかは不明だが、とりあえずは里奈もわかりましたと応じた。

 居間から立ち去る際、里奈が振り返った。

「お世話になります」

 ぺこりと小さな頭を下げて、二階へ上っていく。

 遠慮気味の足音を聞きながら、透はこの日何度目かもわからないため息をつく。

 果たしてあの姉妹と上手くやっていけるのだろうか。親父もとんでもない遺産を残してくれたものだと。
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