その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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さらに孫たちの学生時代編

卒業式で口を滑らせた朱華、でもそのおかげで母娘世代間のドリームマッチが実現しました

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「ついにこの季節がきちゃったね」

 穂月は友人たちと体育館の飾りつけをしていた手を止める。

「そう言われると、急に寂しくなってしまいますわね」

 真っ先に同意してくれたのは凛だ。少し俯き加減な表情は、泣きそうにも見える。

「わたくしはほっちゃんさんたちほど、あーちゃん先輩との付き合いは長くありませんが、それでも大変お世話になりましたわ」

 凛は独特な性格であまり友人を作るのが得意でなかった。母親の影響でソフトボール部に入った時も不安しかなかった。お嬢様ぶりながらも微かに膝を笑わせていた凛を、笑顔で迎えてくれたのが朱華だった。

「常に先頭には立っていましたけど、どちらかといえば皆を見ながら後ろ向きで走るような人ですし」

 沙耶の笑顔にも普段の元気さはない。希だけはいつも通りだが。

「これまでは卒業しても近くにいたけど……」

 穂月の言葉が途中で止まる。先のことを想像するだけで、お腹の奥がキュウと締めつけられる。

「県大学では寮に入ると言ってたから、今回の号泣事件はとんでもない規模になりそうなの」

 紅白幕の手直しを終えた悠里が、一つ上の友人を思い浮かべて小さなため息をついた。当人がこの場にいればからかったりもするのだろうが、基本的に友達想いの少女からは心配そうな様子が見て取れる。

「まーたんはすっごくお世話になってたもんね」

「そのまーたんと仲良くなれたのも、あーちゃんが間に入ってくれたからです」

 穂月は沙耶に言われて当時の光景を思い出す。

「小学校の体育館で遊ぼうとしたらボールがなくて、1人だったまーたんに混ぜてもらおうとしたんだよね」

「見るからに怖いお姉さんに突進するほっちゃんを見て、ゆーちゃんは一瞬気を失いそうになってしまったの」

「私もドキドキしてました。皆をよく知っている今なら、後ろにのぞちゃんが控えてるだけで安心できるんですけどね」

 沙耶がチラリとその希を見る。彼女は力尽きたボクサーのごとく、壁にもたれかかってグッタリしていた。傍目には具合が悪そうでも、穂月たちからすれば単に眠っているだけなのがわかる。

「そののぞちゃんが、あーちゃんとまーたんがお話してたところに混ざって、きっかけを作ってくれたんだよね」

「きっかけを作ったというより、煽っていただけのような気もするんですが……」

 沙耶もその様子を覚えているようで、濃い苦笑いを顔に張り付けた。

「そのような出来事があったのですね、わたくしも一緒にいたかったですわ」

 話を聞き終えた凛が、少しだけ悔しそうに唇を尖らせた。

「体育館にいたとしても、りんりんはオホホ笑いに夢中でこっちになんて気づいてなかったの」

「ゆーちゃんさん、その言い方はさすがに失礼ですわよ」

「なら入学したばかりのりんりんは何をしてたの?」

「……人は誰しも、幾つかの秘密を抱えているものですわ」

 どこか遠くを見るような目をした凛に、穂月を含めた全員が悠里の指摘は正しかったのだと確信した。

   *

 卒業式当日、穂月は少しばかり緊張しながら在校生として席についていた。

 体育館は小学校や中学校で経験したのと変わらない厳かな雰囲気に包まれている。

 そんな中を、前生徒会長の朱華は堂々と振舞っていた。顔を上げてしっかり前を向き、足取りには力強さが満ち溢れる。

 凛とした佇まいはもう大人で、相変わらず穂月が憧れるお姉さんのままだった。

 卒業証書を受け取り、送辞の後に答辞をする朱華。二度ほど見ているのに、穂月はその時と違って涙を零した。

 一生の別れというわけではないのに、悲しい気持ちが溢れて止まらなかった。

 友人たちも涙ぐみ、そして体育館には号泣ではなく獣の唸り声みたいなのが響いた。

   *

「あーちゃんの卒業式を、俺の号泣で壊すわけにはいかねえだろ」

 中庭で穂月たちと合流するなり、唸り声の犯人こと陽向がフンと鼻を鳴らした。悠里の執拗な追及が始まる前に、自分から暴露したのである。

「だからって腕を噛んで我慢するのはやりすぎですわ。うわっ、血が滲んでいるではありませんの」

 凛が陽向の袖を捲ると、痛々しい歯型がついていた。すぐさま沙耶が制服のポケットから消毒液と絆創膏を取り出して応急処置をする。

「助かったけどよ、さっちゃんは普段からそういうのを持ち歩いてんのか?」

 もっとも酷かった部分が重点的に保護され、茶髪の少女は感心というよりも呆れ顔で尋ねた。

「ほっちゃんとのぞちゃんは規格外の行動を取ることが多いですからね。万が一の事態にはいつも備えてるんです」

「……お世話になります」

 穂月が小さく頭を下げると、肩から腕を回して背中にもたれかかっているショートヘアの友人も同じようにした。いつでもどこでも眠りたがる希が起きているのは、教室で最後の挨拶を終えて出てくるだろう朱華を祝うためだ。

「あっ、出てきたの。まーたん、号泣砲のスタンバイなの」

「よし、任せとけ……って泣かねえし!? あーちゃんの卒業とか悲しくねえし!?」

「ここまで空しい強がりもなかなかありませんわね」

「今更ですし」

 凛と沙耶に失笑され、陽向の顔がみるみるうちに赤くなる。

「そんなこと言うなら俺は帰るぞ!」

「だめだよ、まーたん。ほら、穂月と一緒に花束を渡しに行こっ」

 三輪程度入った花を、各自が中庭に姿を見せた朱華に渡す。

「皆、ありがとう。まーたんは大丈夫だった? 途中でとんでもなく唸ってたけど」

「唸ってねえし!?
 ……まあ、さっちゃんに手当してもらったから平気だよ」

 それぞれのスマホで記念撮影をしつつ、朱華も加わって思い出話に花を咲かせる。

「ほっちゃんやのぞちゃんとは小さい頃から一緒だったけど、とうとう離れ離れになっちゃうね」

「うん……すごく寂しい」

「私もよ、でも県大学は電車で1時間くらいだし、長期休みには帰ってきたりするから、またすぐに会えるわよ。なによりまーたんの勉強を見てあげないといけないし」

 しんみりムードの中に、陽向の銃で撃たれたような悲鳴が響いた。

「今の時代、スマホを使えば簡単に相手の顔も見られるしね。答案用紙のチェックもバッチリだわ」

「いや、さすがにそこまで迷惑をかけるわけには……」

「大丈夫よ。進学と同時に新しいノートPCを買うから、古い方はまーたんに譲って、ビデオ通話で勉強を教えるとまーたんママとも話がついてるし」

「うおお、いつの間にか包囲網が作られてやがった!」

「私抜きで自発的に勉強するわけないし、放っておいたら進学しないでムーンリーフで働いてるでしょ」

 朱華の指摘に、陽向以外の全員がさもありなんと頷く。

「のぞちゃんママが後継者候補だと目をつけているんですよね」

「事あるごとにまーたんが働けるのはムーンリーフだけだと洗脳してるの」

「……わたくしにも同様のお誘いがあるのですけれど」

 沙耶が眼鏡を直しつつ言い、悠里が肩を竦め、凛が口元を引き攣らせた。

「勉強の話は止めだ止めっ、せっかくの卒業式なんだから思い出に残ってるものとか、そういうのを話題にしようぜ」

「それならやっぱり部活関連かな。高校で初めて全国制覇もできたしね、ウフフ」
「あーちゃん嬉しそうだね」

 強引な陽向の話題転換に乗る形で朱華が微笑んだ。穂月が何気なく声をかけると、ますます笑顔を輝かせる。

「もちろんよ、だってついにママたちを越えたのよ。これで私たちの世代の方が強いと証明できたわ」

「ほう……そいつは聞き捨てならねえな」

   *

「……うそでしょ」

 穂月はマウンドで茫然としていた。

 卒業式の日に朱華が叩いた軽口を、よりにもよって希の母親に聞かれた数日後。

 朱華の引退試合と称して、穂月たちは南高校のグラウンドで保護者たちの連合チームと対峙させられた。

 投手が葉月、捕手が菜月、一塁が茉優、二塁が柚、遊撃が涼子、三塁が実希子、中堅に尚、右翼に愛花、左翼に明美。監督兼控え捕手が好美という布陣である。ちなみに美由紀は審判だ。

 対する穂月たちは投手が穂月、捕手が希、一塁が沙耶、遊撃が朱華、三塁が陽向、左翼が悠里である。身内の試合で他の部員を招集するのは躊躇われたため、助っ人として春也が二塁、晋悟が中堅、智希が右翼に入っている。

 穂月たちの先攻で始まった試合は、実行が決まるなり仕事の合間を縫って投球練習をしたという葉月の40代後半とは思えない速球でまず騒然となった。

 驚きはしたが、現役選手が手も足も出ないレベルではない。ジャストミートした打球もあったのだが、今度は同じく年齢を感じさせない実希子の好守に阻まれた。

 そして1回裏。順調に尚と柚を抑えたあとで、涼子に四球を与えてしまった。力が入り過ぎてしまったかと深呼吸をしつつ、相手四番の実希子に投じた初球。穂月渾身のボールは、これまでのソフトボール人生で経験がないほど遠くまで飛ばされた。審判の美由紀まで絶句中である。

「ハッハッハ、この程度でアタシらを越えただと? 片腹痛いってんだ!」

「く……姉さんに悲しそうな顔をさせるとは……どこまでも腐った魔王め! すぐにこの俺が成敗してやる!」

「おい、智希、聞こえてるからな! つーか、母ちゃんを魔王とか呼ぶな!」

 ふざけた態度はともかく、ソフトボールの実力はまだまだ一級品だった。穂月は油断していた自分を戒め、改めて大人たちのチームに向かっていった。

   *

「8-3で負け……? なんでおばさんチームがこんなに強いのよ……」

 7回までの試合が終了し、アハハと苦笑する穂月の隣で朱華が頽れていた。

「ゆーちゃんの代わりにりんりんが打席に入ってこの有様だから、どうしようもないの」

 FPやDPを使わない試合だったが、一塁で守備練習をした凛のあまりの惨状に特例が認められたのだった。

「ほづちゃんママだけでなく、愛花さんのピッチングも凄かったです……」

「菜月さんのリードが曲者でしたわ……途中で好美さんに変わって、また翻弄されましたし……」

「学生時代に組んだことねえバッテリーだってのに、どうしてあんなに息が合ってんだよ……」

 沙耶、凛、陽向も保護者たちの実力に揃って呆れ顔だった。

「でも楽しかったね」

「……ええ、良い引退試合だったわ……結果以外は……。
 っていうか普通、子供に花を持たせるものじゃないの!?」

 穂月は普通の試合と違ってあまり悔しくなかったが、朱華だけは納得いかないとグラウンドを両手で叩いた。

「ハッハッハ、口は災いのもとってやつだな」

 久しぶりに身体を動かして、スッキリした様子ながらも疲労困憊の保護者チームの中で、希の母親だけがもう1試合できそうな元気さで笑っていた。
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