その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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愛すべき子供たち編

愛妹のGW帰省

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「ふう……」

 出産予定の夏に向けて順当に大きくなってきたお腹を優しく撫でながら、自宅ソファに腰を下ろした葉月。

「ふう……」

 その隣で同じような――いや、それ以上に深いため息をつく女性がいた。
 高木家次女の菜月である。

「なっちー、すごいため息だね」

「あ、ごめん。はづ姉の方が色々と大変なのに」

「気にしないで」

 にこやかな笑顔を見せる葉月に比べ、菜月の笑みは覇気がない。
 よく見ると、目の下にも薄っすらと隈ができている。

「もしかして、眠れてないの?」

「そういうわけではないのだけれど……。
 良質な睡眠がとれているとはいえないわね」

 力なく菜月が肩を落とした。
 この春から大手メガバンクに就職した彼女は、ゴールデンウィークの休みを利用して同棲中の彼氏ともども帰省していた。

 その真は現在、自分の実家にいる。

「悩みの種は、やっぱり仕事なんだよね?」

 葉月の問いに、愛妹が重々しく頷く。

 隣人から同棲の関係になった彼氏は、絵画教室のアルバイトをしながら甲斐甲斐しくほぼすべての家事を担当してくれているらしく、少し前に菜月本人が彼への感謝を口にしていた。

「わかっていたことではあるのだけれど、学生時代とは勝手が違いすぎてね。なかなか思う通りにはいかないわ」

「仕方ないよ。
 特になっちーは社員さんもたくさんいる大手企業で働いてるんだし」

「それもわかってはいるのよ。でもね、どうしても焦ってしまうのよね」

 大きなため息をついたあと、部屋着のジャージに身を包んでいる菜月はきょろきょろと周囲を見渡す。

「仕事の疲れを可愛い姪っ子に癒してもらおうと思ったのだけれど……」

「あはは。
 なっちーが昨日から可愛がりすぎるから、ちょっと距離を取られてるね」

「ああ……私の癒しが……」

 本気で落胆しているのを見ると、想像以上に仕事がキツいのだとわかる。
 そこで葉月は姉として、大好きな妹のために一肌脱ぐことに決める。

「わかったよ、なっちー。穂月の代わりに私を可愛がって!」

 童心に帰って膝の上に乗ろうとしたところ、素早く回避されてしまう。

「なっちー、酷いよ」

「二人分の体重を、私の小さな膝で支えられるわけがないでしょ」

 すっかり大きくなった葉月のお腹を見て、
 菜月が何度目かもわからない深い息を吐く。

「それに……その年でかわい子ぶるのはさすがに無理があるわよ」

「がーん」

   *

「なんてことがあったんだよ」

 翌日の午後。
 ムーンリーフで好美相手に、葉月は昨日のやり取りを説明した。

 ゴールデンウィークでもムーンリーフは絶賛営業中であり、休日も部活動に励む学生たちや、子供の昼食やおやつ用にと家族連れでたくさんの客が来てくれる。

 二人目なのもあって一人目ほど慎重にならず、お腹が大きくなってきても、体調が良い時はお手伝いに来たりしていた。

 今回は悪阻に苦しめられなかった実希子はいまだに全力で働こうとしては、好美らに全力でお説教されていたが。

「メガバンクに就職できたからといって、
 人生がバラ色になるわけではないものね」

 経理の仕事を一段落させていた好美が、頬杖をついて難しげな顔をする。

「そういえば菜月ちゃんはどこの部署に配属されたんだったかしら」

「あ、教えてなかったっけ。えーとね、確か本店の営業部って言ってたよ」

 ――ガタンと。
 突然に葉月の目の前で大きな音が鳴った。

「どうしたの、好美ちゃん。昨日見たお笑い番組が面白かったから真似したくなったとか、そんな感じ?」

「違うわよ、実希子ちゃんじゃあるまいし」

 椅子から転げ落ちそうになっていた好美が、かけている眼鏡と一緒に体勢を直す。

「私が驚いたのは入社早々、本店の営業部に配属されたことよ」

「そんなに凄いの?」

 最初からパン屋志望で、銀行のことがよくわからない葉月は首を傾げる。
 好美には菜月から聞かなかったのかと逆に不思議がられた。

「うーん、聞いたかもしれないけど、よく覚えてない」

「葉月ちゃんは葉月ちゃんで妊娠中だったものね」

 一応は納得した好美が、改めて驚いた理由について説明してくれる。

「総合職であれば、普通最初は全国どこかの支店に配属されるの。その後、最初の転属で本店に戻れれば出世コースに乗ったと言われるわ」

「そうなんだ……好美ちゃん、よく知ってるね」

「これでも大卒後は経理で就職したからね。その過程で銀行のことも調べたのよ。
 で、話を菜月ちゃんに戻すけど、最初からエリートコースに入ってるの。かなり期待されてると見て間違いないわ」

「だからプレッシャーが凄くて、あんなにぐったりしてたのかな」

 心配顔になる葉月の肩に、好美が優しく手を置いた。

「大丈夫よ、菜月ちゃんはしっかりしてるし。それでも葉月ちゃんを頼ってきたら、お姉ちゃんとして、うんと優しくしてあげればいいわ」

   *

「ほうほう、アタシがいない間に、好美とそんな話をしてたのか」

 夜になって高木家に遊びにきた実希子が、
 膨らんだ腹部を撫でながら何度も頷いた。

 傍には菜月も穂月を抱えてソファに座っているが、
 面白くなさそうな顔をしている。

「要するになっちーは誰もが羨むエリート様になったってこったろ?」

「だからこそよ」

 菜月が盛大に肩を落とす。

「しかも女性採用を狙ってのエリートコースだからね。やっかみが凄いのよ。順調なら数年後には市場業務の関連部署の一つに異動させると言われてるしね。どこから話が漏れているのか、一度上役としっかり話し合いたいところだわ。
 ただ休日は休み易いし、職場環境は悪くないのだけれどね」

 そう言いつつも、特に精神的な疲労を蓄積しているらしい菜月は癒しを膝上の穂月に求める。

 ところが撫で回されるのに嫌気を覚えたのか、するりといなくなってしまう。

「ああ……」

 無念の表情で手を伸ばす菜月だが、すぐに隙間が埋められることになる。

「相変わらず、希ちゃんはなっちーが好きなんだね」

 穂月がどけたその瞬間に、待ってましたとばかりに希がよじ登るように菜月の膝を確保したのである。

 むふーと鼻息を荒くする様子が可愛らしく、思わず葉月は頬を蕩けさせるのだが、当の菜月は微妙そうだった。

「こっちはこっちでやっかみが凄いわね」

「だったらアタシと変わってくれ!」

 涙を流しそうなくらい、実希子は本気だった。

「私は別に構わないけれど……」

 視線を落とした菜月が、一応穂月に母親の元へ行くように促してみるも、狙いの場所を陣取れた希はてこでも動こうとしなかった。
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