その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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孫たちの学生時代編

勝ちたいからこそよく考えよう、大切なのは気持ち、そして家族と友人です

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 春也の慕う姉の友人が無事に高校に合格したと聞いて安堵したのも束の間、6年生になっても野球部関連のイライラは解消されてなかった。

「おい、晋悟。もっと練習を厳しくしなくていいのかよ。入部した連中にもパッとした奴はいないし、今のままじゃ春も勝てっこねえぞ」

「言いたいことはわかるけど、厳しくし過ぎたら練習についてこられなくて、辞めちゃう部員も出てくるからね」

「いいじゃねえか」

 着替え途中の部室で、春也は座っていたパイプイスの上で腕組みをする。

「それだけの奴だったってこったろ?」

「でも試合をできる人数を下回ったらどうするの? その時になって戻ってきてくれって言っても、誰も頷いてくれないよ」

「言いたいことはわかる。でもよ……あーっ、難しいよな」

 練習用にユニフォームに袖を通し、頭を掻き毟りながら部室を出る。グラウンド隅にある用具入れの隣なので、移動に時間はかからない。

「そこまで言うなら、貴様が他の連中の技術を上達させてやればいいだろう」

 これまで黙っていた智希が口を挟んできた。以前に春也が一方的に絡んでしまったが、あっさりと許してくれて、なおかつほんの少しではあるが野球部にやる気を見せているように思える。

「とっくにやってるんだけどな」

 ピッチャー以外にもショートを守り、外野はそれなりだが晋悟以外の部員よりは上手い自信がある。周りも認めており、だからこそ打撃や守備についてあれこれ聞かれたりもするのだが。

「時間があるたびに教えるんだけど、どうしても期待した通りに伸びてくれねえんだよ。晋悟には全員が俺みたいにできるわけじゃないって言われたけどな」

 結果的にできなくても開き直ったりせず、申し訳なさそうにしては次から自主練習をしていたりする。そういう姿を見ているだけに春也もあまり強く言ったりはできない。

「それなのに練習を厳しくしようと提案したのか。さすがに救いようがないぞ」

「だったら智希には何かいい考えがあるのかよ」

「あるわけないだろう。俺の頭の中は常に姉さんのことで一杯だ」

「……そうか。頼むから犯罪だけは起こしてくれるなよ」

「定義によるな」

「いや、定義じゃなくて法律で定められてるから」

 最後に晋悟がツッコミを入れて会話が一段落する。下級生の挨拶に応じながら、練習を始める前にグラウンドを慣らし始めた。

   *

「そんなわけでさ、どうにも勝てるチームになってないんだよな」

 悩む現状について、春也が真っ先に相談したのは父親だった。今日も自宅庭での日課の特訓を終え、火照った肌を冷やしてくれる夜風が気持ちいい。

「4年生の時にとんとん拍子に全国大会まで行けたから、余計にそう感じてしまうのかもしれないな」

「そう! さすがパパ、わかってくれてる!」

「けど、もう晋悟あたりから散々言われてるだろうが、練習の押し付けは良くないぞ。春也が本気で勝利を望んでるのはわかるが、入った部活で何を求めるかは個人の自由だからな」

「え? 野球部に入ったのに勝ちたくない奴なんているの?」

「体力作りの一環として入部したのかもしれないだろ」

 縁側に座って目線を合わせる父親の指摘に、首を傾げてうーんと唸る。

「俺にはわからないけど、それって真面目にやってる奴の迷惑だよな。健康になりたいとかだったら、1人でランニングとかでもしてりゃいいんだし」

「そういうとこだな」

 開いた脚の間で指を組み、少しだけ前のめりになった父親の目が鋭さを増す。

「入部動機なんて人それぞれだ。前に俺が好きな女の子に恰好いい姿を見せたいだけでもいいって言ったのは覚えてるか?」

 自分のことなので、春也は無言で頷く。

「それと一緒で単に気になったからという理由で入っても構わない。その中でヒットを打ったり、ファインプレーをしたり、少しずつ楽しさを見出して、喜びや悔しさを覚えて、初めて勝利のために頑張りたいと思うようになる」

「そうだよ、だから俺だってそのために頑張ってるんだ。1人じゃ野球できないって前に気付かされたし、でも……」

「周りがお前についてきてくれないって言いたいんだろ? だがな、春也。逆に考えると部員がお前についていきたくないと思ってるってことになるんだぞ」

「え――?」

 鈍器でガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。言葉もなく立ち尽くす春也に、父親は少しだけ表情を緩めた。

「野球の楽しさも知らずに、上達するための練習をさせられても辛いだけだ。誰もついてこないし、すぐに人はいなくなる。今はきっと晋悟あたりが間に入って上手く取り持ってくれてるから問題が表面化してないだけなんじゃないか?」

「そんなこと……ない……」

「本当にそうだとしたら、もっとチームは一丸になってるんじゃないか? 思い出してみろ、お前が4年生だった頃にどんな雰囲気だったのか」

「……皆、笑ってた」

 先輩がくだらないジョークを言ったりして、でも練習は真面目にやって、勝つと全員で喜んで。

「今はどうだ?」

「……」

 春也には何も答えられなかった。真面目に練習をしてるのは間違いない。けれどそれは近くで監視するように見ている人間がいるから。

「前に言ってたな、上手くなりたいって教えを受けに来る子もいるって。そういう子を大切にしろ。もっと言えばその子のやる気をな」

 父親との練習後の会話は、春也にとって思わぬ考える時間を与えてくれることになった。

   *

「よし、そうだ、やればできるじゃんか。あと、グラブはこう動かすともっと恰好いいぞ」

「はいっ!」

 練習しても練習しても上手くならない下級生。その笑顔を春也は久しぶりに見たような気がした。

 晋悟のノックに内野で改めて飛びつく部員を横目に、キャッチャーのプロテクターを身に着けたままで智希が寄ってくる。

「俺の目には大して変わったように見えんのだが」

「だろうな。でも少しは進歩してる。できないとこを責めるんじゃなくて、ちょっとでもできたらそこを褒めることにしたんだよ」

「どういう心境の変化だ」

「色々あってな。人間、やっぱり褒められた方がやる気も出るし、好感も持たれやすいだろ」

 考えた末の結論に、友人も「その通りだな」と頷いてくれた。

「俺も姉さんを毎日褒めているからな。もっとも上昇するまでもなく好感度は常に最高なのだがな」

「いや、お前あんま相手にされてねえだろ」

「ちょっと春也君に智希君、お喋りしてるんならノックを変わってくれないかな!?」

 1人で延々と打ち続けていた晋悟に頼まれ、春也が代わりにノックバットを持つ。智希はすぐ後ろでボールを渡してくれる。

「まったく、練習が終わったばっかだってのに皆、元気だよな」

「それだけ部活が楽しくなってきた証拠だよ。春也君のおかげだね」

「そう……だといいんだけどな。それより晋悟には迷惑ばっかかけたな。パパにも言われたんだけど、俺と他の部員が衝突しないように気遣ってくれてたんだろ?」

「アハハ……さすがは春也君のパパかな。でもそれが僕の仕事みたいなものだし、何よりお姉さんで慣れてるからね」

「よし、今日の夜にでも姉ちゃんを通してあーねえちゃんにチクっとく」

「それだけは止めてほしいかな!? 僕に少しでも感謝の気持ちがあるなら! ね!? ね!?」

   *

「よっしゃ、回れ回れ!」

 市内の小学校が集まっての春のリーグ戦で、春也たちは連戦連勝だった。技術的にはあまり上達していないのにである。

 チームメイトに声援を飛ばす春也もいまだに不思議なのだが、ただ1つだけわかっている。それは今の野球部の雰囲気が、2年前と似ていることだ。

「あれだけ勝てなかったのが嘘みたいだね」

 主将でセンターのレギュラー、さらには2番手のピッチャーも務める晋悟も嬉しそうだった。

「それに気付いてるかな? 春也君が褒めるようになってから、伸びないと嘆いてた皆の技術も上がってきてるんだ」

「言葉1つで変だよな。いや、普段から気合だとか言ってるんだ。気の持ちようが結果を大きく左右するって証拠なのかもな。
 けど……智希だけは褒めるんじゃないぞ」

「わかってるよ。ベンチから希お姉さんを探すためだけに、双眼鏡を持ち込もうとする危険人物だからね。これ以上その方面で伸びられると手に負えなくなるよ」

 2人でチラリとその友人を見ると、露骨にブスっとしていた。

「解せん。双眼鏡の何が問題だと言うのだ」

「「サイン盗みをしてると思われるからだよ!」」

 いつになく綺麗に春也と晋悟の声が重なった。

   *

 練習試合でも問題なく勝利を得られるようになって、春也は部員たちの前で頭を下げた。

「俺だけが勝ちたい勝ちたいと焦って、皆の気持ちを考えてなかった。チームもだいぶギスギスしてたと思う。本当に悪かった」

「……僕たちも上手くできなくて、先輩の足を引っ張ってばかりだったから」

「いや、皆はきちんと努力してくれてた。勝手に暴走した俺が――」

「――まあ、いいんじゃないかな。お互いに考えるべきところがあったってだけで」

「そう、だな。皆がいいなら……」

 チームメイトが頷いてくれたことで、春也の気持ちも軽くなったようが気がした。いつの間にかあれほどしつこかったイライラも消えている。

「これからはもっと話し合う機会を増やすべきかもしれないね」

 晋悟がそう言ってくれたので、春也はすかさず右手を挙げた。

「それなら1つ皆の力を借りたいことがある。智希を真人間に――」

「「「無理です」」」

 続々と降参を表明する部員たちに、該当の1名は「俺ほどの真人間はいないのだが」と訝しげに顔を顰めた。
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