その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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穂月の小学校編

冬のスキー教室。雪山は危険だから、間違っても実力以上のコースへ行ってはいけません

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 冬休み中にも雪が降り積もったのもあり、比較的近場にあるスキー場は見るも美しい銀世界となっていた。

 それぞれのスキーウェアを着用していた穂月たちは、我先にとゲレンデへ飛び出す。慌ててバスの外に顔を見せた担任の柚が、大きな声で遠くへ行かないように注意する。

「はわわ、ゆーちゃんはスキーできないの」

「ならそりで遊べばいいよ」

 わあ、と悠里は表情を輝かせるも、沙耶が首を左右に振る。

「残念ですけど、ほっちゃん、今日はスキー教室なのでまずはスキーの練習になるんです」

「おー」

 穂月たちはスキー板を持っているので家から持参したが、所持していない家庭の子はこの場で借りることになる。

 沙耶と悠里が柚に連れられて行く。穂月と希は待機だ。

 滑れると思われる男子がそわそわと雪山を見上げる。友人を「先に行ってようぜ」と誘う。

 仲間のほとんどに断られると、その男児は穂月を視界に捉えた。

「高木はどうだ。ちょっとくらい先に滑っても構わないって」

 よほど早く滑りたいのだろう。気持ちは痛いほどよくわかる。穂月も彼と同じだからだ。

「そうかな」

「大丈夫だって」

「あい――」

「――だめ」

 いつもの返事を元気よくかまそうとした矢先、スキーウェアが強めに引っ張られた。振り返ると希が小さな顔をゆったりと横に動かす。

「雪山は危険。先生に怒られるより、怪我でもした時が大変」

「おー」

 早くスキーをしたいのには変わりないが、友人にそう言われると迂闊な真似もできない。

「だったら小山田も行けばいいだろ。俺たちは体育も得意だし。それともビビってんのかよ」

 クラスでも運動が得意な男児がニヤリとする。希はまともに取り合わず、穂月の目をじーっと見る。

「のぞちゃんがこうなったら無理だよ」

 基本的には穂月の意思を優先してくれる幼馴染だが、譲れない時は誰が相手でも決意を曲げない。それだけ雪山は危険なのだと判断し、頬を膨らませながらも穂月は勝手に遊ぶのを諦める。

「ハッ、情けない奴らだな。だったら俺1人で行ってやる。ここには何回も来てるから、ゴンドラの乗り方だってわかるしな!」

 吐き捨てるように言った男児が背を向けても、希は止めようとしなかった。穂月を思いとどまらせるのが最優先事項だったらしい。

 ザシュザシュとスキー板で雪を掻き分けて進む男児。羨ましいと思ったのも一瞬、すぐに他の引率の先生に見つかり、こっぴどく叱られていた。

   *

「ほっちゃんは行動力があるだけに、もしかするとのぞちゃんよりも問題児かもしれないです」

 待機中のやりとりを教えると、沙耶は安堵に肩を竦めた。足にはレンタルしたばかりの白とピンクが可愛いスキー板を履いている。

「でもでも、ゆーちゃんは誘った男の子が悪いと思うのっ」

 ぶんぶんと手を振って穂月の味方をする悠里の足元にも似たような配色のスキー板がある。きっと2人で選んだのだろう。

「いざという時はのぞちゃんがストッパーになるんですね」

 沙耶に視線を向けられた希は、いつもよりもさらに眠そうに立っている。ちらりと近くの雪を見た瞬間、すかさず穂月は口を開く。

「のぞちゃん、寝るのは帰りのバスでもできるよー」

「……ん」

「行きのバスでもずっと寝てたはずですけど……」

 飽くなき希の睡眠力に感嘆――ではなく呆れを含んだ息を沙耶が漏らす。

 4人で行動することが多いため、委員長でしっかりものの沙耶がこのグループのリーダーと目され、何かあった場合には教師からも生徒からも真っ先に話を持ち込まれる。良いのも悪いのも含めて。

 悠里はともかく、穂月と希は我が道を行くタイプなので、上手く制御しきれない時もあり、さすがの沙耶もよく頭を抱えている。

 穂月には問題行動をしている自覚は一切ないのだが。

「この班では、穂月ちゃんと希ちゃんが滑れるのね」

 スキー教室は学年ごと、クラスごとであり、班は作っていないのだが、やはり担任の柚にも仲良しグループだと認識されていた。

「上級者は他の先生が引率して上の方に行くけど、穂月ちゃんたちはどうする?」

 その場合は初心者の面倒は柚が見るらしい。彼女と一緒に遊びたくて、滑れそうなのに初心者グループに残るクラスメートもいるみたいだった。

「ゆーちゃんはほっちゃんに教えてもらいたいのっ」

 袖をギュッと掴まれる。キラキラした瞳で上目遣いをする悠里はとても可愛らしく、保護欲を誘う。

 他の――特に男子――生徒ならイチコロだったかもしれないが、すでに免疫があるのに加えてそうした戦法が通用しないタイプの穂月はどうしようか考える。

 頂上付近から滑走するのも楽しいが、皆で遊ぶのはもっと楽しい。最終的に穂月は友人の頼みを了承した。

 すぐさま悠里が「わあい」と喜んだ。

「先生も助かるわ。教えられる人が多いにこしたことはないもの」

 そう言ってチラリと希を見る柚だったが、

「……穂月ちゃん、希ちゃんを起こしてくれるかしら」

 会話している隙をついて、雪で丁度いい枕を作って横になっている女児を見てガックリと肩を落とした。

   *

 初心者組の最終目標はゴンドラで初心者用の位置まで登り、そこから滑れるようになることだった。

 悠里の指導を担当するというか、グループで半ば放置されることになった穂月は事前の約束通りに滑り方を教える。

「こうやってどーんと行けばいいんだよ」

「どーん、なの?」

 可愛らしく首を傾げる悠里。その隣では茫然と沙耶が目と口を開いている。

「ほっちゃんが教えるのは下手なのはわかってましたが……想像以上です」

 ならばと穂月同様に初心者組に残った希を頼ろうにも、邪魔にならない位置を探し当てては眠ろうとする。

 他の子に教えながらも時折視線を飛ばしてくる柚にもめげず、雪はもぐると温かいなどとのたまう友人に沙耶は頭痛を覚えたみたいにこめかみを押さえていた。

「んー……じゃあ、どすん?」

「いえ、擬音で説明されてもわからないです」

 悠里同様に初心者の沙耶が駄目だしをする。

 2人が理解していないのは明らかだが、穂月からすればわかりやすく教えたつもりなのである。

「グッとしてドンだから、キュッとしておくとゆるゆるなんだよ」

 実演付きでやってみると、じっと観察していた沙耶がふむふむと腕組みをする。

「板を直角にすると速度が出るから、逆八の字に開いて抑えるんですね?」

「おー?」

 そうなのかと疑問に思う穂月の前で、カニ歩きで登った地点から沙耶がボーゲンの形で滑り始める。

「おー! さっちゃん、それだよ」

「フッ、私の頭脳にかかれば難解なほっちゃんの説明でも解読できるのです」

「さっちゃんすごいのっ」

「でも、すぐに滑れるようになるかは別問題――ぶべっ」

 数々の称賛を受けて得意げになっていた沙耶の声が裏返る。雪に見事なダイブをかまし、若干の涙目になる。

 助け起こしたのは意外にも、我関せずで眠っていたはずの希だった。

「……ほっちゃん、最初に転び方を教えないと駄目」

「確かに変な風に転ぶと危険です」

「おー。
 ぐらっときたらずでんといけばいいよー」

「ゆーちゃんにはちょっと難しすぎるの」

「要点だけ言うと、横向きに転べばいいということみたいです」

   *

 仲の良い友人同士でワイワイやりながらだと上達も早い。

 穂月の指導を沙耶が解読して悠里に伝え、ところどころで希が補足するというやり方に終始した結果、時間内にゴンドラで最初の地点まで登れた。

 穂月と一緒に乗った悠里が降り方の説明を理解できず、危うく頂上まで連れ去られそうになったが、それ以外は順調だった。

 到着して早々バスの車内でお昼を食べてからのスキー教室だったので体力は有り余っていたのだが、それでも肉体への疲労は積み重なる。

「ゆーちゃん、もう足がガクガクなの……」

「私もほとんど力が入らないです」

 穂月と希はまだ余裕があったが、2人が限界みたいだったので残りの時間は邪魔にならない位置で遊ぶことにする。

「疲れたらバスで休んでてもいいわよ。ただし勝手にどこかへ行かないようにね」

 4人で歩いているのを見かけた柚が、やや遠くからそう言ってくれた。

「私とゆーちゃんは休んでるので、ほっちゃんとのぞちゃんは滑ってきてください。初心者と一緒ではおもいきり楽しめなかったはずです」

「おー」

 両手を挙げて喜びを表現した穂月がゴンドラへ向かうと、すぐに希もついてくる。一緒に遊びたいのか、穂月1人では危険だと判断したのかは不明だ。

 2人でゴンドラに乗っていると、すぐ後ろのゴンドラから開始当初に穂月を誘った男子が大きな声を出した。

「そのままだと頂上までいっちゃうぞ!」

「あいだほっ!」

 穂月と希が気にせず乗っているのを見て、何故か男児もついてきた。

 頂上付近からの眺めは絶景だが、高所恐怖所の人間が見たら卒倒するかもしれない。初心者用の地点と違って傾斜もキツく、まさに上級者用である。

「お、おい、怖かったら歩いて降りてもいいんだぜ」

 1人でついてきた男児の声が震える。

 振り向いた穂月はにっこり笑う。

「どーんっ」

 ゴーグルをつけてストックを雪に差し、体重を前にかける。踏み出した右足でスキー板を走らせ、すぐさま浮かせた左足に体重を乗せる。

「……」

 結構な速度で滑り降りていくが、無言の希は余裕で並走する。

 威勢のよかった男子が追ってくる音は聞こえないが、狭まる視界の中で味わう加速に穂月の笑顔がさらに濃くなる。

「ずどーん」

 こぶを使って軽く飛び、さらに速度を乗せて滑り降りる。隣を見れば綺麗に雪を飛ばしながら滑る希の姿があった。

 幼少時から冬のたびに祖父にスキー場へ連れていってもらっていたのと、予定が合えば同行した実希子に鍛えられたおかげで、穂月と希は自覚もないまま上級者のレベルにまで到達していた。

 ちなみに朱華も同程度に滑れるため、穂月たちよりも前に開催された四年生のスキー教室ではヒーローならぬヒロインになっていた。

「あー、面白かった!」

 柚たちが待つ場所で雪をしぶかせて止まると、憧れに濡れた瞳が出迎えてくれた。担任だけは頬を引き攣らせていたが。

「ほっちゃん、すごいのっ、かっこよかったの!」

「のぞちゃんも凄かったです」

「穂月ちゃんだけでも低学年レベルじゃない運動神経なのに、まだ余裕がありそうだった希ちゃんはどれだけなのかしら……」

 そんな一幕を経て程なくスキー教室も終わろうかという時、希がぼーっと雪山を見上げているのに気付く。

「のぞちゃん、どしたー?」

「……降りてきてない」

「おー」

 穂月たちの会話が聞こえたのか、柚が口を挟んでくる。

「降りてきてないってどういうこと?」

「んー……穂月たちと一緒に上まで行った子がいない……っぽい?」

 首を傾げながら改めて周囲を見回すも、やはり見つけられなかった。

 穂月の言葉の意味を理解した柚の顔が一瞬で蒼褪める。

「せ、先生っ、大変です!」

 上級者を担当していた男性教師に慌てて声をかけると、現場がにわかに騒がしくなる。

 およそ15分後。

 頂上付近から降りられないまま泣いていた男児は男性教師に保護され、ゆっくりと徒歩で雪山から降りてきたのだった。
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