その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

文字の大きさ
380 / 495
穂月の小学校編

身長を伸ばすにはミルクがいいはずだけど菜月ちゃんは……それより遠足のお弁当を……ってさすがに斬新すぎです

しおりを挟む
 授業中の廊下がいつになくざわついている。3年生になってから、あまり立ち寄ることがなくなった1階。体育館への途中にある保健室に、1人また1人と名前を呼ばれた女子児童が入っていく。

「さっちゃん、どうだったー?」

 B5サイズのプリントを胸の前で抱いている穂月は、保健室から出てきたばかりの友人に話しかける。

「身長が伸びてました!」

「おー」

「羨ましいの……」

 喜色満面の沙耶を前に、悠里がしょんぼりする。

 すぐに沙耶が慰めモードに入るも、傍目にもあまり背が伸びているように見えない少女に効果はなかった。

 今日は年に1回の健康診断。保健室で身長や体重を計ったあとは、体育館で体力測定も行われる。2時間ほど授業をしなくていいので、大半の生徒は大喜びで参加している。

「あっ、のぞちゃんが出てきたの」

「どうやら無事に終わったみたいですね」

 沙耶が安堵の息を吐く。希の番になってからというもの、女性の保健教諭を補佐する柚が何度か「寝ないで」と注意する声が廊下まで漏れ聞こえていた。

「のぞちゃん、どうだったー?」

「……ん」

 躊躇なく希が穂月に結果の記入されたプリントを見せてくれる。列を作っているのは女子だけなので、見せ合いをしても男子に覗き見される心配はない。

 座高や胸囲なども計るため、その数値を知ればからかうだろう男子たちに公にしたがる女子は皆無に等しい。

「おー。おっきくなってるー」

「のぞちゃんは背が高いですからね」

 平均的な体躯の沙耶が、希の隣に立つと小さく見える。穂月もそれなりに背は伸びてきたが、とても希には追い付けそうになかった。

「やっぱり羨ましいの……」

 肉体の成長が絶望的な悠里は、計る前から気分をどんどん沈ませる。

 最初は頑張っていた沙耶だが、やがてフォローのしようがないと諦め、体力測定を実施中の体育館に向かう。

 学年ごとに男女別で行われるため、今は女子しかいない。すでに過ぎた1時間目と2時間目に男子の各種の検査は終了済みだ。

「はあ……憂鬱なの……」

「おー。ゆーちゃん、難しい言葉知ってるんだねー」

「ママがよく言ってるのー」

 ほとんど同時に悠里と穂月が呼ばれる。保健室に入ると検査しやすい服装になり、まずは悠里が身長を計る。

「悠里ちゃん、背伸びをしてはだめよ」

「柚せんせぇ……」

「涙ぐんでもだめなものはだめなの。気持ちはわかるけど」

 無慈悲に刻み込まれた身長を見て、悠里はガックリと膝をつく。

「去年とほとんど変わってないの……」

「成長期は人それぞれだから大丈夫よ。中には中学生になってからグンと伸びる子もいるの」

「じゃあ、ゆーちゃんものぞちゃんみたいにカッコよくなれるの!?」

「……約束はできないけど、その可能性もあるんじゃないかな、多分」

「柚せんせぇ……」

「その目はやめて、先生の心が痛くなるからっ」

 悠里に迫られて逃げ惑う柚を横目に、穂月も身長を計る。希ほどではないが、この1年で結構伸びていた。元々は小さい方だったのだが、今や平均より上になりつつある。

「ほっちゃん、ゆーちゃんに少しわけてほしいの……」

「いいよー、でもどうやって取ろう? お腹のお肉なら取れそうだけど」

「それは絶対いらないのっ!」

   *

 穂月と悠里が仲良く体育館に入ると、保健室前の廊下よりも大きなどよめきが支配していた。

「変な空気なの、誰か凄い記録を出したに違いないのっ」

 心身の健康のため、身体測定の結果をなかったことにしたらしい悠里が、無理やりなハイテンションでむふんと鼻から息を吐く。

「おー」

 男子ならともかく、女子間ではあまり数値を競ったりはしない。中にはそういう勝負事が好きな女児もいるが。

 身体能力が抜群なのに滅多にやる気を出さない希なんかは、ここぞとばかりに一部の女子から勝負を挑まれていると思っていたのだが実情は違った。

「さっちゃん、どうかしたのー?」

 バスケットゴールの下あたりで、壁にもたれている沙耶を見つけたので話しかけると、彼女は疲れきった表情で館内の中央を指差した。

「おー」

「ぐでんと眠っちゃってるの」

 バスケット用に描かれた白線を利用して反復横跳びが行われている場で、一人の女児が大の字になっていた。

 その人物を穂月たちは良く見知っていたことから、予期せぬアクシデントが起きたわけでないのをすぐに理解する。

「……反復横跳びをしている途中で面倒臭そうにしたと思ったら、次の瞬間にはああなってたんです」

 学年でまとまって検査をしているため、普段から希に免疫のない女児は露骨に動揺していた。

「小山田さん……計測不能で」

「おー。なんか、かっこいい」

「ほっちゃんは真似したら駄目です」

 教師が匙を投げたあと、希を知る女子の視線が穂月たちに集まる。この場をどうにかするように言われたのかもしれない。

「のぞちゃんを移動させた方がいいですね」

「なら穂月がやるよー」

 仰向けになっている友人の片足ずつを持ち、ずるずると引き摺る。

「ちょっと、高木さん!? 誰か室戸先生を呼んできてっ!」

 普段は他学年を受け持つ女性教諭が悲鳴じみた声を上げて、穂月の肩を掴む。

 慌てて体育館にやってきた柚はすぐに状況を理解し、希を抱き上げて移動させると、ぺこぺこと同僚の女教師に頭を下げた。

   *

「……また通信簿に自発的な行動ができるように家庭でも促してくださいと書かれるんだろうな……」

 放課後になってムーンリーフでおやつを食べる穂月たちから身体測定の結果を聞き、希の母親が笑顔を引き攣らせた。

「うちはきっと何事も力技で解決しないように、だよ……」

 最初は穂月の身長が伸びたのを喜んでくれていた母親も、話が進むに従って表情を曇らせていた。

「今日も沙耶ちゃんと悠里ちゃんには迷惑を……って悠里ちゃんはどうしたの?」

 元気のない少女に気付き、葉月が心配そうにする。

「おっきくなりたいからって、お昼に余っていた牛乳を二つも飲んだら、お腹が痛くなったんだってー」

「うう……カッコいい女性への道は厳しいの……」

「それは……なんて言うか……薬飲む?」

「保健室で貰ってたよ。だいぶ楽になったって少し前に言ってたー」

「そうなんだ、ならソファで横になってるといいよ」

「お言葉に甘えさせてもらうの……」

 葉月に付き添われてソファで仰向けになると、心身が疲弊しきっていたらしい悠里はすぐに寝息を立て始めた。

「身長が伸びる秘訣みたいなのがあればいいんですが……」

 友人の悩みをなんとか解決できないかと、3年生になっても変わらず委員長の座を譲らなかった沙耶が思案する。

「おっきい人の真似するといいんだよー」

「なるほど、一理ありそうです。私たちの中で背が大きいのは……」

「のぞちゃん!」

 悠里にソファを譲っていた希は、床でもお構いなしに横になっている。

「……起きて本を読んで寝るの繰り返しになるぞ。アタシはお勧めしない」

 希の母親に忠告され、深々と頷く沙耶。

「どうやら、ほっちゃんの案はお蔵入りになりそうです」

「おー」

   *

 心地良い春の陽気に晒されての遠足は、穂月たち子供のテンションを著しく上昇させる。

 緑豊かな公園で平日に遊べ、お昼も給食ではなくお弁当だ。普段の日常とは違う一幕の連続に、穂月の歓声も止まらない。

「はわわ、ほっちゃんのお弁当、凄く美味しそうなのー」

 いつもの4人でまとまったブルシートの中央。自分で「じゃじゃーん」と効果音をつけて披露した穂月のお弁当は手作りだった。

 前日に皆の家に電話をかけて、お弁当を手作りしようと提案した。誰が一番上手かを競うのではなく、見せあいをしながら一緒に食べるのを楽しみたかった。

「私のはどうですか。お母さんに手伝ってもらったんですけど」

 小学3年生が完全に1人で調理するのもなかなか難しく、穂月も母親に手を貸してもらった部分があるので、そのことに文句をつけたりはしない。

「おー、タコさんウインナーだ」

「リンゴは兎さんなの、可愛いのー」

 ファンシーなおかずは、特に悠里の瞳を輝かせた。

 その悠里は混ぜご飯を中心としたメニューで、おかずはサラダ系が多い。

 少し前の身体測定の時から背を伸ばそうと必死に牛乳を飲んでいたが、穂月がふと叔母がよくホットミルクを飲んでいると告げると、半ば浴びるように牛乳を胃袋に詰め込んでいた悠里は「人生って世知辛いの……」という台詞とともに飲むのをやめた。

 幾ら身長のためでも飲み過ぎは良くないが、娘の気持ちを考えれば無理に止めることもできなかったと、後に穂月は彼女の母親にお礼を言われた。

 それをそのまま伝えると、大人になっても身長があまり高くない叔母は電話の向こうで苦笑していた。

「のぞちゃんのお弁当は……。
 おー」

「ほっちゃん、おー、じゃないです」

「ジュースだけなの……」

 希の前にあるのは健康食品のジュース版だった。

「……これ1本で栄養補給」

「のぞちゃんのお母さんは止めなかったんですか……」

「穂月のおかずを少しあげるー。はい、あーん」

 固形食が嫌いというわけではなく、穂月が箸で摘まんだ卵焼きを近づけると、パカっと口を開く。

「きっと作ったり食べたりするのが面倒だから選んだの……」

「やっぱりのぞちゃんも放置できないです。
 しっかり目を光らせる必要がありそうです」

 まずはお店に帰ったら報告ですと気合を入れ直す沙耶。それでも穂月同様に自分のおかずを、悠里ともども希に分けてあげていた。

   *

 遠足後のムーンリーフで希の母親が好美にこっぴどく怒られた。

 実希子曰く確認する前に希が出発したのだという。あまりにも短い調理時間に何を作ったのかと首を捻ったそうだが、まさか普段から愛用している健康飲料だけとは予想もしていなかったらしい。

 当人は言い訳のつもりだったのかもしれないが、そのせいで今度は朱華の母親にまで叱られる。

 一方で元凶の希は、今日も心地良さそうにムーンリーフのソファをベッド代わりに眠っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

処理中です...