その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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愛すべき子供たち編

葉月の二人目の出産

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 同時期に妊娠した葉月たち三人の中で、
 一番最初に出産したのは順当に実希子だった。

 出産するまでは赤子の性別を調べないようにしようと言い出した彼女が産んだのは、大きめの男の子だった。

 大きな瞳が実希子にそっくりで、母親の胎内から飛び出した瞬間に元気に泣きだしたらしい。

 お見舞いに行こうか考えていた葉月だったが、その前に実希子がさっさと退院してしまった。

 二回目というのもあって大雑把になり過ぎるのを周囲からよく注意されていた親友は、すぐに高木家を訪ねてくれて前回に比べれば楽だったと豪快に笑った。

 次に出産を無事に終えたのは尚だ。

 こちらもやはり男の子で、しっかりした産声を聞かせてくれたらしい。
 実希子に比べて苦労はしたようだが、やはり一度経験しているのが大きいと、退院後の尚が教えてくれた。

 誰もが三人の中で最後に出産を迎える葉月を気遣ってくれているのがわかり、心の底から有難かった。

 しかしながら楽な出産などは大半のケースで存在しない。
 人の体内で新たな命を育むのだから、大変なのは当たり前なのである。

   *

「和也君、ちょっと落ち着いて」

 困ったように葉月が苦笑する。
 入院したばかりのベッドで身体を休める葉月のすぐ傍で、誰よりもそわそわしているのが夫の和也だった。

「す、すまん。葉月が一番大変だってのに」

 ちょっと外に出てくると、和也は一緒にお見舞い中の穂月を連れて個室を出て行った。恐らく愛娘にジュースでも買ってあげるのだろう。

「アタシの時もそうだったけど、どうして男親連中はああ落ち着かないのかね」

「私は逆に一緒に緊張してくれた方が、一緒に頑張ってる気がして好きだけどね」

「アタシにはなかなか理解が難しい感情だな」

 首を左右に振る実希子を見て、でしょうねと尚が肩を竦めた。二人は産休中で、生まれたばかりの子供は実希子の実家に預けてきたみたいだった。

 尚は朱華を連れているが、希は同行せずに赤子の隣の小さなベッドで今もすやすやとお休み中らしい。

「どっちが赤ちゃんだかわからない有様でな」

「希ちゃんらしくはあるけどね」

 葉月が笑うと、尚も頷いた。
 普段と変わらないやり取りができるのは、少なくない不安を抱える身に安心をもたらしてくれる。

 だがプレッシャーも存在する。
 理由は実希子も尚も男児を出産したからだ。

「こら、葉月。また難しい顔してるぞ」

 出産した時から、子供の性別は操作できないから気にするなと、実希子は葉月たちに言い続けていた。

 だからこそ、こうして葉月が気にしているのがわかると優しい注意をする。

「女の子だっていいじゃないか。男二人に囲まれて逆ハーレムを作れるぞ」

「実希子ちゃんの血を引いてないんだから、葉月ちゃんの娘がそんなふしだらな真似をするわけないでしょ」

「失礼な。
 アタシの遺伝子を受け継いでる希を見てみろ。男に色目を使うと思うか」

「……ないわね」

 そう言われれば、尚でなくとも納得せざるをえない。

「まあ、要するに、
 葉月は自分と赤ちゃんのことだけ考えて体を休めてろってこった」

「うん、ありがとう、実希子ちゃん」

   *

 実希子や尚が言っていた通り、一度でも経験があるのは僅かであっても精神的な余裕を生み出してくれた。

 だがそれが素直に良好な状況へ繋がらないのが、お産の難しいところだった。

 夫の和也に穂月を任せ、医療スタッフを除けば一人でお産に挑んだ葉月は予想以上に苦戦した。

 二人目だからスポーンと出たなんて笑っていた実希子に、涙目で話が違うと訴えたくなるくらいの難産になった。

 医師や看護師の声にも余裕がなくなっていく中、それでもなんとか産めてぐったりしていると、今度は赤ちゃんがいつまで経っても泣いてくれない。

 疲労困憊の中、不安な視線を葉月が向けると、医師が生まれたての赤ちゃんを逆さにしてお尻を叩いた。

 それがきっかけとなったのか、元気よく赤子が泣きだす。
 やや遅れた産声に、医療スタッフが安堵と弛緩に包まれていく。

「無事に生まれましたね、おめでとうございます」

 そう言われて葉月もようやく笑みを浮かべることができた。

   *

「それはね、仮死状態で産まれてきてないか確かめたのよ」

 後日、お見舞いに来た母親が、出産時の状況を聞くなり、ベッドで上半身を起こしている葉月にそう教えてくれた。

 それでようやく葉月も、新生児仮死のことを思い出す。

 一人目の時はとても熱心にあれこれ調べたのだが、二人目ということで妙な安心感もあって、今回は前回ほど勉強していなかった。

 そのことを反省しつつ、なんとか記憶に残っていた情報を引っ張り出す。

「確か出産時に呼吸してないことを、新生児仮死って言うんだよね」

「大雑把に言えばそうね。正しくは出生時の呼吸循環不全を主としたものを指すそうで、私も情報として知っているに過ぎないけど」

「でもあの子は大丈夫だったんだよね?」

「蘇生も行われてないみたいだしね」

「蘇生?」

 葉月が首を傾げると、母親からの優しい声が返ってくる。

「保温装置を使って気道を確保して、呼吸を管理するのよ」

「どうして保温装置を使うの?」

「加温や加湿をして、自然時の呼吸に近づけるためらしいわ」

 恐らくは似たような本から知識を得ていると思うのだが、自分と比べても圧倒的な情報量に葉月は舌を巻く。

「さすがママだね。情けないけど、私はそこまで知らなかったよ」

「気にしなくていいのよ。妊婦の仕事は無事にお産することだもの。色々調べたり、考えたりするのは他の人に任せておきなさい」

 そう言って和葉は、気落ちする葉月の肩に優しく手を置いた。

「話を戻すけど、葉月の子は新生児仮死でなかったのは確かね。恐らくアブガー指数も高くなかったでしょうし」

 またしても記憶に残っていない単語に、葉月は条件反射的に聞き返してしまう。

「アブガースコアやアブガーテストとも言われてる指数で、出産直後の新生児の状態を表しているの。
 1952年にアメリカのヴァージニア・アブガーという医学者が導入したと言われてるわね。日本では昭和30年代の後半くらいから、この評価方法が普及し始めたみたいよ」

「そうなんだ。じゃあその評価が悪ければ、新生児仮死になるってことなんだね」

「生後1分、そして5分のアブガー指数の4点から6点を第1度新生児仮死、3点以下を第2度新生児仮死とされているわ」

「へえ……」

「神経の発達に障害が出る場合もあるから、
 長期に渡っての治療や観察が必要になるの」

 聞いただけで大変な事態なのがわかり、たまらず葉月は身震いする。

「少し怖がらせてしまったわね。ごめんなさい」

「ううん、私が聞いたことだし。
 でも、そのアブガー指数でなんともなかったから、うちの子は平気だよね?」

「医師が経過は順調と言ってくれてるのだから、問題ないと思うわ。
 あとアメリカの産婦人科学会ではアブガー指数だけでは新生児予後との関連性が低いということで、他の診断基準を設けていたりするわね」

 和葉はそれ以上の説明をせず、葉月をベッドに寝かせてくれた。

 葉月もさらに聞いたところで今の状態では覚えきれないだろうし、何より我が子が重篤な状態でなかったのも幸いして、深く聞くつもりはなかった。

 ただ身近な人間に万が一が起こった時のためにも、時間がある時にでも改めてお産や新生児についての勉強をしようと強く思った。

   *

 葉月が退院を果たしたことにより、改めて誕生した三つの命を高木家で祝うことになった。

 成長したとはいっても娘もまだ手のかかる状態で、新たに男の子が増えたのだから世話的には大変になるが、葉月を始めとしてそれぞれの母親も家族も等しく嬉しそうだった。

 こういう場では率先して突っ走る実希子が乾杯の音頭を取り、夕方過ぎから大騒ぎが始まる。

 とはいっても眠っている赤ちゃんを起こさないよう気を遣うので、誰もが声のトーンを抑え気味だ。

「にしても、葉月まで男の子を産むとはな。名前はもう決めてんのか?」

「うんっ、春也(はるや)って付けるんだ」

 夫の和也とも相談して決めた名前だった。
 尊敬する父親と、大好きな夫から一文字ずつ貰っている。

 家族間だけで発表した際、照れ臭そうにする春道の隣で、和葉が少しばかり拗ねていたのが印象的だった。

「いい名前じゃないか」

「実希子ちゃんのとこは?」

「ウチも決めてあるぜ。智希(ともき)だ」

「そっちもいい名前だね。恰好いいよ」

 たははと実希子が笑い、必然的に三人目の赤子に視線が集まる。

 待ってましたと発表するのは尚ではなく、目立ちたがりの精神を隠そうともしない朱華だった。

 母親が何か言う前にスックと立ち上がり、満面の笑みを披露する。

「しんごっていうんだよ、おとうとなの」

「そうなんだ~、よかったね」

 葉月が頭を撫でであげると、朱華は本当に嬉しそうに頷いた。

「どんな字なんだ?」

「晋ちゃんの晋に、悟と書いて晋悟(しんご)ね。
 男の子だから、晋ちゃんの魅力をたっぷり理解した子に育つようになって」

 なんとも尚らしい名付け方だったが、真正面から聞かされた実希子は露骨に顔をしかめた。

「こんな時にも惚気かよ。聞かなきゃよかったぜ」

「むしろこんな時じゃなきゃ、いつ惚気るのよ。それに実希子ちゃんだって、結婚してから私のことを言えなくなってきてるじゃない。ちゃんと赤ちゃんにも旦那さんの名前を入れてるし」

「そ、それは家族として当然のことだろ!」

「まあまあ、照れなくてもいいじゃない」

「好美まで何言ってんだ!」

 皆にからかわれて顔を真っ赤にする実希子だが、実は満更でもない気分になっているのを、付き合いの長い葉月たちはあっさりと見抜いていた。
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