その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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家族の新生活編

菜月と女子会

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 初秋の佐奈原茉優による1泊2日の襲撃事件の数日後、以前よりは重圧なく大学生活を堪能していた菜月に新たな事件が襲いかかった。
 きっかけは大学の中庭で一人優雅にブルーシートを敷いて、昼食をとっていた時だった。

「茉優だけずるいです!」

 電話に出るなり、そう叫んだ相手は嶺岸愛花だった。
 中学生になって初めて会った頃は、何かと葉月に絡んできた彼女も今では大切な友人の一人だ。

「私に言われても……」

 案の定な展開というべきか、茉優からお泊りの話を聞いた愛花は早速拗ねてしまったらしい。

 これまではお互いに大学生活を頑張ろうと基本はメールで、菜月の帰省時は都合がつけばという感じで会っていた。

 愛花も県大学で入っているソフトボール部の練習も忙しいだろうし、寂しいながらも仕方ないかと菜月は割り切っていたのだが、どうやら向こうはそうでもなかったらしい。

「私も菜月の家にお泊りします!」

「構わないけれど、大学の方はいいの?」

「サボリます!」

 堂々と宣言した愛花に、周囲から慌てた声が届く。
 どうやら親衛隊も同然の明美と涼子の他にも、生徒がいたらしい。

「いけないことかもしれませんが、どうしても菜月と女子会がしたいのです! 幸いにしてインカレも地区の秋季大会も終わりましたし、多少は大丈夫です!」

「県大学、インカレに出られたの? 実希子ちゃんが抜けて以来、凋落の一途を辿っていなかったかしら」

「うぐっ、確かにそうですが、今年は前途有望な新人が三人も入りましたからね。涼子なんかは一年でレギュラーですし」

「愛花と明美は?」

「……インカレでは一回戦負けでしたので、二回戦に登板予定だった私の出番はありませんでした。秋季大会では投げました。次代のエースですから」

 明美はベンチ入りを果たし、秋季大会では途中出場があったらしい。
 実力主義の大学部活動とはいえ、一年時から出場できるのであれば戦力に数えられていると考えて間違いない。

「話を聞いていると、ソフトボールがやりたくなってくるわね」

「では来年、県大学を受験しましょう!」

 愛花の本気度が、底抜けに明るい声から伝わってくる。

「残念だけどやめておくわ。秋季大会で打ち込まれた愛花が、私のリードを恋しがっているのはわかるけれど」

「そこまで悲惨な状況にはなってません!」

 頑なに結果から話を逸らそうとしていた時点で気が付いていたが、やはり秋季大会での登板結果は芳しくなかったようだ。

「ちょっと決勝で打ち込まれただけです……」

 ごにょごにょと話す愛花の語尾が小さくなっていく。

「愛花は昔から、大事な試合には弱いものね」

「私以上に緊張しいな菜月に言われたくありません!」

「ごめんなさい、それで私に慰めてもらいに来る日はいつなのかしら」

「そうですね……って違います! 別に慰めてもらいたいわけではありません!」

「そうなの?」

「う……あ、そ、その……少しは……」

 電話越しではあっても、久しぶりの愛花いじりを楽しんでいるうちに昼食時間は終わっていた。

   *

 愛花と涼子と明美、三人を出迎えに東京駅まで行ったはずが、そこに予想外の人物が混じっていた。

「なっちー、久しぶりだねぇ」

「……数日前に会ったばかりなのだけれど」

 手を振る茉優を半眼で睨むも、天然な親友はにこにこ笑顔を崩さない。
 菜月はギイイと音がしそうな動きで、首ごと愛花に顔を向ける。

「どういうことかしら」

「茉優に話をしたら、自分も行くときかなかったんです」

「大体予想通りの理由だけれど、ついこの間、店を二日も休んだばかりでしょう?」

「茉優は有給を取ってなかったから、それを使えばいいってはづ姉ちゃんが教えてくれたよぉ」

 当人からの説明を受け、菜月は探偵のごとく顎を親指で摩る。

「そうか……茉優が入社してから半年が経過したのね。
 それにしてもさすがムーンリーフ、好美さんが事務全般を請け負っているだけあって、超がつきそうなホワイトぶりね」

「でも、実希子ちゃんが休みまで勝手に仕事をしたがるって、好美ちゃんは頭を抱えてたよぉ」

「あのゴリラはお金が必要とか、仕事が生き甲斐とかではなくて、単純に暇だから来ているのでしょうね」

 辛辣な菜月の意見だが、実希子をよく知る面々が異議を唱えることはなかった。

「ついでにいえば、葉月さんたちと遊びたいという理由もあるかと」

「実希子コーチだもんな、仕事より遊んでるって感覚に近いのかも」

「だとしたら、配送が中心の業務にそのうち爆発するんじゃない?」

 愛花が補足し、涼子が苦笑し、明美が不吉な予言をぶっ放す。
 さもありなんと思った菜月が忠告するまでもなく、実希子の性格を熟知している好美が何らかの手を打っているはずだ。

 とにかく宿泊予定者が一名増えたところで、まずは荷物を置きに菜月の部屋へ向かうことになった。

   *

 昼過ぎに到着した愛花たちに手作りの昼食を振舞い、人心地ついたところで開催されたのは何故か菜月の部屋の探検だった。

 悪戯好きの涼子が下着を探そうとして、明美が止めるふりをしながら手伝おうとしたところを、揃って後頭部を愛花に叩かれてしゅんとするという珍しい一幕もあった。

 そのあとで愛花が、どのような下着をつけているのか、こっそり聞いてきたのはご愛敬だろう。

 他の二人と違ってからかい半分の興味ではなく、愛花にも彼氏がいるので、同じ立場の菜月がどのように身だしなみに気を配っているか気になったのがわかる。
 実際に彼女は、やはり沢恭介という彼氏がいる茉優にも同様の質問をしていた。

 その茉優は「たまに小学生の頃のも履くよぉ」とぶちまけ、愛華をひっくり返らせていたが。

 ちなみに菜月の下着も高校生の頃とさほど変わっていない。
 古くなれば新調するのは男女に関わらず当然だが、サイズも趣味も悲しいことに大きな変化がないのだから当たり前だった。

 都内の観光を楽しみ、有名な温泉施設でまったりした時間を過ごしていると、湯上りで高校時代にはない色香を振り撒く愛花が菜月の隣にやってきた。

「なるほど、大人の女性になった愛花は、いかに夜の宏和の気を引くか悩んでいたのね。研究熱心なところはさすがだわ」

 真顔で言ってみたところ、愛華は手にしていたスポーツドリンクを危うく落としそうになった。

「な、な、何を言ってるんですか! わ、わ、私はそんなつもりじゃ……」

「だって日中の件って、私の勝負下着が知りたかったんでしょう?」

「そんなはっきりと……いや、まあ、そうなんですが……菜月はそういう目的の下着を持っているんですか?」

 愛花もまた真顔になり、テーブルつきのソファに一人で腰掛けていた菜月のすぐ隣に陣取った。
 茉優や涼子らが飲み物を買いに行っている間に、話を済ませたいのだ。

「ないわ」

 一言で答えを終えると、愛花は安堵したような、残念がるような複雑な表情を浮かべた。

「ではどうして勝負下着云々の……ああ、そういうことですよね。あの……そういった雰囲気にも?」

「うちのは奥手だからね」

「茉優のところも似たようなものなのでしょうか」

「どうしたのー?」

 タイミングがいいのか悪いのか、名前が出たタイミングでカルピスウォーターの小型ボトルを抱えた茉優が戻ってきた。
 愛花とのやり取りを軽く説明すると、茉優はきょとんとしながらも、

「そういえば、恭ちゃんはよく茉優にお泊りしてもらいたがってるねぇ」

「……爽やか好青年も一皮剥けば肉食獣ってことね」

「菜月、その発言は中年親父っぽいです」

   *

 さっぱりして帰宅すれば、途中で買った獲物で酒盛りが始まる。
 生憎と今回は女子会なので、隣の住人は誘わなかった。
 混ざっても居場所がないだろうし、何より酔った獣どもの玩具にされるのが目に見えるようだ。

「そういえば宏和も来なかったのね」

 菜月が尋ねると、愛花が微笑んだ。

「ええ、今は部活が忙しいみたいです。6月の選手権には出られませんでしたけど、宏和さん自体は春季リーグで好投してましたし、秋季リーグではほぼ主戦でしたし、今が一番大切な時期ですから」

「主戦って凄いじゃない。もしかしてプロのスカウトも来ていたりするのかしら」

「見かけたことはあるそうですが、1部リーグに所属していても最下位でしたし、春の入れ替え戦で好投したからといって、それが評価に繋がることはないそうです」

 がっかりした話ぶりからして、菜月と同様の質問を本人に以前、ぶつけたことがあるのだろう。

「まあ、有名大学と比べると野球もソフトもまだまだってことだな。まだ未来があるのはソフトの方だと思うけど」

「涼子ちゃん、はっきり言いすぎ」

 明美に窘められて涼子が舌を出す。
 仕草は以前と変わらないのに、少し会わないだけで大人になったように見えるのが不思議だった。

「私たちのことはともかく、菜月はどうなんですか? 茉優とはまだ会う機会があるので、それなりに事情は知ってますけど……」

「講義は高校の時より難しいわね」

「じゃなくてさあ」

 酔っぱら親父に変化しそうな涼子が、するすると近づいて菜月の肩に手を回した。

「半同棲みたいなもんなんだから、色々と進展があったんだろう」

「その質問はさっき愛花に聞かれたから却下するわ」

「マジで? なあなあ愛花、どうなってんだ。そっちのも含めて教えてよ」

「涼子、貴女酔いすぎですっ」

 逃げる愛花を涼子が追いかけ、何故か満面の笑みを浮かべた明美がスマホで撮影する。

 その様子に、大人びて見えたのは気のせいだったのかしらと菜月はため息をつく。

「えへへ、楽しいね、なっちー」

「……ええ、そうね」

 少々どころか結構騒がしくなってしまったが、願わくば今夜だけは見逃してほしいと、心の中で菜月はご近所さんへのお願いを繰り返した。
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