その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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春也の高校編

順調だった春の大会、しかし部員の間でとある病が蔓延して大惨事になりました!?

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 春の甲子園を歯噛みしながら眺め、やる気も新たに2年生へ進級した春也は、丁度良い春の日差しを浴びながらマウンドに立っていた。

 揃って1年時から同じ担任に指導されることになった友人2人も、新3年生が主力のチームできっちりレギュラーとして出場中だ。

 振り抜いた腕から放った白球が、糸を引くような綺麗なラインを描いて智希のキャッチャーミットに収まる。球審の右手が上がり、三振をコールする。これで5者連続。相手高校の応援席から溜息が聞こえてきた。

「へっ、俺が終わったとかぬかしてた奴らも、これで目を覚ますだろ」

 調子乗り後輩という不名誉な称号は今日で返上だと、気合を入れ直して次の打者と対戦する。

 春の大会で上位に入れば夏の予選でシード権を得られる。投げたがりの春也からすれば疲労はあまり関係ないのだが、なんとなく気分が良いのでシード校になれるのであればなりたいというのが本音だった。

   *

 監督が連投をあまり好まないので、勝ち抜けば当然春也以外のピッチャーがマウンドに上がる回数も増える。

 その場合はショートに入り、守備と打撃に力を入れることになる。晋悟は中堅のレギュラーなので、必然的に投手の2番手は逆恨み先輩3号になる。

「3号……じゃなかった、激振られ先輩、集中していきましょう!」

「その呼び方止めろよ……事実だけど力が抜けるじゃねえか……」

 イニングの合間に激励すると、実に見事な迷惑顔が返ってきた。

 朱華という高値の花に挑んで撃沈したのは、春也だけでなく高梨に同行していた友人たちも当然目撃しており、情報はあっという間に拡散された。

「ここで活躍すると、今度こそ彼女ができるかもしれないスよ。熊先輩だって見つけてたくらいっスから、あーと……何先輩って呼べばいいスかね?」

「普通に高梨でいいだろうが!」

 などとやり取りをしてから投球練習に入る高梨。春也の入学当初はそこまで凄いとは思えなかったが、卒業した矢島と同様に3年生になるまでグッと実力を伸ばした1人だった。

「ちくしょう! 俺だって美人な彼女が欲しいってのに!」

「わざわざ美人ってつけるから駄目なんじゃないスかね」

 そもそも投球中にそんな願望を大声で叫んでいるから、さほど容姿が悪くないのに三枚目扱いされて女性人気が高まらないのである。守備に就きながら、誰に聞こえなくともツッコミを入れた春也も大概だが。

   *

 県大会を制し、春の東北大会にまで駒を進めた南高校。ここまでくるとシード権は確定しているが、夏のためにも強い学校との対戦経験を増やしておきたかった。

 初戦のマウンドを任されたのはもちろん春也だ。昨年の秋から背負い続けているエースナンバーに相応しい投球をするべく、歯を食いしばって力のある速球を放った。

 ――つもりだったが、相手打者にあっさりセンター前へ弾き返された。緊張も解けていないうちからランナーを背負い、思わず真顔で瞬きをしてしまう。

「貴様は阿呆か」

 背番号2を与えられている友人が、マウンドに来るなりお決まりのフレーズで、春也を叱責した。

「力を入れすぎると碌な結果にならんと、まだ理解できんのか」

「いやー、つい気合が入っちゃうんだよな」

「これでは調子乗りから空回り後輩に進化するのも時間の問題だな」

「うっ……それだけは勘弁してくれ……」

「なら普段通りを心掛けろ」

「そうは言うけど、デカい大会になるほど難しいんだよ」

「ならばあの似非ヤンキーとデートしてる場面でも想像しながら投げろ」

「よし、やってみるか。ちなみに似非ヤンキー呼ばわりはチクッとくからな」

 春也が半目で睨むも、友人は気にする様子もなくフンと鼻を鳴らした。

「好きにすればよかろう、その程度で俺が――」

「本人じゃなくて姉ちゃんにだから。怒ったりしてのぞねーちゃんに文句言ったらどうなるんだろうな」

「貴様、友を売る気か!」

 本気で焦りだした親友を見て、しばらくはこれで暴走を止められそうだと、春也は内心でほくそ笑んだ。

   *

 優勝こそ逃したものの、東北大会でベスト4に入り、南高校関係者は昨秋の醜態をなかったことにして野球部へ改めて期待するようになった。

 夏が近づくほどにOBからの差し入れも増える。中でも一番多かったのがムーンリーフからのパンだったりしたが。

 あとは甲子園予選までに体調を整えていくだけかと思いきや、いまだ彼女募集中の高梨が精神面も大事とか言い始めた。

 部室で先に着替えを終え、ロッカーを強めに閉めると拳を振り上げる。

「夏と言えば野球、野球といえば応援に来てくれる彼女だ! 甲子園前に激励のお弁当なんて貰えたら野球部冥利に尽きるだろう!」

「いや、普通は野球に集中したいから会うのを控えるようになるんじゃないスか」

「それは彼女持ちの意見だ!」

 冷静な指摘をしたと自負する春也に、拳を突きつけて高梨が吠えた。部員の大半も力強く頷き、2年になって違うクラスになったマネージャーがどうしようかと言いたげな苦笑を浮かべる。

「野球部が人気だったのは過去の話。今じゃサッカーやバスケといった軟弱な連中に後れを取っている!」

「別に軟弱じゃないし、そもそもその理論でいくと柔道部とかが1番モテてないとおかしいっスよ?」

「屁理屈など聞きたくない!」

 またしても指摘を力任せに却下され、さしもの春也も呆れて肩を竦める。

 熱弁を振るう高梨に、主将まで同意しているあたり、3年の恋人欲しい病はかなり進行しているみたいだった。

「マネージャーの友達で彼氏欲しいって奴はいないのか?」

「それを聞く? 彼女持ちになったところで、学年の女子大半の人気を占める3人組の1人が」

 ジト目で見られた春也が何か言うより先に、血気盛んな高梨がまた吠えた。

「その通りだ! 富める者だけが富むこの世界を許せるか!」

「んなこと言われてもな……智希はどう思う?」

「くだらんからさっさと帰らせてもらうぞ。貴様らもそんなに暇ならついてこい、一緒に姉さんの写真を眺める栄誉を与えてやろう」

「却下だ却下! それより女子大生の方々を小山田の彼女さんやお姉さんにお願いして、紹介してもらってくれ!」

「つーか先輩、高望みしすぎたせいで激振られしたばっかじゃないスか」

「その通りだ! おかげで俺のメンタルはボロボロだ! 責任を取れ! いや、取ってください! お願いだから!」

「うおお! 足元に縋りつかないでくださいよ! 晋悟、何とかしてくれ!」

「えええ!? ここで僕に振らないでもらえるかな!?」

   *

 あまりに必死な3年生たちに土下座までされ、断り切れなくなった春也は仕方なしに陽向を通して朱華に相談した。

 向こうは向こうで大会を控えているのだが、事態が意外に深刻だとわかると快く了承してくれた。

 それからおよそ1週間後――。

「今日も練習頑張るぞ!」

 主将の号令に、高梨を含めた3年生が中心となって「おう!」と返す。

「そういや、あーねえちゃんとアドレス交換したみたいスね」

 ノック待ちの間、春也はマウンドの斜め後ろで横に並んでいる高梨に話しかけた。

 朱華が声をかけたことで、県大学ソフトボール部と南高校野球部に繋がりが生まれ、大半の男子が女性のメールアドレスをゲットできたのである。

「そうなんだよ! しかもついに明日デートだよ!」

「もうすぐ予選なのに、そんなんでいいんスか?」

「そのためのデートだろうが! 心身が充実してないと実力が発揮できないんだよ!」

「まあ一理あるかもしれないスけど……」

「だろ!? だろ!? あー、マジで楽しみだわ」

 明日のイメージトレーニングでもしてるのか、高梨がどこか遠くを見始める。若干の面倒臭さはあるものの、相手が友人の姉で、しかも春也から頼んだだけに一応は気にして会話を継続する。

「どこに行くとか決めたんスか?」

「朱華さんから一緒に気持ちいい汗を流しましょうってきたんだよ! しかも最後にハートマークだぞ! ハートマーク!」

「あ、もうオチ読めたんでいいっス」

「何言ってんだよ、ハートマーク付きでそんなわけねえだろ!」

「今時、普通に使うでしょ、どこのおっさんスか」

「ハッ! そんなこと言うってことは高木はまだなんだな。悪いが先に大人にならせてもらうぜ!」

   *

 そして翌日。陽向からデートに誘われた春也は、県大学近くの公園で汗を流す男女を見かける。

「で、大人先輩、気持ちいい汗はかけてるスか」

「高木……虐めは駄目なんだぞ……」

 遠い目をして額の汗を拭う高梨。周囲には同様の誘い文句に釣られた、哀れな思春期男子たちも勢揃いしていた。

「あのあーねえちゃんが大会前に男とイチャコラするわけないんスよ」

「ちくしょおおお! 青春なんてくそったれだあああ!」

 ヤケクソになってソフトボール部の基礎練習に付き合う高梨。

「阿呆か、貴様は」

 腕を組んで見ていた智希がフンと鼻を鳴らした。晋悟も含めてこの場にいるのは、それぞれの彼女に誘われたからだ。恐らく野球部員が万が一にでも暴走した場合に備えて招集されたのだろう。

「事実はどうあれ、女子大生と汗を流したのは事実だろう。明日の学校でそのまま伝えればいいだろうが」

「小山田……お前、天才だな!」

 一気に晴れやかな笑みを取り戻す3年生たち。

 そしてその姿を気の毒そうに眺める晋悟。

「誤解でも何でも、その話が広まればますます彼女を作るのが難しくなると思うんだけど……」

「まあ……幸せそうだからいいんじゃねえか? 智希も悪気があったわけじゃなさそうだしな」

「当たり前だ。むしろ連中に武勇伝をくれてやったのだから、感謝してほしいくらいだ」

 などと言われているとは知らず、朱華の「次はノックね」という声に、高梨は元気よく「うえーい」と返事をしていた。
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