その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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孫たちの学生時代編

何事もそう上手くはいきません!? とにかく打たれた春也の夏

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 ギラギラと照り付ける太陽が邪魔くさい。調子がいい時はなんとも感じないのに、歯車が狂いだすとあらゆるものが気になって仕方がない。

 奥歯を強く噛んで、春也はマウンドで腕を振る。汗がまとわりついているせいか体が重い。高く上がった足を振り子のように前へ出しながら、指先が投じた白球を見つめる。

 疲れはない。緊張もしていない。なのにボールが走らない。いとも簡単に弾き返され、敵の得点ばかりがスコアボードに刻まれていく。

 監督が投手交代を告げ、中堅から晋悟が走ってくる。春也はマウンドに視線を落とし、ただ肩を震わせていた。目の前までやってきた智希の顔すらまともに見られなかった。

 クリーンナップに名を連ねる春也はショートに入り、ショートがセンターに守備変更する。

 後始末を押し付けてしまった友人の背中を見つめる。なんとか窮地を凌いでもらえたのに、春也は打撃でも精彩を欠き、気がつけば夏の大会は終わっていた。

   *

「姉ちゃんたちは同じ県予選でも準決勝まで残ったってのに……」

 だいぶ筋肉がついてきた体を縮こまらせ、盛大にため息をつく。楽しみにしていた夏休みに突入したというのに、まったく気分が乗らない。

「おいおい、いつまで落ち込んでんだよ」

 ぼふっと頭の上に大きな手が乗せられた。智希の母親だった。砂浜で体育座りをしている春也の顔を、上半身を折り曲げて覗き込んでくる。

「お前の姉ちゃんはもう吹っ切れたみたいだぞ」

「姉ちゃんは姉ちゃん、俺は俺だ」

 姉も自分の投球のせいで敗退し、しばらくはいつになく落ち込んでいた。子供2人がどんよりとしているので食卓もさぞ暗くなるかと思いきや、そんなことは関係なしに両親と祖父母は普段通りに生活していたが。

 少し前に指摘してみたところ、祖父に娘2人で慣れてると笑われた。どうやら母親と叔母も似たような落ち込み方をしたことがあるらしい。

「そりゃそうだ。春也は春也、他の連中は他の連中だ。だから周りに気遣わせるような落ち込み方をだらだら続けんな」

「なっ……!」

「葉月も和也もこういう叱り方は苦手だろうから、アタシが言ってやる。いつまでもウジウジしてる暇があんならバットでも振ってやがれ」

「よくも言ったな! くそっ! 来年こそは全国制覇してやる!」

 売り言葉に買い言葉で友人の母親を睨みつけると、頭の上の手を振り解くように立ち上がる。

「アハハ、さすが実希子ちゃんだね。そういう励まし方があるなんて知らなかったよ」

「葉月にはあんましなかったな。どっちかというと家族の前で落ち込んで、アタシらの前では平気そうにしてたろ」

「バレバレだったみたいだね。なっちーもそうだから、遺伝かも」

 春也の母親がそう言うと、普段よりも実希子が笑みを深くした。

「そうだな、葉月となっちーは姉妹だからな」

 何故かさらに頭をくしゃくしゃされたので、春也は煩わしくなって友人の母親から逃走する。

 怒りでもやもやが吹き飛ぶと、せっかく海に来たんだから楽しまないと思うようになる。猛ダッシュして海に飛び込み、勢いよく飛沫を上げるとなんだかスッキリした。

「おいこら、春也! 飛び込むなら周りを見てやれ!」

「うおおっ! 何すんだよ、まーねえちゃん。アホみたいに力があるんだから、手加減してくれよ」

「お前が悪いんだろうがっ」

「がぼぼ、わかった! 俺が悪かったって!」

「最初からそういやいいんだよ」

 春也の肩から両手が離れる。学校でも使用している水着姿だが、改めて見る年上の女性はとても輝いて見えた。

「あん? 顔を真っ赤にしてどうした」

「まーたんの水着姿に見惚れてるのよ」

 横からひょっこり顔を出した晋悟の姉が、とんでもない爆弾を放り込んできた。

 どう言い繕おうか一瞬にしてパニックになるも、陽向の反応は斜め上をいっていた。

「嫌味か! 悪かったな、水着が似合わなくてよ!」

 フンとそっぽを向いたまま、大股でザブザブと奥へ進んで行ってしまう陽向。

「……先は長そうね。でも応援はしてあげるから頑張りなさい」

「そ、そんなんじゃねえし!」

「素直になっておきなさい。ただでさえ初恋は実らないなんて言われてるしね」

「そうなのか?」

「迷信みたいなものよ。実際に春也のママとパパは初恋を実らせてゴールインしたらしいしね」

 春也も知らない情報を教えられ、思わず目が点になる。

「なんであーねえちゃんはそんなことまで知ってるんだ?」

「うちのママや柚先生から教えてもらったのよ」

 小さく笑い、身を翻した朱華はそのまま陽向を追いかける。2人はとても仲良しで、見ているだけで羨ましくなる。

「……いや、見てるだけじゃだめだよな」

 誰にともなく呟き、春也も持ち前の積極さを発揮して2人の間に割り込んだ。

   *

「飯だ飯だ。海に来たらやっぱりバーベキューだよな」

 陽向と一緒に遠泳したりなどして過ごし、昼を少し過ぎたところで浜辺まで戻ってきた。

「もうすぐ焼けると思うよ」

 大人に混じって、鉄板で調理をしている晋悟はどこか楽しそうだった。

「昔から料理とか指先を使うのが好きだよな」

「性分みたいなものだね。でも体を動かすのも嫌いじゃないんだ。だから野球部だって嫌々やってるわけじゃないよ」

 こうして変に気を遣うのも昔からなので、春也もあまり気にしないようにしている。同じように返すと延々と遠慮が続いて大変なことになるのだ。

「この前の試合では悪かったな。俺の尻拭いをさせちまった」

「昔から誰かのフォローをするのは慣れてるから、気にしなくていいよ」

「主にあーねえちゃんか」

「穂月お姉さんたちの面倒を見てるようでいて、引っ張り回してる方が多いからね……」

「へえ、晋悟も言うようになったわね」

 普段よりグッと低い声に、春也と晋悟は揃って身を竦ませる。姉たちの中で朱華は怒らせてはいけないランキング2位なのだ。ちなみに1位は希である。

「あ、俺、智希の様子見てくるわ」

「ちょ、春也君!? ほらお肉焼けたから、ここで食べてたらどうかな!?」

「ならそれは私が頂くわ」

「ひいいっ! お母さん、助けてください!」

「ママを頼るなんて弟の風上にも置けないわね。姉らしく教育してあげるわ!」

 小さく合掌してから、春也はアイアンクローを喰らったばかりの友人を置き去りにする。

 探す云々は逃げ出す理由でしかなかったが、砂浜を走っていると岩陰に隠れている智希を発見した。

「こんなところで何してんだ、もうすぐ飯だぞ」

「今は手が離せない。どうしてもというなら運んできてくれ」

「かくれんぼでもしてんのか?」

 当たりを確認すると、パラソルで日差しを遮りながらチェアで睡眠中の希がいた。

「安らかな寝顔に天使の囀りのごとき寝息。まさに姉さんは女神だ。お前もそう思うだろう!?」

「おまわりさん、こっちです」

 手を挙げて実希子を呼ぶと、友人は即座にヘッドロックされバーベキューをしているところまで連行されていった。

   *

 落ち込みから始まった夏休みだったが、海への旅行を契機にしっかり楽しめるようになった。

 お盆には皆で墓参りをして、夏休み中最後のムーンリーフの定休日となる今日、またしても仲間を集めて今度は山へとキャンプに来ていた。

「飯だ飯だ。山に来たらやっぱりバーベキューだよな」

「あれ、デジャヴかな? なんだか聞き覚えがあるような……」

 調理の手を止めた晋悟が、鉄板から春也に視線を移して首を傾げる。

「気のせいじゃないか。のぞねーちゃんがひたすら寝てんのと、智希がそれをストーキングしてんのは変わらねえけど」

「ああ、うん。智希君のことはご家族にお任せしよう。僕たちじゃ手に負えないしね」

 晋悟が言い終わるかどうかのタイミングで、智希の悲鳴が山彦となってキャンプ場にまで響き渡った。

 子供の頃から大人たちに連れられて何度も来ているので、どこに何があるのかは把握している。実希子がヘッドロック連行した智希を預けられた春也は、草原みたいな広場で昼食後にキャッチボールをしようと提案する。

「こんなところまでボールとグローブを持ってきていたのか」

「バットもあるぞ。それなりに人数もいるし、いっそ試合をするか」

 呆れ気味の友人に、春也は串に刺さった鳥の腿肉を頬張りながら笑いかける。

「生憎だが、俺の予定はすでに埋まっている」

「午後はどうせうちの姉ちゃんに起こされて、のぞねーちゃんも一緒に遊ぶことになると思うぞ」

「確かにその可能性はあるな」

 もっと小さい時は姉の睡眠を邪魔するなと盾になろうとしていた友人だが、当人があまり嫌がってないのを理解するにつれ、そうした行動は見られなくなっていた。

「だから一緒に野球やろうぜ」

「ほとんど毎日やっているだろう」

「いや、部活じゃなくて」

 春也たちが話していると、昼食を終えた他の面々も集まってくる。真っ先に声をかけてくれるのはやはり陽向だ。

「お、野球やんのか。何なら勝負してやってもいいぞ。前に半べそかかせてから、どれくらい強くなってんのか確かめてやる」

「言ったな! じゃあ俺が勝ったら……あの、その……」

「何だよ? はっきり言えよ」

「俺が勝ったら、一緒にスーパーのゲームコーナーで遊ぼうぜ」

「ハッ、俺に奢らせようって魂胆だろうが、そう簡単にはいかねえぞ!」

 決死の覚悟を勘違いされた春也は気落ちせずに最高のボールを投げたが、何故か簡単に打たれてしまう。

 満面の笑みで喜ぶ陽向を、他の友人たちが生暖かい目で見つめていた。
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