その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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穂月の小学校編

2年生になったけどあまり変わりないから、いつも通りに遊びましょう

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 雪解け水に濡れた草が風にそよぐ。土の香りが濃くなり、頭上で柔らかに輝く太陽が春の訪れを知らせる。

 短かった3学期が終わり、あっという間の春休みを経て、穂月は無事に二年生になった。

 担任も含めて1年時とまったく同じ面々が新しい教室でワイワイと騒いでいる。クラス替えは3年時と5年時で行われるため、前々から教室が変わるだけだとわかっていた。

「ほっちゃん、きょろきょろしてどうしたの?」

 自分の机にランドセルを置くなり、教室内を隅々まで見渡していた穂月に、一緒に登校した悠里が可愛らしく首を傾げた。

「まーたんがいないー」

 一瞬だけきょとんとしたあとで、悠里もそういえばという顔をする。

 2人して探そうとするのをすぐに止めたのは、2年生になっても学級委員長を務めるのだと春休み中から息巻いていた沙耶だった。

「私たちが2年生になったように、まーたんも3年生になったんです」

「おー」

 1年生の頃と気分的には何ら変わらない穂月が驚いていると、その陽向が何故か2年生の教室へやってきた。

「あっ、やっぱりまーたんも同じクラスなんだねー」

「はあ? んなわけねえだろ。忘れ者を届けに来てやったんだよ」

 額に汗を滲ませている陽向は背負っていたものを、どさりと教室の床に下ろした。物みたいに扱われても怒るどころか爆睡中の希である。

「校庭に転がってたぞ。ほっちゃん、途中から後ろを見てなかったろ」

「おー」

 頷く穂月の左右で、悠里と沙耶が目をパチクリさせる。

「のぞちゃんは2年生になっても変わらないの」

「のぞちゃんママに教えたら、また頭を抱えそうです」

 身長などは昨年と大差なくとも、学校で漢字を覚え、家でも勉強している成果か、ずいぶんと話すのが上手くなっていた。それは穂月たちと出会うまでは、ろくに勉強していなかったらしい陽向も同じだ。

「とにかく、ちゃんと届けたからな」

「ありがとー。
 ところでまーたんはどの席にするー?」

「そうだな――
 ――って、だから俺は3年のクラスだっての!」

 僅かに逡巡したものの、やはり3年生のクラスへ行くみたいだった。

「惜しかったです」

「もうちょっとだったの」

「お前ら……」

 呆れながらも陽向がいなくなると、入れ替わるように担任の柚が入室してきた。

「皆、おはよう、今日から新しい学年になる……んだけど、とりあえず穂月ちゃん、希ちゃんを起こしてもらえるかしら」

「あいだほっ。
 のぞちゃん、おきてー」

 ぺちぺちと軽く頬を叩くと、煩わしそうにしながらもすぐに希は目を開けた。

   *

 始業式の日は授業がないので穂月のみならず、生徒の大半がウキウキである。中には沙耶みたいに勉強がしたかったと残念がる児童もいるが。

「グラウンドで遊んで帰るー?」

 穂月の提案に全員が賛同するかと思いきや、珍しく希が希望を口にする。

「……図書館、行きたい……」

「おー。穂月は別にいいよー」

「予習ができるので私も賛成です」

「ならゆーちゃんも一緒なの」

 4人で連れ立って教室から出ると、廊下で背中を壁に預けた陽向が立っていた。

「よう。お前らのことだから、どうせどっかで遊んで帰るんだろ」

「うんっ」

 穂月が元気に頷くと、やはりなと得意げにした陽向がランドセルからボールを取り出す。

 昨年からよく見た光景だが、いつもながら教科書はどこにあるのかと穂月は不思議になる。もしかしたらよく見るアニメの猫型ロボットのポケットと同じかもしれない。いつか解き明かしたい謎の1つである。

「今日はグラウンドが空いてるらしいから、自由に使えるぞ」

「おー」

 危うく誘惑に負けそうになるも、希に服の裾を惹かれて穂月は我に返る。

「でも今日はのぞちゃんと一緒に図書館に行くのー」

「図書館!? 漫画もほとんどないってのにもの好きだな」

「静かなのでゆっくり勉強できるんです」

 ふふんと鼻から息を吐く沙耶。その彼女が一緒にどうですと提案する前に、素早くボールをしまった陽向は穂月たちに背を向ける。

「俺とは無縁の世界だし、今日はこれで――」

「――あら、どこへ行くの」

 さっさと帰ろうとする不良じみた少女の前に立ち塞がったのは、やはり穂月たちに会いに来てくれたらしい朱華だった。

 フリルつきのワンピース姿で腰に手を当てている姿はどこからどう見てもお嬢様だ。家柄が普通なのを知らない児童からは上流階級の娘だと思われているらしい。誤解されたままでは面倒なので、噂を聞くなり本人が逐一否定していると前に教えてくれた。

「遊びに付き合ってやろうと思ったんだが、急に用事を思い出したんだ」

「図書館で勉強をする用事ね? 私もなのよ、奇遇ね」

「話、聞いてたのかよ……」

 先輩風を吹かせたがる陽向だけに、朱華の存在は弱点も同様だった。

 肩を掴まれると観念したように、茶髪のポニーテール少女は肩を落とした。

   +

「始業式から図書館で勉強なんて信じられねえ……」

 授業がないにもかかわらず、きちんと教科書を持ってきていた沙耶に、正面に座っている陽向がげんなりする。

 学校の図書館は体育館ほどの広さはないが、教室2つ分くらいはある。入口のすぐ横に受付カウンターがあり、図書館を管理する先生や各学年の図書委員が決められた曜日に座って貸し出し業務などをしている。

 壁際に本棚がずらりと並び、奥にいくと横向きで本棚が何列にも並ぶ。受付カウンターから見て正面のスペースにブラウンの長机が横に繋げられて三列ほどあり、児童はそこに座って読書なり勉強なりをする。

 教室とは違うパイプイスのふかふかした感触が穂月は意外と好きだった。

「予習をしておけば、テストでいい点が取れるんです」

 断言する沙耶に、勉強嫌いの陽向は「取ってどうするんだよ」と顔を顰める。

「勉強したくないなら、のぞちゃんみたいに本を読めば?」

 朱華が視線を向けた先では、図書館を利用したがった希が目を爛々と輝かせて文庫本の小説を読んでいた。

 生来の本好きの希は図書館が大好きで、穂月たちが遊び場所に迷ったりするとほぼ確実に提案する。

 穂月自身本は嫌いではないし、悠里も同じだ。沙耶に至っては勉強ができると自ら行きたがるケースもある。

 朱華は穂月たちがやりたいということに付き合ってくれる、いわゆる保護者的な立ち位置だった。

「文字ばかりで頭が痛くなってくる。漫画はねえのかよ」

「ほっちゃんが丁度呼んでるじゃない」

「歴史とかのやつだろ? そんな漫画のどこが面白いんだよ」

 などと文句を言いながらも律儀に付き合ってくれているあたり、陽向の面倒見の良さも大概である。

 希の母親などは、陽向みたいなタイプが意外と最後まで味方になってくれるんだと一定の評価をしていた。

「じゃあ、のぞちゃんが本を読み終わったらグラウンドで遊んで帰ろー」

   *

 春になって穂月が一番嬉しいのは、日が長くなって外で遊べる時間が増えたことだ。家の中で遊んでいるのも楽しいが、外の空気を吸って走り回るのも楽しい。

 靴底から伝わる地面の感触。頬を撫でる風の感触。何より聞こえてくる周囲の喧騒に気分が高揚する。

 誰かと話をするのも好きなので、穂月は進んで道行く人々にも声をかける。ランドセルを背負っていると大抵の人は優しく言葉を返してくれるし、近所の人であれば向こうから笑顔で声をかけてくれる。

 最近は物騒になってきたので、知らない人に声をかけられてもついていくなと口酸っぱく両親に注意されているが。

 しかしながら穂月の場合は常に誰か――主に希――と一緒にいるので、両親ほど不安になってないのが現状だった。

「でりゃあああ」

 他に誰もいないグラウンドに、陽向の気合の咆哮が木霊する。

 年下相手だとは思えない全力の一投。ただ投げて受けるだけの簡易版とはいえドッジボールなのでルール上問題はないのだが、見る人が見れば大人げないと評したに違いない。

 けれど図書館に付き合ったお礼か、真面目に参加している希に難なくキャッチされる。昨年の体育の時間に柚が、希の身体能力は小学1年生を軽く超えていると驚愕していたのを思い出す。

「……」

 陽向とは対照的に無言でボールを放る希。だがその速度と威力は気怠そうな態度とは裏腹に極悪そのものだ。

 学年でも上位の運動能力を誇る陽向でさえ、強烈なスピンに手を弾かれてボールを零してしまう。

「まーたん、アウトー。相変わらずのぞちゃんに勝てないわね」

 半笑いの朱華に指摘され、ぐぬぬと歯噛みする陽向。

「でも安心して。私が仇を取ってあげるわ。
 ……と見せかけて狙いはゆーちゃんだったりして」

「はわわっ」

 だいぶ加減はされていても、運動神経があまり良くない悠里はすぐ目を閉じてしまう。キャッチできるはずもなく、腕に当たったボールがレシーブしたみたいにふわりと浮く。

「おー」

 地面に落ちる前に、すかさず穂月がキャッチする。これで悠里はアウトにならずに済む。

「幼稚園の頃からだけど、ほっちゃんも運動が得意よね」

「羨ましいです」

 クラスの平均よりやや下の運動能力しかない沙耶がため息をつく。

 もっと深刻そうなのはまた足を引っ張ったとしょんぼりする悠里だ。

「気にしなくていいよ、ゆーちゃん。穂月ができることなら、助けてあげるから」

「ほっちゃん……ありがとうなの」

 ギュッと抱き着いてくる悠里の頭をよしよしと撫でる。

 昨年から何度も繰り返されてきた光景。

 今学期もきっと飽きもせずに繰り返すのだろう。ボールを朱華に投げ返しながら、穂月は半ば確信めいた予感を抱いていた。
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