その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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さらに孫たちの学生時代編

春也も中学校を卒業します、そしてついに念願を叶えました

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 3学期が始まって早々に登校しなくてもよくなった姉とは違い、中学校ではしっかり出席させられる。春也は若干の面倒臭さを感じつつも、友人と気軽に会える環境を楽しんでいた。

「ついに高校野球に乗り込めるな」

 握り拳を作って気合を表明する。だがいつもの友人2人は、春也ほどウキウキしていないみたいだった。

「おいおい、ノリが悪くないか」

「僕は今以上に練習が厳しくなったらどうしようと戦々恐々だよ」

 軽く肩を竦め、晋悟がため息をついた。大抵の部員はやり甲斐を感じつつも、厳しい練習を恐れる。春也はすればするほど上達できると信じているので、率先して中学野球引退後も部活に顔を出したりしていたが。

「そんなこと言って、晋悟はこれまでだってわりと平然としてたじゃないか」

「僕自身はそうだけど、周りから練習を軽くするように言ってもらえないか、とか相談が多くなるからね」

「相変わらず苦労を1人で背負いこんでんな。面倒そうだから、一緒にやるとは言わねえぞ」

「春也君に任せると、甘ったれるなとか一喝しそうだしね」

 笑う晋悟に、今度は春也が肩を竦めて見せる。

「小学生の頃じゃあるまいし、今はそこまで言わねえよ。
 ……で、智希はどうしてそんなウンザリしてんだ?」

「決まってるだろう。俺の入学前に姉さんが卒業してしまったからだ」

「そこまで一緒に通いたかったなら、お得意の妨害工作でのぞねーちゃんを留年させればよかっただろ」

「阿呆か、貴様は。この俺が姉さんに迷惑をかける愚物に成り下がると、本気で思っているのか」

「こっちもわりと本気で言うが、とっくの昔に成り下がりきってるぞ」

「姉さんを落とすのではなく、俺が上がるつもりだった。だがこの腐った国はそれを是としなかった……!」

「スルーかよ」

 少しばかり疲労を感じたので、何やら力説を続ける智希は放置する。

「話を戻すけど、晋悟は練習がキツそうだからって南高校では野球部に入らないとか言わねえよな」

「もちろんだよ。そもそも高校からの電話で了承しちゃったからね」

「まさか3人とも誘われるとは思わなかったよな」

「そこは穂月お姉さんたちの活躍も大きかったんじゃないかな」

 在校生だった穂月たちはソフトボールで3連覇した。同様に中学時代から目立った成績を残す、弟の春也たちに学校側が期待するのも当然だった。

「仕方ねえな。受験勉強をしなくてもよくなった代わりに、きっちり結果を残してやるとするか!」

「……何度も言ってるけど、あまりに酷い結果だと話をなかったことにされないからね。今日も受験勉強はしてもらうよ」

「マジか……今日はいい天気だし、もうすぐ卒業式なんだから――」

「――菜月さんに言うよ?」

「……勉強するから、それだけは勘弁してくれ」

 南高校から話を貰った春也は、公然と受験勉強をサボるようになった。見かねた菜月がマンツーマンで教えると言い出して、叔母の友人や姉たちが恐怖する理由を思い知らされた。

「あの人、こっちの限界を的確に見極めて、真顔でそれより少し先の課題ばっかり与えてくるんだよ。クリアできなくはないけど……」

「……お姉さんがそんな菜月さんの手際に憧れて、陽向お姉さんを実験台にしてるものだから、時折大学の寮からは嗚咽交じりの悲鳴が聞こえてくるらしいよ」

「マジか……あとでまーねえちゃんと悲しみを分かち合うことにするわ」

   *

 卒業式当日。つつがなく終わったあとで、春也は野球部の元マネージャーに呼び出された。場所は校舎裏とくれば、この後何が起きるかは想像に難くない。

 真っ赤な顔に潤んだ瞳。部員からも人気の高かった女マネージャーは何かと春也の世話を焼いてくれ、そして事あるごとに好意を伝えられた。

 周囲からはお似合いだと言われ続けたが、春也にも好きな人がいる。それこそ彼女が自分に向けてくれるような、強い想いを抱く女性が。

 だから春也は真摯な気持ちで頭を下げる。ごめんなさいと。

「気持ちは嬉しいけど、好きな人がいるんだ」

「うん、知ってた」

 要は後ろで手を組み、軽く背伸びを繰り返しながら笑った。平気そうに振舞っていても、彼女がショックを受けているのは一目でわかる。

 あれこれと言い訳じみた言葉を並べたくなるが、想いを拒絶した側に何も言う資格はないと唇を真一文字に結んだまま、もう一度だけ頭を下げた。

「そんなに申し訳なさそうにしないでよ。結果がわかってても、私が告白せずにはいられなかっただけなんだから」

 殊更に明るい声を出し、要がくるりと背を向ける。微かに届く陽光に照らされ、透明な雫がキラキラと輝いた。小さな肩を震わせ、それでも彼女は何かに耐えるように最後の言葉をくれる。

「私、春也君を好きになってよかったよ」

 タタタ、と数歩駆け出し、大きく息を呑み込んで、彼女は「うん」と頷いた。

「高校に入ったら、春也君よりいい男見つけてやるんだから!」

 マネージャーらしいなと苦笑してから、春也は彼女の背中が見えなくなったあとで、自分を気遣ってくれたのだと唐突に理解して、なんだか泣きたい気分になった。

   *

 3人で見上げるのは合格発表。卒業式が終わった感慨に浸るより、本当に受かってるのかとドキドキしながら今日まで過ごしてきた。

「ぷはー! なんかようやくまともに呼吸できそうだ」

「大げさな奴だな、内々に合格の話を貰ってただろうが」

 隣に立つ智希からの指摘に、春也はポリポリと頬を掻く。

「そうなんだけどさ、ねえちゃんたちにもしかしたらって脅されてたからさ」

「らしいね。僕の場合は普通にしてたら、お姉さんに電話で春也君と違ってからかいがいがないって言われたよ」

「何気に晋悟は図太いからな」

「……それって褒めてるんだよね」

「多分な」

 ニヤリと笑って、春也は同じような笑顔の集団から抜け出す。広々としたグラウンドを前に大きく伸びをする。

「今度からここで野球すんのか。専用の球場もあるみたいだし、楽しみだぜ」

「お父さんには定期的な高木一族の活躍でソフトボール部のグラウンドの方が豪華になりそうだから、ここらで踏ん張ってくれと真面目な顔でお願いされたよ」

「ハハハ……って俺も高木一族なんだが」

 晋悟がそういえばそうだねと笑う。春也も釣られて笑みを浮かべたが、1人だけやたらと真剣な表情を作る者がいた。

「一族か……なるほどな」

「おい、智希……いや、やめとくわ。多分、ロクなことを思いついてなさそうだ」

「そう言って僕を見ないでくれるかな!? 春也君も連帯責任だからね!?」

 いつも通りに難物を押しつけられそうになった晋悟は、涙ながらに春也の服を掴んだ。その手にはかつてないほど力が入っていた。

   *

「いよーっす」

「いよーっす……ってお前、本気で来たのか」

 卒業式後のお祝いで目出度くスマホを買ってもらった春也は、その日のうちに陽向の連絡先を姉から獲得していた。

 そして合格発表が終わった翌日、会いに行くと連絡してここにいる。

「しかもチャリでかよ……」

「そこそこ時間かかったけど、いいトレーニングになったぜ」

 白い歯を見せる春也に、呆れ顔だった陽向が仕方ねえなと笑う。

「で用件は何だ? 電話じゃ駄目だったのか?」

「電話でも良かったけど、やっぱこういうのは顔を見て言いたいしな」

「……? 一体何なんだよ」

「前にも言ったけど、俺、まーねえちゃん……いや、陽向さんが好きなんだ。付き合ってくれ」

「おまっ……いきなり何を……」

 県大学近くの公園で顔を合わせるなりの告白に、陽向がドギマギする。そんな想い人の反応が可笑しくて、とても可愛らしかった。

「いきなりじゃないだろ、小学校を卒業した時も告ったんだし。もう3年経ったから、あの時に約束した5、6年まで半分を切ったぜ」

「お前……本気で言ってんのか?」

「逆にそうじゃないと思える方が不思議だぞ」

 そう言って、春也は挑むように年上の女性を見る。

「それでそっちはどうなんだ? 彼氏とかできたのか?」

「うっ……練習が忙しくてそれどころじゃねえよ。でも見てろよ、俺だってな――」

「――良かったよ。できたとか言われたらショックで立ち直れないとこだった」

「いや……お前……」

 満面の笑みを見せた春也に、何故か顔を赤くする陽向。

「……何で俺なんだよ」

 ほんの少しの沈黙を経て、普段より低い声で陽向が尋ねた。

「好きだからに決まってるだろ。他に理由なんかいんのか?」

「だから、何で俺なんかを好きになったって聞いてんだよ」

「まーねえちゃんだからだよ」

「……っ!」

 林檎みたいな顔色で口をしばらくパクパクさせたと思ったら、陽向は急に髪の毛をガシガシとし始めた。

「ああ、もう、わかったよ! 俺の負けだ、負け!」

「何がだ?」

「だから! くそっ、言わせるのかよ……」

 妙に乙女チックな表情をした陽向に、春也の心臓がドクンと跳ねる。

「つ、付き合ってやるって言ってんだよ!
 けどな! 後悔することになるから――」

 陽向の言葉が途中で止まった。原因は春也だ。

 あまりにも嬉しすぎて、人目も気にせずに彼女を抱き締めてしまったから。

「俺……まーねえちゃんを一生大事にするよ」

「一生ってお前、それじゃプロポーズじゃねえか!」

「それだけまーねえちゃんが好きってことさ」

「ちっ、仕方ねえな……。
 にしても、やっぱりまーねえちゃんって呼び方に戻るんだな」

「確かに。
 せっかく付き合えたんだから、これからは陽向って呼ぶ?」

「……っ!
 ……まーねえちゃんで頼む」

「ハハッ、照れてやんの」

「うるせえ、ガキが生意気な口を叩くなってんだよ!」

 小さい頃みたいにヘッドロックを見舞われながらも、春也は笑い声を抑えられなかった。

 ふと見上げれば、大好きな女性もまた楽しそうに笑っていた。
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