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第68話 大都会
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汽車での数時間の移動も終わり、哲郎と水町玲子は見るからに大都会の日本の中心部へやってきていた。
数十年先の未来の光景には及ばなくとも、この時代には見る者を圧倒する威圧感があった。
全国各地から集まってきた若者たちで街は溢れかえり、哲郎たちの地元とは比べ物にならないくらいの賑やかさだ。
交通もだいぶ整備されており、珍しい車が道路を走る。まるで未来図みたいな光景に、隣にいる水町玲子が感嘆のため息をついた。
「凄いね……」
漏れ聞こえてきた呟きに、哲郎は「そうだね」と応じる。別段感動はなかったが、興味のなさを前面に出しすぎると怪しまれる。
「日が暮れないうちに、早くホテルへ行こう」
ぼーっとしている水町玲子に声をかけ、哲郎は二人分の荷物を抱える。
すぐに我に返った恋人の少女が自分のを持とうとするが、力仕事は男の役目だとキザな物言いで哲郎が制した。
力自慢なわけではなく、どちらかといえば標準か、少し下くらいだろう。それでも女性の水町玲子に比べれば、十分すぎるほどの腕力を所持している。
最初は申し訳なさそうにしていた玲子も、そこまで言ってくれるのならと、素直に哲郎へ自分の荷物を預けてくれた。
哲郎が歩き出すのに合わせて、すぐ後ろを恋人の少女がついてくる。迷子になったりしないように、上衣のすそを軽く掴んでいる様子がなんとも可愛らしかった。
哲郎たちが大学受験の際の宿泊施設として選んだのは、大学近くにある立派なホテルだった。
修学旅行でホテルには宿泊しているものの、そこよりもさらに一段、格式が高い感じの宿泊施設だ。
経営が軌道に乗っている水町家の財力があれば、二、三泊は楽にできる。一方の哲郎も、これまでに貯めたアルバイト代があった。
恋人の少女に誕生日などのプレゼントを贈ったりする以外は、ほとんど使わずに貯金していたのである。
後々必要になるかもしれないという事前準備よりかは、単純に毎日が忙しすぎて、使っている暇がなかったのだ。
結果的に高校一年生から貯め始めたお金は、現在ではかなりの額に到達していた。
哲郎の宿泊費用も負担しようとしてくれた水町玲子の両親に、笑顔で「大丈夫です」と告げた理由はそこからきていた。
「なにか……暑く感じるね」
すぐ後ろを歩いている水町玲子が、そんな感想を口にした。
哲郎たちの地元では、冬には結構な量の雪が降る。それゆえに寒さも、身を切り裂くくらいの鋭さがあった。
けれどこの街の冬事情は少し違う。雪の姿はほとんど見えず、確かに寒いものの、凍えて倒れそうなほどではない。
すでにここに住んでいる人々とは違い、哲郎も水町玲子も地元の気候に合わせて、たっぷりと厚着をしている。
加えて人口密度の濃さが、体感温度を上昇させているのだろう。よく見ると、水町玲子の顔は少しだけ赤くなっていた。
汗ばむほどではないにしろ、暑いと言うだけの状態になってるのは理解できた。だからといって、調子に乗って服を脱げばすぐに寒くなる。
「きっと人が多いから、そう感じるんだろう」
気のせいだというニュアンスを強くした台詞に、恋人の少女が頷く。気候よりも、想像以上の人の群れにのぼせているのだ。
「ホテルはそんなに遠くないから、もうすぐ着くよ」
車で向かえばずっと早いが、普通に歩いていける距離だったので徒歩でホテルを目指している。
あと十数年もすれば気軽にバス等を利用できるようになる。しかし哲郎は不便であっても、歩くのが当たり前の現在の時代を結構気に入っていた。
車も確かに有効であるけれど、例え目的地まで距離があっても歩く方がよほど健康的で体のためになる。
このような老人チックな考え方をするのは、やはり何度も年齢を重ねてきたからだろうと思う。今の若者で、哲郎みたいな思考を持っている人間は皆無なはずだった。
やがて哲郎と水町玲子は宿泊予定のホテルへ到着する。人生の大きな関門のひとつとなる大学入試は明日に迫っていた。
*
これも信頼がもたらした幸運か。哲郎と水町玲子は同じホテルへの宿泊を許されていた。
とはいえ、さすがに部屋は別々である。加えて翌日が大学入試の本番となるため、下手な真似をするはずがないとも、思われているのだろう。
実際にそのとおりだった。試験前日ともなれば、ホテルの豪華さに驚くのもほんの数十秒程度だけ。すぐにどちらかの部屋で、明日に迫った入試の対策を開始する。
ひと頑張りしたあとで、ホテル内にあるレストランで夕食をとる。すでに数十年先の未来まで経験している哲郎にとっては珍しくもない洋食だが、この時代を生きる恋人の少女には、まだまだ目新しく見えるみたいだった。
哲郎の向かいの席へ座っている水町玲子は、ボーイさんが持ってきてくれたメニューを片手に、何を頼もうかあれこれ考えている。
中には早くしてほしいと感じる男性もいるみたいだが、哲郎の場合は違う。むしろ相手女性の仕草がとても微笑ましかった。
やがて迷った末に頭がパンクしそうになったらしい水町玲子は、こちらに「哲郎君は何にしたの」と質問をしてきた。
「俺はハンバーグだよ」
本来の哲郎は肉より魚が好きな年齢になっているが、現在はまだまだ伸び盛りの年齢。身体は野菜よりも、肉を欲しがっていた。
「じゃあ、私も同じもので」
注文が決まったところで、テーブルの上に置かれているベルを鳴らす。すると、すぐにボーイさんが哲郎たちのテーブルを目指して歩いてくる。
驚くほどの手際の良さと俊敏さは、地元の定食屋では体験できないレベルだった。
だからといって、地元の定食屋が嫌いなわけではない。あちらはあちらで独特の雰囲気があり、哲郎もおおいに気に入っている。
そもそも最初から主戦場が違うのだから、比較して戦わせること自体が間違いなのである。
注文を聞き終えたボーイが厨房へ向かうなり、向かいに座っている水町玲子が「なにか、凄いね」と感想を口にした。
「さすが都会のホテルにレストラン……といった感じなのかな」
恋人の少女に、哲郎も同調する。ここで「この程度、たいしたことではないよ」と見栄を張っても何にもならない。
「本当だよね。お父さんとお母さんにも、体験させてあげたかったな……」
少しだけ首を斜めに傾けながら、水町玲子は心からの願望を漏らした。
「大丈夫さ。工場も軌道に乗ってる。すぐに銀行の接待とかで、体験できるようになるよ」
「哲郎君、本気で言っているの? お父さんやお母さんが接待されるなんて、とてもじゃないけれど信じられないよ」
夢物語に思えたのか、無邪気な顔で水町玲子がケラケラ笑う。これから本格的なバブルに突入するのを知らないのだから、無理のない話だった。
大金を手にした者は多いが、その後にやってくる失われた十年で、何もかもを失った人間はもっと多い。それがバブルという現象なのだ。
だが水町家には、哲郎という未来を知った人間がいる。どこまでが許容範囲内で、どこからが危険ゾーンかは身をもって知っている。
なにせ最初の人生では、信用金庫で中小企業を相手に融資を担当してきた。バブル時代に設備投資をしすぎて、そのツケで長年困っている会社も数多く見ていた。
信用金庫で得たノウハウに、これまで積み重ねてきた知識、経験をプラスすれば、バブル時代に水町家の工場を大きくするのは決して無理な話ではなかった。
とはいえここで恋人の少女に、強引に「大丈夫だよ」と言っても怪しまれるばかり。仕方なしに哲郎は、何も言わずに笑ってこの話題を終了させる。
*
程なくレストランのボーイさんが、哲郎たちの注文した料理を持ってテーブルまでやってきた。
地元の食堂で用意されるハンバーグとは、何もかもが違っていた。同じメニューでありながら、どうしてここまで差が出るのか。
これが都会と田舎の違いなのかと、水町玲子は少し気圧されているみたいだった。日本の首都にも慣れている哲郎にはあまり気にならないのだが、同行女性は明らかに戸惑っている。
「どうしたの。美味しそうだよ」
メニューがテーブルの上に置かれても、ただじっと見ているだけの恋人の少女に声をかける。
返ってきたのは、ここ最近でずいぶんと聞きなれた「なにか……凄いね」という感想だった。
修学旅行で大阪にも行っているはずだが、そことはまた違う種類の賑わいが東京にはあった。
そしてホテルに入れば、まるで自分たちの地元とは別世界のような光景が広がる。若干の興奮や動揺が現れて当然である。
まだまだ箸を使う機会が多い時代なだけに、当たり前のようにフォークとナイフだけで食事をするのは手こずる人が多い。
加えてハンバーグとセットになっているライスも、フォークで食べる必要がある。
ますます混乱具合を強める水町玲子の目の前で、哲郎は先に食事を開始して見本を見せる。
決して頭の回転が遅いタイプの女性ではないので、すぐに順応して哲郎の真似を開始する。
最初こそ手間取っていたものの、やはり慣れるのは早い。数分が経過する頃には、もうこちらを見なくても食べられるようになっていた。
「哲郎君は色々と知っているから、本当に頼りになるね。私と同い年だなんて、とても信じられないよ」
経験の豊富さをひけらかしたつもりはなく、哲郎からすればごくごく普通の対応をしていただけだった。にもかかわらず、恋人の少女に先ほどの発言をさせる結果になった。
慎重に行動しようにも、これまでと明らかに態度が違えば不審がられる。まだ若くしていながらも、あらゆる知識を所持する将来有望な若者を演じるしか道はない。
周囲から尊敬の念を集められるのだから、決して不本意ではない。しかし、昔から出る杭は打たれるという言葉もある。目立ちすぎは、妬みや嫉みも呼ぶ。
十分にわかっているが、水町玲子との関係を最優先してきただけに、そこまで哲郎は周囲に気を配ってはいなかった。
特に女性と事の他親しげにして、恋人の少女との仲を悪化させるのは、どうしても避ける必要があった。
ここまではうまくやってこれたと自負している。大学生活を経て社会人になれば、行動範囲もグッと広がる。
これからは自動車が全盛の時代もやってくるし、なにかと周りは騒がしくなってくる。
望むところだ。哲郎は心の中で、自分自身に気合を入れる。水町玲子との幸せな生活を手に入れるための試練だというのなら、そのすべてを攻略してみせるだけだった。
過去をやり直せるスイッチという最大の味方もいる。冷静に考えれば、哲郎に怖いものなどないのだ。
「惚れ直してみたりした?」
冗談半分に尋ねてみたのだが、返ってきたのは哲郎をとことん喜ばせる反応だった。
「……うん」
真っ赤な顔を俯かせつつも、はっきりと水町玲子は肯定の返事をした。
水町玲子を過酷な運命から救うべく、あれこれと苦労していたのは文字どおり昔の話。過去は順調に書き換えられ、目指すバラ色の未来が哲郎の視界にかすかとはいえ映ったような気がした。
「ありがとう」
哲郎がお礼の言葉を口にしたあとは、テーブルに沈黙が舞い降りた。けれどそれは決して不快ではなく、むしろ心を暖かくしてくれた。
数十年先の未来の光景には及ばなくとも、この時代には見る者を圧倒する威圧感があった。
全国各地から集まってきた若者たちで街は溢れかえり、哲郎たちの地元とは比べ物にならないくらいの賑やかさだ。
交通もだいぶ整備されており、珍しい車が道路を走る。まるで未来図みたいな光景に、隣にいる水町玲子が感嘆のため息をついた。
「凄いね……」
漏れ聞こえてきた呟きに、哲郎は「そうだね」と応じる。別段感動はなかったが、興味のなさを前面に出しすぎると怪しまれる。
「日が暮れないうちに、早くホテルへ行こう」
ぼーっとしている水町玲子に声をかけ、哲郎は二人分の荷物を抱える。
すぐに我に返った恋人の少女が自分のを持とうとするが、力仕事は男の役目だとキザな物言いで哲郎が制した。
力自慢なわけではなく、どちらかといえば標準か、少し下くらいだろう。それでも女性の水町玲子に比べれば、十分すぎるほどの腕力を所持している。
最初は申し訳なさそうにしていた玲子も、そこまで言ってくれるのならと、素直に哲郎へ自分の荷物を預けてくれた。
哲郎が歩き出すのに合わせて、すぐ後ろを恋人の少女がついてくる。迷子になったりしないように、上衣のすそを軽く掴んでいる様子がなんとも可愛らしかった。
哲郎たちが大学受験の際の宿泊施設として選んだのは、大学近くにある立派なホテルだった。
修学旅行でホテルには宿泊しているものの、そこよりもさらに一段、格式が高い感じの宿泊施設だ。
経営が軌道に乗っている水町家の財力があれば、二、三泊は楽にできる。一方の哲郎も、これまでに貯めたアルバイト代があった。
恋人の少女に誕生日などのプレゼントを贈ったりする以外は、ほとんど使わずに貯金していたのである。
後々必要になるかもしれないという事前準備よりかは、単純に毎日が忙しすぎて、使っている暇がなかったのだ。
結果的に高校一年生から貯め始めたお金は、現在ではかなりの額に到達していた。
哲郎の宿泊費用も負担しようとしてくれた水町玲子の両親に、笑顔で「大丈夫です」と告げた理由はそこからきていた。
「なにか……暑く感じるね」
すぐ後ろを歩いている水町玲子が、そんな感想を口にした。
哲郎たちの地元では、冬には結構な量の雪が降る。それゆえに寒さも、身を切り裂くくらいの鋭さがあった。
けれどこの街の冬事情は少し違う。雪の姿はほとんど見えず、確かに寒いものの、凍えて倒れそうなほどではない。
すでにここに住んでいる人々とは違い、哲郎も水町玲子も地元の気候に合わせて、たっぷりと厚着をしている。
加えて人口密度の濃さが、体感温度を上昇させているのだろう。よく見ると、水町玲子の顔は少しだけ赤くなっていた。
汗ばむほどではないにしろ、暑いと言うだけの状態になってるのは理解できた。だからといって、調子に乗って服を脱げばすぐに寒くなる。
「きっと人が多いから、そう感じるんだろう」
気のせいだというニュアンスを強くした台詞に、恋人の少女が頷く。気候よりも、想像以上の人の群れにのぼせているのだ。
「ホテルはそんなに遠くないから、もうすぐ着くよ」
車で向かえばずっと早いが、普通に歩いていける距離だったので徒歩でホテルを目指している。
あと十数年もすれば気軽にバス等を利用できるようになる。しかし哲郎は不便であっても、歩くのが当たり前の現在の時代を結構気に入っていた。
車も確かに有効であるけれど、例え目的地まで距離があっても歩く方がよほど健康的で体のためになる。
このような老人チックな考え方をするのは、やはり何度も年齢を重ねてきたからだろうと思う。今の若者で、哲郎みたいな思考を持っている人間は皆無なはずだった。
やがて哲郎と水町玲子は宿泊予定のホテルへ到着する。人生の大きな関門のひとつとなる大学入試は明日に迫っていた。
*
これも信頼がもたらした幸運か。哲郎と水町玲子は同じホテルへの宿泊を許されていた。
とはいえ、さすがに部屋は別々である。加えて翌日が大学入試の本番となるため、下手な真似をするはずがないとも、思われているのだろう。
実際にそのとおりだった。試験前日ともなれば、ホテルの豪華さに驚くのもほんの数十秒程度だけ。すぐにどちらかの部屋で、明日に迫った入試の対策を開始する。
ひと頑張りしたあとで、ホテル内にあるレストランで夕食をとる。すでに数十年先の未来まで経験している哲郎にとっては珍しくもない洋食だが、この時代を生きる恋人の少女には、まだまだ目新しく見えるみたいだった。
哲郎の向かいの席へ座っている水町玲子は、ボーイさんが持ってきてくれたメニューを片手に、何を頼もうかあれこれ考えている。
中には早くしてほしいと感じる男性もいるみたいだが、哲郎の場合は違う。むしろ相手女性の仕草がとても微笑ましかった。
やがて迷った末に頭がパンクしそうになったらしい水町玲子は、こちらに「哲郎君は何にしたの」と質問をしてきた。
「俺はハンバーグだよ」
本来の哲郎は肉より魚が好きな年齢になっているが、現在はまだまだ伸び盛りの年齢。身体は野菜よりも、肉を欲しがっていた。
「じゃあ、私も同じもので」
注文が決まったところで、テーブルの上に置かれているベルを鳴らす。すると、すぐにボーイさんが哲郎たちのテーブルを目指して歩いてくる。
驚くほどの手際の良さと俊敏さは、地元の定食屋では体験できないレベルだった。
だからといって、地元の定食屋が嫌いなわけではない。あちらはあちらで独特の雰囲気があり、哲郎もおおいに気に入っている。
そもそも最初から主戦場が違うのだから、比較して戦わせること自体が間違いなのである。
注文を聞き終えたボーイが厨房へ向かうなり、向かいに座っている水町玲子が「なにか、凄いね」と感想を口にした。
「さすが都会のホテルにレストラン……といった感じなのかな」
恋人の少女に、哲郎も同調する。ここで「この程度、たいしたことではないよ」と見栄を張っても何にもならない。
「本当だよね。お父さんとお母さんにも、体験させてあげたかったな……」
少しだけ首を斜めに傾けながら、水町玲子は心からの願望を漏らした。
「大丈夫さ。工場も軌道に乗ってる。すぐに銀行の接待とかで、体験できるようになるよ」
「哲郎君、本気で言っているの? お父さんやお母さんが接待されるなんて、とてもじゃないけれど信じられないよ」
夢物語に思えたのか、無邪気な顔で水町玲子がケラケラ笑う。これから本格的なバブルに突入するのを知らないのだから、無理のない話だった。
大金を手にした者は多いが、その後にやってくる失われた十年で、何もかもを失った人間はもっと多い。それがバブルという現象なのだ。
だが水町家には、哲郎という未来を知った人間がいる。どこまでが許容範囲内で、どこからが危険ゾーンかは身をもって知っている。
なにせ最初の人生では、信用金庫で中小企業を相手に融資を担当してきた。バブル時代に設備投資をしすぎて、そのツケで長年困っている会社も数多く見ていた。
信用金庫で得たノウハウに、これまで積み重ねてきた知識、経験をプラスすれば、バブル時代に水町家の工場を大きくするのは決して無理な話ではなかった。
とはいえここで恋人の少女に、強引に「大丈夫だよ」と言っても怪しまれるばかり。仕方なしに哲郎は、何も言わずに笑ってこの話題を終了させる。
*
程なくレストランのボーイさんが、哲郎たちの注文した料理を持ってテーブルまでやってきた。
地元の食堂で用意されるハンバーグとは、何もかもが違っていた。同じメニューでありながら、どうしてここまで差が出るのか。
これが都会と田舎の違いなのかと、水町玲子は少し気圧されているみたいだった。日本の首都にも慣れている哲郎にはあまり気にならないのだが、同行女性は明らかに戸惑っている。
「どうしたの。美味しそうだよ」
メニューがテーブルの上に置かれても、ただじっと見ているだけの恋人の少女に声をかける。
返ってきたのは、ここ最近でずいぶんと聞きなれた「なにか……凄いね」という感想だった。
修学旅行で大阪にも行っているはずだが、そことはまた違う種類の賑わいが東京にはあった。
そしてホテルに入れば、まるで自分たちの地元とは別世界のような光景が広がる。若干の興奮や動揺が現れて当然である。
まだまだ箸を使う機会が多い時代なだけに、当たり前のようにフォークとナイフだけで食事をするのは手こずる人が多い。
加えてハンバーグとセットになっているライスも、フォークで食べる必要がある。
ますます混乱具合を強める水町玲子の目の前で、哲郎は先に食事を開始して見本を見せる。
決して頭の回転が遅いタイプの女性ではないので、すぐに順応して哲郎の真似を開始する。
最初こそ手間取っていたものの、やはり慣れるのは早い。数分が経過する頃には、もうこちらを見なくても食べられるようになっていた。
「哲郎君は色々と知っているから、本当に頼りになるね。私と同い年だなんて、とても信じられないよ」
経験の豊富さをひけらかしたつもりはなく、哲郎からすればごくごく普通の対応をしていただけだった。にもかかわらず、恋人の少女に先ほどの発言をさせる結果になった。
慎重に行動しようにも、これまでと明らかに態度が違えば不審がられる。まだ若くしていながらも、あらゆる知識を所持する将来有望な若者を演じるしか道はない。
周囲から尊敬の念を集められるのだから、決して不本意ではない。しかし、昔から出る杭は打たれるという言葉もある。目立ちすぎは、妬みや嫉みも呼ぶ。
十分にわかっているが、水町玲子との関係を最優先してきただけに、そこまで哲郎は周囲に気を配ってはいなかった。
特に女性と事の他親しげにして、恋人の少女との仲を悪化させるのは、どうしても避ける必要があった。
ここまではうまくやってこれたと自負している。大学生活を経て社会人になれば、行動範囲もグッと広がる。
これからは自動車が全盛の時代もやってくるし、なにかと周りは騒がしくなってくる。
望むところだ。哲郎は心の中で、自分自身に気合を入れる。水町玲子との幸せな生活を手に入れるための試練だというのなら、そのすべてを攻略してみせるだけだった。
過去をやり直せるスイッチという最大の味方もいる。冷静に考えれば、哲郎に怖いものなどないのだ。
「惚れ直してみたりした?」
冗談半分に尋ねてみたのだが、返ってきたのは哲郎をとことん喜ばせる反応だった。
「……うん」
真っ赤な顔を俯かせつつも、はっきりと水町玲子は肯定の返事をした。
水町玲子を過酷な運命から救うべく、あれこれと苦労していたのは文字どおり昔の話。過去は順調に書き換えられ、目指すバラ色の未来が哲郎の視界にかすかとはいえ映ったような気がした。
「ありがとう」
哲郎がお礼の言葉を口にしたあとは、テーブルに沈黙が舞い降りた。けれどそれは決して不快ではなく、むしろ心を暖かくしてくれた。
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