その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

文字の大きさ
186 / 495
菜月の小学校編

委員長と不登校児

しおりを挟む
 満場一致。使うのに適した場面は今を置いて他にないだろう。

 小学三年生になって最初の登校日。
 まだ遠い桜の開花を待ちきれないように行われた始業式。事前に発表されていたクラス割りに基づいた教室へ戻ると、新しく担任になった老齢の男性教諭がまずは学級委員長を決めましょうと言い出した。

 その途端である。ザワザワと落ち着かない雰囲気だった教室が、ある種の緊張感に包まれた。クラスのリーダーとは名ばかりの雑用係。目立ちたがり屋の児童ならばともかく、生まれ持った特性か、妙に冷めた一面を持つ菜月にとって御免被りたい役職だった。

 にもかかわらず、である。
 あろうことか昨年に同じクラスだった男女数名が声を揃えて菜月を委員長に推薦したのだ。前の座席を割り当てられていた菜月が、目をパチクリさせて振り向くや否や事前に打ち合わせしていたかのごとき拍手が教室に降り注いだ。

「却下します」

 危険な兆候を感じ取った菜月は老齢の担任が横暴な決断を下す前に、はっきりと自らの意思を示した。頼られたら大半は引き受けてしまう姉じゃあるまいし、バカ正直に数の暴力に屈する必要はない。

 個人意思を無視するという悪逆卑劣な選択は取られず、不本意な満場一致を乗り切った教室で再び立候補者を求める呼びかけが行われる。結果は先ほどと同じ。困りげな表情を浮かべる男性教師。問題を後回しにするのではなく、とんでもない方針を打ち出す。

「では、推薦方式にしましょうか。一人ずつ、誰がいいかを決めてください」

 あんまりですと菜月は叫びそうになった。教室に戻って来てからの流れを考えれば、誰の名前が一番多く黒板に書かれるかは想像するまでもなかった。
 全員と面識を持たせるために知人を散らされた新クラス。親交を深めるために菜月を知る生徒がこぞって話しかけられ、ああだこうだと説明しているうちに高木菜月という名前の下に書かれる線の数が増えていく。

 やっぱりこうなった。菜月は天を仰ぐ。
 すでに一度拒絶済み。しつこく断れば教師やクラスメートの心証を悪くしてしまう。小学三年生で問題児扱いされるのは嫌なので、渋々ではあるが応じるしかなくなる。まさに逃げ道をすべて塞がれた気分だった。

「それでは学級委員長は高木菜月さんにお願いしたいと思います。だからといって彼女一人に任せきりにはせず、協力を求められたら快く助けてあげてください」

 顔つき通り穏やかそうな担任は、そう言うと挨拶を締めくくった。

   *

 一人少なくはなったが、夕食を家族で囲む習慣は変わらない。もっとも葉月が部活をするようになってからはほぼ夜は三人だったので、特別な寂しさなどはない……はずなのだが、どうしても時折気にするように天井を見てしまう。
 気を取り直して小さな顔を左右に振る菜月を、茶碗を食卓に置いた春道が微笑ましそうに見ていた。

「どうせ、また私をからかうんでしょ」

 わざとらしく拗ねてみせると、春道はまさかと肩を竦めた。

「慣れろ、なんて言わないさ。家族が家からいなくなるというのは寂しいもんだ。だから寂しがってやればいい。その想いが離れている家族に、帰るべき家があると教えてやることになる」

「春道さんの言う通りよ。むしろ全然平気なんて言われたら、葉月の方が泣いてしまうわ」

 微笑む和葉。両親の心遣いが、ほんのりと菜月の心を温かくしてくれる。照れ臭くてなかなか言えないが、二人の子供でよかったと心から思える瞬間でもあった。

 これだけで終わればいわゆる美談なのだが、基本的に悪戯好きというか調子に乗りやすい春道は横目で和葉を見ながら口角を吊り上げる。

「だから菜月も遠慮しないで、ママみたいにパパを抱き枕扱いしていいんだぞ」

「なっ――こ、子供の前で何を言ってるのよ!」

「仕方ないだろ。毎晩のように葉月は本当にいないのね、とか言って抱き着い――もごっ」

「そういえば春道さんにお願いしたいことがありました。少しこちらに来ていただけますか?」

 にっこりとする顔を朱に染めているのは羞恥か激怒か。
 きっと後者の影響が大きいだろうなと他人事ながらに思う菜月の前で、無理矢理椅子から立たせられた父親が引き摺られていく。涙目で助けを求めてくるが、こうなるのを半ば理解していて地雷を踏んだのだから自業自得である。
 夕食のシチューを味わいながら、頑張ってと手を振って見捨てる。

 リビングの外から悲鳴と謝罪の声が聞こえるも、本気で喧嘩をしているわけでないのは重々わかっている。むしろあれが二人のコミュケーションであり、いわばお惚気の一種なのだ。静かに食事をして待っていれば、すぐに酷い目にあったと言いながらも笑う春道が戻ってくる。

「パパって本当に懲りないわよね」

「おいおい。寂しそうな愛娘を、体を張って元気づけたんじゃないか」

「……方法はどうかと思うけれど、一応ありがとう。でも、それどころじゃないのよ。新しい学級で委員長に推薦されちゃってさ。明日からを考えると憂鬱……」

 食べ終えた食器を運びやすく重ねながら、本日何度目かもわからないため息をつく。

「そりゃ、そうだろう。小学三年生で推薦だの憂鬱だの当たり前に使ってる子供がいれば、誰だってしっかりしてると思うしな」

 春道の指摘に菜月はハッとする。慣れている両親は特に動じないが、考えてみれば初対面の大人には本当に小学生なのと大抵驚かれる。
 単純にたくさん読んできた小説から覚えた言葉を場面場面でそれっぽく活用しているだけなのだが、大人側から言うとそれでも十分に子供には難しいらしかった。

「もっと子供っぽくすればよかったのね。盲点だったわ。
 ところで……パパ」

「どうした」

「子供っぽくってどうすればいいの?」

「……電話で葉月に聞いてくれ。
 もしくは夜にパパの布団に入り込んでくるママ――もごっ」

 懲りもせずに和葉に口を塞がれる春道。ここまでくると処置なしである。

   *

 学級委員長といえど仕事は雑用が大半。もしくは学級会などで司会を担当するくらい……だと思っていたのだが、まったく予想していなかった仕事を担任に申しつけられてしまった。

「面倒だけど、引き受けた以上はやらないとね。私の評価に関わってしまうわ」

 始業式から数日が経過。徐々に昨年までの知人だけでなく、学級では新たな友人関係が構築されつつあった。虐めもなく平和そのもの……と断言できればいいのだが、ずっと欠席を続けている生徒が一人いた。

 つい先日、クラスメートに聞いたところ、昨年の後半から学校に来ていない男子生徒らしかった。
 黙っていると女の子に見間違うくらいの容姿で性格はおとなしめ、話をしてくれた女子曰く誰かと楽しそうに会話しているのを見たことがないという。

 あろうことかその生徒の家にプリントを届けるついでに、それとなく様子を見て来てほしいと頼まれたのである。
 教師の仕事ではないかと思ったが、担任は何度もその児童宅にお邪魔しているものの本人には会えずじまいなのだと言った。同年代の生徒であれば心を許して会ってくれるのではないかとも。

 渡された担任手書きの地図を頼りに、なんとかその子の家の前に着く。表札には鈴木とある。真(まこと)というのが、プリントを渡すべき相手だ。緊張を鎮めるために深呼吸を三度ほどしてから、背伸びをしてインターホンを押す。

「はい。どちら様ですか?」

 若い女性の声だ。恐らくは母親だろう。相手には菜月の姿が見えているはずなので、丁寧に頭を下げてから用件を伝える。

「学校から頼まれてプリントを持ってきた高木菜月です。真君は御在宅でしょうか」

「まあ。少し待っててね」

 パタパタと家の中を走るスリッパの音が聞こえ、二階建ての赤い屋根が特徴的などこかモダン一軒家から三十代半ばと思われる女性が出てきた。インターホンが備え付けられている石柱の前に立つ菜月を見つけると、笑顔でこんにちはと挨拶する。

 小さな門を開けて中へ招き入れてくれる。左側には一台用の駐車場があり、家とは別になっている。その家は敷地が細長い感じで門から中庭そして建物へと続く。白を基調とした外観は菜月の自宅に比べても綺麗であり、新しさを感じさせる。

「わざわざ届けてくれたのね。ありがとう。どうぞ中に入って」

 内装も外観同様に新しく、壁の白さとドア類の木の肌色に近い茶色さが特徴的だ。モダンさと自然を上手く取り入れたようなデザインにはセンスを感じ、菜月が知っている限り、周辺ではあまり見たいタイプの家でもあった。

 なだらかに曲がりながら続く階段を上って、二階にある一室へ案内される。ドアの情報に真と書かれた小さなプレートが張りつけられている。女性は軽くノックをすると、室内に声をかける。

「真ちゃん。学校からお友達が来てくれたわよ」

 木製のドアを一枚隔てていてもわかるギクリとした様子。教師とも会わないというので、非行に走った末の引き篭もりの可能性もあると菜月は勝手に思っていたが、どうやらその線は消えたみたいだった。

 室内に誰かいるのはわかりきっているのだが、猛獣に怯える小動物みたいに決して顔を出さない。恐らく担任も似たような状況に陥り、面会を断念するはめになったのだろう。そのせいで自分にお鉢が回ってきたのであれば、さすがの菜月も少々の腹立たしさを覚える。

「……鈴木君のお母さんはこのままでいいと思っていますか?」

 申し訳なさそうな顔の母親が謝ろうとする前に先手を打つ。菜月の問いかけに対し、当然ながら否定的な意味を持つ返答が場に零れる。

「鈴木君、聞いてた? お母さんの許可は取ったわ。開けなければ、ドアを蹴破るわよ。様子を見て来てほしいと先生に頼まれてるから、このまますごすごと帰るわけにはいかないの」

 無論、ただの脅しでしかないのだが、幼い少女の過激な発言に母親はギョッとし、室内の不登校児はさらに慌てる気配を見せる。

 数呼吸ほどの時間を経て、数cmずつ扉が開かれる。気持ちが変わって閉められる前に、生まれた隙間へ素早く足を入れる。顔だけを動かし、いまだ目をパチクリとさせる母親に大丈夫ですからご心配なくと告げて部屋に入る。

 後ろ手にドアを閉めながら見渡す室内にはポスターなどもなく、眩しいくらいの白だけが広がっている。
 あるのは六段あるこげ茶色の本棚が二つに、やや大きめのベッド。あとは勉強机と押入れ程度であり、テレビなどの娯楽用品は一切見当たらない。大きな窓も備え付けられているみたいだが、閉められている遮光カーテンのせいで恩恵は受けられていなかった。

「あなた、吸血鬼? それとも極端に目が弱いの?」

「え? あの、その……どっちも、違う……けど……」

 おどおどと返答を返すのは髪の毛を短く切りそろえたキノコみたいな男児。身長は菜月よりもやや小さいくらいで、体つきも華奢だ。天井ではシーリングライトが点灯しているものの、一番弱いレベルらしく、その明かりは優しいというか弱々しい。おかげで表情もよく確認できないくらいである。

「そう。ならよかったわ」

 安堵するそぶりすら見せずに容赦なくカーテンを開ける。外はせっかくの青空なのだ。あくまでも菜月の主観だが、こんな日は太陽の光を室内へ取り入れるに限る。

 部屋の隅にあるベッド。さらにその隅に座って小さくなっているのが鈴木真だ。顔を伏せながらのおずおずとした上目遣いは彼の弱々しさを強調する。

 聞いていた通りに顔立ちは童顔で女の子っぽい。小柄な体型と相まって、愛らしいと表現してもいいくらいだった。その彼の視線を背中に浴びながら、悠々と歩いて菜月は本棚を確認し、許可を得て一冊を抜き取るとスカートをふわりと舞わせて床に座り込んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

会社員の青年と清掃員の老婆の超越した愛

MisakiNonagase
恋愛
二十六歳のレンが働くオフィスビルには、清掃員として七十歳のカズコも従事している。カズコは愛嬌のある笑顔と真面目な仕事ぶりで誰からも好かれていた。ある日の仕事帰りにレンがよく行く立ち飲み屋に入ると、カズコもいた。清掃員の青い作業服姿しか見たことのなかったレンは、ごく普通の装いだったがカズコの姿が輝いて見えた。それから少しづつ話すようになり、二人は年の差を越えて恋を育んでいくストーリーです。不倫は情事かもしれないが、この二人には情状という言葉がふさわしい。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...