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過去からの来客~疑惑~
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ようやく信一郎が、わざわざ戸高家を訪ねてきたいきさつが判明した。
ここら一帯の名家である戸高家の人間ならば、何か情報を得てるかもしれないと考えたのである。
だが和葉はもとより、泰宏も何ひとつ知らなかった。男性の計画は、文字どおり失敗に終わった。
ぶつけてやりたい文句は山ほどあるが、極論を言えば他人の春道たちには一切関係なかった。
「力になれず、申し訳ありませんが――」
泰宏がそこまで言った時、不意に葉月が口を開いた。
「ねえ、そのお姉ちゃんのお写真はないのー?」
ただ単に大人同士の会話の輪に入っていたかっただけかと思いきや、葉月なりに真剣に話を聞いていたみたいだった。
どんな些細な情報でも得られれば儲けものと考えているのか、普段ならあまり相手にしないであろう子供の質問にも、信一郎はきちんと応じる。
「残念ながら、写真は持ってないんです。とても綺麗な人で、特徴だけならまだ覚えてますが……」
黒髪にロングヘアー。次々と該当女性の特徴が並べられていくうち、今度は和葉の様子が変わってきた。
顔を蒼ざめさせ、かすかに唇を震わせている。明らかに挙動不審だった。
「どうかしたのか」
尋ねた春道に「いえ……」と言いつつも、難しい顔で何事か考えている。
慎重と体重の目星を言ったあと、信一郎が年齢についても自分の考察を述べようとする。
「女性の年齢は――」
「――二十代後半。恐らく、二十七か八ぐらい……」
男性の発言を途中で遮り、台詞を繋げたのは和葉の声だった。
視線が一斉に和葉へ集まり、信一郎が「そのとおりです!」と興奮気味に叫んだ。それを聞いて、妻はその場でよろめいた。
夫の春道が駆け寄るより先に、実兄が和葉の身体を支えた。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
助けてもらったお礼を言ってから、和葉は再度自分の足だけで地面に立つ。
けれど、具合が悪そうなのは相変わらずだった。
いきなり極度の体調不良が襲ってきたとも考えにくい。思いつく原因としては、柳田信一郎の発言しかなかった。
もちろん男性も春道と同じ結論へ達しており、和葉の体調を気遣いながらも「何か知っているのですか」と質問してくる。
だが和葉は何も答えない。やがて顔色は蒼を通り越して、白いと表現できるまでになっていた。
「和葉……お前……」
――本当に何か知っているのか。
そう聞こうとしていた泰宏を制して、和葉は自分から口を開いた。
「……兄さんは覚えてないかしら。
私が……高校生時代の出来事を……」
「高校時代?
って、まさか……」
和葉だけでなく、泰宏まで顔に緊張の色を浮かべた。
妻が実家から勘当される前、その頃に兄妹だけが知っている重大な何かがあったのかもしれない。となれば、春道は知らなくて当然だった。
だからといって、根掘り葉掘り聞こうとは思わなかった。人には少なからず、言いたくないことがある。
それがわかっているからこそ、信一郎でさえ、知りたそうにしながらも口を閉じている。
「……確証はあるのか?
特徴だけなら、偶然似ていただけとも考えられる」
わかってると頷いたあとで、和葉は「せめて写真があれば……」と呟いた。
「写真か……
待てよ、あの人に頼めばもしかしたら……」
泰宏には、写真を持っているかもしれない人物の心当たりがあるみたいだった。
喜んだのは写真の男性を捜して、はるばるこんなところまで来た信一郎だが、当の泰宏は写真の入手にあまり乗り気でないみたいである。
「……写真があったとして、もし一致していたらどうするつもりだ。俺には、あまり得があるとは思えないぞ」
「……私も同じ意見よ。
それでも……確認をする必要はあると思うの」
「そうか……。
なら少し待ってろ。電話して聞いてみる」
そう言うと泰宏は、春道たちと少し離れた場所で携帯電話を取り出した。
「もしもし……戸高泰宏です……」
*
時間にして数分程度だろうか。誰かに電話をかけていた泰宏が、春道たちのところまで戻ってきた。
誰もが緊張した面持ちで見つめていると、泰宏は写真をどうにか入手できそうだと告げた。
自分で望んでおきながら、和葉は「そう……」と安堵と不安が入り混じった表情を浮かべる。
やはり触れられたくない過去の話に直結するのか。気乗りしていないのだけは確かだった。
夫としてだいぶ心を許されてきた春道でも、声をかけ難い雰囲気だ。
そこで仕方なしに、春道は泰宏へ話しかける。
「誰に電話をしたんですか」
「え?
ああ……親父の古い知り合いさ」
泰宏の話では、昔からある病院でかつて院長を務めていた老人だという。事情を聞いた先方が、わざわざ持ってきてくれることになったらしかった。
それきり誰も言葉を発しないまま、待つ事数十分。
車を運転して、ひとりの老人が戸高家へやってきた。
「お久しぶりです。その節は、大変お世話になりました」
先陣を切って挨拶したのは、今や戸高家の主となっている泰宏だった。
続いて泰宏の妹である和葉も「お久しぶりです」と、車から降りたばかりの老人へ頭を下げる。
ボーっと突っ立っているわけにもいかないので、春道も礼をすると同時に、娘の葉月にも同様の対応をさせた。
「なに、君のお父上から受けた恩に比べれば、たいしたことはしておらんよ」
車から姿を見せた老人は結構な年齢そうで、見た目だけで判断すれば七十を過ぎてそうなぐらいだった。
「ところでお願いしていたものは……」
「ああ、持ってきたよ。コピーで申し訳ないがね。昔とはいえ、一応は個人情報に当たる。確認したら、すぐに返却してもらうよ」
老人男性の言葉に、泰宏が「もちろんです」と応じたあと、改めてお礼を口にした。
まずは和葉に写真が手渡され、葉月には見えないよう高い位置で確認する。
興味を覚えた春道がそっと妻へ近づくも、邪険に追い払われたりはしなかった。
どうやら春道が見ても、構わないと思ってくれているみたいだった。
それならばと、妻の背後から写真を覗き込む。写っていたのは、綺麗なひとりの女性だった。
しかし瞼は閉じられており、まるで寝顔を撮影したかのようである。
かつての病院の院長。
一応は個人情報。
見たらすぐに返却。
これまでのキーワードから考察すれば、女性がどのような状態なのかはすぐにわかった。
道理で和葉が、愛娘には見えないよう気を遣っているはずだった。
母親の愛情溢れる配慮を知ってか知らずか、いつもみたいな好奇心を発動させずに葉月は黙って待っている。
「私が知ってる女性と相違ありません。そちらはどうですか」
やや沈痛な面持ちで言ったあと、和葉は写真を信一郎に手渡した。
待ちかねたように受け取った男性は、写真の女性を見るなり「この人で間違いありません」と大きな声を上げた。
「ようやく見つけることができました。これであの時の失礼をお詫びし、お礼をすることができます。本当にありがとうございます!」
興奮気味にまくしたてたあとで、写真を持ってきてくれた老齢の男性へ「どこへ行けばこの方とお会いできますか」と尋ねた。
長年探していた人物の最重要手がかりを得たことで、信一郎はすっかり周りが見えなくなっているみたいだった。
少し考えればわかりそうなものなのに、それすらもできないぐらい喜びで我を忘れている。
どう答えるべきか困った様子で、老齢の男性が泰宏を見た。
「あとはこちらで対処します。本日は、わざわざありがとうございました」
泰宏はそう言うと信一郎から写真を受け取り、かつて病院の院長だったという老齢の男性へ返却しようとした。
老齢の男性の手に渡ろうとした直前、場に「待ってください」と制止する声が響いた。
声の主は和葉であり、苦悩の表情を浮かべながらも、何か重大な決意をしたみたいだった。
春道は何も言わずに、愛妻の行動を黙って眺めている。
「最後にもう一度だけ、写真をお貸し願えますか」
「……構わないが……平気かね?」
やはり和葉とも、昔からの知己なのだろう。何かしかの事情を知っているらしく、気遣い溢れる言葉をかけていた。
「大丈夫です。
私より……この写真を見なければならない人がいますから……」
和葉の言葉を受けて、泰宏が「まさか」と驚きの声を上げた。
「本気なのか。まだ時期尚早に思えるが……」
「……かもしれないわ。
けれど、本人や周囲が望む望まないにかかわらず、その時が来てしまったのよ」
そう告げたあとで、和葉が愛娘である葉月を呼び寄せた。
何も知らない葉月は、いつもどおりトコトコ歩いていくが、場を支配している緊張感は並大抵のものではなかった。
「ママ、どうしたのー?」
側まで来た葉月を泣きそうな目で見ながら、和葉はゆっくりとその場へしゃがみこんだ。そして、持っていた写真を愛娘へ見せる。
「綺麗な人だねー。でも、何で目を閉じてるの? お昼寝ー?」
無邪気な笑顔で尋ねてくる葉月に対して、和葉は堪え切れなかったみたいに号泣した。
どうして泣いてるのと尋ねられても、すぐに言葉を返せないぐらいだった。
春道も妻の状態を不審に思う中、衝撃的な告白が和葉の口からされた。
「……この人は……葉月の……ほ、本当の……ママよ……」
途切れ途切れに言葉を紡いだあとで、和葉はガックリと肩を落として、地面へ両手をついた。
妻の苦悩をようやく理解した春道は、夫としての役目を果たすべく、和葉の隣で華奢な身体を支える。
「……え……何……言ってるの……」
さすがにすぐは理解できなかったらしく、葉月は呆然と立ち尽くしている。
「だって……ママは……ママで、ひとりしか……いないはずだもん……」
「……ごめんなさい。本当なら……葉月がもっと大きくなってから、教えてあげたかった……」
和葉に感化されたのか、葉月の両目からも涙がボロボロこぼれてきた。
「この人は……葉月の本当のママなの……」
もう一度衝撃の事実を口にしたあとで、和葉が愛娘を両手でギュッと抱きしめる。
「……私に葉月を預けてくれた人……」
和葉が知っている真実を話そうとした矢先、信一郎がひとり場違いな声を発した。
「なんと!
そのお嬢さんは、あの女性の娘さんなのですか。確かに言われてみれば、どことなく面影がありますね」
空気が読めないのか、わざとなのか。どちらにしろ、あまり思慮深いタイプではなさそうだった。
春道の白い目さえもあっさりスルーし、改めて写真の男性や葉月の本当の母親に会いたいと、泰宏へ申し出た。
これまでは普通の客人として応対していたはずなのに、今や泰宏の目にも男性へ対する敵意みたいなのが滲み出ていた。
「わかりました。そこまでお望みなら、ご案内しましょう」
少しイラついた様子で告げたあと、春道たちにも同行を求めてきた。
「和葉が決意したのであれば、隠す必要もないしな。
ただ……葉月ちゃんのフォローはしっかりするんだぞ」
ここら一帯の名家である戸高家の人間ならば、何か情報を得てるかもしれないと考えたのである。
だが和葉はもとより、泰宏も何ひとつ知らなかった。男性の計画は、文字どおり失敗に終わった。
ぶつけてやりたい文句は山ほどあるが、極論を言えば他人の春道たちには一切関係なかった。
「力になれず、申し訳ありませんが――」
泰宏がそこまで言った時、不意に葉月が口を開いた。
「ねえ、そのお姉ちゃんのお写真はないのー?」
ただ単に大人同士の会話の輪に入っていたかっただけかと思いきや、葉月なりに真剣に話を聞いていたみたいだった。
どんな些細な情報でも得られれば儲けものと考えているのか、普段ならあまり相手にしないであろう子供の質問にも、信一郎はきちんと応じる。
「残念ながら、写真は持ってないんです。とても綺麗な人で、特徴だけならまだ覚えてますが……」
黒髪にロングヘアー。次々と該当女性の特徴が並べられていくうち、今度は和葉の様子が変わってきた。
顔を蒼ざめさせ、かすかに唇を震わせている。明らかに挙動不審だった。
「どうかしたのか」
尋ねた春道に「いえ……」と言いつつも、難しい顔で何事か考えている。
慎重と体重の目星を言ったあと、信一郎が年齢についても自分の考察を述べようとする。
「女性の年齢は――」
「――二十代後半。恐らく、二十七か八ぐらい……」
男性の発言を途中で遮り、台詞を繋げたのは和葉の声だった。
視線が一斉に和葉へ集まり、信一郎が「そのとおりです!」と興奮気味に叫んだ。それを聞いて、妻はその場でよろめいた。
夫の春道が駆け寄るより先に、実兄が和葉の身体を支えた。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
助けてもらったお礼を言ってから、和葉は再度自分の足だけで地面に立つ。
けれど、具合が悪そうなのは相変わらずだった。
いきなり極度の体調不良が襲ってきたとも考えにくい。思いつく原因としては、柳田信一郎の発言しかなかった。
もちろん男性も春道と同じ結論へ達しており、和葉の体調を気遣いながらも「何か知っているのですか」と質問してくる。
だが和葉は何も答えない。やがて顔色は蒼を通り越して、白いと表現できるまでになっていた。
「和葉……お前……」
――本当に何か知っているのか。
そう聞こうとしていた泰宏を制して、和葉は自分から口を開いた。
「……兄さんは覚えてないかしら。
私が……高校生時代の出来事を……」
「高校時代?
って、まさか……」
和葉だけでなく、泰宏まで顔に緊張の色を浮かべた。
妻が実家から勘当される前、その頃に兄妹だけが知っている重大な何かがあったのかもしれない。となれば、春道は知らなくて当然だった。
だからといって、根掘り葉掘り聞こうとは思わなかった。人には少なからず、言いたくないことがある。
それがわかっているからこそ、信一郎でさえ、知りたそうにしながらも口を閉じている。
「……確証はあるのか?
特徴だけなら、偶然似ていただけとも考えられる」
わかってると頷いたあとで、和葉は「せめて写真があれば……」と呟いた。
「写真か……
待てよ、あの人に頼めばもしかしたら……」
泰宏には、写真を持っているかもしれない人物の心当たりがあるみたいだった。
喜んだのは写真の男性を捜して、はるばるこんなところまで来た信一郎だが、当の泰宏は写真の入手にあまり乗り気でないみたいである。
「……写真があったとして、もし一致していたらどうするつもりだ。俺には、あまり得があるとは思えないぞ」
「……私も同じ意見よ。
それでも……確認をする必要はあると思うの」
「そうか……。
なら少し待ってろ。電話して聞いてみる」
そう言うと泰宏は、春道たちと少し離れた場所で携帯電話を取り出した。
「もしもし……戸高泰宏です……」
*
時間にして数分程度だろうか。誰かに電話をかけていた泰宏が、春道たちのところまで戻ってきた。
誰もが緊張した面持ちで見つめていると、泰宏は写真をどうにか入手できそうだと告げた。
自分で望んでおきながら、和葉は「そう……」と安堵と不安が入り混じった表情を浮かべる。
やはり触れられたくない過去の話に直結するのか。気乗りしていないのだけは確かだった。
夫としてだいぶ心を許されてきた春道でも、声をかけ難い雰囲気だ。
そこで仕方なしに、春道は泰宏へ話しかける。
「誰に電話をしたんですか」
「え?
ああ……親父の古い知り合いさ」
泰宏の話では、昔からある病院でかつて院長を務めていた老人だという。事情を聞いた先方が、わざわざ持ってきてくれることになったらしかった。
それきり誰も言葉を発しないまま、待つ事数十分。
車を運転して、ひとりの老人が戸高家へやってきた。
「お久しぶりです。その節は、大変お世話になりました」
先陣を切って挨拶したのは、今や戸高家の主となっている泰宏だった。
続いて泰宏の妹である和葉も「お久しぶりです」と、車から降りたばかりの老人へ頭を下げる。
ボーっと突っ立っているわけにもいかないので、春道も礼をすると同時に、娘の葉月にも同様の対応をさせた。
「なに、君のお父上から受けた恩に比べれば、たいしたことはしておらんよ」
車から姿を見せた老人は結構な年齢そうで、見た目だけで判断すれば七十を過ぎてそうなぐらいだった。
「ところでお願いしていたものは……」
「ああ、持ってきたよ。コピーで申し訳ないがね。昔とはいえ、一応は個人情報に当たる。確認したら、すぐに返却してもらうよ」
老人男性の言葉に、泰宏が「もちろんです」と応じたあと、改めてお礼を口にした。
まずは和葉に写真が手渡され、葉月には見えないよう高い位置で確認する。
興味を覚えた春道がそっと妻へ近づくも、邪険に追い払われたりはしなかった。
どうやら春道が見ても、構わないと思ってくれているみたいだった。
それならばと、妻の背後から写真を覗き込む。写っていたのは、綺麗なひとりの女性だった。
しかし瞼は閉じられており、まるで寝顔を撮影したかのようである。
かつての病院の院長。
一応は個人情報。
見たらすぐに返却。
これまでのキーワードから考察すれば、女性がどのような状態なのかはすぐにわかった。
道理で和葉が、愛娘には見えないよう気を遣っているはずだった。
母親の愛情溢れる配慮を知ってか知らずか、いつもみたいな好奇心を発動させずに葉月は黙って待っている。
「私が知ってる女性と相違ありません。そちらはどうですか」
やや沈痛な面持ちで言ったあと、和葉は写真を信一郎に手渡した。
待ちかねたように受け取った男性は、写真の女性を見るなり「この人で間違いありません」と大きな声を上げた。
「ようやく見つけることができました。これであの時の失礼をお詫びし、お礼をすることができます。本当にありがとうございます!」
興奮気味にまくしたてたあとで、写真を持ってきてくれた老齢の男性へ「どこへ行けばこの方とお会いできますか」と尋ねた。
長年探していた人物の最重要手がかりを得たことで、信一郎はすっかり周りが見えなくなっているみたいだった。
少し考えればわかりそうなものなのに、それすらもできないぐらい喜びで我を忘れている。
どう答えるべきか困った様子で、老齢の男性が泰宏を見た。
「あとはこちらで対処します。本日は、わざわざありがとうございました」
泰宏はそう言うと信一郎から写真を受け取り、かつて病院の院長だったという老齢の男性へ返却しようとした。
老齢の男性の手に渡ろうとした直前、場に「待ってください」と制止する声が響いた。
声の主は和葉であり、苦悩の表情を浮かべながらも、何か重大な決意をしたみたいだった。
春道は何も言わずに、愛妻の行動を黙って眺めている。
「最後にもう一度だけ、写真をお貸し願えますか」
「……構わないが……平気かね?」
やはり和葉とも、昔からの知己なのだろう。何かしかの事情を知っているらしく、気遣い溢れる言葉をかけていた。
「大丈夫です。
私より……この写真を見なければならない人がいますから……」
和葉の言葉を受けて、泰宏が「まさか」と驚きの声を上げた。
「本気なのか。まだ時期尚早に思えるが……」
「……かもしれないわ。
けれど、本人や周囲が望む望まないにかかわらず、その時が来てしまったのよ」
そう告げたあとで、和葉が愛娘である葉月を呼び寄せた。
何も知らない葉月は、いつもどおりトコトコ歩いていくが、場を支配している緊張感は並大抵のものではなかった。
「ママ、どうしたのー?」
側まで来た葉月を泣きそうな目で見ながら、和葉はゆっくりとその場へしゃがみこんだ。そして、持っていた写真を愛娘へ見せる。
「綺麗な人だねー。でも、何で目を閉じてるの? お昼寝ー?」
無邪気な笑顔で尋ねてくる葉月に対して、和葉は堪え切れなかったみたいに号泣した。
どうして泣いてるのと尋ねられても、すぐに言葉を返せないぐらいだった。
春道も妻の状態を不審に思う中、衝撃的な告白が和葉の口からされた。
「……この人は……葉月の……ほ、本当の……ママよ……」
途切れ途切れに言葉を紡いだあとで、和葉はガックリと肩を落として、地面へ両手をついた。
妻の苦悩をようやく理解した春道は、夫としての役目を果たすべく、和葉の隣で華奢な身体を支える。
「……え……何……言ってるの……」
さすがにすぐは理解できなかったらしく、葉月は呆然と立ち尽くしている。
「だって……ママは……ママで、ひとりしか……いないはずだもん……」
「……ごめんなさい。本当なら……葉月がもっと大きくなってから、教えてあげたかった……」
和葉に感化されたのか、葉月の両目からも涙がボロボロこぼれてきた。
「この人は……葉月の本当のママなの……」
もう一度衝撃の事実を口にしたあとで、和葉が愛娘を両手でギュッと抱きしめる。
「……私に葉月を預けてくれた人……」
和葉が知っている真実を話そうとした矢先、信一郎がひとり場違いな声を発した。
「なんと!
そのお嬢さんは、あの女性の娘さんなのですか。確かに言われてみれば、どことなく面影がありますね」
空気が読めないのか、わざとなのか。どちらにしろ、あまり思慮深いタイプではなさそうだった。
春道の白い目さえもあっさりスルーし、改めて写真の男性や葉月の本当の母親に会いたいと、泰宏へ申し出た。
これまでは普通の客人として応対していたはずなのに、今や泰宏の目にも男性へ対する敵意みたいなのが滲み出ていた。
「わかりました。そこまでお望みなら、ご案内しましょう」
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