その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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春也の高校編

逆恨み先輩2号爆誕! 姉譲りの力勝負で解決です!

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 クラスメートが、高校の授業はやっぱりレベルが違うだの言い合っていたのが記憶に新しい昨今。仁王立ちする春也は、土埃舞うグラウンドをマウンドから見下ろしていた。

「高校に入ってからの印象が、練習しかないのはどういうわけだ」

「そりゃ、授業を除けば部活しかしてないからだろうな」

 隣で一緒に守備練習中の矢島が、どこか遠くを見ながら春也に応じた。

「野球部で活躍してキャーキャー言われたところで、声をかけてきくれた女子とデートする暇もねえんだよ。彼女がいないのもある意味当然だろ」

「キャーキャー言われたんスか?」

「そこを突っ込むなよ、悲しくなるだろ」

「じゃあ活躍はしたんスか」

「近年じゃベスト8にも届いてねえよ。中央の高校が強いからな」

 やたらと練習はするが、実績は追いついていない。学校も野球部には期待しているだけに、就任して数年が経過している監督にも焦りが出始めている。結果、さらに練習がキツくなるのだと矢島が教えてくれた。

 強烈なノックを事もなげに捕球し、一塁へ送球する。甲高い声援が専用グラウンドに響いた。普段は立ち入りが禁止されている外野スタンドが、新入生の見学のため特別に解放されていた。

「チッ、あんま調子に乗ってんじゃねえぞ」

 いつかどこかで聞いたことのある台詞が、春也の耳朶を打った。見れば一緒に投手として練習中の3年と2年が腹立たしげにしていた。

「高校でも逆恨み先輩がいるんスね」

「おい、全員そのあだ名で呼んだら誰が誰だかわかんなくなるぞ」

「大丈夫っス、本家本元は一人だけなんで」

「俺のことだな……ハア、ま、高木にあれこれ言っても無駄だしな」

「わかってるじゃないスか」

「おい、無視すんな。矢島も何で舐めた口利かせてんだよ」

 矢島は春也が学年しか知らない先輩に詰め寄られ、宥めるのかと思いきや呆れたように肩を竦めた。

「お前こそ変につっかかかるなよ、監督からも手を出すのは厳禁って言われてんだろ」

 活躍を期待されている春也たちが、間違っても虐めなどを苦に部活を辞めたりしないよう、部員には事前に強く忠告されているらしかった。

「監督の耳に入ったら良くて厳重注意、悪ければ謹慎、最悪は退部どころか停学だってあり得るぞ」

「チッ、特別扱いなんぞしてるから、他の1年も調子に乗りやがるんだよ」

 苛立ちを紛らわすように、足元を蹴り上げる。余計に土が舞い、見ていた監督にドヤされる。

「これで俺に怒ったりしたら、本気で逆恨み先輩の二代目就任が決まるっスよ」

「クソッ、いい気になってんじゃねえぞ」

 ノックを受けに出た先輩の背中を見つつ、春也は隣の矢島に尋ねる。

「最初の調子に乗るなと何が違うんスかね」

「言ってやるな。3年になってようやく先輩風を吹かせられると思ったら、自分たちより期待されてる1年が入ったせいで影が薄くなっちまったからな。アイツが狙ってる女子も、話題のお前らにキャーキャー言ってるらしいし」

「それこそ逆恨みじゃないスか。その女先輩に、睨まれたくないからこっち見んなとでも言っとけばいいっスかね」

「奴のトラウマになりかねない修羅場が発生しそうだから勘弁してやってくれ。あれでも根はいい奴なんだがな」

「偉ぶれなくて拗ねてるのにっスか?」

「……辛辣過ぎて胸が痛えよ。特に昔が似てた俺にとってはな」

 矢島が苦笑する。いまだに春也から逆恨み先輩と呼ばれているが、逆に親しみが湧くのか、1年からは熊先輩ともども人気になっていたりする。

   *

「はー……男子は面倒臭えな」

 逆恨み先輩2号が誕生したその日の夜。春也は早速、恋人の女性に電話をかけていた。毎回、またかけてきたのかよと言葉だけは面倒がるが、声色で喜んでいるのがわかるところも、陽向の可愛らしい一面だったりする。

 お互いの体調を確認してから、春也が本題とばかりに今日の出来事を報告すると、つい先ほどの溜息混じりの感想が返ってきたのだった。

「女子はそういうのがないのか?」

 春也が入学する頃には姉は卒業しているので、ソフトボール部の練習を詳しく見学したことはない。さらにその姉自体はどの学校でも、仲間と楽しくやっている印象しかなかった。

「俺たちは……あー……いや、あるな。虐めとは違うけど、ついこの間もほっちゃんが先輩に絡まれてた……と言えるかどうかは微妙なとこだったが、とりあえず一悶着は起こしてた」

「相変わらずだな、姉ちゃんは。ま、問題があってものぞねーちゃんとかが何とかするだろ……物理的に」

「冗談だって笑えねえのが怖いな」

「で、何が原因で揉めたんだ?」

「いちいち説明する必要もないだろ」

 その一言だけでピンとくる。春也も伊達に長い間、穂月の弟をしていない。

「演劇関連か。さすがに大学にはそれ用のサークルもあるだろうし……兼任が駄目って言われたのか?」

「そういうこったな。で、キャプテンがどうしてもってんなら自分の屍を越えてけみたいなことを言いだして、実際に死屍累々になった」

「物理的にやったのか」

「ソフトボール勝負って形だったけどな」

 穂月が投げるボールを上級生が打てれば勝ち。大学で鍛えてきた立場からすれば、新入生に負けるわけがないと思ったのだろう。ところがインターハイチャンピオンチーム主戦の実力は予想以上だった。

「んで、悉く負けて、結局は姉ちゃんの演劇を認めたってわけか」

「しかもいつも通りの展開になった」

「ソフトボール部自体が演劇部と兼任みたいになったのか」

 姉ちゃんもよくやるよと笑いかけ、春也は唐突に閃いた。

「それだ! わけわからん逆恨みは実力で黙らせればいいんだよ!」

「おう、その意気だ! けど停学沙汰は駄目だぞ」

「まーねえちゃんって見た目不良なわりに、中身は意外と乙女だよな」

「うるせえよ! あとそもそも俺は不良じゃねえ!」

   *

「そんなわけで勝負っス。先輩が勝ったら家来にでも何でもなるっスけど、俺が勝ったら逆恨みとか変に先輩風吹かすのはなしでお願いするっス」

 翌日の部活時間に、春也は早速密かに立案した計画を実行に移した。

 標的にされた先輩が嫌そうな顔で拒絶しようとして、その前に主将でもある熊先輩が朗らかに応じた。

「野球のわだかまりは野球で解決するのが一番だ。俺が捕手をやってやろう」

「春也に恩を売って、穂月さんに活躍を伝えて貰う気か。熊のくせにセコイ手を……いや、使えるな。よし、捕手は俺がやってやろう」

 下心満々で智希も挙手をするが、当の先輩たちが難色を示した。

「俺は投手だぞ、打撃は野手ほどじゃない」

「高校野球じゃ投手の打撃も必要っスよ、それに俺も同じ立場なんで不公平がなくていいじゃないスか」

「チッ……どこまでも調子に乗りやがって」

「さっさと始めるぞ、監督が来る前に勝負を決めちまわないとな」

「おい、熊! 俺が捕手をすると言っただろうが!」

「先輩権限だ」

「春也、熊の横暴さを穂月さんに伝えておいてくれ」

「智希、それは駄目だろ!」

 ギャーギャーと小学生みたいな言い争いを経て、春也が投げる時は智希が、対戦相手には熊先輩がキャッチャーミットを構えることになった。

「俺だってエースを目指して今日まで頑張ってきたんだ、こんなポッと出の1年に渡してたまるかよ!」

 先攻は春也に決まり、勝負が始まった。

   *

 投球練習を終え、春也は守備練習に混ざるなり、同じメニューを消化中の矢島に話しかける。

「2号先輩、すっかり意気消沈してるっスね」

「そのあだ名はお前……いや、他意はないだろうからいい……わけもないが、先に仕掛けたのは向こうだしな。しばらくは俺と同じ道を歩んでもらうとするか」

 中学時代に春也と因縁があっただけに、矢島は幾度も該当の3年生に止めておけと忠告していたらしい。熊先輩も同様の心配をしていたそうだが、当人に一切聞き入れる気がなかったため、痛い目にあうのも勉強と部活前の勝負を容認することにしたと、ついさっき教えられたばかりだった。

「高木に負けたあとに、認められなくて対戦を挑んだ小山田と柳井にもあっさり打たれたからな。プライドはボロボロだろう」

「まぐれだなんだ騒いで、その後に立った打席で俺のボールに掠りもしなかったっスしね。気を遣って全部真っ直ぐにしたのに」

「余計に効いたろうな。結局、柳井のボールも打てなかったし」

 今も肩を落としている春也命名2号先輩は、暗い顔のまま終始こちらと目を合わせようとはしない。完全に心が折れたみたいだった。

「今後の面倒事を避けるためとはいえ、ちょっとやり過ぎたっスかね」

「そんなことないだろ」

 当たり前に返した矢島も、勝負の見届け人となった主将も最後まで勝手に挑んだ春也を叱責しようとしなかった。

「世の中、野球に限らず上には上がいる。敵わないと知って諦めるようならそこまでだろ。人によっては厳しいって言うかもしれないけどな」

「中学時代とは別人っスね」

「うるせえよ。でもそれがあったからこそ、俺も図太く成長できてるわけだしな。何事も経験だよ」

「被害者だった俺らはたまったもんじゃなかったスけど」

「才能を持つ者の宿命……って言うのは自分勝手すぎるな。すまなかったな」

 頭を下げてからニッと笑い、矢島はノックの打球に対して華麗なフィールディングを披露する。

「投球練習を見てても思いましたけど、本当に中学時代とは別物っスね」

「才能がない分だけ努力したからな。おかげで今も虎視眈々ともっとも若い背番号を狙っていられる」

「いいっスね、でも俺だって譲らないっスよ。1年だからって遠慮もしないし」

「お前にそんな意味不明な気遣いは、最初から期待してねえよ」

 春也が笑みを浮かべると、すかさず矢島も返してきた。どちらからともなく拳を合わせ、また笑う。そんな青春真っ盛りの光景を、いまだ意気消沈中の3年生がどこか羨ましそうに眺めていた。
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