その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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孫たちの学生時代編

好きって何だろう? 春也が気付いた好きの正体とその相手

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「ついに俺たちも卒業かー」

 真新しい中学校の制服に身を包み、春也は6年間通い慣れた道を歩く。最初の頃は姉に手を引かれていたのを思い出し、なんだか擽ったいような恥ずかしいような気持ちになる。

 両隣を歩く友人たちもきっと同じ気持ちだろうと、それぞれの横顔を確認してみる。

「小学校は6年あるからね。長いと感じるのも当然だよ。それでも終わってみればあっという間だった気もするけどね」

 通学路を歩く他の卒業生同様に、晋悟は感慨深そうにしていた。

 そしてもう1人は――。

「長すぎだ。おかげで姉さんと一緒の中学校生活ができなかっただろうが。それに何故、中学校を飛ばして高校を受験できないんだ!」

 春也まで音が聞こえそうな歯軋りをしていた。

「決まりなんだからしょうがねえだろ。それに今から受けられたとしても――智希なら合格しそうだな」

「……僕もそんな予感がするんだよね」

「のぞねーちゃんを手伝うからって受験対策はバッチリだったしな。その分、手を抜いてた学校の成績は俺と変わんないくらいだったけどな」

「せめて半分でも興味を示してくれたら、僕もテスト前に苦労しなくても済むんだけどね」

 そんな性格でないのは、春也も晋悟もよくわかっていた。

「智希やのぞねーちゃんが優等生になったら、智希ママ、鼻血でも出してぶっ倒れるんじゃないか」

「あり得そうだね、歓喜か驚愕かは不明だけど」

「くだらんな。1度しかない人生で他人の目を気にしてどうする。どう思われようが、自分のしたいことをした方が勝ちではないか」

「……智希って、たまに俺らと同い年に思えないことを言うよな」

 人生哲学みたいなのを語りだした友人を、感心とも呆れともつかない眼で見つめつつ、教室までの道のりをいつもと変わらないように歩いた。

   *

 在校生として卒業生を見送ってきた経験もあり、式がどのようなものなのかは把握していた。予行練習も何度もしているので、本番になって戸惑う生徒はいない。ただし感動という面ではまるっきり違った。

「柚先生っ!」

 いまだ産休中の柚は、新学期から復帰する予定になっていた。それゆえに今日の卒業式までは代理の祐子が担当してくれるはずだったのだが、かねてから見送りたいとの言葉通りに姿を現したのだ。

「落ち着いて、今日までは祐子先生が皆の担任なんだから」

 素直に返事をしつつも、特に女子がそわそわしている。久しぶりに会えて嬉しいのかと思いきや、その中の1人が理由を質問という形で判明させた。

「赤ちゃんは一緒じゃないんですか?」

「皆にも見せてあげたかったんだけど、人が大勢くるからお友達に預けてきたの」

 赤子を見たがった児童は残念そうにしているが、春也たちはすでに何度も見せてもらっていたのであまり感情を分かち合えなかった。それよりもお友達という言葉の方に反応する。

「今のって絶対ムーンリーフだよな」

 少し離れた席にいる晋悟へと、口に手を当てて声を届かせる。

「きっと好美さんが面倒見てるんだろうね」

「子供好きだしな。菜月ちゃんはまた2号店にかかりきりになってるし」

 叔母も柚とほぼ同時期に出産したのだが、すでに仕事に復帰している。その際の赤ん坊の世話はムーンリーフで母親やら祖母やらが担っていた。話題にしていた好美だけでなく、関係者全員が子供好きなのもあって誰も嫌がったりしていないみたいだった。

「短い間だったけど、教師生活の最後に皆と出会えて幸せでした」

「えっ、祐子先生って、先生を辞めちゃうの?」

「もう歳だからね」

 そう言いつつも、祐子が見せたのは年齢を感じさせない可愛らしい笑顔だった。どこか晴れやかでもあり、春の日差しを身に受けているような気持ちにしてくれる。

「多少あった心残りもおかげで綺麗さっぱり解消できたし、私も皆と一緒に卒業かな」

「おめでとー」

 春也の声がやたら大きく教室に響いた。他の生徒がどう反応したらいいのかと固まっていたせいだろう。

「何だよ? 卒業するんならお目出度いことだろ。なら祝うのが当然じゃないか」

 春也が肩を竦めると、きょとんとしていた祐子が破顔した。

「本当にその通りね。春也君、ありがとう。そして皆も卒業おめでとう!」

 その後の柚の挨拶も経て臨んだ卒業式は、練習の時はあれだけ長く感じていたのにあっという間に終わった。

   *

「あ、あの、春也君、話があるんだけど……」

 春也が通うのとは別の中学校の制服を着た女子が、頬を赤らめながら声をかけてきた。すぐ後ろには他の女子もいて、何やら真面目な顔で励ましている。

「何だ?」

「で、できればその、他に誰もいないところで……」

「構わねえけど、ちょっと待ってくれ。晋悟や智希に――って2人もなんか話しかけられてんな」

 邪魔をしては悪いと思い、春也は先に女子の話とやらを聞くことにする。

 連れ立って歩き、体育館の裏手あたりでその女の子はようやく足を止めた。

「あ、あのね、わ、私、その、春也君のことが……す、好き、なの」

 よほど緊張していたのか、途中途中で言葉に詰まりながらもなんとか言い終えると、瞳に涙を滲ませて見上げてきた。

 小学生でも高学年になると、誰と誰が付き合ってるだのといった話はちらほらと聞こえてくる。それほど多くもないが、そうした連中は大人だの何だのと言われて一目置かれる。春也たちは野球部に全力だったのと、たいして興味もなかったのであまり気にしていなかったが。

 それでも春也の何が良かったのか、学校生活で異性から想いを告げられたのは1度や2度ではなかった。そのたびに同じ疑問を抱きつつも、断ってきた。

 そしてそれは今回も変わらない。

「悪いけどさ、俺はその好きってやつがよくわからないんだ」

 その人のことを考えるだけで胸がドキドキする。ずっと一緒にいたい等々、母親を含めた大人にも聞いてみたことはあるが、回答はまちまちだった。どれもが春也にはピンとこず、現在に至っているのだが。

「だから断らせてくれ」

 真摯に頭を下げると、春也はすぐに女子に背中を向ける。予想通りに嗚咽が聞こえてくる。この瞬間がとても苦手だった。だからといって避けるためだけに、好きかどうかもわからない子と付き合うという気にもなれなかった。

   *

 春也が教室に戻ると、智希と晋悟が待ってくれていた。友人2人も女子から告白されたらしかった。

 卒業式後の恒例の昼食会を終え、3人で帰り道を歩く。そこで春也はふと先ほどの疑問を口にする。

「好きって何なんだろうな」

 女子から告白されるたびに言っているので、今回も明確な答えが得られるなんて期待していない。ただなんとなく言いたかっただけだった。

「難しいよね。お姉さんなんかはその時がくればわかるなんて笑ってたけど、そのお姉さんにも恋人はいないし……ソフトボール部の監督が厳しいからなんて言い訳してたけど……あっ、このことは本人に伝えたりしないでよ!?」

 相変わらず実姉に弱い晋悟は、春也に縋るように頼んできた。密告するのも面白そうなのだが、下手に矛先が自分に向くと大変な事態になる。朱華が怖いのは一緒なのだ。

「いつかわかるねえ……誰に聞いてもわかんねえから困ってんだけどな」

 春也がため息をつくと、智希が不思議そうな顔で見てきた。

「前から思ってたんだが、どうして貴様は好きという感情を言葉で知ろうとするんだ?」

「は? 何を言ってんだ、お前」

「好きは好きなんだから、理由も意味も必要ないだろう。ましてやそれがどんなものか知ろうとしたところで、好きになってないのならわかるはずもない。そんなことを考えてる暇があるなら、自分の心に問いかけてみるといい」

「……さすが実希子お母さんの子供って言うべきなのかな。僕もよくしっかりしてるなんて言われるけど……智希君、本当に12歳?」

 晋悟までもが唖然とする中、春也は1人で貰った助言の意味を考えていた。

   *

 卒業後の春休みに1人で近所を散策していると、今でもたまに利用する公園で女性がリフティングをしていた。ポニーテールにまとめた髪が跳ねるたび、ただでさえ綺麗な茶色が太陽に反射して輝いて見えた。

 ああ、そうかと春也は直感的に理解した。卒業式の帰り道、智希が言っていたことは正しかったのだと。

「まーねえちゃん!」

 女性の名前を呼びながら駆け出す。すぐにこちらに気付いたようで、笑顔で手を振り返してくれた。

「春休みに何してんだよ」

「見ればわかるだろ、運動してんだよ」

「1人でか? 友達を誘えばいいだろ」

「たまたま皆忙しかっただけだし!? 俺に友達がいないわけじゃないからな!?」

 必死に言い訳じみた理由を口にしては、ドツボに嵌まっていく陽向。外見が不良にしか見えないので誤解されやすいが、親しく付き合ってみれば根が寂しがり屋の甘えん坊というのもわかってくる。

 そんな陽向に幼少時から春也は懐き、そして――。

「別に同年代に友達なんていなくていいだろ、うちの姉ちゃんたちがいるんだし。それに俺もいるしな」

「……フン、生意気言うようになったじゃねえか。小学校を卒業したてのガキが。うりうりうり」

 ニヤリとしては春也の頬を小突いてくる。昔からのじゃれ合いはとても心地良く、春の暖かさにも匹敵する。

 だから春也は素直に失いたくないとも思う。

「なあ、まーねえちゃん」

「何だ? 遊んでほしいのか?」

「じゃなくて、俺と付き合ってくれ」

「……? 要するに遊んで欲しいんだろ?」

「違うってば。俺さ、まーねえちゃんのこと好きなんだよ」

「……だから遊んで欲しいんだろ?」

 まったく話が通じず、春也は思わず頭を抱えてしまう。

 そこで様子が変だと気付いたのか、改めて陽向は受け取った言葉の意味を考え出したようで、

「えっ、おい、まさか付き合ってって、恋人になれってことか?」

 顔を赤く……はしなかったが、突然の事態に唖然とした。

「なんかそう言われるとすげえ照れるけど、そうだ」

「冗談だろ? お前、小学生……もうちょっとで中学生になんのか……でも、さすがにないだろ」

「何でだよ! 俺は本気だぞ!」

「はいはい、わかったわかった。お前に色恋沙汰は5,6年は早えよ」

「つまり5,6年したら付き合ってくれんのか?」

「どうしたらそんな風に――いや、そうだな」

 考えるそぶりをしてから、陽向はニヤリとする。

「その時まで今と想いが変わらなかったらな。あと俺に彼氏が出来てなかったらだ!」

「よし、わかった。俺はずっと好きだし、まーねえちゃんには彼氏どころか新しい友達もできないだろうから、楽しみに待ってるぜ」

「はあ!? 友達も彼氏も余裕だし!? つーかお前だって中学校で新しい女子と会えば、そっちの方が良くなるさ」

「そうは思えないけどな。ま、答えはその5,6年後にわかるだろ」

 その日を夢見て、春也はさらに野球を頑張ろうと決める。そうすればきっと、大好きな女性に相応しい男になれていると信じて。
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