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孫たちの学生時代編
姉のお手伝いは邪魔しないこと!? 春也たちは小山田家でお泊り会をしていました
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高木家にて穂月が勉強合宿をしている時、春也は小山田家にお邪魔中だった。他には晋悟もいる。要するに姉たちの受験勉強の邪魔にならないよう、こちらはこちらでお泊り会をするのだ。
日中は外で遊べもするが、夜になるとそうもいってられない。都会と違って専門のゲームセンターなどないし、結局は家で過ごすのが大半になる。
「僕たちも勉強する?」
「却下」
晋悟の提案を春也は一言で切って捨てた。
「教科書なんて開いたらすぐ寝ちまうだろうが。いや、もしかして俺を眠らせようと……? 晋悟、お前……」
「変な誤解しないでもらえるかな!? っていうかほとんど言いがかりだよね!? そもそも教科書見てどうしてすぐ眠るのかな!?」
「そういうもんだろ」
「違うと思うよ……」
ガックリと項垂れる晋悟。小声で3年後が怖いとか呟いているが、受験などまだ先の話なのだから気にする必要はない。
「で、智希はどこ行ったんだ?」
部屋の主は先ほどから退出し、しばらく戻ってきていなかった。春也はてっきりトイレだとばかり思っていたのだが。
どうやら晋悟にも思い当たる節はないらしく、無言で首を左右に振った。
「また変なことしてなきゃいいけどな」
「智希君は個性的だからな」
「素直に変人でいいと思うぞ。まあ、アイツに言ったところで、俺にとってはこれが普通で、むしろ貴様らの方が変なのだが? とか返ってくるだけだろうし」
声真似が似ていたのか、智希が吹き出した。床に置かれたお盆に乗っている小型のペットボトルが小さく揺れる。来る前にそれぞれが買ってきたもので、春也はスポーツドリンク、晋悟がお茶だった。
「しかし漫画すらねえんだから凄いよな」
勉強机とベッド。それが智希の部屋のすべてだった。
「まあ、驚くべきところは他にあるけどね。また増えてるし……」
「のぞねーちゃんの写真か。つーか、ポスターなんてどうやって自分で作るんだよ」
「印刷屋さんとかに頼んだのかな? ネットで調べれば早いだろうけど」
「パソコンもねえからな。それは俺もだけど」
高木家も小山田家もリビングに行けば家族共用のPCがある。まだスマホを持たない春也たちは、調べ物などがある時はそれを利用していた。
「……本当に戻ってこないね」
話がさらに一段落しても、部屋の主の影も形もない。さすがに不審に思っていると、足音が近づいてきた。
「ようやく戻ってきたか」
「でもこれって……」
「おいお前ら、飯だぞ……って、智希はどうした?」
ノックもせずにドアを全開にしたのは、智希の母親だった。同級生の男子には美人と評判で、中には憧れている奴もいるほどだ。その話を聞くたびに、春也はやめておけと忠告してやっていた。
「さっきから戻って来てないんだ。どこに行ったのかは俺たちも知らない」
「はあ? 家には3人で来たんだろ?」
ドアノブを片手で持ったまま、怪訝そうにする実希子に今度は晋悟がハキハキと答える。背筋を伸ばして正座している姿はまさに優等生だ。
「しばらくは部屋で話をしていて、それからふらりと立ち上がって部屋を出て行ったんです。希お姉さんに会えない不満は小さく言ってましたけど……」
「そうなのか? じゃあのぞねーちゃんに会いに行ったんだろ」
「でも、それだと穂月お姉さんの家から連絡が入ってると思うんだ」
「だな。それに玄関には智希の靴もあったぞ。
……ってことは、あのバカ」
はあと大きく息を吐いてから、目元を押さえた実希子はドアを開け放ったままで、今度は近くにある希の部屋へ入っていく。
「やっぱりここにいやがったのかよ! 何してやがんだ!」
「掃除に決まっているだろう」
春也たちも実希子に着いていくと、希の部屋のど真ん中で槍のように伸縮可能なコロコロを持った智希がいた。
「受験勉強で疲れて帰ってきたら、すぐに休めるように準備しておくのは弟の勤めだ」
「弟というか執事みたいだけど……」
「うむ、それも悪くないな。よし、俺の将来の就職先は姉さんの執事だ」
「誰が給料を払うんだ、誰が! ニート候補が2人に増えるだけじゃねえか!」
頭を抱えながらも、智希が姉の部屋に侵入したのをあまり問題にはしていないみたいだった。そのことに誰より晋悟が驚いている。
「僕がお姉さんの部屋に勝手に入っているのを見つかったりしたら、きっと半殺しにされると思う」
「あーねえちゃんは昔から厳しかったもんな。うちの姉ちゃんはあんま気にしねえな。知らないうちに俺の部屋で漫画読んでる時あるし」
春也も小山田家同様、自分の部屋に鍵をかけてはいなかった。家族も同様で誰が部屋に入っていても、特に怒られたりとかはない。
「智希の場合は別に何か盗むでもないし、普段から希の部屋を掃除したりしているからな」
「のぞねーちゃんも自分でやらないのか。うちのねーちゃんもよく部屋を片付けろってママに言われてるぞ」
「葉月もそのうち汚部屋になるんじゃないかって心配してたな。春也は意外と綺麗にしてるんだろ?」
「智希と同じで部屋にあんま物がないだけだけどな。ダンベルとかは物置にあるし」
話をしているうちに掃除を終えたのか、最後に部屋全体を見回した智希が満足そうに頷いた。
*
小山田家での夕食は焼き肉だった。家の中で鉄板を使ってジュージュー焼くので煙が凄いことになるが、気にする者はほとんどいない。
春也たちが泊まりに来ているので奮発したとかではなく、普段から肉が多いのである。高木家では祖母が栄養バランスをしっかり考えているが、小山田家はとにかくボリュームが多い。
とはいえ肉だけではなく野菜もあるのだが、キャベツの千切りがどんぶりに山盛り積まれていたりするので、初めて夕食に招待される人間は大抵度肝を抜かれるらしい。春也も晋悟もすでに慣れっこだが。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて言ってから、使い終わった食器を台所に持って行く。高木家を見習って全自動食器洗い機を導入しているので、きちんとセットしておいた。
「さすがに春也は慣れたもんだな。希にも見習わせたいよ」
「でものぞねーちゃんの分は智希がやってるんだろ?」
「そうなんだが……葉月のとこでは穂月に促されて自分でやったりしてるって聞いてるぞ」
「だから家では智希のママに甘えてるだけじゃないのか。のぞねーちゃんだって1人になったら……駄目だな、そのまま餓死する未来しか見えねえ」
「アタシもだ。そうならないためにうちの娘を頼むぞ!」
涙ながらに懇願されるも、その点はさほど心配ないように思える。
「のぞねーちゃんなら、うちの姉ちゃんに引っ付いてるだろ。で、智希がその世話をしてると」
「ありえそうな未来だから恐ろしいな」
半分白目を剥いて天井を見上げたあと、気を取り直したように実希子はこれからどうするのか聞いてきた。
「庭を少し貸してもらいたいんだけど。風呂入る前に日課の素振りをしたいんだ」
「そういや毎日秘密特訓してるらしいな。アタシがちょっと見てやるよ」
「智希ママはソフトボールの選手だったんだろ。とんでもなかったって話はパパとママから聞いてるけどさ」
「いいじゃねえか、ほら行くぞ」
自宅から持ってきていた愛用のバットを1回、2回といつも通りに振り込んでいく。その様子を智希の母親が楽しげに見ていた。
「懐かしいな。アタシもよくそこで素振りしてたもんだ」
「智希ママが? 意外だな。練習嫌いだとばかり思ってた」
「嫌いだったのは勉強だけだな。今日も日中に酷い目にあったぜ」
なんでも穂月に呼ばれて部屋へ行くと、受験勉強の指導役を任されたらしい。
「明らかな人選ミスじゃねえか」
「まったくだ」
渋りながらも意を決して挑んでみたが、案の定ロクに教えることもできずに逃走するはめになったそうである。
「穂月は子供の頃の葉月に輪をかけて突っ走る面があるな。それでいて小学校時代みたいに、ふとしたきっかけで繊細さを見せたりってとこも似てるか」
「そうなのか。うちじゃパパとママの昔話なんてあまり聞けないから新鮮だな」
「なんだったら葉月と和也の馴れ初めも教えてやるぞ。本人たちにとってはあまり良い思い出じゃないかもしれないけどな」
「ああ、パパがママを虐めてたってやつか」
「なんだよ、知ってたのか」
どこか拗ねたような智希の母親を横目で見つつ、土を踏みしめた勢いそのままに鋭くスイングする。
「前に素振り中にパパが教えてくれたんだよ。今でも後悔してるし、虐められた側もずっと残るんだって。誤魔化せはしても心の傷は絶対消えないから、虐めだけはするなって何度も言われてる」
「そうか……和也も父親してるんだな」
「智希ママのとこは違うのか?」
「うちは他人に何かするより、自分の世界に浸りたがるタイプだからな……」
好き好んで虐めに加担する性格でないのは確かなので、春也も苦笑しつつ同意しておく。
「だから春也や穂月みたいに、離れずに友達でいてくれる奴らは有難いんだ。お前らが間に入ってなけりゃ、クラスメートともろくに交流できてなかったろうしな」
「のぞねーちゃんは知らないけど、智希はそうでもないだろ。なんだかやたら女子にモテてるし。たびたびドン引きされてるけど」
「智希だからな……」
「そうだな、智希だもんな」
2人で納得したあとで、智希の母親は空に浮かぶ月のように綺麗な笑みを浮かべた。
「いつもありがとうな、これからも智希の友達でいてやってくれ」
「当たり前だろ。それに智希は言うほど自分勝手でもないぞ。俺がガキみたいにイライラしてた時でも見捨てないで付き合ってくれてたからな。たまに発作起こして、のぞねーちゃんに会いに行こうと学校を脱走しかけるけど」
「それを言わないでくれ……そのたびに学校から電話が来るんだ。あ、そういや柚が産休からそろそろ復帰するんだったな」
「そうなのか?」
「祐子先生と一緒にお前らを見送りたいそうだ。贔屓になっちまうかもしれないが、アタシらの子供の卒業だからな。きっと感慨深いんだろう」
「俺にはよくわからないけど、柚先生と卒業前に学校で会えるのは嬉しいかもな」
そう言って素振りを切り上げると、春也も智希の母親に負けないくらいの笑みを浮かべ返した。
*
翌日は智希の提案で受験を控えた姉たちのためにお守りを買いに出かけた。
帰るなり姉の部屋にお邪魔して全員で手渡すと、皆が笑顔で喜んでくれた。
日中は外で遊べもするが、夜になるとそうもいってられない。都会と違って専門のゲームセンターなどないし、結局は家で過ごすのが大半になる。
「僕たちも勉強する?」
「却下」
晋悟の提案を春也は一言で切って捨てた。
「教科書なんて開いたらすぐ寝ちまうだろうが。いや、もしかして俺を眠らせようと……? 晋悟、お前……」
「変な誤解しないでもらえるかな!? っていうかほとんど言いがかりだよね!? そもそも教科書見てどうしてすぐ眠るのかな!?」
「そういうもんだろ」
「違うと思うよ……」
ガックリと項垂れる晋悟。小声で3年後が怖いとか呟いているが、受験などまだ先の話なのだから気にする必要はない。
「で、智希はどこ行ったんだ?」
部屋の主は先ほどから退出し、しばらく戻ってきていなかった。春也はてっきりトイレだとばかり思っていたのだが。
どうやら晋悟にも思い当たる節はないらしく、無言で首を左右に振った。
「また変なことしてなきゃいいけどな」
「智希君は個性的だからな」
「素直に変人でいいと思うぞ。まあ、アイツに言ったところで、俺にとってはこれが普通で、むしろ貴様らの方が変なのだが? とか返ってくるだけだろうし」
声真似が似ていたのか、智希が吹き出した。床に置かれたお盆に乗っている小型のペットボトルが小さく揺れる。来る前にそれぞれが買ってきたもので、春也はスポーツドリンク、晋悟がお茶だった。
「しかし漫画すらねえんだから凄いよな」
勉強机とベッド。それが智希の部屋のすべてだった。
「まあ、驚くべきところは他にあるけどね。また増えてるし……」
「のぞねーちゃんの写真か。つーか、ポスターなんてどうやって自分で作るんだよ」
「印刷屋さんとかに頼んだのかな? ネットで調べれば早いだろうけど」
「パソコンもねえからな。それは俺もだけど」
高木家も小山田家もリビングに行けば家族共用のPCがある。まだスマホを持たない春也たちは、調べ物などがある時はそれを利用していた。
「……本当に戻ってこないね」
話がさらに一段落しても、部屋の主の影も形もない。さすがに不審に思っていると、足音が近づいてきた。
「ようやく戻ってきたか」
「でもこれって……」
「おいお前ら、飯だぞ……って、智希はどうした?」
ノックもせずにドアを全開にしたのは、智希の母親だった。同級生の男子には美人と評判で、中には憧れている奴もいるほどだ。その話を聞くたびに、春也はやめておけと忠告してやっていた。
「さっきから戻って来てないんだ。どこに行ったのかは俺たちも知らない」
「はあ? 家には3人で来たんだろ?」
ドアノブを片手で持ったまま、怪訝そうにする実希子に今度は晋悟がハキハキと答える。背筋を伸ばして正座している姿はまさに優等生だ。
「しばらくは部屋で話をしていて、それからふらりと立ち上がって部屋を出て行ったんです。希お姉さんに会えない不満は小さく言ってましたけど……」
「そうなのか? じゃあのぞねーちゃんに会いに行ったんだろ」
「でも、それだと穂月お姉さんの家から連絡が入ってると思うんだ」
「だな。それに玄関には智希の靴もあったぞ。
……ってことは、あのバカ」
はあと大きく息を吐いてから、目元を押さえた実希子はドアを開け放ったままで、今度は近くにある希の部屋へ入っていく。
「やっぱりここにいやがったのかよ! 何してやがんだ!」
「掃除に決まっているだろう」
春也たちも実希子に着いていくと、希の部屋のど真ん中で槍のように伸縮可能なコロコロを持った智希がいた。
「受験勉強で疲れて帰ってきたら、すぐに休めるように準備しておくのは弟の勤めだ」
「弟というか執事みたいだけど……」
「うむ、それも悪くないな。よし、俺の将来の就職先は姉さんの執事だ」
「誰が給料を払うんだ、誰が! ニート候補が2人に増えるだけじゃねえか!」
頭を抱えながらも、智希が姉の部屋に侵入したのをあまり問題にはしていないみたいだった。そのことに誰より晋悟が驚いている。
「僕がお姉さんの部屋に勝手に入っているのを見つかったりしたら、きっと半殺しにされると思う」
「あーねえちゃんは昔から厳しかったもんな。うちの姉ちゃんはあんま気にしねえな。知らないうちに俺の部屋で漫画読んでる時あるし」
春也も小山田家同様、自分の部屋に鍵をかけてはいなかった。家族も同様で誰が部屋に入っていても、特に怒られたりとかはない。
「智希の場合は別に何か盗むでもないし、普段から希の部屋を掃除したりしているからな」
「のぞねーちゃんも自分でやらないのか。うちのねーちゃんもよく部屋を片付けろってママに言われてるぞ」
「葉月もそのうち汚部屋になるんじゃないかって心配してたな。春也は意外と綺麗にしてるんだろ?」
「智希と同じで部屋にあんま物がないだけだけどな。ダンベルとかは物置にあるし」
話をしているうちに掃除を終えたのか、最後に部屋全体を見回した智希が満足そうに頷いた。
*
小山田家での夕食は焼き肉だった。家の中で鉄板を使ってジュージュー焼くので煙が凄いことになるが、気にする者はほとんどいない。
春也たちが泊まりに来ているので奮発したとかではなく、普段から肉が多いのである。高木家では祖母が栄養バランスをしっかり考えているが、小山田家はとにかくボリュームが多い。
とはいえ肉だけではなく野菜もあるのだが、キャベツの千切りがどんぶりに山盛り積まれていたりするので、初めて夕食に招待される人間は大抵度肝を抜かれるらしい。春也も晋悟もすでに慣れっこだが。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて言ってから、使い終わった食器を台所に持って行く。高木家を見習って全自動食器洗い機を導入しているので、きちんとセットしておいた。
「さすがに春也は慣れたもんだな。希にも見習わせたいよ」
「でものぞねーちゃんの分は智希がやってるんだろ?」
「そうなんだが……葉月のとこでは穂月に促されて自分でやったりしてるって聞いてるぞ」
「だから家では智希のママに甘えてるだけじゃないのか。のぞねーちゃんだって1人になったら……駄目だな、そのまま餓死する未来しか見えねえ」
「アタシもだ。そうならないためにうちの娘を頼むぞ!」
涙ながらに懇願されるも、その点はさほど心配ないように思える。
「のぞねーちゃんなら、うちの姉ちゃんに引っ付いてるだろ。で、智希がその世話をしてると」
「ありえそうな未来だから恐ろしいな」
半分白目を剥いて天井を見上げたあと、気を取り直したように実希子はこれからどうするのか聞いてきた。
「庭を少し貸してもらいたいんだけど。風呂入る前に日課の素振りをしたいんだ」
「そういや毎日秘密特訓してるらしいな。アタシがちょっと見てやるよ」
「智希ママはソフトボールの選手だったんだろ。とんでもなかったって話はパパとママから聞いてるけどさ」
「いいじゃねえか、ほら行くぞ」
自宅から持ってきていた愛用のバットを1回、2回といつも通りに振り込んでいく。その様子を智希の母親が楽しげに見ていた。
「懐かしいな。アタシもよくそこで素振りしてたもんだ」
「智希ママが? 意外だな。練習嫌いだとばかり思ってた」
「嫌いだったのは勉強だけだな。今日も日中に酷い目にあったぜ」
なんでも穂月に呼ばれて部屋へ行くと、受験勉強の指導役を任されたらしい。
「明らかな人選ミスじゃねえか」
「まったくだ」
渋りながらも意を決して挑んでみたが、案の定ロクに教えることもできずに逃走するはめになったそうである。
「穂月は子供の頃の葉月に輪をかけて突っ走る面があるな。それでいて小学校時代みたいに、ふとしたきっかけで繊細さを見せたりってとこも似てるか」
「そうなのか。うちじゃパパとママの昔話なんてあまり聞けないから新鮮だな」
「なんだったら葉月と和也の馴れ初めも教えてやるぞ。本人たちにとってはあまり良い思い出じゃないかもしれないけどな」
「ああ、パパがママを虐めてたってやつか」
「なんだよ、知ってたのか」
どこか拗ねたような智希の母親を横目で見つつ、土を踏みしめた勢いそのままに鋭くスイングする。
「前に素振り中にパパが教えてくれたんだよ。今でも後悔してるし、虐められた側もずっと残るんだって。誤魔化せはしても心の傷は絶対消えないから、虐めだけはするなって何度も言われてる」
「そうか……和也も父親してるんだな」
「智希ママのとこは違うのか?」
「うちは他人に何かするより、自分の世界に浸りたがるタイプだからな……」
好き好んで虐めに加担する性格でないのは確かなので、春也も苦笑しつつ同意しておく。
「だから春也や穂月みたいに、離れずに友達でいてくれる奴らは有難いんだ。お前らが間に入ってなけりゃ、クラスメートともろくに交流できてなかったろうしな」
「のぞねーちゃんは知らないけど、智希はそうでもないだろ。なんだかやたら女子にモテてるし。たびたびドン引きされてるけど」
「智希だからな……」
「そうだな、智希だもんな」
2人で納得したあとで、智希の母親は空に浮かぶ月のように綺麗な笑みを浮かべた。
「いつもありがとうな、これからも智希の友達でいてやってくれ」
「当たり前だろ。それに智希は言うほど自分勝手でもないぞ。俺がガキみたいにイライラしてた時でも見捨てないで付き合ってくれてたからな。たまに発作起こして、のぞねーちゃんに会いに行こうと学校を脱走しかけるけど」
「それを言わないでくれ……そのたびに学校から電話が来るんだ。あ、そういや柚が産休からそろそろ復帰するんだったな」
「そうなのか?」
「祐子先生と一緒にお前らを見送りたいそうだ。贔屓になっちまうかもしれないが、アタシらの子供の卒業だからな。きっと感慨深いんだろう」
「俺にはよくわからないけど、柚先生と卒業前に学校で会えるのは嬉しいかもな」
そう言って素振りを切り上げると、春也も智希の母親に負けないくらいの笑みを浮かべ返した。
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