その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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さらに孫たちの学生時代編

悩む穂月とはしゃぐ周囲、大学生活が始まる前から問題発生!?

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 無事に大学の合格も決まり、入学まで心穏やかな日々を過ごすばかり。そう思っていた時期がありましたとばかりに、穂月はリビングのソファで胡坐をかき、腕組みまでしてうんうん唸っていた。

「いつになく難しい顔をしてどうしたの?」

 今日は店がお休みで、朝から自宅でのんびりしていた母親が、不思議そうにしながら片手に持つコーヒーカップに口をつける。祖父が好きなプロ野球チームのキャラクターがデザインされていて、穂月も色違いのをプレゼントしてもらって愛用している。

「実はね、寮のことで悩んでるんだよ」

 唇を尖らせつつ白状する。穂月は自宅から電車で大学に通うつもりだった。近所とは違う景色を皆と眺めながら楽しくお喋りする。そんな光景を想像していたのだが、大学側から練習時間を確保するためにも寮に入ってほしいとお願いされたのである。

「そういえばママも寮には入ってたんだよね?」

「そうだよ。しかも私たちが入寮した頃は、建て替えられたばかりで新築マンションみたいだったんだから」

 目を閉じた母親が思い出すように、白を基調とした素敵な建物だったと教えてくれた。そこで希の母親らと一緒に過ごし、大切な時間を共有できたとも。

「もっとも実希子ちゃんだけは、入学した当初は上級生と同じ部屋だったんだけどね。穂月と同じ超好待遇だったから、万が一にも逃がすわけにはいかなかったんだね」

「ふおおっ!? そうなると穂月も先輩と同じ部屋に……ますます入りたくなくなってきたよ……!」

 熊みたいな先輩に巻鮭片手に襲われるシーンを想像し、穂月は顔を蒼褪めさせた。

「心配しなくてもいいんじゃないかな? 希ちゃんって同じ立場の子もいるし……それに私たちはOGだから、当時の知り合いが関係者にいたら声をかけることもできるし」

「その時はお願いするんだよ! でも自宅から通えるのが1番いいよね……」

   *

「……アタシはほっちゃんと一緒の部屋」

 相談しようと思ってお邪魔した小山田家で、穂月は友人の部屋で顔を合わせるなり宣告された。

 頻繁に自分たちの家をと言っていた希の母親だが、結局は昔からの自宅をリフォームした上での両親との同居を継続した。兄が帰ってこないので自分が面倒を見るしかないんだと前に言っていたが、そのわりには妙に嬉しそうだったのが記憶に残っている。

「穂月は自宅から通いたいなと思ってたんだけど……」

「……それも魅力的……でも移動時間が少ないのはもっと魅力的……」

 いつものぐうたら根性を発揮したあとで、それでも1番の親友は穂月の選択に付き合うと言ってくれた。

 ありがたく思っていると、ジーンズのポケットに入れていたスマホが鳴った。

「あ、ゆーちゃんからLINEだ。のぞちゃんとこにいるって返していいー?」

「……ん」

 穂月がそう返事をすれば、まず間違いなく悠里はやってくる。そもそも今の連絡も春休み中に遊ぼうという内容だった。

「きっと皆集まることになるね」

 穂月の予想は的中し、1時間もしないうちに小山田家にいつもの面々が勢揃いしていた。年上の朱華と陽向は大学の寮に入っているので不在だが。

 希の母親が用意してくれたスポーツドリンクを飲み干し、空になったグラスをガラス製の丸テーブルに置きつつ、全員に寮に関する話題を振ってみる。

「ゆーちゃんは楽しみなの。親元を離れてほっちゃんと2人で……うふっ」

「……残念ながらほっちゃんとの同室権は、母ちゃんのコネを使って確保済み」

「お、横暴なのっ、断固抗議するの!」

「……フフフ、腐っても元有名選手の母ちゃんはああ見えて顔が広い」

「ぐぬぬ……」

 本気で悔しがる悠里と、勝ち誇る希。いつものことなので、穂月も含めた他3人は微笑ましげに眺めていたのだが、

「大変ですわ。わたくし、とんでもないことに気付いてしまいましたわ!」

「いきなりどうしたんですか、りんりん」

 隣で大声を上げられた沙耶が、驚きながらも凛の大変なことを尋ねる。

「この調子だとまたわたくしが余ってしまいますわ!」

「そういうことですか。あーちゃんはまーたんと同室になったと言ってましたし、確かにそうなる可能性が高いです」

「おー」

「2人とも納得しないでほしいですわ! 効果的な対策を所望いたしますわ!」

 どうやら友人たちは揃っての寮生活を楽しみにしているらしい。騒がしくしているうちに、いつしか穂月も乗り気になり始めていた。

   *

「……早まったんだよ。甘言に乗って寮に入ったら地獄の仕打ちが待ってたよ……」

 爽やかな春の日差しを浴びているのに、穂月はげんなりしてしまう。それというのも入学前から、県大学ソフトボール部の練習に参加させられているせいだった。

 早めに入寮してくれと言われ、入学まで皆で県中央を散策しつつ、ムーンリーフ2号店にも行ってみようと話していたのも束の間、到着するなり練習用ユニフォームを与えられ、グラウンドに連行されたのである。

 寮の部屋に荷物を運びこみたいと言えば、手伝ってやると部員総出で襲来して瞬く間に終わらせられ、残りはすべて練習に費やされる。

 そんな生活が3日も続けば、夢見たキャンパスライフは送れそうもないというのを嫌でも理解する。

「インターハイ3連覇の主力が5人に加え、ほっちゃんたちのチームメイトも多く県大学に入ってくれたからね。全国的に注目されちゃってるのよ」

 春から3年生になる朱華が事情を説明してくれた。おかげで監督も大張り切りなのだという。

「監督以上にやる気が漲ってる部員もいるけどね。例えば年下の彼氏をゲットした人とか」

 目を細めた朱華が意味ありげにグラウンドを見ると、丁度3塁でノックを受けていた陽向が動揺して捕球し損ねてしまう。

「そういえば春也と交際してるんだよね。教えてもらった時は驚いたよ」

「結婚したらほっちゃんがお義姉さんになるわね」

 朱華の笑いながらの台詞に、穂月は「ふおおっ」と感動する。

「まーたんが義妹になる日が来るなんて思わなかったよ。さあ、たくさん甘えていいんだよ!」

「だああ、うるせえ! まだ結婚するって決まったわけじゃねえだろうが!」

「え? まーたん、春也と結婚してあげないの?」

 穂月がじーっと見つめていると、

「そ、そうは言ってねえだろ……だああ! ちくしょう! 次のノックはまだか!」

   *

 入学前にしてソフトボール部に馴染みだしてきたとある日。穂月はふと漏らしてしまう。

「演劇部にも入れないのかな?」

 露骨に表情を変えたのが主将だった。凛と同じくらいの体格を誇る彼女は、ソフトボールで推薦を受けながらたるんでると穂月を叱った。

「でも、可能ならお芝居もしたいんだよ」

「そこらへんの事情は朱華から聞いてるけど……よし、なら部員全員を倒して実力を見せてみろ!」

「おー、できたら認めてもらえるんだね」

「いいだろう。まずは私からだ。インターハイ3連覇して調子に乗ってるみたいだが、大学ソフトボールは甘くないってことを教えてやる!」

   *

「キャプテンの台詞が盛大なフリになってしまいましたわね……」

「本気になったほっちゃんは規格外です」

「おー」

 穂月はベンチ前で力なく項垂れる主将を眺めながら、グラウンド横で観戦中の凛と沙耶の会話を聞いていた。

「結局、りんりんを含めて誰も打てなかったの。安打性の打球すら飛ばさせないなんて、ほっちゃんのお芝居にかける情熱は尋常じゃないの」

 このまま主将が降参かと思いきや、彼女は何かを思い出したかのようにくわっと両目を開いた。

「まだだ! もう1人残ってる! 奴のボールをずっと受け続けてきた捕手がな! さあ、彼女をソフトボールに集中させるためにお前の実力を見せてくれ!」

「……申告三振で」

「そんなルールはない!
 っていうか小山田って言ったか、お前が最後の砦なんだよ!」

「……立つの面倒なので、この場で打つ」

「できるわけないだろうが!」

 強制的に立たせられた希は軽く舌打ちし、それでも捕手を沙耶と交代してバットを構える。

「……こうなったからには本気でいく」

「おー」

 いつになくやる気の希に、穂月は振りかぶり――

 ――投球動作に入る前に、何故か親友はバットを3回スイングした。

「……これで三振達成。お疲れ様でした」

「んなわけあるかあああ!」

 絶叫する主将の肩を朱華がポンと叩き、改めて穂月と希というコンビについての解説をするのだった。

   *

 きっちりと部員全員を凡退させた穂月だが、演劇部との掛け持ちはしなかった。

「やっぱこうなるわな」

 ソフトボール部で借りた教室に、疲れ果てた部員が肩を落としていた。中でも1番憔悴しているのは主将だろう。

「でも楽しかったよ」

 満面の笑みを浮かべる穂月に、一緒になって室内の様子を眺めていた陽向が苦笑した。

 穂月が演劇部を諦めた理由。それはソフトボール部員が一緒になって、穂月のお芝居に付き合うという妥協案が提示されたからだ。

 南高校出身者はもう慣れているのでノリノリだったが、これまでに経験のない部員らは恥ずかしいやら何やらで最初はろくに声も出ていなかった。穂月に駄目だしされるうちに、半ばヤケクソ気味に演技するようになったが。

「まさかソフトボール一筋で生きてきて、この歳で演劇をするはめになるとは思わなかったよ」

 ため息をついたあと、膝に手を置いて立ち上がりながら、それでも主将は朗らかに笑った。

「でも私も少しは楽しかったよ。時間が許せば付き合うから、今後もソフトボール部でしっかり頼む」

「あいだほっ!」

「あい……?」

「……ほっちゃんの挨拶みたいなもの。深く気にしたら負け……」

「そ、そうか」

 希にボソボソと説明され、頬を引き攣らせながらも頷く主将。

 こうしてソフトボール部の一員となった穂月は、夢見ていたのとは少し違っても、楽しい大学生活を送るための基盤を着々と整えていった。
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