その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の小学・中学校編

葉月たちの合格発表

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 中学校の卒業式が無事に終わっても、葉月たちが心から安心できる日はまだこない。

 迫りくるほどに緊張が強くなる日。
 それこそが合格発表当日の今日だった。

 午前中に発表されるということで、高木家長女の葉月は朝から緊張で表情を硬くしていた。
 卒業式の夜にプレゼントされたスマホで、好美らと何度もメールのやりとりをしたみたいだが、気分を落ち着かせるには至らなかったらしい。

 春道は自宅で待機して葉月の報告を待とうと思ったが、妻の和葉が見に行きたいと言い張った。
 言い争っても仕方ないので、春道が折れた。基本的に家族思いの葉月も、嫌だと拒否しなかった。

 菜月も含めた家族全員と、好美に実希子を加えた六人で合格発表の場へ乗り込むことになった。
 田舎な地方だからかは不明だが、合格発表は高校の中庭にボードで貼り出されるタイプのものだった。
 最近では各生徒に封筒を渡したりなどの方法もあるみたいだが、昔ながらの発表が継続されている。

「おはようございます」

 インターホンを鳴らして、高木家に好美がやってきた。
 玄関まで出迎えに行くと、好美の小さな背中に大きな女性が自信なさそうに隠れていた。実希子だ。

「アタシ……やっぱり、自信ない……」

「今さら言っても仕方ないでしょ。覚悟を決めなさい。骨は拾ってあげるから」

 何度も同じやり取りを繰り返してきたのだろう。冷淡ともいえる対応で好美が、実希子の愚痴を処理した。

「まあ、結果がわかるまでは、誰もが不安になるからね」

 春道が二人に応じていると、出発準備を整えた葉月も玄関へやってきた。

「好美ちゃんも、実希子ちゃんも、おはよう。今日はいい天気でよかったね」

 葉月が言ったとおり、外は快晴で雲ひとつない青空が広がっている。皆の前途を祝福してるかのようだが、そんな発言をした挙句に、誰かが落ちてたら困るので黙っておく。

「……やっぱり好美ちゃんと実希子ちゃんの家族は、ついていこうと言わないよな」

 愛妻に聞こえないよう、小声で呟くように春道は言った。

「アハハ……そうですね。でも、結果がわかったら、すぐに連絡をするようには言われてます。ついてこないだけで、気にしてるのは間違いないですよ」

「アタシの親は半ば、諦めてるっぽい感じだったけどな。落ちてても、気にしないで連絡しろとか言ってたし」

 好美の発言の直後、実希子が渇いた笑いとともに言った。
 二人の話を聞く限り、どちらの親御さんも娘の合否を気にしてるのは間違いない。仕事が休みだったなら、和葉と同様に娘へ同行した可能性もある。
 そんなことを考えていると、好美が質問をしてきた。

「葉月ちゃんのお父さんも、一緒に合格発表を見に行くんですよね?」

「ああ。遠慮するつもりだったんだが、そう言ったら、妻にもの凄い目で見られてね。怖くなったから、ついていくことにしたよ」

 ため息をつきながら春道が説明すると、それまで暗かった実希子が大爆笑した。

「相変わらず、奥さんの尻に敷かれてるっスね」

「まあな。もう逃げられそうもない」

「あら。逃げたいの?」

 油断していた。真横からいきなり届いてきた声に、ビクっと肩を震わせる。
 耳元で不機嫌そうな声を出したのは、顔を確認するまでもなく妻の和葉だとわかった。

 菜月ともども準備を終えたみたいで、いつでも出発できる状態になっている。
 春道も外行きの恰好なので、誰かを待つ必要はなくなった。何やら怖いオーラを放っている妻の顔を見ずに、玄関で靴を履こうとする。

「さあ、出発だ。皆も、早く結果を確認したいだろうしな」

「その前に、先ほどの質問に答えてもらいたいわ。
 葉月もそう思うでしょ? ウフフ」

「ママ……怖い……」

 怯えた葉月の声を聞いて、決死の思いで妻の顔を見る。笑みを浮かべているのは目から下だけだ。
 受験を終えた愛娘の合格発表を控え、不機嫌さ全開だっただけに通常時よりも威圧感が五割増しになっている。

「冗談に決まってるだろ。娘の友達の前で、愛の告白でもさせたいのか? 俺は別にしても構わないけどな」

 こういうケースでは下手にビクつくよりも、逆に堂々とするに限る。
 些細な言葉に反応してイラつく妻へ、ストレートに感情をぶつけるのも大事だ。

「……ふう。春道さんは気楽ね。私なんかは、数日前から胃がキリキリしっぱなしだっていうのに……」

「ハハ、すまないな。俺が緊張しても仕方ないだろ。余計に葉月へプレッシャーを与えてしまう。落ちたら、親に何て言えばいいだろうってな」

 春道に言われ、ハッとしたように和葉が表情を変えた。

「ご、ごめんなさい。私、配慮が足りなかったみたいね……」

「大丈夫だよ。ママは、私のことを心配してくれてるだけだもん」

 これから合格発表を見に行こうとしてる娘に慰められる。どちらが親なのかわからない光景だ。

「とりあえず、行こうか。このまま黙って立っていたら、緊張と不安で実希子ちゃんが壊れそうだ」

 名前を口にした少女へ視線を向ける。落ちてる可能性高いと判断してるのか、かわいそうなくらい顔を青ざめさせている。

「ア、アタシなら平気さ。好美が骨を拾ってくれるって言ってたし……」

「もちろんよ。でも、驚いたわ。ソフトボール部の大会前でも、プレッシャーとは無縁な感じでひとり笑ってたのに。実希子ちゃんが、こんな状態になるなんて思わなかった」

 好美にそう言われた実希子が俯く。

「正直に言うと、受験に落ちるのは怖くないんだ。好美や葉月と、同じ高校に通えなくなることが怖いんだ……」

 誰もが言葉を失う。重苦しい空気の中、己の弱気さを放出するべく、実希子が口を開き続ける。

「考えないようにしても、そればかりが浮かんできて怖くなるんだ。この間、志望校から電話を貰った時も心ここにあらずでさ……」

「そう……だったのね。私も実希子ちゃんと同じ高校に……。
 え? 志望校から電話?」

 悲しみを分かち合おうとするかのような表情が一変。きょとんとした好美が、改めて親友の実希子に何のことだと質問する。

「え? そのままだよ。志望校から電話が来たんだ。高校でもソフトボール部に所属する気はあるのかって。葉月たちと、高校でもやりたいなって話してたから、もちろんて答えたけどな」

「そ、それで……? 電話をかけてきた人は何て言ってたの?」

「満足そうに、わかりましたって。一体、何の用だったんだろうな。今考えても、よくわからないんだよ」

 一緒になって何だろうねと首を捻る葉月の側で、状況を理解したらしい好美が大きなため息をついた。

「本気で実希子ちゃんの心配をした私がアホみたいだわ……」

「な、何だよ、それ。いくら好美でも、ちょっと酷いぞ」

 反論する実希子の目を、顔を上げた好美が真っ直ぐに見る。

「実希子ちゃんが貰った電話だけど、私には来ていないわ。恐らく、葉月ちゃんにもね」

 念のためにと好美は、目で葉月に電話を貰ったかどうかの有無を確認する。
 首を左右に振って葉月が否定すると、やっぱりねといった感じで好美が頷く。

「どうして実希子ちゃんだけに電話をかけたのか、理由はひとつね。高校のソフトボール部に所属してほしかったのよ」

「え? アタシに?」

「中学最後の大会でも、あれだけの活躍をしたもの。地元の高校のソフトボール部の関係者には、抜群のインパクトを与えたでしょうね」

 まだ意味がわかってない様子の実希子は、訝しげにしながら「だから?」なんて聞いたりする。
 完全に呆れてるみたいだが、基本的に心優しい好美は最後まできちんと説明する。

「合格発表の前に、部活に所属するかどうかを尋ねた。実希子ちゃんはもちろんと答えた。電話をかけてきた人は、満足そうだった。これだけ情報があれば、普通は何のことか気づくわよ」

「そうなのか? 好美はやっぱり凄いな。アタシはさっぱりだったぞ」

「はあ……いい? 実希子ちゃんは、志望校に合格したも同然なの」

 再び実希子が「そうなのか?」と同じ言葉を発した。先ほどと違うのは、声の大きさと驚きぶりだった。

「答え合わせをしたとおり、合否が微妙なラインだったんでしょうね。けれどソフトボール部の関係者が、偶然にも実希子ちゃんを覚えていた。そこで高校でもソフトボール部に所属してもらえそうならと思って、電話をかけた。そんなところだと思うわよ」

「俺も同感だ。厳密にいえばスポーツ推薦とは違うが、部活で頑張ってきたのが役立ったのは確かみたいだな」

 春道にも言われて、ようやく状況を正しく理解したらしい。飛び跳ねながら実希子は、意味不明な叫びを連発する。
 ひとしきり叫んで落ち着くと、今度は我先にと高木家の玄関を飛び出した。ひとりだけ外に出たあとで、早く来いとばかりに全員を手招きする。

「早く確認しに行こうぜ! ほら、ほらほらっ!」

「呆れた。さっきまで、一番行きたくなさそうにしてたくせに」

 そう言いながらも、好美は嬉しそうに笑っていた。

   *

 地元でも名前を知られた進学校のグラウンドで、悲しみと喜びの声が交錯する。公立なので私立高校ほど落ちる者は多くないが、落胆して肩を落とす受験生を何人か目撃した。

 春道と菜月は、校門のところで待つことにした。混雑する場所に菜月を連れて行き、誰かに足でも踏まれたりしたら大変だ。
 周囲の様子を確認する。子供についてきたと思われる保護者の姿を、ちらほらと発見できる。皆、心配なのは同じようだ。

 妻の和葉も校門で待たせようと思っていたが、結局は葉月たちと一緒にグラウンドへ向かった。今回の経験を経て、菜月の時は落ち着けるようになってくれるのを願うばかりだ。

「お姉ちゃん……どうだったのかな」

 手を繋いで立っている菜月の呟きを受けて、春道はその場にしゃがみ込む。

「意外だな。てっきり、お姉ちゃんが落ちた顔を見たがってると思ったぞ」

「そ、それは、むー……」

 ドSぶってはいても、やはり子供。大好きな姉が、不幸な目にあうのは望んでないみたいだった。
 もしかしたら菜月のドSぶりは、宏和や実希子など、人を選んで発動するのかもしれない。なんとなく、そんな気がした。

「冗談だよ。そんなにむくれるな。菜月が、お姉ちゃんを大好きなのは知っているからさ」

「パパって、本当に意地悪だよね。ふーんだ」

 パパ嫌いとばかりにそっぽを向いた愛娘が、ぱっと笑顔の花を咲かせた。
 菜月の視線を辿っていくと、こちらへ向かって走ってくる葉月がいた。もちろん、妹に負けないくらいの満面の笑みを浮かべている。

「皆、受かってたよっ! やったー!」

 飛び込んできた葉月を、両手で受け止める。幼かった頃と比べて、身体が大きくなってるのは両手に伝わる体重の重さでわかる。

「喜びすぎよ、葉月」

 あとから和葉だけでなく、高木家へ来た時からは信じられないほど、にこにこしている実希子や好美もやってきた。
 反応は様々でも、全員が安堵してるのは間違いない。妻の和葉も、すっかり普段どおりの冷静さを取り戻している。

「今日くらいは構わないだろ。本人以上に不安がって、そわそわする誰かさんも落ち着いてくれたしな。これでゆっくり喜べる」

「……春道さんには、お話があります」

「あ、あれ、和葉さん。口調が堅苦しい感じに戻ってるよ。もっと、こう……」

「ご要望は、却下させていただきます。葉月、ママとパパは先に帰るわね。貴女たちはゆっくり遊んで来なさい。菜月の面倒も見てもらえると嬉しいわ」

 有無を言わせずに通告したあと、愛妻が春道の首根っこを力一杯に掴んだ。

「すまない、葉月。パパは今晩、お前のお祝いをできないかもしれない」

「パ、パパーっ!」

 ずるずると妻に引きずられながらも、春道は愛娘に手を振った。
 幼い少女だった葉月も、無事に高校生となるのが決定した。早く感じられる時間の流れに身を任せて、幸せの中を漂うのも悪くない。
 自然と笑顔になっていた春道は、しっかり立ってから、愛する妻の手を優しく振りほどいた。

「早く帰って、葉月のお祝いパーティーの準備をしてやるか。和葉もそのつもりだったんだろ?」

「……春道さんには敵わないわね。
 でも……説教はさせてもらうわよ」

「嘘だろ?」

 和葉がにっこりと笑う。

「本当」

 こっそり逃げようとするも、あえなく春道は愛妻に捕まってしまう。

「どこへ行くのかしら。もう私から逃げられないと、自分で言ってたじゃない。観念してね」

「は、葉月……助けて……」

 助けてもらおうとしたが、薄情な娘はすでにこちらを見ていなかった。友人たちと一緒に、どこへ遊びに行こうか相談中だ。
 伸ばした救いの手を誰にも掴んでもらえないまま、春道は連行されていく。
 せっかくの素晴らしい日にあんまりだとも思ったが、これはこれで高木家の日常らしい。

 苦笑いを浮かべつつも、変わりのない日常に幸せを感じる。
 これからもずっと続いてくれるのを願いながら、春道はせっせと愛妻のご機嫌を取り始めた。
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