その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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孫たちの学生時代編

空回る気合も仲間がいれば大丈夫です、林間学校では改めて友情を深めたりもしました

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 背の低い緑色のフェンスが特徴的な市民球場。秋の日差しはポカポカと暖かいが、汗だくで試合に励むソフトボールの選手たちは心地良さとは無縁だった。

 演劇部の方にもあまり顔を出さず、練習に練習を重ねた。瞳の奥ではもしかしたら炎が燃え盛っているかもしれない。

 それほどまでに気合を入れて臨んだ新人戦。陽向が引退し、穂月たちが中心となった新チーム最初の公式戦でもある。

 プレーに集中したいからと断った主将の座には沙耶が収まっている。元から穂月を補佐してくれていた彼女なので、小学生の頃とあまり大差なかったりする。

「せえいっ」

 全身に力を入れ、可能な限り強くて速い1球を放る。それがエースである穂月の役目だった。

 けれど夏には簡単に抑えられた学校の選手たちに、次々と安打を積み重ねられる。以前に弟がどんなに頑張ってもボールが走らなかったと愚痴っていたが、同じ状況に陥っていた。

(どうしてどうしてどうしてどうしてどうして)

 ままならない現実に、頭の中はパニック寸前。精神に引っ張られるかのように肉体もどんどん重くなる。

 誰かが自分を呼んでいるような気もするが、それどころではない。

「穂月がしっかりしないと、また負けちゃう。嫌だ嫌だ嫌だ」

「――ほっちゃん!」

 勢いよく全身を揺さぶられ、ようやく穂月は誰かが目の前にいることに気付いた。捕手として小学生時代から支えてくれている希だった。

「あれ? のぞちゃん? あれ?」

「……やっと気づいてくれた」

 周りには内野陣が集まっていて、沙耶や悠里の姿もあった。

「え? ゆーちゃん? どうしてここに?」

「あ、あの、その、芽衣先生がピッチャーを交代したの」

「あ……そうなんだ……うん、わかった……」

「ほっちゃん……」

 俯いてベンチへ戻ろうとしたが、何かに固定されていて体が動かなかった。見れば希に両腕を掴まれている。どうやら先ほどはそこから全身を揺さぶられたのだろう。

「……ゆーちゃんがピッチャーで、ほっちゃんはライト」

「ライト? 外野はあんまり経験ないよ?」

「ボーッとしてるからショートは危険。ライトで少しゆっくりして、また何かあったらマウンドに戻って欲しいという芽衣先生の判断」

 監督の指示であれば、選手の穂月が逆らうわけにはいかない。足取り重く、グラブもそのままでライトまで歩いて向かう。

 観客席から降り注ぐ励ましが痛かった。両目に涙が溢れ、噛んだ唇からは血の味がする。

「穂月……駄目な子だ……」

   *

「ひっくり返せない点差じゃないです! 今までほっちゃんに頼ってきた分、ここで恩返しをするんです!」

 ベンチ前で円陣を組むと、いつになく大きな声で沙耶が檄を飛ばした。

「もちろんなのっ! ランナーを溜めてのぞちゃんとりんりんに回せばなんとかしてくれるの!」

 その場で飛び跳ね、悠里も部員を鼓舞する。誰もが力強く頷き合う中、穂月だけはベンチの奥で肩を落としていた。

「重症ですわね。一度は吹っ切れたと思っていたのですが、夏過ぎからあまり演劇をしなくなった時点で気付くべきでしたわ」

 隣に座った凛が肩を抱き、穂月の頭を撫でてくれた。

「……異変は感じてたけど、こればかりはほっちゃんが自分で乗り越えるしかない。それまではアタシたちが支える」

「もちろんですわ! それこそが貴族の――いいえ、友人としての務めですもの」
「……ごめんね、2人とも。穂月が役に立たないから……」

 新人戦の地区予選初戦だというのに、穂月たちの学校は5-1と苦戦を強いられていた。

「そんなことはありませんわ。それにまだ3回が始まったばかりですもの。すぐに取り返してさしあげますわ」

 凛が言っている間に、沙耶が安打を放って1塁上で拳を突き上げる。根っこの部分は気が強くても、普段からあまり自己アピールをしない彼女には珍しい行動だった。

 2番の悠里は送りバントの構えからバット引き、ボールを強く叩いて12塁間に転がした。その間に沙耶が一気に3塁を陥れる。

「ほっちゃんさん、演劇もソフトボールも1人ではできませんわ。だから皆で助け合うんです。見ていてくださいませ、わたくしとのぞちゃんさんできっちり試合を振り出しに戻して差し上げますわ」

 ネクストバッターズサークルに向かう凛の背中はとても大きく見え、もの凄く頼もしかった。

 そして穂月の鼓膜に響く甲高い音。バッターボックスでは希が大きなフォロースルーを途中で止め、打球の行方ではなくこちらを向いてニコリと笑った。

「これで1点差です! ここからが本番です!」

「さすがのぞちゃんなの! あとは似非お嬢様がやるだけなの!」

 大喜びでベンチに飛び込んできた友人に求められ、反射的にハイタッチに応じる。微かに痺れた掌がやたらと熱くて、穂月は何故か泣きたくなった。

「……敗北は皆の悲しみ、勝利は皆の喜び。ほっちゃんが独り占めするのはズルい」

「のぞちゃん……」

「……負けるのは悔しいけど、勝ちたいばっかりでも駄目。何故なら、ほっちゃんは今、楽しい?」

 真顔で問われ、穂月は友人の綺麗な瞳を見つめながら首をゆっくり左右に振った。

「それが打たれた答え。演劇だって演者が楽しくなければ、観客に気持ちは伝わらない。これまで良い意味でほっちゃんは力が抜けてた。でも今は違う。一緒に遊ぶんなら、皆を置いてけぼりにしないで」

「……そうだね……うん、その通りだよ。穂月、1人ぼっちでソフトボールしてたんだね」

「そこに気付いてくれたならもう大丈夫そうね。次の回からまたマウンドに戻ってもらうわよ。同点に追いついたことだしね」

「え?」

 監督に促されてグラウンドを見ると、凛がこの上ないドヤ顔でダイヤモンドを一周している最中だった。

   *

 秋も深まり、山に入れば木々の色鮮やかさに目を惹かれる。しかし吹く風は涼しさの中に冷たさを含み始めていた。

「林間学校って、普通は春に行うものではありませんの?」

 低下する体温を引き留めるように、凛が両手で自らの腕を掻き抱いた。

「たまには秋もいいだろうって決まったみたいだよ」

「いい迷惑ですわ」

「りんりんは寒がりだもんね」

「ほっちゃんさんは平気そうですわね」

 羨ましそうにする凛に、穂月は満面の笑みで応じる。

「動いてればあったかくなるよ。今年は雪がたくさん降ってくれればいいな」

「雪がチラついても薄着で外へ飛び出そうとするのはいけませんわよ。わたくしたちはほぼ確実に春は選ばれるでしょうから、風邪をひくなど以ての外ですわ」

 得意げに顔を上げる凛だが、やはり寒いのかトナカイみたいに鼻頭が真っ赤である。

「こっちは終わったの」

 一緒にテントを張っていた悠里と沙耶が、穂月のもとまで戻ってきた。

「初戦はどうなることかと思ったんですが、終わってみれば東北大会で優勝ですからね。ゆーちゃんも含めてうちからは大勢選ばれるはずです」

「ほっちゃんたちと一緒は嬉しいけど、春はあまり自由時間がないみたいだから悲しいの」

「試合がメインになるので当然ですわ」

「りんりんが意地悪言うの、助けてほしいの」

 抱き着いてくる悠里の頭をいつものように撫でてあげると、気持ち良さそうに鼻を鳴らしていた。

「あれ? のぞちゃんは?」

 班員が1名足りないのに気付き、穂月は首を傾げる。途中から姿が見えなくなっていたので、てっきり悠里や沙耶と合流したのだと思い込んでいた。

「こっちには来てないですよ」

「ゆーちゃんも見てないの」

「おー。ならここかな」

 穂月がテントをめくると、予想通りに中央で丸まった友人がすやすやと寝息を立てていた。

   *

 皆で作ったカレーを美味しく平らげ、キャンプファイヤーなどの夜のイベントも終わり、あとはテントで眠るだけになった。

「お母様に聞きましたけれど、この時間帯に男子が女子を呼び出して告白することが多いみたいですわよ」

 情報通の自分を褒めてとばかりに、凛が「ふふん」と鼻から声を出した。

「それで同じクラスの女子も浮足立っていたんですね。生憎と私は無縁みたいですが」

「わたくしもですわ。これも聞いた話ですが、夕食後に待ち合わせ場所を指定するみたいですわね」

「待ち合わせ場所……ですか?」

「あら、どうかしまして?」

「いえ、食器を洗ってる時にクラスの男子から後で話がしたいと言われまして、指定されたのが就寝時間後なので断ったのです」

 そういうことだったのですねと納得顔の沙耶に、とても親しげだった凛の表情がピキリと固まった。

「さっちゃんも被害にあってたの。ゆーちゃんもあれだけほっちゃんと仲良くしてるのを見せつけてるのに、まだ面倒な連中がわらわらとまとわりついてきやがるの」

「最近はラブレターも減ったと喜んでませんでしたか?」

「油断してたの。ハイエナどもは虎視眈々と今日という機会を窺っていただけだったの」

「ゆ、ゆーちゃんさんは非常に人気がありますものね……おほ、おほほ……」

「高笑いに元気がないの、どうやらショックを受けてるみたいなの」

「これは夜遅いから、見回りの先生に気付かれないための工夫ですわ……!」

 などと言いつつ、凛は新たなターゲットとして穂月を視界に収めたみたいだった。

「ほっちゃんさんはどうだったのですか?」

「何人かの男子に遊ぼうって言われたけど、のぞちゃんたちと一緒にいるからって断ったよ」

「そ、そうでしたのね……おほ、おほほ……ほっちゃんさんも快活で人気がありますものね」

「ちなみにのぞちゃんは男子が話しかけてもガン無視だったの。あの落胆ぶりを見るに、狙いはどいつも同じだったみたいなの」

「おー。のぞちゃん綺麗だもんねー」

 一部で美少女グループと名高い穂月たちだが、単純な容姿を比較すると同性の目から見ても希が頭1つ抜けていた。

「……聞きたくなかった情報を感謝いたしますわ……」

 どうやら1人だけ誰からも声をかけられなかったらしく、凛がガックリと肩を落とした。

「りんりんも綺麗なのに何でだろうねー?」

 穂月が単純な疑問を口にすると、グループの知恵袋である沙耶が人差し指を立てつつ説明してくれる。

「普段の言動や態度から単純に近寄り難いんです」

「実際にりんりん狙いの男子は遠巻きに見てるだけなの。
 ……というか、それで満足してる節があるの。平民連合とか訳の分からないファンクラブまで発足してるらしいの」

「朗報……なのかどうか判断に困るところですわね……」

「お嬢様に化けるのを辞めれば、こんなこともなくなると思うの」

「いかにゆーちゃんさんの言葉といえども、それだけは従えませんわ。これはわたくしのアイデンティティですもの」

「それでこそりんりんなの。でも1番しょうもない男に引っ掛かりそうな予感もするの」

「おー」

「ほっちゃんさん、そこは否定してくださいませ」

 告白関連の話題が一段落したところで、全員で寝袋に入る。

「年が明ければいよいよ3年生……受験生になりますわね。ほっちゃんさんはどこの高校を受けるか決めたのですか?」

「多分だけど、南高校かな。穂月の学力だと厳しいだろうけど、あーちゃんがいるし、まーたんもきっと入るし」

「私が全力で教えるので大丈夫です」

 力強く宣言してくれた沙耶に、ミノムシモードのまま小さく頭を下げる。

「ゆーちゃんはどこまでもほっちゃんと一緒なの」

「わたくしも今更仲間外れは嫌ですわ」

「……皆、一緒」

 悠里と凛と希もすぐに同意してくれて、穂月は抑えきれない嬉しさを舌に乗せて友人たちに届ける。

「えへへ……皆、大好きっ」
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