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春也の高校編
最初の甲子園地方予選が始まり、そして監督の悲哀を知りました
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夏の甲子園予選前、春也に手渡された番号は春と同じ11だった。1年生なので仕方ないといえば仕方ないが、エースナンバーを目指していただけに悔しさが募る。だからといって、表立って感情を露わにしたりはしないが。
「逆恨み先輩、おめでとうございます」
「おう……って、素直に祝福してる顔じゃねえな」
本能と努力が鬩ぎ合った結果、春也は矢島が反射的に後退りするような笑みを浮かべてしまっていた。
「ま、悔しいのもわかるけどな。俺も嬉しさ半分ってとこだし」
「どうしてっスか」
「誰の目から見てもお前の方が実力あるだろ。3年間頑張ったのは間違いないが、ご褒美的な名目で与えられてもな」
矢島は両手で持った背番号1を見つめながら、どこか寂しそうにする。
「素直に受け取っておけよ」
その矢島の肩をポンと叩いたのは、背番号2を手にした熊先輩だった。
「監督がそれだけ評価してくれたってことだし、何より3年で背番号を貰えなかった奴もいる。高木も悔しいのはわかるが、あまり不服そうにするなよ」
少しばかり俯いてから顔を上げた3年生の1人は、若干瞳に涙を潤ませながらもレギュラーナンバーを貰った仲間に激励の声をかけていた。
その姿を見れば、いかに春也でも思うところはある。
「そうっスね、背番号が貰えたんだから、感謝して一生懸命やるっスよ」
「その意気だ、柳井と小山田もいいな」
13を貰った晋悟はいつになく真面目な顔つきで頷き、智希は12と書かれた背番号をひらひらさせながら、
「俺は譲っても構わないんだがな。その代わり当日は代返をしてもらいたい。そうすれば大手を振って姉さんに会いに行けるからな」
剣呑な空気が、即座に痛い子を見る視線とともに霧散する。智希という特殊な人間について、部員が着実に理解を深めている証拠だった。
「1年生で背番号を貰えたのは3人だけだね」
周囲に気を遣ってか、マネージャーの要がニコニコ笑顔を封印しながらも、嬉しさを隠せないといった様子で声をかけてきた。
「春也君は彼女さんに報告するのかな?」
「あー……エースナンバーを取るって言っちまったからな。ちょっと報告し辛い部分はあるな」
「おいおい、頼むから逆恨み後輩になってくれるなよ」
笑顔を取り戻した矢島に背中を叩かれ、春也は一瞬だけ顔を顰めたがすぐに笑みを返した。勝手なあだ名をつけた先輩が、血の滲むような努力をしていたのを見てきたからだ。
*
「そんなわけで俺のエースナンバーが強奪された」
夜になって電話で報告をするなり、大学生の恋人は噴き出した。
「いつからお前のになってたんだよ」
「最初からだな」
「とんでもない自信だな」
「姉ちゃんが常に1を貰ってんのを見てきたからな」
春也に限っていえば中学でも1年生時はエースナンバーを背負えていなかったが、その頃と今では自信の大きさが違っていた。
「ほっちゃんは特別だからな、お前も同じかもしれないが」
「気を遣ってくれなくてもいいって」
「んなわけないだろ、1年で11番をつけて先発もできそうなんだろ? 十分な戦果じゃねえか。ついでに残りの2人もな」
「晋悟は外野の守備力と走力が抜群だし、控え投手もできるからな。昔から学年が若いうちは便利屋みたいに使われてたとこあるし。智希も捕手の実力はあるからな。熊先輩がいなくなったら、間違いなくポジション取るだろうし」
「熊先輩ってあれか、ちょくちょくほっちゃんに挨拶に来ては、固まったまま動けなくなるデカイのか」
「……あの人、んなことやってたのか。姉ちゃんの反応はどんな感じだったんだ?」
「決まってるだろ、いつもの通り首を傾げておーって言って終わりだよ」
「熊先輩も報われねえな」
「ああ、やっぱりそういうことだったのか」
「見てれば丸わかりだろ」
「俺は色恋にあんま詳しくねえからな。その割に仲間うちで最初に彼氏持ちになっちまったけど」
「その様子じゃ、まだ姉ちゃんたちにいじられてんのか」
「当たり前だろ、ついでに先輩たちの風当たりも強くなった」
「そこら辺はどこの部活も一緒か」
同時に盛大な溜息をついてから、陽向が思い出したように質問する。
「例の先輩の件はどうなったんだ?」
「2号先輩か、あの人も背番号は貰ってたよ、18だったけど」
「控えの控えみたいな感じか」
「3年生だし、最後に出番は貰えるんじゃないかな。2年の先輩はベンチ入りすらできなかったな。パパには言えないけど、ウチの高校、そんなに選手層は厚くないんだけどさ」
「本人の前では言ってやるなよ」
当たり前だと返してから、春也は陽向の近況について尋ねる。
とりとめのない会話から笑い声を響かせる。野球に励むのも大好きだが、春也は恋人とこうした時間を過ごすのも大好きだった。
*
中学時代とは違い、関係者のみならず野球ファンもそれなりに詰めかける球場。予選開始前にして南高校の野球部員たちは緊張の面持ちを強くしていた。
「智希はまったく緊張してなさそうだな」
「俺はむしろ、姉さんが見に来てない試合で、どうして体に余計な力が入るのか疑問なんだが」
春也でさえ多少はプレッシャーを感じるのに、友人はいつもの調子だった。たまに腹立たしくなったりもするが、常に同じおかげで平静を保てているのも事実だ。
「智希を見てると安心するな」
「貴様に見られるより、姉さんを見つめていたいんだが」
「さすがに無理だろ、俺もまーねえちゃんに来てほしかったけどな」
大学生にも大会はあるので、チームメイトと一緒に練習に励んでいるのは想像に難くない。昨夜に交わした言葉を思い出しては慰めにしつつ、春也は試合前の練習に臨む。今日の先発は矢島だが、春也も遊撃のレギュラーとして出場する。
「智希君もファーストで出場できてたはずなんだけど……」
近くで聞いていた晋悟が会話に混ざってきた。
「姉さんと違う守備位置で出場するなど冒涜にも程がある」
「お前の考え自体が野球への冒涜だけどな」
「くだらんな、他を思いやるより自分を優先させてこその人生だろうが」
「そうやってストーカーはストーカーになっていくんだな、勉強になったわ」
「フッ、貴様も励むんだな」
「いやいや奨励しちゃ不味いし、智希君も少しは大人になろうよ。選手が出場を断るなんて前代未聞だからね!? 監督凄い顔してたからね!?」
涙目で両手をブンブン振る晋悟は、どこか姉の小さな友人に似ていて、春也は試合前の緊張も忘れて噴き出してしまう。
「それで最後には晋悟が怒られるんだよな」
「わかってるなら、そろそろ僕の精神的負担を減らしてくれないかな!?」
*
春の大会でシード権を得ていたのもあり、南高校は二回戦が初戦となったが、その試合を矢島が完封した。春也も4打数3安打で打点を2つ挙げた。
続く試合は春也が先発の機会を得て負けじと完封。南高校は最初から全中を制覇した選手が多く入学したと注目を集めていたが、2試合でさらに観戦に来る人間が増えた。その中には春也が以前声をかけられた男性も含まれていた。
「あ、プロのスカウトが来てる」
額に手を当て、陽向が応援席にいないか探していた最中、春也がふと漏らした一言にベンチ内がザワめいた。
「何で高木が知ってるんだよ」
前の試合で先発した矢島が慌てて身を乗り出す。普段は部員を落ち着かせる役目の主将も、この時ばかりは落ち着きなく周囲をキョロキョロし始める。
「あそこに座ってるのがそうっスね、前に名刺を貰ったから間違いないっス」
「名刺って……本当かよ」
「嘘ついてどうするんスか、なんでも東北担当らしいっスよ」
「考えてみれば軟式とはいえ全国制覇したチームのエースだったんだもんな」
普段と違う目で矢島に見られ、春也は少し気持ち悪さを感じてしまう。
「そこまで注目されてないっスよ、最初の登板試合は来てなかったし。決勝まで来たから思い出したように見に来たんじゃないスかね」
「それでも1年の頃から注目されるのは凄えだろ。はー……俺はそういう奴と争ってエースナンバーを手に入れたんだな」
「決勝の先発を任されたのは俺スけどね」
「バーカ、譲ってやったんだよ」
「じゃ、その分だけいいピッチングをしないと駄目っスね」
パアンと頬を叩き、春也は気合を入れ直して自分が立つ予定のマウンドを見据えた。
*
予想外の大差で決勝戦を制し、南高校は久しぶりに甲子園出場を決めた。途中から春也がショートに回り、矢島がマウンドに立つという余裕ぶりだった。
祝勝会には何故か春也の父親に加え、前回出場時のエースだった宏和も参加していた。
「1年目からあっさり出場を決めるとはな。硬式に変わっても関係なしだな、お前は!」
すでに酔っぱらっているらしく、かなりの勢いで背中を叩かれる。顔を顰めた春也に、宏和の奥さんが困ったような笑みを浮かべて頭を下げてくれた。
「先輩方が頑張ったからだよ、俺1人の力じゃない」
「いつになく殊勝な言葉を吐いてるじゃないか」
やたらと上機嫌で、家族よりも春也の傍にいたがる矢島に肩を抱かれる。隣では小学校時代からの付き合いになる熊先輩もいた。
「先輩たちには負けるっスよ、あと監督にも……って何やってんスか、あれ」
誰が呼んだのか、ちゃっかり席についているソフトボール部監督の美由紀に監督がビールを注いでいた。
「見てくれましたか、高山先生。念願の甲子園出場を叶えましたよ。生徒たちのおかげではありますが、出場を決めたら先生に是非お話ししたいことが――」
「……自慢ですか? 自慢なんですか? それはそれはおめでとうございます。ソフトボール部は主力が抜けて初戦で負けてしまいましたけど、私は心が広いのでお祝いさせていただきますわ、ウフフ」
「いや、そういうことじゃなくて、あの、私は高山先生のことが……」
一生懸命想いを伝えようとしているみたいだが、勝手な解釈を続ける美由紀にそっぽを向かれてしまう。
「試合ではピンチでも動じない監督が涙目になってんぞ……」
矢島が見ていられないとばかりに目を逸らした。
「色々拗らせすぎると、他人の気持ちを素直に感じられなくなるんスね……」
「俺らも気を付けないとな……」
春也と熊先輩に反面教師にされているとも知らず、美由紀はタダ酒を呑みながら追いすがる監督を邪魔そうに振り払っていた。
「逆恨み先輩、おめでとうございます」
「おう……って、素直に祝福してる顔じゃねえな」
本能と努力が鬩ぎ合った結果、春也は矢島が反射的に後退りするような笑みを浮かべてしまっていた。
「ま、悔しいのもわかるけどな。俺も嬉しさ半分ってとこだし」
「どうしてっスか」
「誰の目から見てもお前の方が実力あるだろ。3年間頑張ったのは間違いないが、ご褒美的な名目で与えられてもな」
矢島は両手で持った背番号1を見つめながら、どこか寂しそうにする。
「素直に受け取っておけよ」
その矢島の肩をポンと叩いたのは、背番号2を手にした熊先輩だった。
「監督がそれだけ評価してくれたってことだし、何より3年で背番号を貰えなかった奴もいる。高木も悔しいのはわかるが、あまり不服そうにするなよ」
少しばかり俯いてから顔を上げた3年生の1人は、若干瞳に涙を潤ませながらもレギュラーナンバーを貰った仲間に激励の声をかけていた。
その姿を見れば、いかに春也でも思うところはある。
「そうっスね、背番号が貰えたんだから、感謝して一生懸命やるっスよ」
「その意気だ、柳井と小山田もいいな」
13を貰った晋悟はいつになく真面目な顔つきで頷き、智希は12と書かれた背番号をひらひらさせながら、
「俺は譲っても構わないんだがな。その代わり当日は代返をしてもらいたい。そうすれば大手を振って姉さんに会いに行けるからな」
剣呑な空気が、即座に痛い子を見る視線とともに霧散する。智希という特殊な人間について、部員が着実に理解を深めている証拠だった。
「1年生で背番号を貰えたのは3人だけだね」
周囲に気を遣ってか、マネージャーの要がニコニコ笑顔を封印しながらも、嬉しさを隠せないといった様子で声をかけてきた。
「春也君は彼女さんに報告するのかな?」
「あー……エースナンバーを取るって言っちまったからな。ちょっと報告し辛い部分はあるな」
「おいおい、頼むから逆恨み後輩になってくれるなよ」
笑顔を取り戻した矢島に背中を叩かれ、春也は一瞬だけ顔を顰めたがすぐに笑みを返した。勝手なあだ名をつけた先輩が、血の滲むような努力をしていたのを見てきたからだ。
*
「そんなわけで俺のエースナンバーが強奪された」
夜になって電話で報告をするなり、大学生の恋人は噴き出した。
「いつからお前のになってたんだよ」
「最初からだな」
「とんでもない自信だな」
「姉ちゃんが常に1を貰ってんのを見てきたからな」
春也に限っていえば中学でも1年生時はエースナンバーを背負えていなかったが、その頃と今では自信の大きさが違っていた。
「ほっちゃんは特別だからな、お前も同じかもしれないが」
「気を遣ってくれなくてもいいって」
「んなわけないだろ、1年で11番をつけて先発もできそうなんだろ? 十分な戦果じゃねえか。ついでに残りの2人もな」
「晋悟は外野の守備力と走力が抜群だし、控え投手もできるからな。昔から学年が若いうちは便利屋みたいに使われてたとこあるし。智希も捕手の実力はあるからな。熊先輩がいなくなったら、間違いなくポジション取るだろうし」
「熊先輩ってあれか、ちょくちょくほっちゃんに挨拶に来ては、固まったまま動けなくなるデカイのか」
「……あの人、んなことやってたのか。姉ちゃんの反応はどんな感じだったんだ?」
「決まってるだろ、いつもの通り首を傾げておーって言って終わりだよ」
「熊先輩も報われねえな」
「ああ、やっぱりそういうことだったのか」
「見てれば丸わかりだろ」
「俺は色恋にあんま詳しくねえからな。その割に仲間うちで最初に彼氏持ちになっちまったけど」
「その様子じゃ、まだ姉ちゃんたちにいじられてんのか」
「当たり前だろ、ついでに先輩たちの風当たりも強くなった」
「そこら辺はどこの部活も一緒か」
同時に盛大な溜息をついてから、陽向が思い出したように質問する。
「例の先輩の件はどうなったんだ?」
「2号先輩か、あの人も背番号は貰ってたよ、18だったけど」
「控えの控えみたいな感じか」
「3年生だし、最後に出番は貰えるんじゃないかな。2年の先輩はベンチ入りすらできなかったな。パパには言えないけど、ウチの高校、そんなに選手層は厚くないんだけどさ」
「本人の前では言ってやるなよ」
当たり前だと返してから、春也は陽向の近況について尋ねる。
とりとめのない会話から笑い声を響かせる。野球に励むのも大好きだが、春也は恋人とこうした時間を過ごすのも大好きだった。
*
中学時代とは違い、関係者のみならず野球ファンもそれなりに詰めかける球場。予選開始前にして南高校の野球部員たちは緊張の面持ちを強くしていた。
「智希はまったく緊張してなさそうだな」
「俺はむしろ、姉さんが見に来てない試合で、どうして体に余計な力が入るのか疑問なんだが」
春也でさえ多少はプレッシャーを感じるのに、友人はいつもの調子だった。たまに腹立たしくなったりもするが、常に同じおかげで平静を保てているのも事実だ。
「智希を見てると安心するな」
「貴様に見られるより、姉さんを見つめていたいんだが」
「さすがに無理だろ、俺もまーねえちゃんに来てほしかったけどな」
大学生にも大会はあるので、チームメイトと一緒に練習に励んでいるのは想像に難くない。昨夜に交わした言葉を思い出しては慰めにしつつ、春也は試合前の練習に臨む。今日の先発は矢島だが、春也も遊撃のレギュラーとして出場する。
「智希君もファーストで出場できてたはずなんだけど……」
近くで聞いていた晋悟が会話に混ざってきた。
「姉さんと違う守備位置で出場するなど冒涜にも程がある」
「お前の考え自体が野球への冒涜だけどな」
「くだらんな、他を思いやるより自分を優先させてこその人生だろうが」
「そうやってストーカーはストーカーになっていくんだな、勉強になったわ」
「フッ、貴様も励むんだな」
「いやいや奨励しちゃ不味いし、智希君も少しは大人になろうよ。選手が出場を断るなんて前代未聞だからね!? 監督凄い顔してたからね!?」
涙目で両手をブンブン振る晋悟は、どこか姉の小さな友人に似ていて、春也は試合前の緊張も忘れて噴き出してしまう。
「それで最後には晋悟が怒られるんだよな」
「わかってるなら、そろそろ僕の精神的負担を減らしてくれないかな!?」
*
春の大会でシード権を得ていたのもあり、南高校は二回戦が初戦となったが、その試合を矢島が完封した。春也も4打数3安打で打点を2つ挙げた。
続く試合は春也が先発の機会を得て負けじと完封。南高校は最初から全中を制覇した選手が多く入学したと注目を集めていたが、2試合でさらに観戦に来る人間が増えた。その中には春也が以前声をかけられた男性も含まれていた。
「あ、プロのスカウトが来てる」
額に手を当て、陽向が応援席にいないか探していた最中、春也がふと漏らした一言にベンチ内がザワめいた。
「何で高木が知ってるんだよ」
前の試合で先発した矢島が慌てて身を乗り出す。普段は部員を落ち着かせる役目の主将も、この時ばかりは落ち着きなく周囲をキョロキョロし始める。
「あそこに座ってるのがそうっスね、前に名刺を貰ったから間違いないっス」
「名刺って……本当かよ」
「嘘ついてどうするんスか、なんでも東北担当らしいっスよ」
「考えてみれば軟式とはいえ全国制覇したチームのエースだったんだもんな」
普段と違う目で矢島に見られ、春也は少し気持ち悪さを感じてしまう。
「そこまで注目されてないっスよ、最初の登板試合は来てなかったし。決勝まで来たから思い出したように見に来たんじゃないスかね」
「それでも1年の頃から注目されるのは凄えだろ。はー……俺はそういう奴と争ってエースナンバーを手に入れたんだな」
「決勝の先発を任されたのは俺スけどね」
「バーカ、譲ってやったんだよ」
「じゃ、その分だけいいピッチングをしないと駄目っスね」
パアンと頬を叩き、春也は気合を入れ直して自分が立つ予定のマウンドを見据えた。
*
予想外の大差で決勝戦を制し、南高校は久しぶりに甲子園出場を決めた。途中から春也がショートに回り、矢島がマウンドに立つという余裕ぶりだった。
祝勝会には何故か春也の父親に加え、前回出場時のエースだった宏和も参加していた。
「1年目からあっさり出場を決めるとはな。硬式に変わっても関係なしだな、お前は!」
すでに酔っぱらっているらしく、かなりの勢いで背中を叩かれる。顔を顰めた春也に、宏和の奥さんが困ったような笑みを浮かべて頭を下げてくれた。
「先輩方が頑張ったからだよ、俺1人の力じゃない」
「いつになく殊勝な言葉を吐いてるじゃないか」
やたらと上機嫌で、家族よりも春也の傍にいたがる矢島に肩を抱かれる。隣では小学校時代からの付き合いになる熊先輩もいた。
「先輩たちには負けるっスよ、あと監督にも……って何やってんスか、あれ」
誰が呼んだのか、ちゃっかり席についているソフトボール部監督の美由紀に監督がビールを注いでいた。
「見てくれましたか、高山先生。念願の甲子園出場を叶えましたよ。生徒たちのおかげではありますが、出場を決めたら先生に是非お話ししたいことが――」
「……自慢ですか? 自慢なんですか? それはそれはおめでとうございます。ソフトボール部は主力が抜けて初戦で負けてしまいましたけど、私は心が広いのでお祝いさせていただきますわ、ウフフ」
「いや、そういうことじゃなくて、あの、私は高山先生のことが……」
一生懸命想いを伝えようとしているみたいだが、勝手な解釈を続ける美由紀にそっぽを向かれてしまう。
「試合ではピンチでも動じない監督が涙目になってんぞ……」
矢島が見ていられないとばかりに目を逸らした。
「色々拗らせすぎると、他人の気持ちを素直に感じられなくなるんスね……」
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