その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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家族の新生活編

菜月と親友たちの一日

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 春の木漏れ日にも少しずつ暖かさが増してきて、緑も気持ち良さそうにそよぐようになった季節。

 一年で一番身体を動かしやすい時期といっても過言ではないだけに、県大学を訪れている菜月も運動したい衝動でウズウズしてしまう。

「やっぱり練習設備とかも本格的だねぇ」

 一緒にソフトボール部を見学している茉優も、ほわほわとしたいつも通りの様子ながらも、どこか感心しているみたいだった。

「これこそ我が大学の誇る……といきたいところですが、はづ姉さんや実希子コーチの応援でたまに来てましたしね。改めて驚くこともないでしょう」

 菜月たちを案内してくれているのは、県大学ソフトボール部のジャージがよく似合っている愛花だった。

 もちろん親衛隊のごとく彼女の親友の清水涼子と駒井明美も揃っている。

 涼子は天然パーマだった黒髪を高校時代よりさらに短くして、ベリーショート気味になっている。

 高い身長と筋肉質ながらスレンダーな体型にマッチしていて、愛花曰く、大学生になっても異性より同性に人気らしかった。

「こうして大学で見ると、涼子がますます雄々しくなったのがわかるわ」

「へへん、練習だって苦に――って待て。
 よく考えたら、ボク、褒められてないよな」

 眉をピクっとさせた涼子の肩に、純朴そうな笑顔を見せる明美が手を置いた。

「大丈夫よ。涼子ちゃんの凛々しさは誰よりあたしがよくわかってるから」

 高校時代は三つ編みがトレードマークだったが、大学ではサイドテールにしていた。ジャージをこんもりと盛り上げる上半身のふくらみは相変わらずで、ちっとも成長する気配を感じられない菜月は条件反射で歯噛みしそうになる。

 二人とも巻き込むような形で中学時代にソフトボール部に入れたが、まさか愛花ともども菜月よりも長く携わるとは想像もしていなかった。

「くそう、やっぱり褒められてる気がしないぞ」

「はいはい、いつものじゃれ合いはそのくらいにしておきましょう。今日は菜月や茉優がわざわざ遊びに来てくれてるのですし」

 いつも二人にフォローしてもらう立場だった愛花も、大学生となった今ではすっかりまとめ役が板につきつつある。

 高校までは黒髪のロングにしていたが、現在の彼女は少し茶色の混じった肩口までのミディアムショートというお洒落な髪型になっている。
 トレードマークのヘアピンはそのままで、休日によくつけているカチューシャともども、彼氏の戸高宏和からのプレゼント品らしかった。

 ちなみに菜月の彼氏の真も同行していたが、茉優の彼氏の沢恭介に美術室を案内してもらっているので別行動中だ。

「菜月と茉優には私たちの練習着を貸しますから、少しは身体を動かしたらどうです? 大学ではサークルにも入ってないんでしょう?」

 愛花に誘われ、指摘も事実なので菜月はどうしようか考える。

「でも大会が近いからって講義中でも部活が許可されてるのよね? だったら部外者の私たちが邪魔をするのは申し訳ないわ」

「大丈夫だろ」

 菜月の疑問にそう断じたのは涼子だった。

「インターハイベスト8の主力だからな。
 むしろそのまま軟禁されるんじゃないか?」

「ますます参加したくなくなったわね」

 笑顔を引き攣らせた菜月は、茉優と一緒にソフトボール部の見学だけすることにした。

   *

 県大学の美術部を満喫したらしい真と、久しぶりに茉優と会えたという恭介と合流した菜月たちは、少し遅くなった昼食のためにムーンリーフへと移動していた。

 食事スペースを確保し、それぞれに頼んだパンと飲料をお供にお喋りに花を咲かせる。

「私は嬉しいけど、茉優は休みの時までここでよかったの? 普段からムーンリーフのパンは食べ慣れてるでしょうに」

「まかないはパンだけじゃないよ~。たまに和葉ママがカレーとか差し入れしてくれるし~」

「ママったら、意外と店に貢献していたのね」

 元々が料理上手で、春道との夫婦仲が順調な影響と、葉月や菜月の友人家庭との付き合いを経て愛想も良くなっている。

 さらには美人で、年齢を重ねて成熟しきった色気が、店の前に立つだけで誘蛾灯のごとく中年男性を惹きつけるらしかった。

「確かに和葉ママは綺麗だからね。春道パパは心配してそうだけど」

 真の感想に、菜月は真顔で返す。「何を?」

「え? 何をって、その人気が出すぎるあまり危険な目にあわないか、とか」

「それなら護衛のゴリラがいるから大丈夫よ」

「聞こえてるぞ、なっちー!」

 奥の作業場から、制服を着た実希子がのしのしと歩いてきた。
 当初はサイズが合っていながら、かなり危険なパツパツ状態だったが、今ではきちんとした格好になっている。

「帰ってたのね」

「アタシの担当は主に市内だからな」

「県内は和也さんに任せているのだったわね」

「結構、大変みたいだぞ。一日置きに違う方面へ走ってるし、県外にも増えたりすると、朝早くから夜遅くまで帰ってこられなくなるんじゃないか?」

「それだけ忙しくしておきながら、暇があると南高校の野球部に顔を出しているのよね。倒れたりしなければいいけど」

「そこらは葉月や和葉ママが注意してくれてるみたいだし、問題ないだろ」

 お友達経営のムーンリーフではあるが、体力自慢の実希子と和也、頭脳明晰な好美、人を惹きつける葉月と、上手い具合に人員が揃っていたのである。

「……っと、客が増えてきたな。好美の奴も引っ張り出してやるとするか」

「好美さんなら、さっき厨房に向かっていくのがチラっと見えたわよ」

「マジか?」

「実希子ちゃんが奥から出てきた時に」

 慌てて状況を確認しにいった実希子が、顔を蒼褪めさせて戻ってくる。

「マジだった。今日は朝から忙しかったらしい」

「……さて、身内がいつまでも席を確保していたら申し訳ないわね。そろそろお暇しましょうか」

 さりげなく席を立ったつもりだったが、菜月の細い肩は相変わらず逞しい実希子の手にガッチリと掴まれた。

「なあ、なっちー?
 たまにはアルバイトデートってのも悪くないと思わないか?」

「私はたまの帰省を楽しんでいる最中なのだけれど」

「よし、決まりだ。制服はちゃんと保管してあるから、遠慮せずに使ってくれ」

「……ムーンリーフに来る時点でこうなりそうな気はしたのよね。仕方ないからしっかり働いて、実希子ちゃんにアルバイト代を請求しましょう」

「えっ!? アタシの払いになるのかよ!」

 愕然とする実希子の傍を通り抜け、そんなに離れていないはずなのに、妙に懐かしく感じる制服に菜月はなんだか照れ臭くなった。

   *

 久しぶりに接客を担当して菜月が思ったのは、アルバイトの時以上に茉優の優秀な働きぶりだった。

 厨房には半強制的に二人の男性を送り込んだので、焼き上がる先から並べて販売すればいいだけだが、ムーンリーフのお客さんには受付との会話を楽しみに来店する老人の方も多い。

 そうしたお客さんにも面倒がらずに、他と変わらない態度で接する茉優は非常に人気が高かった。

 本来なら葉月が担っていた役目を、茉優がほぼ完璧に代行できていた。
 そのおかげで葉月は厨房で実力を存分に振るえ、急な繁盛時間にもなんとか対応できている。

 それでも仕込みの間に合わない商品の籠には、完売御礼の札が次々と入れられていくが。

「茉優ちゃんは今日も元気だねえ」

「おばあちゃんも元気だよ~」

「茉優さん、ちーっす」

「部活帰りだねぇ、少しだけ割引してあげるねぇ」

 テキパキと動き、それでいて口調は柔らかくおっとり。最近ではどこか優雅さまで備わりつつあるようで、老若男女が茉優に声をかける。

 その様子に菜月は感心しきりだったが、約一名だけ心をザワつかせている男性がいた。彼氏の沢恭介だ。

 もしかすると真は恭介から愚痴というか不安じみた悩みを聞かされていて、先ほど和葉が人気だという話題の時にした質問に繋がったのかもしれない。

「おう、なっちー。厨房の方が一息つきそうだから、あとは大丈夫だってよ。アルバイト代は皆揃って葉月から貰ってくれ」

 厨房から戻ってきた実希子に受付を任せ、菜月は接客を一段落された茉優と一緒に更衣室へ向かった。

   *

「皆、少しずつ変わっているのだなと実感したわ」

 慣れたリビングとは違い、両親が一時的に契約したアパートの居間は若干手狭で、四人もいれば閉塞感を覚えそうだった。

 リビング兼ダイニングの奥にもう一部屋あり、逆側にキッチン。すぐ横の玄関を挟んでトイレとバスルームになっていた。

 畳に置いた座布団に座り、食卓の上でホットミルクの入ったマグカップを両手で弄びながら、菜月は今日の出来事を両親に話し終えたところだった。

「私だけあんまり変わっていないみたいで、なんだか寂しかったわね」

「必要がなければ変わらなくていいだろ」

 春道の言葉に、菜月は「それはそうなんだけれど……」と表情を曇らせる。

「わかっていても焦ってしまうものよ、菜月の年頃なら特にね」

 小さな座卓を一緒に囲んでいる和葉が、紅茶の香りを楽しみながら微笑んだ。

「周りが見えるだけに余計気になるだろうけど、菜月は菜月の思うままに過ごせばいいのよ。邪な道に逸れていったらお仕置きするけどね」

「ママ、怖いんだけど」

 頬を引き攣らせたあとで、菜月は目を細める。

「でも、頼りにしているわ」

「……パパは?」

「まあ、それなりに」

「和葉っ、菜月が俺を虐めるっ」

「はいはい」

 場所が変わっても、やりとりは変わらない両親の姿に菜月はどこか安心する。
 友人たちも外見は多少変われども、根っこの部分は共に過ごした頃ときっと同じなのかもしれない。

 そう結論付けた菜月は、楽しげに会話する両親の間に、自分もと主張するように笑顔でまた混ざり始めた。
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