その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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孫たちの学生時代編

冬休みの勉強合宿、即戦力外の人もいましたが色々な人に教えてもらいました

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 部活を引退して修学旅行も終われば、中学3年生はいよいよ受験勉強一色になる。沙耶などは昨年から準備していたが、田舎から出て有名な進学校にでも入ろうとしない限りそこまでは必要にならない。

 息抜きと称して演劇部に通うのを襟首を掴まれて阻止され、泣く泣く参考書とにらめっこをする毎日。

 穂月が前に泣きを入れると、それを聞いた陽向は自分も通った道だと同情しながらも笑っていた。

「ほっちゃん、そこ間違ってますよ」

「おー」

 シャーペンのノック部分でこめかみをグリグリしながら、穂月は綺麗な鼻梁を歪めた。

 淡いクリーム色のセーターを着た沙耶が、人差し指で該当部分を示しながら教えてくれるもちんぷんかんぷんである。

「もうだめだー」

 両手を前に突き出して、穂月はテーブルに突っ伏した。部屋にある勉強机ではなく、一階から借りてきたテーブルを2つくっつけて皆で利用していた。

「ゆーちゃんもちょっと頭が痛くなってきたの」

「ですが休憩ばかりでは勉強合宿を開催した意味がありませんわ」

 眉間を指圧する悠里の隣で、気持ちはわかりますけれどもと凛が目を通していた参考書から顔を上げた。

「のぞちゃんさんも船を漕いでますし、しゃきっとするためにも外の空気を少し入れてみます?」

 部屋ではエアコンと小さなファンヒーターが稼働中だが、雪は少なくても冬の東北は寒い。今年も暖冬で真冬日は例年より減っているが、それでも暖房器具なしで過ごすのはほぼ不可能だ。

「りんりんが鬼みたいなこと言い出したの。胸に脂肪の塊がないゆーちゃんはすぐに凍死してしまうの」

 責めるように睨んだあとで、悠里がそっと長い睫毛を伏せる。

「自分で言って、自分でダメージを受けたの。お部屋にいるのになんだかとても寒いの」

「それってわたくしのせいなのですか?」

 若干引きながらも宥めてあげるところはとても凛らしく、毎度のこととはいえ微笑ましくもあった。

「しかしこのままではりんりんの言う通り受験勉強が捗りません。私1人では全員をカバーしきれませんし、何より甘えが出てしまうようです」

 ううんと唸ったあと、沙耶は名案を思い付いたとばかりに眼鏡の奥で瞳を輝かせた。

   *

「言いたいことはわかったが、明らかに人選を間違えてるぞ」

 穂月の部屋に召喚された実希子は、事情を聞くなり盛大に頬を痙攣させた。全従業員中もっとも似合っていると言われる制服の下で、何やらじっとりと嫌な汗でもかいているようだ。

「手が空いてる人がのぞちゃんママしかいなかったんだよ」

「いや、だからな? くう、頼みがあると言われて来てみれば……」

「でも南高校の卒業生だよね?」

「もちろんだ。卒業証書だって家に……多分まだあると思う」

「なんだか自信なさげですわね」

 そっと穂月から視線を逸らした実希子を、凛がジト目で見る。

 不穏な空気を察したのか希の母親は汗を飛ばしながらあれこれと言い訳を並べるが、周囲の視線はどんどん冷ややかになっていく。

「わかったよ! そこまで言うならアタシの実力を見せてやる!」

 ドカっと床で胡坐をかいた実希子が、どれどれと穂月の参考書を覗き込む。

「ほう、数学か。見てるだけで頭が痛くなってくるな」

「はわわ、案の定戦力外っぽい台詞を言い出したの」

 開いた手をわざとらしく口元に当てて目を丸めた悠里に、だから最初から言ってるだろと希の母親は唇を尖らせた。

「失礼ですが、よくそれで市内唯一の進学校に受かりましたわよね」

「……裏口入学」

 ガツンとショックを受ける凛に慌てて否定してみせてから、実希子が希に得意技のヘッドロックを決める。穂月も何度から食らった経験があるが、ほとんど力が入ってないので見た目ほど痛くはなかったりする。

「適当なこと言ってんな。アタシの威厳が下がっちまったらどうすんだ」

「……元からないから大丈夫」

「余計なことばっか言ってくれんのはこの口か!」

 希のぷにぷにほっぺを実希子は摘まんで左右に伸ばしつつ、

「裏口入学なんてアタシらの代から……そういや噂はあったような気が……あ、いや! アタシは普通に受験してっから! かなりギリギリだったっぽいけど」

「そうなの? どうしてギリギリだってわかったの? 受験って何点取ったかわからないんでしょ?」

「あー、アタシの場合は試験後の答え合わせで好美に予想してもらったはずだ。んでギリギリじゃねえかって話になってかなり焦ったんだけど、実はそんな心配いらなかったんだよ」

 穂月がまた「どうして?」と尋ねると、希の母親は大きな口を得意げに吊り上げた。

「当時のソフトボール部の監督から電話を貰ったんだよ。高校でもソフトボールをやるかって、んでやるって答えたら引っ張ってもらえたみたいでな」

 ナハハと笑う実希子に、穂月は頭をポンポンされる。

「だからお前らもそう心配いらないと思うぞ。何せ小学、中学と全国制覇してるんだ。まだ監督してる美由紀先輩が手ぐすね引いて待ってるはずだ」

 そこで穂月も「あ」と思い出す。

「そういえば県中央の学校から電話があったよ」

「「「え」」」

 沙耶と悠里と凛が揃って穂月を見る。

 いきなりの注目にきょとんとしつつも、

「一緒にソフトボールをやりませんかって言われたから、演劇の方がいいですって言ったらなんか凄い戸惑ってた」

「で、でしょうね……」

 なんだか瞼をヒクヒクさせる凛に代わって、いまだ事情を把握しきれていない穂月に沙耶が恐らくは推薦入学の誘いだと教えてくれた。

「ほっちゃんはエースですからね、ソフトボールに力を注いでいる高校なら目をつけていて当然です。残念ながら私にそう言った話はないですが……」

「りんりんは当然として、ゆーちゃんにもなかったの」

「何故、わたくしが当然に該当するのか詳しくお聞かせ願いたいですわね」

「あったの?」

 悠里の脇腹を擽ろうと企む凛にストレートに尋ねると、うっと言葉に詰まったあとでこっそり首を振って否定された。

「やっぱりゆーちゃんの言った通りなの。どれだけ打撃が凄くても、守備があそこまで壊滅的だとどこの学校も二の足を踏むの」

 勝ち誇る悠里と尚も食い下がろうとする凛を放置し、上体をテーブルに乗せた沙耶が穂月に顔を近づけた。

「それでその話は結局どうなったんですか?」

「途中でママに代わってなんだかよくわからないうちに終わったよ」

「ええと……」

 その時に電話していた声の主みたいに戸惑う沙耶に目をぱちくりさせていると、希がフリースに包まれた腰をツンツンとしてきた。

「……葉月ママと何か話した?」

「穂月はどこか行きたい高校はあるのって聞かれたから、皆と一緒って答えた」

 顔を傾けつつ、会話の内容を思い出し終えると、友人たちが揃って安堵の表情を浮かべていた。

「電話っていやあ、うちにも悪戯電話がかかってきてたな。お宅の娘さんの才能は本物だとか、是非育てさせてほしいとか薄気味悪いこと言ってたからお断りだっつって切ってやったけどな!」

「……駄目だ、この母親。早くなんとかしないと……」

「え!? 何で希は母ちゃんをそんな冷たい目で見てんだ!? っつーか、沙耶たちもかよ!? 泣くぞ!? うわあああ、好美ィ、穂月たちがアタシを虐めるううう」

   *

 事情を知った好美が穂月の部屋で実希子を正座させてお説教したあと、再び友人だけになって勉強を続けていたら、夜になって朱華と陽向が陣中見舞いにやってきた。

「お前らも大人しく、朱華先生の拷問――じゃなかった教えを受けとけよ」

「何やら聞き逃せない単語を口にされたみたいですけど、深くお聞きしてもよろしいですわよね?」

「やめとけ、りんりん。ハゲるぞ」

「ハゲ……!?」

「私を何だと思ってるのよ。厳しくしたのはまーたんがすぐサボって逃げようとするからでしょ」

「だからってテーブルと足首を縛って拘束するか、普通!?」

「まーたんママに心配させないように、きちんと私の部屋でやったでしょ」

「そういう問題じゃねえ! それにほとんど拉致監禁だったじゃねえか!」

「おかげで受かったのよね?」

「そうだよ、ちくしょう、ありがとうよ!」

「おー」

 半泣きでお礼を言う陽向を見て、穂月はこっそり自分だけ朱華から距離を取ろうとする。

 すぐに気づいた希が傍にピッタリくっついてきた。

「……逃げるならアタシも一緒」

「……おー」

 並んで女の子座りしたままちょこちょこと隙を見て移動し、後ろでにドアノブを回した瞬間だった。

「あれっ? 開かないよ?」

 その声に気付いて、朱華と陽向を注目していた友人たちが同じような動きでこちらを向いた。

「そんなこともあろうかと、部屋に入ったあとで荷物をドアの前に置いてもらったのよ。のぞちゃんママにね!」

「……後で必ず復讐する」

「はわわ、のぞちゃんの目が本気なの。恐ろしいことになりそうなの」

「というわけで私が連絡するまで解放されないから、しっかり受験対策しましょう。さっちゃんもしばらくは自分のことに集中してていいわよ」

 嬉しそうにする沙耶とは対照的に、穂月たちは陽向が朱華を恐れていた理由をまざまざと見せつけられて項垂れた。

「はっはっは、受験生は大変だな。俺は邪魔にならないようにこれで――」

「――待ちなさい」

 1人逃げようとしていた陽向が、パーカーのフードを朱華に掴まれた。

「まーたんも勉強していきなさい。この間の期末でも赤点だったしね。補習で部活を制限されたらシャレにならないのよ」

「いや、でも……」

「冬休みの宿題もまだでしょ? きちんと持ってきてあげてるから心配しないでいいわよ。さて、何か文句があるなら聞くけど?」

「いえ、ないです……」

   *

 翌朝になると部活があると朱華は陽向を引き連れて帰宅したが、穂月たちの受験勉強は終わらない。

 朝食を取ってからも皆でテーブルに向かい続けていると、子供の世話を祖父に預けてきたらしい叔母が様子を見に来てくれた。おかげで菜月リスペクトの凛は大張り切りである。

「受験生にとって冬休みはおもいきり追い込める最後の機会よ。大変だろうけれど頑張りなさい」

 沙耶や朱華の教え方も上手かったが、叔母はそれ以上だった。どうしてわからないかを的確に見抜き、理解しやすいように答えまで導いてくれるのである。

 穂月が理由を問うと、叔母はクスっとして、

「茉優や愛花で慣れているからよ」

「おー」

「穂月は覚え方が独特みたいだから、沙耶ちゃんは苦労してきたでしょうね」

「……はい」

 ようやく理解してくれる人と出会えたとばかりに、瞳を潤ませる沙耶。お世話になりまくりの穂月は、上手く教えを活かせてきていない事実に申し訳なさを覚える。

「でも南高校へは……いいえ、やめておきましょう。安心して勉強しなくなったら困るもの。必要最低限の点数は欲しいでしょうし」

 穂月はよくわからなかったが、沙耶だけは目に理解の色を湛えていた。

「要するに勉強を頑張りましょうということね。もうしばらくは私が見てあげるからわ」

「うん、ありがとう、菜月ちゃん!」

「どういたしまして」

 時折お喋りを混ぜつつも、穂月は叔母も加わった友人たちの勉強合宿で有意義な時間を過ごせたのだった。
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