その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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さらに孫たちの学生時代編

借物競争は血とパンツ祭り!? 春也は心労の絶えない晋悟のおかげで中間テストも乗り切ります

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 運動会といえば運動部が主役となる。もちろんどこかの部活に所属するよう定められている中学校では、体育会系を嫌いながらも運動神経の良い文化部員が混ざっていたりもするが。

 けれどやはり野球部や陸上部、さらにはサッカー部といったところが各クラスの代表選手になりやすい。

 そしてそれは春也たちも変わらず、100メートル走で1着になるなり、クラスの待機場所から大きな歓声が上がった。

 ゴールしたばかりの春也が高々と右手を上げると、ますます――特に女子が――大騒ぎになる。

「なんだ、智希も1位取ったのに、嬉しそうじゃないな」

 得点を管理するためか、着順に応じて列を作っているのだが、かなり前方にいた友人はクラスメートと喜ぶでもなく、ぶすっとしていた。

「当たり前だ。姉さんのいない運動会などに何の価値がある」

「クラスの役には立てるだろ」

 少し考えてから口にしてみた春也の回答を、智希は「くだらんな」と一笑した。

「姉さんのいないクラスに何の価値がある」

「でもこの世界にのぞねーちゃんはいるだろ」

「いきなり何を言い出した。貴様、頭は大丈夫か」

「おう、お前よりはな。で、だ。のぞねーちゃんがいる世界にのぞねーちゃんがいる日本があって、この町があって、学校があるだろ? つまりはのぞねーちゃんがいる町の学校――しかも母校なんだから、そのクラスの役に立つということは、間接的にのぞねーちゃんの役に立つことになるんだよ」

「なるほど。まさか貴様に教えられるとは――む? 本当にそうなのか?」

 腕を組んで感心したかと思いきや、即座に不思議がりだす友人。春也自身、適当に言っただけなので、深く考えられると論破される可能性が高くなる。

「そうだって。だからあんま気にすんな。のぞねーちゃんのために運動会を頑張ろうぜ」

「むう……まあ、よかろう。とりあえずは参加を続けてやる」

「あはは……そういうやり方もあったんだね」

「おう、晋悟か。やっぱり1位だったんだな」

 同じ列に並ぶのが当たり前のように挨拶する。晋悟は野球部の中でもかなりの俊足であり、同学年の陸上部にも易々と負けたりしない。

「なんとか頑張れたよ。それより体調は大丈夫? 春也君はかなりの種目に参加予定になってるけど」

「部の練習に比べれば余裕だろ。そういう晋悟こそ、掛け持ちしてるだろ」

「あはは……断れなかったし、仕方ないね。あ、次の種目が始まるみたいだよ」

   *

 短距離走のあとは障害物競走や借物競争といった種目が続く。密かに楽しみにしていたパン食い競争が中学校でもないのは残念だったが、さすがに自分1人のために我儘を言うわけにはいかない。

「仕方ねえから、この借物競争でも1位にって……赤いもの?」

 コース途中にあった長机から、1枚の封筒を選んだ春也は中に入っていたお題を見て目を丸くした。

 すぐには思い浮かばないものの、黙って立ち尽くしていても仕方ないので、とりあえず智希と晋悟のいるクラスの待機場所まで向かう。

「何が書いてあったの?」

 真っ先に尋ねてきたのは、人当たりの良さもあって学級委員長に任命されていた晋悟だ。副委員長は女子の1人が務めているが、普段はほとんど立候補などないのに、この時ばかりは殺到して女担任を驚かせたほどだ。

「赤いものだ。赤ってことは……血か? つまり誰かを血祭りに……」

「どうしてそうなるのかな!? 赤ってことは赤組の人からハチマキを借りたらいいんじゃないかな!?」

「さすが晋悟だ。けどよ、敵の白組に貸してくれる奴なんていんのか?」

「春也君なら大丈夫だと思うよ」

 やたらと自信ありそうな晋悟に送り出され、春也は首を捻りつつも赤組の待機場所に行く。そこで小学校が一緒だった生徒を見つけ、

「悪いけど、ハチマキ貸してくんねえか? 赤いものを借りないと駄目なんだよ」

「おいおい、高木。白組のお前に――ぶべっ」

 放課後に遊んだりはしなかったが、教室で顔を合わせれば普通に雑談していた男子が台詞を言い終わる前にグラウンドに倒れた。原因は周囲から次々と押し寄せてきた女子たちだ。

「私の貸してあげる!」「ちょっと抜け駆けしないでよ!」「私のを選んで!」「春也君に直接取って欲しいな」「なんなら一緒に行くよ。でも春也君は足が速いから、はぐれないように手を繋いで欲しいな」

 ずらずらと並べられる言葉に、さしもの春也も圧倒される。たまらず後退りしたところで、なんとか女子の足元から逃げ出した男子にジト目で睨まれる。

「そういや前に1度でいいから女子にもみくちゃにされたいと言ってたよな。良かったな、願いが叶って」

「うるせえよ!」

   *

 群がる女子から1人を選ぶと後が怖そうだったので、結局最初に声をかけた男子からハチマキを借りてゴールした。多少手間取りはしたが、春也が1位だったのでため息をつきつつも、しっかりと胸を張って待機場所まで戻る。

「なんか酷い目にあった。女子はあんま運動会に乗り気じゃないと思ってたけど、凄えやる気だったぜ」

「……さすがにわざとだよね? あの状況を見て、本気でそう考えてるなら鈍感どころの話じゃないよね?」

「俺はまーねえちゃん一筋だからな。すっとぼけてりゃ、いいんだよ。せっかく好意を持ってもらえても応えてやれねえしな」

「なるほどね」

「それより、次は智希みたいだな。何が書かれててものぞねーちゃんと結び付けて、脱走しようとするんじゃねえか?」

「そこらへんは大丈夫だと思うよ」

 晋悟が指し示した先には、校門前で仁王立ちする体育教師がいた。本来なら生徒のサボリを見張るためだろうが、野球部の監督でもあるので対智希専用兵器ともいえる。

「部活中にも何度かやらかしてるからな。さすがに対策は万全か」

「ついでにさっき春也君が上手く言いくるめてくれたから、少しは安心できるかな。ほら、普通に競技に参加してるよ」

 お題が書かれた紙を片手に、智希が待機場所へ来る。誰かがその内容に該当する物を所持してないか確認するのだろう。

 その智希は春也を見て、

「脱げ」

 と訳の分からないことをのたまいだした。

「断る」

「だが白いものと言われれば1つしかないだろう。自分の物だと借物にはならないしな」

「白? つーことは靴下か。けど汚れてカフェオレみたいになってるかも――」

「靴下? そうか、そう言えば確かに白が多いな」

「靴下じゃなかったら、お前は俺に何を脱がせる気だったんだよ」

「パンツだ。問答無用で白いだろうが」

「お前はアホか!」

 春也が怒ったのを見て、同じ気持ちなのか晋悟もうんうん頷いている。

「俺はボクサーパンツだから黒だ!」

「そういう問題じゃないよね!? 公衆の面前で下着を脱げとか要求してる時点で大間違いだからね!? 誰も応じてくれないからね!?」

 晋悟が声を荒げた通り、普段は智希の外見に騙されてキャーキャー言ってる女子もさすがにドン引き中だ。中には何故か熱い目で春也と智希を交互に見てくる女子もいるが。

「大体、白なら皆の頭にあるよね!? 僕たちは白組なんだから!」

「「おお、晋悟、頭いいな」」

「ああ……早く運動会が終わらないかな……」

 晋悟の願いが届いたかどうかは不明だが、そこからはさしたる問題も起こらずに、運動会は白組の総合優勝で幕を閉じた。

   *

「ぐげー……体育なら得意なのによ……」

 机に突っ伏した春也の背中を、慰めるように智希が叩く。

 小学校にも増して勉強が難しくなっているだけでなく、テストが本格的というか1日に何科目もまとめてやる方式に変わった。しかも赤点という仕組みまで出てきて、それ未満の成績だと補習という有難くない仕打ちを受けるのだ。

「勉強など暗記すればいいだけだろう」

 テスト前の1週間は部活への参加は禁止されているので、早々に帰宅した春也たちは高木家にて勉強をしていた。これは3人の中で春也の成績だけが突出して悪く、放置しておくと遊び惚けて難なく赤点を取りかねないせいでもあった。

「そんな簡単にいくかよ。俺としては、普段からアホな言動ばかりしてるお前の成績優秀さが納得いかねえよ。うう……勉強なんて大嫌いだ……」

 春也の母親に、涙ながらに息子の面倒を頼むとお願いされている晋悟としてはどうしても放っておけないらしく、頼む前から勉強会を提案してきた。

 集中するために春也の部屋ではなく学校の図書館などでやるという案もあったが、その場合は何故かどこからか女子が聞きつけてきて混ざろうとするので大所帯になった挙句、場所に迷惑をかけかねないので却下になった。

「大体、智希はどうやって暗記してるんだよ」

「姉さんに関連させてに決まっているだろう。よし、今日から1週間かけてひとつひとつ教えてやろう、感謝するがいい」

「全力で遠慮させてもらうわ。テストにのぞねーちゃんに関する問題なんて出てこねえし」

「そこが解せんのだ! 姉さんを差し置いてあの程度の功績の者ばかりを載せおって!」

「いや、教科書に出てくるのは大抵、誰でも名前を聞いたことのある偉人さんばかりだからね。それより勉強を続けるよ。赤点を取ったら追試に受かるまで練習に参加できないんだからね」

「そいつはマズいな。逆恨み先輩に嫌味言われんのもやだし、いっちょ気合入れてやるか……」

 マウンドと違ってなかなかやる気は漲らないが、それでも春也は友人たちが――特に晋悟が――根気よく教えてくれたおかげで、なんとか1学期の中間テストを赤点なしで乗り切るのだった。
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