その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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愛すべき子供たち編

誕生日と手作りケーキ

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 夏になれば暑いと気が滅入るのに、じめじめと蒸し暑い梅雨時には、早く夏になってくれと願わずにはいられない不思議。

 そんな雨の季節の1日。

 葉月の目の前には、鼻からふんすと息を吐く愛娘がいた。
 別に怒っているわけではなく、彼女の気合の入りぶりが見えているだけである。

「じゃあ、始めるよ?」

「あいだほっ!」

 全力で右手を上げる穂月の隣には、エプロンをつけて大きな瞳を輝かせる朱華の姿もある。

 一応は背後に希もいるのだが、瞼が閉じられており、立ったまま眠っているのではないかと不安になる。

「材料はあるから、怪我にだけは気を付けてね」

 葉月が優しく注意するも、子供たちの反応は薄い。

 あれ、と小さく首を傾げる。

 幼稚園が終わってムーンリーフに送られてきた子供たちに、葉月は熱烈なお願いをされた。

 今日が誕生日になる春也に手作りケーキをプレゼントしたい。

 若干の不安はあるものの、せっかくのやる気に水を差す必要はないと、それぞれの母親に承諾を貰ってから葉月は頷いた。

 三人の子供を普段は入らせない調理場に案内し、さあ、これからケーキ作りを始めようとなったのだが、そこで先ほどの反応が返ってきた。

「ええと……手作りケーキを作りたいんだよね?」

「あいっ!」

「……じゃあ、ここに材料があるから――」

「ぶーっ」

 ぷくっと頬を膨らませる穂月。
 どうやら材料のところに反応しているみたいだが、葉月にはブーイングされた理由が思いつかない。

「もしかして、買物から自分たちだけでやりたいんじゃないのか?」

 尚ともども調理場の隅で様子を見守っていた実希子が、腕組みをしながら子供たちに確認する。

 すぐに肯定の返事が響いたが、さすがにすぐには葉月も頷けない。

「朱華ちゃんは小学生になってるけど二年生だし、穂月たちは幼稚園児だし、まだ早いんじゃないかな」

 しゃがみ込んで目線を合わせ、なんとか用意した材料で調理してもらおうと頑張るも、意外なところから子供たちの味方が現れる。

「別に構わないだろ」

「実希子ちゃん?」

「確かに危険はあるだろうが、
 心配ばかりしてたら子供たちに何もさせられないぞ」

「それはそうだけど……」

 実希子の言っていることはわかるが、昨今では子供たちに対する凶悪な事件が増加の一途を辿っている。

 田舎だからといって昔みたいに玄関の鍵を開けたままにはしていられないし、不審者情報なんかにも気を配る必要がある。

「大丈夫だって。そもそもここらは大抵が知り合いみたいなもんだろ」

 ご近所付き合いが極端に薄い都会とは違い、まだまだ田舎ではお裾分けなどのやり取りも多い。

 子供が町を歩いていれば、すぐにどこどこの子供さんとわかる状況だ。

「でも……」

「可愛い子には旅をさせろって言うだろ。ま、いつものスーパーだから、そこまで大げさなものでもないけどな」

「子供たちにとっては十分な冒険でしょ。私は葉月ちゃんの心配はもっともだと思うし、でも、実希子ちゃんの言い分もわかるのよね。朱華の自立心を伸ばしてあげたい気持ちもあるし」

「構ってやるのはいいけどよ、それだとアタシらがいなくなったら、何もできない子供になっちまうぞ」

 悩んでいる様子の尚とは違い、
 実希子は積極的に子供たちだけの買物を後押しする。

「実希子ちゃん必死ね。まあ、理由はわかるけど」

 尚がチラリと立ったまま眠りそうな希を見ると、
 実希子は少し切なげに目を伏せた。

「うーん……二人がそう言うならわかったよ。私としてはケーキも取り扱ってるパン屋の娘なのに、外にケーキの材料を買いに行かれるのがちょっと微妙だけど」

「ハハッ! 細かいことは気にすんなって。子供たちも美味しいよりも、自分らで作ったっていう事実が欲しいんだろ。夏の思い出作りの一つとして、手伝ってやればいいんだよ。母親らしくな」

   *

 朱華が真ん中に立ち、とことこと横に三人並んで歩く子供たち。

「穂月と希ちゃんが勝手にどこかに行かないよう、手を繋いであげてるね。さすが朱華ちゃん、立派なお姉ちゃんぶりだよ」

 こそこそと後を追いかける三人の大人たち。
 子供たちの買物を率先して認めた実希子も、さすがに監視の目抜きで実行させるとは言わなかった。

 そこで店を茉優や好美に任せ、葉月たちは穂月たちを追いかけたのである。

 小さな歩幅では歩くのにも時間がかかるので、店から出た子供たちを見つけるのに苦労はしなかった。

「アタシはあの状況でも、今にも眠りこけそうな希が不安だけどな」

 皆で買物に出掛ければ少しはシャキッとするかと思いきや、希はやはり希だった。

 近所に大きなスーパーは一軒しかなく、よく家族での買物にも利用するので、子供たちの足取りにも迷いがない。

 わいわいと学校や幼稚園での出来事を話しながら、程なく目的地に到着する。

「ええと……まずはスポンジをかうんだよ」

 年長者として朱華がリーダーシップを発揮する。
 小学二年生とは思えない頼もしさに、母親の尚はとても嬉しそうだ。

「あったー」

 飛び跳ねながら大喜びする穂月。
 しかし今、子供たちが歩いているのは食品売場手前のダイニングコーナーである。

「……穂月?」

 頬を引き攣らせる葉月の視線の先では、通路に面した商品コーナーから穂月が商品を持ってくるところだった。

「ほら、すぽんじってかいてあるよ」

「あ、ほんとうだ」

 手渡された商品にデカデカと書かれたスポンジの四文字に、頼れるリーダーの朱華も納得する。

 しかし、それは台所用品のスポンジであり、決して口に入れるものではない。

「朱華ちゃん、なんとか穂月を正しい道に戻してあげて……!」

「だ、大丈夫よ、私たちの愛する娘を信じましょう」

 祈る葉月の肩に、尚がそっと手を置く。

「でも、これって食べられるのかな?」

 周囲を見渡しながら、もっともな疑問が朱華の口から発せられる。

 歓喜する葉月たち。

「たべられるよー、だっておいしそうだもん」

 何故か、自信満々な穂月。

 あまりにも堂々とした態度に、懸念を表明していたはずの朱華が、徐々に向かってはいけない方に流されていく。

「言われてみれば……そうかも」

「……終わったな」

「何、他人事みたいに言ってんのよ!」

 達観した様子の実希子の脇腹を、尚が肘でつつく。

「別に失敗は失敗で構わないだろ。それも勉強になるし。そもそも材料はムーンリーフにあるしな」

「それもそうだね」

 考えてみれば、実希子の言う通りである。

 成功させることばかりに気が向いていたが、穂月たちはまだ子供。失敗して当たり前だし、完璧に任務を遂行しなければ不具合が生じるわけでもない。

「笑い話に終わったとしても、最後にはきっといい思い出になるよね」

「そういうこった」

 尚も実希子も頷いたところで、子供たちを見る葉月の視線にも余裕が宿る。

 今にもお掃除用のスポンジをレジに持って行こうとする子供たち。

 相変わらず希は無反応だったが、ここで完全には無関心でいられなくなる事態が発生する。

「このすぽんじでつくったケーキを、
 さいしょにのぞちゃんにたべさせてあげるね」

 穂月が友人としての優しさを見せた瞬間、閉じられていた希の目がくわっと見開かれた。

 素早く朱華が手に持つ商品を確認すると、凄まじい速さでケーキには使えないスポンジを回収する。

「これ、違う。食べられないやつ」

「でもすぽんじって……」

「台所、洗うって書いてある」

 なおも食い下がる穂月に、パッケージに書かれている漢字を正確に読み上げる。

「すごっ……希ちゃん、漢字読めてるじゃん」

「本当に子供の頃のなっちーなみだね……」

「母親のアタシも初めて知ったよ。まあ、毎日本ばかり読んでるから可能性はあると思ってたけどな」

 三者三様の反応を示す母親たちを知る由もなく、穂月と朱華は覚醒した希に称賛を送りつつ、今度こそ食品売場を目指す。

「希ちゃんのおかげでなんとか正しい方向に戻ったね」

「けど小学二年の朱華より漢字がわかるなんて、相変わらず希ちゃんは実力を隠しまくってるわね」

「隠してるんじゃなくて、単純に出すのが面倒なんだろうな……」

 目だけを向けてきた尚にそう返し、
 実希子は苦味たっぷりに口元を引き攣らせた。

   *

「おたんじょうび、おめでとーっ」

 穂月の号令で、無事に三歳の誕生日を迎えた春也にプレゼントのケーキが披露された。

 子供らしく「わーい」と喜ぶ春也に、ケーキを手作りした穂月たちはご満悦だ。

「結構、上手くできたじゃないか」

 夜を待っての開催となった誕生会で、初めて娘の手作りケーキを見た和也は心底から感心しているみたいだった。

 日中の買物から密かに付き合っている葉月たちは疲労困憊だったが、子供たちの幸せそうな表情を見ると一気に報われた。

「来年は晋悟君と智希君にも作ってあげるんだって」

「今回の苦労が三倍になるわけか……」

 子供たちのためとわかっていても、どことなくうんざりしてしまう実希子に、今から来年のことを考えさせるなと尚が苦情を入れる。

 切り分けられたショートケーキの味を、子供たちと気苦労を知らない葉月たち三人以外の大人が笑顔で楽しむ。

「その分、喜びも三倍になるよ」

「……だな。
 よし、母ちゃんにも――って、おい、智希! これは春也のケーキなんだから、お前がたくさん食おうとすんな!」

 姉――希も調理を多少なりとも手伝ったからか、他の料理に比べても智希のケーキへの食いつきは尋常ではなかった。

 友人に負けじとケーキにかぶりつきながら、
 春也はにっこりと穂月に笑いかける。

「おねえちゃん、ありがとー」

「えへへ、どういたしまして」

 弟の頭を撫で、口回りについた生クリームを穂月が拭いてあげる。

 ほっこりせずにはいられない姉弟の触れ合いに、葉月もポカポカするような幸せに包まれた。
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