その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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家族の新生活編

思い出にありがとう

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「おいおい、押し入れの奥から何か変なのが出てきたぞ」

「あ、それは私の一応の宝物だよ」

 伸ばした手にぬいぐるみらしき感触を得た春道が、その正体を確認すると本当にぬいぐるみだった。

 真っ白い熊だかパンダだかわからないぬいぐるみに、嬉しそうにした葉月だったがすぐに表情を曇らせた。

「小さい頃にはづ姉に貸してもらった記憶があるわね。おかげで図鑑で知るまで、パンダはずっと白いとばかり思っていたわ」

 一緒に春道夫婦の部屋を片付けていた菜月が、背後から覗き込んできた。

「で、どうしてはづ姉は悲しそうにしているの?」

 高校時代のジャージに、軍手と古い靴下、首をフェイスタオルを巻いている菜月が胡乱げに姉に尋ねた。

「これは昔、パパに貰った誕生日プレゼントなんだよ」

 妹とほぼ同じ格好の高木家長女が、フェイスタオルで額の汗を拭いながら、ふうと物憂げなため息をつく。

「私が小さい頃でね、パパと仲良くなって初めての誕生日で一ヵ月くらい前からウキウキしてたんだけど……」

「葉月の誕生日をすっかり忘れてたのよね、春道さん」

「最低」

 女性陣からの冷たい視線に晒されるも、事実なので春道には反論のしようがない。

 仕方なしに押し入れの片づけに戻ると、何やら硬く尖った感触が伝わってくる。

「今度は何だ」

 足の裏にゲンダムと書かれたパチモンのプラモデルじみた玩具に、見覚えのある春道は頭を抱えたくなった。

 知らないふりをしていらないもの箱に放り込もうとして、直前に今日の片づけに合わせて帰省中の次女に阻止される。

「また変な玩具が出てきたけれど……」

「それも同じ日にパパが買ってくれたやつだね」

「どうしてここの物置にはづ姉の子供の頃の私物があるのかはさておき、パパはその時、誕生日を忘れていたのでしょう?」

「確かどこかの取材に行ってて、様子見の電話をかけてきた時にママがさらっとバラしちゃって、慌てたパパが仕事先から車を借りて戻ってきたの」

「途中でプレゼントを調達したらしいんだけど、ほとんどの店が閉まってたらしくて、ようやく買えたのがそれらの品らしいわ」

 葉月の説明に補足しながら、和葉がどこか遠い目をする。
 もう一度溜息をついた菜月が葉月に玩具をどうするのか聞くと、意外にも必要だという答えが返ってきた。

「パパからの誕生日プレゼントだからね、私に子供ができたらあげるんだ」

「葉月……」

 じわりと胸の奥が熱くなり、春道の目尻に涙が溜まりかけ――

「壊されても、あんまり惜しくないし」

「だよなー」

 ――たところで苦笑いに変わって消滅した。

「さあ、話が終わったら片付けを再開しましょう」

   *

 新築を決め、東京の菜月にも報告を終えると、高木家はすぐに色々な準備に取り掛かった。

 土地や家を葉月の名義に変え、葉月の友人で今は母校の小学校の教師をしている室戸柚の父親の紹介で解体業者を決めた。

 自治体にリサイクル法の届け出と、現場に事前周知の標識の設置も終えた。

 解体の日付も正式に決まり、その日が来る前に片づけをしなければならず、当初は春道と和葉でやるつもりだったが、自分の私物は自分で整理したいという菜月も加わり、結局は家族全員で一日がかりの大掃除となった。

 必要なものと不要なものを整理し終えると、ムーンリーフの仕事が一段落ついた和也や佐々木実希子が助っ人として来てくれ、さらに作業効率が上がっていた。

「けど、柚の親父さんっていまだに不動産業をしてたんだな」

 タンクトップにハーフパンツというどこぞの現場作業員じみた格好の実希子が、軍手をはめた手で額の汗を拭う。

 ソフトボールを辞める原因となった膝の怪我も治った元気印の腕力と体力はいまだ健在で、元高校球児の和也と二人で物置の片付けをほぼ終えてしまっていた。

「なんかパパに恩義があるからって、困ってたらすぐ助けてくれるんだよねー」

「……パパ、何をやらかしたの?」

「お願いだからそんな目で見ないでくれ」

 よほど信頼がないのか、すぐさま菜月の怜悧な視線でガラスの心を貫かれる。

 当時は気が付いていなかったが、春道の請け負った仕事が縁で、倒産しかかっていた柚の家が救われたのだという。
 後で葉月や柚から説明を聞き、改めて柚の父親からお礼を言われた際には思わずひっくり返りそうになった。

「おかげで柚ちゃんとは離れ離れにならずに済んだよ」

 庭から家に戻りながら葉月が言うと、隣を歩く実希子が懐かしそうに空を見る。

「不思議なもんだよな。柚と葉月が仲良くなるなんて、虐められてる頃からは想像もできなかったからさ」

「確か柚さんが恋心のせいで暴走していたのだったかしら」

 菜月の確認に、後頭部で手を組んだ実希子が「そうそう」と頷く。

「つまり悪いのは葉月の婿殿ってこった」

「勘弁してくれ」

 子供時代の話になると旗色が悪くなる和也は俯き、小さくなっている。

「アハハ、でもその時のことがあるから、和也君は虐めに加担しなくなったし、自分の周りでそうした問題が起これば率先して助けに入ってたしね」

「そういう話になると、柚や尚もそうだったよな」

 小学校時代に葉月を虐めていた柚が、一人だけ別の中学に行くことになり、そこで御手洗尚という今でこそ仲の良い友人に虐められたのである。

 逃げるように地元へ帰ってきたが、そこに尚も入学して一悶着あったのだが、葉月が介入してなんとか乗り切ったのだと春道は記憶している。

「誰とでも仲良くなれるはづ姉の特権みたいなものだけれど……だからこそ子供時代に虐められていたというのがいまだに信じられないのよね」

 菜月の疑問に、葉月が困ったように笑う。

「きっと自分に自信がなかったんだよ。それにママに迷惑かけたくなかったから、いい子にしてなきゃってそればっかりで」

「確かに出会った頃の葉月は子供らしい一面よりも、周囲の顔色を窺う傾向の方が強かったな」

 春道が言うと、実希子もうんうんと頷いた。

「アタシも覚えてる。それでだいぶイライラしてたしな。葉月が変わりだしたのは、春道パパが授業参観に来た頃からじゃないかな」

「うん、パパのおかげで虐めも減って……凄く頼もしかったな」

「そのせいで当時の和葉にはおもいきりやきもちを焼かれたけどな」

「仕方ないでしょう、あの時は私が葉月を守らなきゃって、そればかりだったから、誰かに甘えて寄りかかるだなんて頭の片隅にもなかったし」

 しんみりと語る葉月の傍で春道が苦笑いを顔に張り付けると、そうくるのを予想していたのか和葉が唇を可愛らしく尖らせた。

「それが今では春道パパとベッタリか。くあー! たまんねえな、オイ!」

「実希子ちゃん、まさか呑んでないわよね」

「そうしたいんだが、車を運転するかもしれないしな。それこそ柚たちが来るまでは我慢するさ」

   *

 夜になると好美や柚だけでなく、茉優や菜月と一緒に帰省していた真も加わって、夕食の席は半ば宴会じみていた。

「すっかり広くなっちまったなー」

 ビールのロング缶片手に、出来上がりつつある実希子が物が運び出された高木家のリビングを見渡した。
「こうして見ると、予想以上にボロくなってたんだな。この前の地震は建て直しをするいいきっかけだったのかもな」

 春道だけでなく、和葉や葉月、菜月も慣れ親しんだリビングの今にも剥がれそうな壁を見て頷いていた。

 白が基調だった壁が汚れているのは前からわかっていたが、食器棚の後ろなどはかなり酷い有様だった。

「新しい高木家に期待だな」

「残念ながら実希子ちゃんの部屋はないわよ」

 さらっと好美に注意され、背後に稲妻でも見えそうな勢いで何故か実希子がショックを受けていた。

「仕方ない。しばらくはなっちーの部屋で我慢しよう」

「却下よ、却下。帰省した時に動物臭い部屋に泊まるなんてごめんだわ」

「だからアタシをゴリラ扱いすんな!」

 恒例のやり取りを経て、ガヤガヤとそれぞれがお喋りを楽しむ。

 途中から菜月は茉優や愛花ら、友人を伴って荷物のなくなった自分の部屋へ行った。

 葉月たちもそうするのかと思いきや、リビングに思い入れがあるらしく、春道たちと一緒に酒盛りに加わり続ける。

 もっとも春道も和葉もあまりお酒を呑まないので、実希子を中心に葉月たちがビールやチューハイを楽しんでいる。

 途中から和也と実希子がどこからか持ってきた日本酒で酔い始めたのを、苦笑しながら葉月と好美が介抱する。

 普段からどのような飲み会をしているのかがわかる一コマだ。

「この家……なくなってしまうのね……」

 家族の安全のために解体を真っ先に提案した和葉だったが、やはり誰よりも思い入れが強かったらしく、涙目でため息をついていた。

「けど、思い出まではなくならない。写真や動画、何より俺たちの記憶に保存されてる。故人にするのと同じように、こうして皆で集まった時に、話題に出して懐かしんでやるといいさ」

「そうね……」

「それにしばらくは忙しくて寂しがってもいられないしな」

 新居が完成するまでのひとまずの住居となるアパートにも必要最低限の物を運んでいるだけで、荷解きも終わっていなのだ。

「フフ、アパートで夫婦だけの生活だなんて、なんだか新婚さんみたいね」

「葉月たちが隣だから、普段とあまり変わりない気もするけどな」

「あり得そうだけど、あの子も和也君との二人の時間を大切にするんじゃないかしら」

「父親として喜ぶべきか嫉妬するべきか」

 腕組みをしながら考え込んでいると、実希子が呑み比べをしていた和也を打ち負かしたと雄叫びを上げだした。

 それを聞いて戻ってきた菜月たちが絡まれ、この家で過ごす最後の一日はとても賑やかな思い出に彩られることになった。
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