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過去からの来客~懺悔~
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以前にお金を貸してくれた女性と、偶然にも街中で遭遇した。信一郎はそう告げた。
「女性は恋人らしき男性と一緒におり、幸せそうな様子でした」
不幸せを与えた張本人が、よくそんな感想を抱けるなと、危うくツッコみを入れそうになる。
よく見れば和葉も同様の気持ちだったらしく、かなりムッとした表情を浮かべていた。
「男性は事情を知ってるようで、私に詰め寄ってきました。
当然ですね……それだけのことをしたのですから……」
嘆き悲しむくらいであれば、最初から人を騙そうと考えなければいい。極めて単純な話だった。
もっとも、その程度はこの男もわかっているのだろう。ただ、そう考える余裕もないぐらい追いつめられていた。
多少は同情するが、だからといって信一郎のとってきた行動を、春道が肯定できるはずもなかった。
「正直なところ、警察へ突き出されるのも覚悟していました。けれど、その女性は、またも驚くべき発言をしました」
――挫けないで、頑張ってくださいね。
女性は返済を催促するどころか、励ましの言葉を送った。
とても信じられる話ではなかったが、嘘を言っても相手に得はない。恐らく、事実なのである。
「こんな人もいるのだなと、本気で心を打たれました。しかし同時に、もしかしたらという思いも湧いてきました」
これ以上聞きたくないような気もしたが、乗りかかった船という言葉もある。
どうせなら、最後まで聞いてみよう。春道はそんな思いから、男の次の台詞を待った。
「私はその場で土下座して、新たな借金の申し込みをしました」
信一郎が発言した直後に、和葉が「信じられませんっ!」と大きな声を上げた。
「そのとおりです。理解してくれる方など、誰ひとりいないでしょう。
ですが、私にはそれしかなかった」
最低最悪と罵られようとも一縷の望みに賭けたのですと、信一郎は付け加えた。
「幸い……と言うべきかどうかはわかりませんが、仕入先との商談もまとまりかけていました。その際、大手企業にあって、私にないのが多額の手付け金でした」
取り組んでいる商談が成功すれば、すぐにでも全額まとめて返済できる。
信一郎はそうした趣旨の説明を繰り返し、必死で粘ったらしかった。
「ありがたいことに女性が男性を説得してくださって、私は一千万ほどのお金を新たに貸していただきました」
今度は「一千万円!?」と、驚きの声を上げる和葉。
隣では、腕組をしてジッと男性の話を聞いている泰宏がいた。
常人には大金となる桁を聞いても、表情ひとつ変えないあたりは、さすがに名家の当代である。
だが話を聞いている分では、信一郎に多額のお金を貸した男女は、世間が羨むような資産家とは考えにくかった。
やはり同じ感想を抱いたようで、和葉が「どうやって用意していただいたのですか」と男へ質問する。
言いにくそうにしばらく黙ったあとで、それでも話すべきだと判断したのか、信一郎が口を開いた。
「……女性と一緒にいた男性が借金をしてくださり、私へ貸し与えてくださいました」
要するに見ず知らずの人間の親切心へつけこんで、借金までさせたのである。
「非難は承知しております。ですが、この時は本当にお返しするつもりでした。そして、実際に取引は成立しました」
個人経営でありながら、大手企業に最後まで立ち向かった熱意に負け、仕入先が信一郎の会社を選んでくれた。
そう話している時の男性は目を輝かせて、嬉々としていたが、それもわずかな間だけだった。
それもそのはず、お金を貸してくれた男女がどうなったか、まだ聞いていないのだ。春道や和葉も、拍手して大団円となるはずがなかった。
春道たちが聞きたいのは、サクセスストーリーではない。憐れな道を辿らされる形になった男女の行く末である。
「返済の期日として設定していた日、なんとか一千五百万円は用意できていました」
わずかながらも、ようやく光が見え始めた展開に、眉間にしわを寄せていた和葉もどことなくホっとしていた。
「もちろん、きちんとご返却なさったのですよね」
男は和葉の問いかけには答えず、神妙な面持ちで押し黙る。
相手の態度を見れば、どのような対応をしたかなど、わざわざ聞くまでもなかった。
それでも信じられないという様子で、同様の質問を和葉が再度繰り返した。
「確かにお借りしたお金を、全額返却することは可能でした。ですが、それでは会社の運営資金が足りなくなってしまうのです」
男のあまりにも身勝手すぎる言い分に、相当頭にきたのか、和葉が睨むような目つきになる。
「そちらの理由は、相手方にとって何の関係もないと思いますが」
「……ひと時お返ししても、会社を運営するために、また返済した額をお借りすることになります。それでは、二度手間になると当時の私は考えました」
和葉の質問に対して明確な解答をせずに、男性は勝手に話を続ける。
この時点で執拗に文句を浴びせても無駄だと判断したのか、和葉は口を閉じて相手の話を聞く態勢に戻っていた。
「以上の理由から、私は借金を継続することにしました」
相手の同意を得ないで勝手に判断したとなれば、いわゆる詐欺と言われても反論しようがなかった。
にもかかわらず、信一郎は話にあるような手法をとった。恐らく、引き続き貸してもらえなかった場合を考えて、怖くなったのである。
だがそれは和葉も言っていたとおり、信一郎側の勝手な理由にすぎない。どんな言い訳をされても、この男の弁護をするのは不可能だった。
「一ヶ月、二ヶ月と経過していくうちに、私の会社は再び軌道に乗りました。目論みどおりに、仕入れた商品が大ヒットとなったのです」
男が教えてくれた商品名は有名なもので、春道はもとより、この場にいる全員が知っていた。
だからといって驚いたりはせず、それがどうしたの的な空気が現場に漂っている。
「金融機関への借金も全額返済し、海外における私の会社の評価もうなぎのぼりとなりました。おかげで、大手企業とも戦えるようになったのです」
「それもこれもすべて、お金を貸してくださった方々のおかげですね」
発言を聞くなり、嫌味たっぷりに和葉がツッコみを入れた。
事実そのとおりなので、実兄の泰宏でさえ「言いすぎだ」と咎めたりはしない。
「もちろん、わかっております。
なので私は、お礼の意味も込めて、二千万円を返却しようと決めました」
話の腰を折っては春道たちに迷惑をかけると判断したのか、ずいぶんと小声で和葉が「金額の問題ではないと思いますけれど」と口にした。
音量は小さくとも春道に聞こえたのだから、信一郎にも当然、和葉の声が届いているはずだった。
けれど男性は申し訳なさそうにしながらも、やはり辛辣な指摘に対して聞こえないふりをする。
「返済期限は過ぎてしまいましたが、借りたお金をお返しするべく、私はお金を貸してくれた男性と女性に連絡をとろうとしました。ですが、何らかの事情があるのか、教えていただいた電話番号は通じなくなっておりました」
「……ずいぶん、簡単に言うじゃないか。
連絡が取れなくなった?
当たり前だろ。総額一千五百万を持ち逃げされたんだぞ!
しかもそのうちの一千万は、男性が借金して作ったんだ。少し考えればわかるだろうが!」
これまでは葉月の手前もあるのでずいぶん我慢してきたが、もう限界だった。
春道も大概自己中心的だが、ここまで酷い人間を見たのは初めてである。怒りに任せて相手の胸倉を掴むも、泰宏に「落ち着くんだ」と制止される。
「春道さんの気持ちはよくわかりますが、やはり暴力はいけません。私たちはその方と違って、良識のある人間なのですから」
夫の春道を注意しつつも、和葉は相手男性の胸にグサリと突き刺さる言葉をさりげなく放っている。
やはり相当に苛ついている証拠であり、どうしてこのような話に付き合わなければならないのか、憤りも覚えているみたいだった。
仕方なしに信一郎から手を離したあと、春道は本題について尋ねる。さっさとこの男との関係に、蹴りをつけてしまいたかった。
「写真の男性は、アンタに金を貸した奴か。
今さら捜してどうする。懺悔でもするつもりかよ」
辛辣な春道の言葉に、男性は小さく「そのとおりです」と答えた。
「実はずっと捜していたのです。それこそ探偵を雇ったり、様々な手段を用いました。そこで得た情報によれば、お二人は自己破産をして住まいを離れたとのことでした」
そうなるのは想定の範囲内であり、気づけなかったのは信一郎が己の保身のみで行動していたからだ。今さら怒鳴る気にもなれなかった。
「その時になって、私はようやく目が覚めました。自分も金銭で追いつめられていたはずなのに、助けてくれた恩人を裏切ってしまった」
心から悔いてるとばかりに、信一郎の両目から涙がこぼれる。
嘘か真実かは本人にしかわからないが、少なくともずっといなくなった二人を捜しているのだけは確かだ。
人として、できれば事実だと信じたかった。
「軌道に乗った会社が大きくなり、人を雇える余裕もできてくると、私は申し訳なさから、自分の足でも恩人の男女を捜し歩きました」
そのうちに、男性が以前に勤めていた会社が判明したと柳田信一郎が告げる。
「渋っていた当時の上司の方から、辞職理由を聞いて私は愕然と……し、しま……した……」
そこまで話すと、男の両目から溢れる涙の量が一段と増した。
地面にポタポタと染みを作り、どんより曇った空と合わさって、相当の物悲しさを演出する。
「男性は自己破産したのを理由に、辞職を余儀なくされたらしかったのです」
「……つまり、その会社にいられなくなったのは、貴方のせいというわけですね」
厳しい物言いではあったが、和葉の言葉は紛れもない事実だった。
信一郎が期日までに借金を返済していれば、男性は自己破産せずに済んだ。言葉を変えれば、会社を辞めさせられる理由がなかったとも言える。
自分勝手な判断の末に、男性の人生をめちゃくちゃにしたも同然である。
これでもなお責任を感じていないのであれば、人間としてどこかに欠陥を抱えてる証拠だった。
「……返す言葉もありません。私は恩人である二人に償うため、懸命に行方を追いました」
男女ともの実家に連絡はつかず、最後に住民票が提出されていた場所にも、もういなかった。
働いていると教えてもらった町工場はすでに閉鎖されており、人の気配もまるでしなかった。手がかりをすべて失い、途方にくれた。
号泣しながら信一郎は、続けざまに自身の見てきた光景を言葉にする。
四面楚歌も同然になってしまったある日、男性のことを覚えている人物が現れた。切羽詰まっている様子だったので、日雇いの仕事を紹介してやった。
訪ねた信一郎に、どこぞの工事の現場監督らしき人物がそう教えてくれたらしかった。
「そこからずっと近隣の方々に聞き込みを続け、最後に目撃情報を得たのがこの辺りだったのです」
「女性は恋人らしき男性と一緒におり、幸せそうな様子でした」
不幸せを与えた張本人が、よくそんな感想を抱けるなと、危うくツッコみを入れそうになる。
よく見れば和葉も同様の気持ちだったらしく、かなりムッとした表情を浮かべていた。
「男性は事情を知ってるようで、私に詰め寄ってきました。
当然ですね……それだけのことをしたのですから……」
嘆き悲しむくらいであれば、最初から人を騙そうと考えなければいい。極めて単純な話だった。
もっとも、その程度はこの男もわかっているのだろう。ただ、そう考える余裕もないぐらい追いつめられていた。
多少は同情するが、だからといって信一郎のとってきた行動を、春道が肯定できるはずもなかった。
「正直なところ、警察へ突き出されるのも覚悟していました。けれど、その女性は、またも驚くべき発言をしました」
――挫けないで、頑張ってくださいね。
女性は返済を催促するどころか、励ましの言葉を送った。
とても信じられる話ではなかったが、嘘を言っても相手に得はない。恐らく、事実なのである。
「こんな人もいるのだなと、本気で心を打たれました。しかし同時に、もしかしたらという思いも湧いてきました」
これ以上聞きたくないような気もしたが、乗りかかった船という言葉もある。
どうせなら、最後まで聞いてみよう。春道はそんな思いから、男の次の台詞を待った。
「私はその場で土下座して、新たな借金の申し込みをしました」
信一郎が発言した直後に、和葉が「信じられませんっ!」と大きな声を上げた。
「そのとおりです。理解してくれる方など、誰ひとりいないでしょう。
ですが、私にはそれしかなかった」
最低最悪と罵られようとも一縷の望みに賭けたのですと、信一郎は付け加えた。
「幸い……と言うべきかどうかはわかりませんが、仕入先との商談もまとまりかけていました。その際、大手企業にあって、私にないのが多額の手付け金でした」
取り組んでいる商談が成功すれば、すぐにでも全額まとめて返済できる。
信一郎はそうした趣旨の説明を繰り返し、必死で粘ったらしかった。
「ありがたいことに女性が男性を説得してくださって、私は一千万ほどのお金を新たに貸していただきました」
今度は「一千万円!?」と、驚きの声を上げる和葉。
隣では、腕組をしてジッと男性の話を聞いている泰宏がいた。
常人には大金となる桁を聞いても、表情ひとつ変えないあたりは、さすがに名家の当代である。
だが話を聞いている分では、信一郎に多額のお金を貸した男女は、世間が羨むような資産家とは考えにくかった。
やはり同じ感想を抱いたようで、和葉が「どうやって用意していただいたのですか」と男へ質問する。
言いにくそうにしばらく黙ったあとで、それでも話すべきだと判断したのか、信一郎が口を開いた。
「……女性と一緒にいた男性が借金をしてくださり、私へ貸し与えてくださいました」
要するに見ず知らずの人間の親切心へつけこんで、借金までさせたのである。
「非難は承知しております。ですが、この時は本当にお返しするつもりでした。そして、実際に取引は成立しました」
個人経営でありながら、大手企業に最後まで立ち向かった熱意に負け、仕入先が信一郎の会社を選んでくれた。
そう話している時の男性は目を輝かせて、嬉々としていたが、それもわずかな間だけだった。
それもそのはず、お金を貸してくれた男女がどうなったか、まだ聞いていないのだ。春道や和葉も、拍手して大団円となるはずがなかった。
春道たちが聞きたいのは、サクセスストーリーではない。憐れな道を辿らされる形になった男女の行く末である。
「返済の期日として設定していた日、なんとか一千五百万円は用意できていました」
わずかながらも、ようやく光が見え始めた展開に、眉間にしわを寄せていた和葉もどことなくホっとしていた。
「もちろん、きちんとご返却なさったのですよね」
男は和葉の問いかけには答えず、神妙な面持ちで押し黙る。
相手の態度を見れば、どのような対応をしたかなど、わざわざ聞くまでもなかった。
それでも信じられないという様子で、同様の質問を和葉が再度繰り返した。
「確かにお借りしたお金を、全額返却することは可能でした。ですが、それでは会社の運営資金が足りなくなってしまうのです」
男のあまりにも身勝手すぎる言い分に、相当頭にきたのか、和葉が睨むような目つきになる。
「そちらの理由は、相手方にとって何の関係もないと思いますが」
「……ひと時お返ししても、会社を運営するために、また返済した額をお借りすることになります。それでは、二度手間になると当時の私は考えました」
和葉の質問に対して明確な解答をせずに、男性は勝手に話を続ける。
この時点で執拗に文句を浴びせても無駄だと判断したのか、和葉は口を閉じて相手の話を聞く態勢に戻っていた。
「以上の理由から、私は借金を継続することにしました」
相手の同意を得ないで勝手に判断したとなれば、いわゆる詐欺と言われても反論しようがなかった。
にもかかわらず、信一郎は話にあるような手法をとった。恐らく、引き続き貸してもらえなかった場合を考えて、怖くなったのである。
だがそれは和葉も言っていたとおり、信一郎側の勝手な理由にすぎない。どんな言い訳をされても、この男の弁護をするのは不可能だった。
「一ヶ月、二ヶ月と経過していくうちに、私の会社は再び軌道に乗りました。目論みどおりに、仕入れた商品が大ヒットとなったのです」
男が教えてくれた商品名は有名なもので、春道はもとより、この場にいる全員が知っていた。
だからといって驚いたりはせず、それがどうしたの的な空気が現場に漂っている。
「金融機関への借金も全額返済し、海外における私の会社の評価もうなぎのぼりとなりました。おかげで、大手企業とも戦えるようになったのです」
「それもこれもすべて、お金を貸してくださった方々のおかげですね」
発言を聞くなり、嫌味たっぷりに和葉がツッコみを入れた。
事実そのとおりなので、実兄の泰宏でさえ「言いすぎだ」と咎めたりはしない。
「もちろん、わかっております。
なので私は、お礼の意味も込めて、二千万円を返却しようと決めました」
話の腰を折っては春道たちに迷惑をかけると判断したのか、ずいぶんと小声で和葉が「金額の問題ではないと思いますけれど」と口にした。
音量は小さくとも春道に聞こえたのだから、信一郎にも当然、和葉の声が届いているはずだった。
けれど男性は申し訳なさそうにしながらも、やはり辛辣な指摘に対して聞こえないふりをする。
「返済期限は過ぎてしまいましたが、借りたお金をお返しするべく、私はお金を貸してくれた男性と女性に連絡をとろうとしました。ですが、何らかの事情があるのか、教えていただいた電話番号は通じなくなっておりました」
「……ずいぶん、簡単に言うじゃないか。
連絡が取れなくなった?
当たり前だろ。総額一千五百万を持ち逃げされたんだぞ!
しかもそのうちの一千万は、男性が借金して作ったんだ。少し考えればわかるだろうが!」
これまでは葉月の手前もあるのでずいぶん我慢してきたが、もう限界だった。
春道も大概自己中心的だが、ここまで酷い人間を見たのは初めてである。怒りに任せて相手の胸倉を掴むも、泰宏に「落ち着くんだ」と制止される。
「春道さんの気持ちはよくわかりますが、やはり暴力はいけません。私たちはその方と違って、良識のある人間なのですから」
夫の春道を注意しつつも、和葉は相手男性の胸にグサリと突き刺さる言葉をさりげなく放っている。
やはり相当に苛ついている証拠であり、どうしてこのような話に付き合わなければならないのか、憤りも覚えているみたいだった。
仕方なしに信一郎から手を離したあと、春道は本題について尋ねる。さっさとこの男との関係に、蹴りをつけてしまいたかった。
「写真の男性は、アンタに金を貸した奴か。
今さら捜してどうする。懺悔でもするつもりかよ」
辛辣な春道の言葉に、男性は小さく「そのとおりです」と答えた。
「実はずっと捜していたのです。それこそ探偵を雇ったり、様々な手段を用いました。そこで得た情報によれば、お二人は自己破産をして住まいを離れたとのことでした」
そうなるのは想定の範囲内であり、気づけなかったのは信一郎が己の保身のみで行動していたからだ。今さら怒鳴る気にもなれなかった。
「その時になって、私はようやく目が覚めました。自分も金銭で追いつめられていたはずなのに、助けてくれた恩人を裏切ってしまった」
心から悔いてるとばかりに、信一郎の両目から涙がこぼれる。
嘘か真実かは本人にしかわからないが、少なくともずっといなくなった二人を捜しているのだけは確かだ。
人として、できれば事実だと信じたかった。
「軌道に乗った会社が大きくなり、人を雇える余裕もできてくると、私は申し訳なさから、自分の足でも恩人の男女を捜し歩きました」
そのうちに、男性が以前に勤めていた会社が判明したと柳田信一郎が告げる。
「渋っていた当時の上司の方から、辞職理由を聞いて私は愕然と……し、しま……した……」
そこまで話すと、男の両目から溢れる涙の量が一段と増した。
地面にポタポタと染みを作り、どんより曇った空と合わさって、相当の物悲しさを演出する。
「男性は自己破産したのを理由に、辞職を余儀なくされたらしかったのです」
「……つまり、その会社にいられなくなったのは、貴方のせいというわけですね」
厳しい物言いではあったが、和葉の言葉は紛れもない事実だった。
信一郎が期日までに借金を返済していれば、男性は自己破産せずに済んだ。言葉を変えれば、会社を辞めさせられる理由がなかったとも言える。
自分勝手な判断の末に、男性の人生をめちゃくちゃにしたも同然である。
これでもなお責任を感じていないのであれば、人間としてどこかに欠陥を抱えてる証拠だった。
「……返す言葉もありません。私は恩人である二人に償うため、懸命に行方を追いました」
男女ともの実家に連絡はつかず、最後に住民票が提出されていた場所にも、もういなかった。
働いていると教えてもらった町工場はすでに閉鎖されており、人の気配もまるでしなかった。手がかりをすべて失い、途方にくれた。
号泣しながら信一郎は、続けざまに自身の見てきた光景を言葉にする。
四面楚歌も同然になってしまったある日、男性のことを覚えている人物が現れた。切羽詰まっている様子だったので、日雇いの仕事を紹介してやった。
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