その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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さらに孫たちの学生時代編

穂月の新担任は予想通りのあの人ですが、そこまで鯖を読むのは予想外でした

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 道順は知っていても、新鮮に感じられる通学路を真新しい制服で歩く。それだけで穂月の気分は高揚する。仲の良い友人も一緒なら尚更だ。中学校よりも距離があるので入学後は自転車通学か、もしくはバスを利用することになるが。

「良い天気……にはなってくれませんでしたね」

 苦笑する沙耶の踏み出しに合わせて、濡れた路面が泣くように鳴る。しとしとと降る雨は春なのに肌寒く感じられ、たまらず上着を羽織りたくなったほどだ。

「でも穂月は雨の日も好きだよ。普段と違った匂いもするし」

 緑が濡れたようなとでも言えばいいのか、表現するのは難しいが独特の香りが雨音を縫うように鼻先まで漂ってくる。それを思い切り吸って腕を伸ばそうとすれば――。

「ほっちゃん、のぞちゃんが押し出されてしまいます」

「おー」

 希の肩が濡れそうになって、すかさず沙耶に注意された。自分で持つのが面倒らしい希は、雨が降れば決まって穂月の傘にお邪魔する。幼稚園の頃からの慣習みたいなもので、今では逆に隣にいないと落ち着かない気分になる。

「雨の日に風情があるのは確かだけど、なんだか不吉な予感もするの」

 何故か羨ましそうに穂月の方を見ていた悠里が、お気に入りのピンクの傘で雨を防ぎながらチラリと凛を見上げた。

「いきなり不穏なことを言い出した挙句、わたくしを見ないでいただけますか?」

 背の低さを気にしている悠里を傷つけまいと、見下ろしすぎないように気を遣いつつも、またからかわれるのだろうと笑顔が引き攣りかけている。

「でも大体、何かある時はりんりんなの。きっと今日も1人だけ別クラスになるに違いないの。顔しか知らない人が多くてゴリラ笑いを披露して、入学式後には泣きながらゆーちゃんたちのクラスに来てるの」

「あり得そうな想像はおやめくださるとありがたいですわ……」

 どうやら気にしていたらしく、凛は俯いて胃のあたりをさすりだす。

「はわわ、緊張を解すつもりがとどめを刺したらしいの。全国大会の決勝でもここまでではなかったのに、とんだ大誤算なの」

「大丈夫だよ、りんりん。別々のクラスになっても遊びに行くし」

「ありがとうございます、ほっちゃんさん。クラスが分かれる前提なのは気になりますけれど」

「おー……なんだかまたブルーになっちゃった」

 励ますように背中を撫でであげると、僅かながらも凛が微笑んでくれる。

「気を遣わせてしまって申し訳ありません。新しい環境に身を置く時は順調に慣れられるかどうしてもナイーブになってしまいますの」

「それは私もです。気にしないのはのぞちゃんくらいです」

 一緒になって励ます沙耶にもお礼を言いつつ、しかし凛は大きなため息をつく。

「もっと気楽に溶け込めるようになるといいのですけれど……」

「そんなことならゆーちゃんが簡単な答えを教えてあげるの」

「本当ですか!? 是非、知りたいですわ!」

 勢い込んで顔を覗き込む凛に、悠里はニヤリとして、

「お嬢様言葉を止めて大人しくしてるといいの。そうすれば見た目はそれなりだから、きっと皆が優しくしてくれるの」

「それだけはできませんわ! わたくしは貴族! 望まぬ慣れ合いよりも名誉ある孤立を選びますわ!」

「おー」

 葉月がパチパチと手を慣らすと、隣にもたれかかっていた友人が目を瞑りながら口を開いた。

「……高校でも貴族キャラを続けるんだ」

「キャラではありませんわ! たまに会話に参加しては、さりげなく人の心を抉るのはお許し願いたいですわ!」

「お嬢様言葉も我流なのに、キャラ指摘を否定するとは片腹痛いの」

「うぐっ……そ、そこまで言うならゆーちゃんさんはどうなのですか!」

「ゆーちゃんは誰に何を言われたところで気にしないの。幼稚園で初めて会った時にほっちゃんが可愛らしくて大好きと喜んでくれた口調なの」

「……おー」

「……この反応は覚えておりませんでしたわね」

「うう……りんりんのせいで朝から精神に大きなダメージを喰らってしまったの」

「それは大変申し訳――って、最初に不穏な言動をし始めたのはゆーちゃんさんでしたわよね!?」

 そんな風にいつも通りワイワイ騒ぐうちに、気がつけばこれから3年間生活をすることになる校舎が見えてきた。

   *

「入学おめでとう。私が皆の担任になる高山美由紀よ。聞かれる前に答えるけど、30歳よ」

「おー?」

 首を傾げる穂月に、後ろから悠里が小声で話しかけてくる。美由紀が何かしたのか、凛も含めて全員が目出度く同じクラスになっていた。

「さらっと一回り以上も鯖を読んだの。不思議そうにしている生徒もいるのに、そのまま押し通そうとしてるの」

「それならきっと本当に30歳なんだよ! 今年で46歳になるママの先輩だって言ってたから、きっと若返りの秘薬か何かを使ったんだよ!」

「その可能性は考えてなかったの! つまり先生は魔女だったの! きっと学校で働いているのも若いエキスを吸うためなの!」

「そうできたらいいんだけど、生憎と無理なのよね。誰か方法を開発したら教えてくれないかしら」

 教卓に手を置き、真顔で教え子を見渡す美由紀は本気だった。

「柚先生や芽衣先生と違って、とんでもない強敵なの」

「そんなことより入学式が始まるから廊下に並んでちょうだい。あ、男女間の私語は禁止よ、破ったら容赦なくお仕置きするからそのつもりで」

 全員を教室から追い出そうとして、美由紀がふと急かすように叩いていた手を止める。視線の先にいるのは、遠慮なく机に突っ伏している希だった。

 いきなり怒られるかと特に沙耶が身構える中、女担任はどこか感心するように腕を組み、

「男に目もくれずに惰眠を貪るとはさすが実希子ちゃんの娘ね。皆もよく見ておきなさい。これが正しい高校の過ごし方よ」

「「「えぇ……」」」

 数多くの生徒が戸惑いの声を上げる中、穂月はいつも通りに友人の頬をぺしぺし叩いて起こすのだった。

   *

 小学校、中学校に続いて3回目ともなれば入学式にも慣れてくる。基本的には偉い人の話を聞くだけで、大きな差はないからだ。それでも他の中学校に通っていた昔の友人を体育館で見つけると、懐かしくも嬉しい気持ちになる。

「ゆーちゃん、向こうにちーちゃんとかもいたよ」

「うう……皆、小学校の頃より成長してるの……」

「大丈夫だよ、ゆーちゃんもちゃんと大きくなってるよ」

 ネガティブモードに入っている時は、手をぎゅっとしてあげると大抵直るので今回もそうしてあげる。穂月と悠里の間に挟まれている女生徒は不思議そうな、それでいて微笑ましそうにしていたが。

 そして生徒会長として挨拶するために壇上へ上がったのは、昨年から就任したと教えてくれていた朱華だった。高校でも教師や生徒からの信頼も厚いらしく、ソフトボール部でも主将を務めている。昨秋の新人戦ではあと1歩のところで東北大会に届かず、春こそはと正月から気合を入れていた。

「これから一緒に素敵な高校生活を送りましょう」

 最後に自分の名前を述べて一礼する朱華。あまりにも堂々とした振る舞いに、男女問わずに尊敬の声が上がる。中には頬を染めている生徒もいるほどだ。穂月たちのクラスでも、朱華に憧れている沙耶がどこかうっとりしていた。

   *

 式に参加していた保護者も一緒に戻った教室で、改めて美由紀がこのクラスを担当すると自己紹介した。

「何度も言うけど、30歳よ。異論は認めないわ」

「保護者がいるからまともにするかと思いきや、こいつはとんでもない担任なの。波乱の幕開けというやつなの」

 悠里の毒舌も何のそのの美由紀は、教室の後ろで並んで見学中の実希子らが愕然としているのも気にした様子はなかった。

「ちなみに独身よ。皆とは年がさほど離れてないから、お姉さんだと思って気軽に接してね」

「おいおい、獲物を狙うハンターみたいな目になってんぞ」

「きっと柚ちゃんの件があって、余裕がなくなってるんだよ」

「あら? 保護者の方々は私語を謹んでくださいね、ウフフ」

 睨まれた穂月と希の母親が慌てて口を閉じる。その様子を眺めていると、恐れを知らないクラスメートの誰かが「でも本当はいくつなんだろ」と呟いた。

「朝も言ったけど、穂月のママが今年で46で、1つ上だって言ってたから今年で47だよ。でも今は30歳だから、17も若返ってるんだよ! もうアニメも真っ青の偉業だよ! 皆で称えるんだよ!」

 盛大に拍手する穂月に続いて、パラパラと戸惑いながらも追随するクラスメートたち。どうやらノリがいい子が多いらしく、高校生活がより楽しみになる。

 突然年齢を暴露された母親とは対照的に、女担任は一切動じずに笑みを深くする。

「穂月ちゃんの言う通り、情熱があれば何でもできるのよ。だから皆も純粋であろうがなかろうが異性交遊などに現を抜かさず、高校生としての3年間を楽しんで。いい? 重要なことだからもう1回言うけど、異性との交遊は禁止よ。仮に校則で認めていたとしても、私が許可しないのでそのつもりで。あ、でも美人教師に憧れを抱くのは止めないわ。当たり前のことだものね」

「そこまでいくとセクハラを通り越してただのギャグなの」

「おー、つまり笑えばいいんだね! アハハ!」

「楽しんでもらえて嬉しいわ。それに2人とも、とっても指導のしがいがありそうだしね、ウフフ」

「ひいっ、猛禽類のような目つきに変わったの! これからしばらくはりんりんを盾にして過ごすのっ」

「いきなりわたくしを巻き込まないでくださいませ!」

 穂月と悠里に凛も加わって教室内はよりカオスな状況になったが、小学校、中学校の時と同様にクラスメートから真っ先に名前を覚えてもらえたのだった。
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