その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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穂月の小学校編

冬休みは早めに宿題をしないと、お年玉が人質にされてしまいます

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 皆で美味しいケーキを食べたクリスマスが終われば、いよいよお正月へのカウントダウンが始まる。

 小学生になって、お金という概念をより正しく理解できるようになった穂月が楽しみにしているのはもちろんお年玉だった。

 冬休みに入りたての頃に1度だけドカッと降った雪も最近の晴れ模様ですっかり溶け、路面はびしょびしょだ。

 真っ白かった地面が顔を出し、雪で濡れた土の匂いが冬の澄んだ空気と混じる。鼻腔に刺さるような感じは夏になく、冬特有のものだった。

 大人は靴が汚れるなどと顔を顰めるが、長靴とジャンパーを装備した穂月には関係ない。大好きな友人と元気に走り回り、今日もクタクタになって帰宅する。

 手洗いとうがいをして、リビングで絵本を読みながら夕食を待つ。両親は夜まで店で働いているので、準備はもっぱら祖母がしてくれる。

「今日は穂月の好きなシチューよ」

「あいだほっ!」

「おお、今日のあいだほには一段と元気が詰まってるな」

 湯気を上げるシチューに瞳を輝かせていると、リビングのソファで一緒に夕食を待っていた祖父が楽しそうに穂月の頭を撫でた。

「はやく食べたいなー、ママはまだかなー」

「丁度、帰ってきたみたいよ」

 午後8時近くになって両親が帰宅した。基本的に皆揃ってから夕食になるので、誰かが泊まりにでも来ていない限り、高木家の夕飯は遅めである。

「ただいまー、待たせてごめんね。お腹空いたでしょ」

 自室で部屋着になったあと、慌てた様子で葉月がリビングへやってきた。

 休みの日はパート出勤する和葉と一緒にムーンリーフへ出かけ、帰宅するという流れが多かった。友人が遊びに来ている時は、一緒に家まで送っていく。

「ママー、パパー、はやく、はやく」

「いつになく穂月が急かすと思ったら、今日はシチューなのか」

 父親の和也も席に着くと、いよいよお待ちかねのシチューの時間となる。

 とろりとスプーンから零れ落ちそうなクリーム色。コーンの甘さを含んだ香りは食欲を誘う。たまらず胃袋がくーと鳴る。

 涎を零さないように気を付けながら、ふーふーとスプーン上のシチューを冷ます。口を大きく開けてパクッと食いつけば、舌の上を優しい感触が転がる。一気に爆発した風味が鼻から抜け、しょっぱくも甘い和葉お手製の味が喉を揺らしながら飢えていた胃袋に落ちていく。

「おいしーい!」

「うふふ、ありがとう」

 高木家のシチューで使うのは鶏肉のささみだ。よく煮込まれて柔らかく、唇ではむはむするだけでほぐれる。ごろっとした人参やジャガイモがシチューを吸って頬が蕩けるほど甘い。

「ほづき、シチューだいすきっ!」

 シチューをおかずにご飯を食べる。葉月や和葉、それに和也もパンだが、春道と穂月だけは白米派だ。スプーンですくったのをとろりとかけ、おじやみたいに柔らかくなったお米ごと口に運ぶ。これがまた美味しいのである。

「ほづき、おかわりするっ」

「待ちなさい。火傷したら危険だから、ついてくわ」

 和葉に見守られながら、2杯目のシチューを専用のお皿によそう。口の中に残っている味が濃く蘇り、席に戻るのが待ちきれなくなる。

「穂月は本当にシチューが大好きなんだね」

「うんっ! お正月もシチューでいいよ」

「アハハ、じゃあお年玉もシチューにする?」

「んぶっ!?」

 コホコホと咽た穂月の背中を、ごめんごめんと謝りながら母親が摩る。

「お年玉ははんぶんためて、はんぶんはのぞちゃんたちとあそぶのー」

 子供が貰ったお年玉を親が管理する家庭もあるみたいだが、高木家の場合は子供に使い道が一任される。その代わり何か欲しいものがあるからといって、おねだりしてもあまり買ってはもらえない。その場合は毎月のお小遣いを溜めるなりで対応しなければならなかった。

 もっとも孫に甘い祖父におねだりすれば、意外と何とかなるのだが。

「まあ、お年玉は冬休みの目玉だからな。幾ら好きでもシチューでというのはかわいそうだろう」

 冗談とわかっているので春道も注意というより、発言者の葉月をからかっているような感じだった。

「そうだね、私も冬休みはお年玉を楽しみにしてたな。あとは終わり頃に実希子ちゃんの宿題を手伝った思い出とか」

「宿題か……そういえば穂月はきちんと部屋でやってるのか? リビングで勉強してる姿をしばらく見かけてないが」

 唐突な春道の問いかけに、2杯目のシチューを食べ終えたばかりの穂月はビクンと体を揺らした。

 だらだらと頬から汗が流れそうな錯覚に襲われる。特に祖母と目が合わせられず、ギギギっと音が鳴りそうな不自然な動きで椅子から降りる。

「ほづき、ごちそうさまー」

「自分で食器を下げて偉い子ね。
 でも席に戻りなさい」

 以前に祖父が鬼より怖いと称した祖母にひと睨みされ、すごすごと穂月は椅子に座り直す。

「アハハ、この様子だとやってないっぽいね」

「母親の葉月がそれでどうするの。夏休みは沙耶ちゃんたちと早めに仕上げてたから、すっかり油断してたわ」

「なら、こういうのはどうかな」

 人差し指を立てた葉月が、ニヤリと穂月を見た。

「お正月までにできた宿題の量で、穂月のお年玉をいくらにするか決めます」

「ふおおおおお!」

「おお、小学生とは思えない驚愕っぷりだな」

 母親と祖母に対抗できる唯一の存在に慌てて助けを求めるも、笑顔でそう斬って捨てられた。父親も苦笑いするばかりで、完全に孤立無援である。

「本当は自発的にしてくれるのがいいんだけど、この際仕方ないわね。私たちも葉月に倣いましょう」

   *

「なるほど。そんなことがあったんですね」

 翌日、ムーンリーフに集結した――というより穂月が呼んだ――面々の中で黒ぶち眼鏡を直しながら沙耶が小さくため息をついた。

「私もゆだんしてました。冬休みは各自でやろうとほっちゃんに提案された時、だんこきょひするべきでした」

「つーか、宿題なんて最後の日にすればいいだろ」

 後頭部で手を組み、椅子にもたれかかっている陽向はつまらなさそうだ。

 穂月は仲間発見とタッグを組もうとするも、即座に朱華に阻止される。

「そういう人に限ってどうにもできなくなって、最終日に助けを求めてくるのよ」

「耳が痛いわね、実希子ちゃん」

「……ほっといてくれ」

 好美の部屋で午後の休憩をとっていた実希子が、友人からの指摘に頬を引き攣らせた。

「ゆーちゃんはね、とちゅうまでやってるの」

「おー」

「ほっちゃん、答えを見せてもらおうとしてはだめです」

 目論見をピシャリと沙耶に潰され、穂月は「おー……」としょんぼりする。

 宿題を終えた量でお年玉の額が決まると言われて、穂月が最初に頼ったのは近所に住んでいる希だった。

 だが穂月よりもさらにサボリ癖のある親友はまったく手を付けていなかった。これはまずいと本格的に焦り、昨日の夜に沙耶と悠里に連絡したのである。

「これからは遊ぶ前に宿題をするべきです」

「あいだほ……」

 肩を落としても宿題が完成しないので、仕方なしに穂月は学校から渡されたドリルを開いた。

   *

 元旦当日。

 続々と人が集まってくる高木家で、穂月はにこにことお年玉の袋を抱えていた。

「数日で半分以上終わらせたんだからたいしたもんだよな」

 真っ先に遊びに来た実希子が、穂月にお年玉を渡す希の父親の後ろで笑った。

「だからこそ計画的に進めていれば、さほど苦労せずに済むのよ」

 年末年始に合わせて帰省中の叔母が腕組みをしながら、細めた目を実希子に向けていた。

 連日の勉強会のおかげで、穂月は希ともども宿題の大部分を終わらせることができた。残っているのは絵日記や工作などだけだ。

 沙耶や悠里はそれぞれ両親の実家などに行ったりするため、元旦に遊ぶことはできないが、朱華と希は今年も両親と一緒にやってきていた。

 そしてもう一人。陽向がどこか落ち着かない様子できょろきょろしている。

 母親が年末年始もパートで忙しく働いているため、それならと穂月が誘ったのである。陽向の母親も家に1人で残しておくより安心だと葉月に感謝していた。

 その陽向も穂月たちと一緒に宿題をかなり進めているので、その点でも彼女の母親からお礼を言われた。

「大人どもは酒呑んでるし、おれたちはトランプでもやるか?」

「そうね、お買い物はゆーちゃんやさっちゃんも誘って皆で行きたいし」

 陽向の提案に朱華が同意する。穂月や希にも異論はなかった。

 元旦でも開いている店はあるのでお菓子を買ったりできるが、皆でお喋りしながら何を買うか悩むのが楽しいのだ。

   *

 三が日も終わって、新たに降り積もった雪を長靴でシャリシャリ鳴らしながら歩く。穂月の周りにはいつもの面々が勢揃いしていた。

 今日は近くのスーパーで買物をしたあと、ムーンリーフに戻って勉強会をする予定だ。1人では鉛筆も進まないが、友人がいれば少しだけだがやる気は出る。

「ほっちゃんは何を買うの? ゆーちゃんはね、お人形さんが見たいの」

「ゆーちゃんのおへや、お人形さんたくさんあるもんねー」

 へーと頷いてから、穂月は子供用アニメが実写化されたDVDを買うと告げる。

「ほっちゃんは演じるのが好きですからね、納得です」

 そう言った沙耶と希は小説。陽向は漫画。朱華は洋服だと教えてくれた。

 普段は大人と来ることが多いので、子供たちだけでスーパーを歩いているだけで楽しくなる。

「まえにあーちゃんとのぞちゃんと3人でおかいものもしたよね」

 その時は弟の春也に皆でケーキを作ってあげたのだ。その恒例行事は今も続いていたりする。

「じゃあ、ほっちゃんは大きくなったらパン屋さんになるの?」

 話を聞いていた悠里に尋ねられ、穂月は「うんっ」と元気に頷いた。
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