その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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春也の高校編

モテるのがいいこととは限りません!? 嫉妬心から行動すると碌な結果にならないものです

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「うおお、ろくに外が歩けねえ!」

 南高校初めての甲子園優勝を果たし、祝勝会で疲れた翌朝に宿舎の周りを散歩しようとして、春也は数秒で断念した。

「貴様は阿呆か。あれだけテレビに映った有名人が、変装もなしに外へ出れば騒ぎになって当然だろうが」

 部員が大勢で眠っている和室から起き出してきたらしい智希に、玄関前で呆れ果てた溜息をつかれる。

「大会が終わったから平気かと思ったんだよ」

「阿呆すぎて処置なしだな。大会中から顔を見せただけでキャーキャー言われてたんだぞ。そう簡単に落ち着くものか」

「何か欲しいものがあるのなら、僕たちで行ってくるよ」

 響き渡った黄色い声で目が覚めたのか、晋悟も顔を見せた。

「いや、散歩するだけのつもりだったんだが……サングラスとマスクでもつければいいのか?」

「不審者丸出しの格好だね。そんな人間が旅館から出てくれば、余計に怪しまれることになると思うよ」

「その点は同意するが、晋悟とて迂闊に外は歩けまい」

 言うが早いか、智希は首を傾げた友人を玄関から押し出した。

 途端に復活する騒がしさ。大多数が女性で、中にはファンレターやプレゼントを渡そうとする人間もいた。

「な、何でこんなことになってるのかな!?」

「お前も登板しただろう。それでなくてもセンターとして全試合に出場し、随所でファインプレーもしている。甲子園のファンであれば目をつけておかしくあるまい」

「そうなんだ……全然気付いてなかったよ……」

「春也が1番人気だからな。奴と一緒にいれば、自分にも興味が向いているとはなかなか思えないのも当然だ」

 したり顔で説明する智希に、春也は「お前はどうなんだよ」と尋ねる。

「マスクでほとんど顔が隠れている俺が何故、女どもに騒がれなければならんのだ」

「じゃあ試してみよう」

 今度は春也が智希を押し出した。

 直後に押し寄せる絶叫の大波。流されるように智希は戻ってきたが、晋悟とは違って僅かたりとも動じてはいなかった。

「奴らは阿呆か」

「面と向かって言わないようにね!?」

「そうだ! そんなにいらないなら俺にくれよ!」

 やはり騒動に導かれ、高梨が他の部員と一緒に会話へ乱入してきた。

「俺だって投げたんだぞ!? そりゃ、高木よりは少なかったさ。球場が沸くような活躍もできなかったさ! でも一応は抑えただろ! 頑張っただろ!」

 ガチ泣きする高梨。同じく瞳に涙を浮かべ、その肩を叩く主将。誰も彼もが哀れな控え投手に同情していた。

「一応試してみるか」

 Tシャツの襟首を掴み、猫のようにひょいと玄関から出してみる。茫然とする高梨の姿に、女性陣は上げかけた歓声を溜息に変えた。

「あんまりだろ! いくら何でもあんまりすぎるだろ! 何だよ、あの反応! 虐めだろ!? 虐めだよな!? メールする相手は文部科学大臣とかでいいのか!?」

「落ち着いてください、激振られ先輩!」

「振られてねえよ! 相手にされなかっただけだよ! 言わせんなよ! 涙が止まらねえよ、ちくしょう!」

「大丈夫っス。先輩たちにはまだ県大学ソフトボール部のお姉さん方がいるじゃないスか」

「その通りだ! 高木、いいこと言った! ミーハーな連中なんてこっちからお断りだ! 朱華さんなら……朱華さんならきっと俺を受け入れてくれる!」

   *

 地元へ凱旋する前に力説していた高梨だったが、告白は見るも無残に散る結果となって終わった。しかも他の部員ともどもである。

「全滅とは恐れ入ったっス」

「うるせえよ!」

 甲子園が終わってようやく夏休みを堪能できるようになったが、地元でもかなりのフィーバーぶりで、特に春也たちは道を歩いているだけで他校も含めた女子生徒に囲まれた。

 そのため、遊ぼうとすればこうして少し離れた海とかまで来るしかなかった。

「けど高木の爺ちゃんが知ってる穴場って言ってたから、もっと寂れた感じを想像してたけど、普通にいいとこじゃねえか。海の家は潰れかけのボロ一軒しかねえけど」

「先輩にピッタリじゃないスか」

「ますますうるせえよ!」

 夏休みも終盤になるまで海水浴に来られなかったので、部員たちはここぞとばかりにはしゃぎまくる。

 厳しい練習が休みなのもあるが、大いに盛り上がる理由は他にもあった。

「朱華さん……超綺麗だ……」

「超激振られ先輩になったのに、まだ懲りてないんスか」

「それでも! 女子大生のお姉様たちと海に来られただけで満足なんだよ!」

 見れば高梨同様に、想い想いのソフトボール部員に振られた面々も感動の面持ちで頷いていた。

「先輩たち、そこまで女に飢えてたんスか」

「黙ってても寄って来るリア充にはわからねえだろうよ!」

「リア充はリア充でも智希みたいなのもいるスけどね」

 話題に上がった友人は影のごとく姉に付き従っている。それでも時折恋人関係になった穂月にも気を遣い、飲み物などを手渡す。

「彼氏っていうより執事扱いなのに……どうしてアイツは幸せそうなんだ」

「人の幸せなんてそれぞれってことっスよ。じゃあ、俺は彼女が呼んでるんで」

「ちくしょう! 調子乗り後輩らしく、はしゃいでクラゲにでも刺されちまえ!」

   *

 監督から直々に晋悟が主将に指名され、新チーム主体の練習が南高校のグラウンドで開始される。夏休みにもかかわらず大勢の女子生徒が見学したがったが、浮足立つ部員とは裏腹に厳しい顔つきの監督は最後まで許可しなかった。

「甲子園優勝しても、美由紀先生とは上手くいかなかったんだな」

「声が大きいよ! そうやって監督に聞かれたら、僕が言ったとか言い出すんだよね!?」

「よく知ってるな」

「だから主将命令で部活中の私語は禁止するよ!」

「横暴だな、おい」

 言いながら春也は夏の疲れを取るために、軽いランニングや基礎体力を強化するための練習に終始する。

「そういや3年はどこにいるんだ? まだ国体だってあるのに」

「一般グラウンドの方だよ」

 他の部員を引っ張るためにそばを離れた晋悟に代わり、監督から目付を言い使ったマネージャーの要が答えた。彼女の指差した方角から、微かに黄色い歓声も聞こえてくる。

「なるほど、先輩たちにも幸せな思い出を作らせようとしてんのか。同じ振られ属性持ちには優しいな」

「聞こえたら練習を増やされちゃうよ?」

「大歓迎だな。強くなれるならどんなメニューも文句言わずにやるさ」

 実力だけでなく、練習量でも部内でトップをひた走るのが春也だった。おかげでサボろうとする部員はあまり出て来ず、監督も評価しているので、たまにランニングと称して県中央まで陽向に会いに行っても、文句を言われないのである。

「相変わらず春也君は恰好いいね」

「んなこと言っていいのか、彼氏に嫉妬されるぞ?」

「この場にいないから大丈夫よ。それに大学の練習でヒーヒー言ってるみたいだし」

 クスクスと楽しそうに笑う要。春也を褒めながらも、想いはきっちり彼氏の矢島に捧げられているのがわかる。

「マネージャーもやっぱり県大学に行くのか?」

「そのつもりだけど……春也君はどうするの?」

「さてな。考え始めなきゃいけないんだろうけど、まずは秋の大会だな。去年みたいな無様は晒せねえし、仮にそんな真似したら今度こそまーねえちゃんに愛想尽かされかねないからな」

「陽向先輩に限って、その心配は不要だと思うけど」

「奇遇だな、俺も同意見だ」

「うわー、自分で言っておきながらだよ、ウフフ、ご馳走様でした」

「マネージャーの方こそな、逆恨み先輩によろしく」

「その呼び方も懐かしいね」

   *

 なんて和気藹々と部活を終えたその日の夜。自室でのんびりしていた春也は、電話をかけてきた恋人の不機嫌な声に首を傾げた。

「何かあったのか?」

「とある情報筋によると、練習でキャーキャー言われて鼻の下を伸ばしてるそうじゃねえか」

「……何言ってんだ? そもそも監督が許可出さなかったから、野球部のグラウンドに女子はいなかったぞ。言われてたとしたら、特別に一般グラウンドで練習してた3年の方だし」

「そうなのか? 俺が聞いた話と違うな」

「ちなみに誰から何を聞いたんだ?」

「矢島から春也がデレデレしまくってるから、手綱を握り直した方がいいって」

「あー……それ多分、嫉妬じゃないかな」

 そう言うと、部活中にしたマネージャーとの会話を包み隠さずに教える。

「つまり自分の彼女が他の男と仲良くしてるのに腹を立てて、俺を使って仕返しを企んだってことか?」

「そこまでギスギスはしてねえと思うけど……」

「そういやあの野郎、笑いながら言ってやがったな。からかい半分か。よし、明日シメてやる」

「おやおや、まーねえちゃんさんや、何を素知らぬ顔で電話を切ろうとしてるんですかいのう」

「何って……何だよ」

「俺さ、思うんだけど……自分の恋人を信じられない人間って……最低だよな」

 痛いところを突かれたと思ったのか、電話越しにあからさまな動揺の気配がする。ここぞとばかりに、春也は意外と押しに弱い恋人を攻める。

「俺の純情なガラスのハートが壊れそうなんだけど」

「嘘つけ! そんなやわな男が甲子園の優勝投手になれるか!」

「また俺を疑うのか……」

「うっ……! くそっ、何が狙いだよ、さっさと言えよ」

「じゃあ、あとでチュー」

「お前、この前優勝のご褒美だって言うから……」

「1回じゃ足りない」

「それは俺だって……ああ、もう! わかったよ! こうなったのも全部矢島のせいだ、全力で八つ当たりしてやる!」

 翌日の夜、春也は半泣きで電話をかけてきた矢島に、心からのお礼の言葉を贈っておいた。
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