僕と英雄

桐条京介

文字の大きさ
6 / 25

6話 これも夢なの?

しおりを挟む
 ふと目を開く。知らない間に寝落ちていたらしい。急いで風呂に入らなければと思った直後、裕介は大きく目を見開いた。

 今朝の夢同様に、またしても透明な体で宙に浮かんでいた。真下にあるのは草原だ。涼しげな風が吹き、緑色の波が大地を流れる。

 自分を見てみると、裕介は学生服姿だった。夢にしては奇妙な生々しさがあるのに、現実感はない。矛盾する感覚に戸惑う。

「一体どうなってるんだよ。これも夢なの?」

 ひとり慌てるも、明確な解答を与えてくれる者は誰もいない。幽霊みたいに空を飛んでいるんだから、夢以外の何でもないのだが、言いようのない不安が心の中で大きくなる。

 周囲を見て回ろうとしても、身動きができない。まるでお前の居場所はそこだと、何者かの意思で固定されているみたいだった。

 肉体は無理だが、顔と視線は動かせる。頭上では白い雲が漂い、大きな太陽が輝いている。ピクニック日和といった感じの場所と天候だ。

 夢だからなのか、暑いとか寒いとかは感じない。草木が揺れるので風が吹いているのはわかるが、浮かんでいる裕介には何の影響もなかった。

 それが現実感のなさに繋がるのだが、見えている光景はとても夢とは思えないほど具体的なのである。

「女子供は避難しな! すぐに敵が来るよ!」

 本当に夢かどうか確かめるすべもなく、呆然としていた裕介に真下から声が届いた。

 視線を下に向ければ、叫ぶように言葉を発していたのは、腕を剥き出しにした赤い髪の女性だった。

 首を傾けて女性の顔を確認する。閉じた口から出る犬歯が特徴的で、上半身に革の鎧をまとっている。下にはサラシだけで、下半身は紺色のショートパンツをはいている。

 両足は膝まで届きそうな革のブーツで守っていて、片手で扱うのは難しそうな巨大な斧を背負い、険しい顔つきで避難誘導みたいなことをしていた。

「おい、アニラ! 急がないとマズイぞ」

 赤髪の女戦士に、銅の鎧を着こんだ男が声をかける。年齢は三十代前半だろうか。ガントレットとブーツはアニラと呼んだ女戦士と同じ革製だ。顔つきは乱暴そうだが、やや小さめで丸い瞳がどことなく人の良さを感じさせる。

 刈り上げている後頭部を中心に、短めの黒髪を右手で掻き毟る。余裕のなさがひとつひとつの態度に現れていた。

「わかってるよ。もうちょっと待ちな、ダイナル!」

 怒鳴るように返事をしたアニラの顔を、裕介は凝視する。間違いなく今朝の夢でも見た女戦士だ。皆を守ろうと前に出て、敵から集中攻撃を受けて最初に倒れていた。

 夢の中の登場人物は、やはり裕介が設定した英雄のカードと同じ名前だった。今回も今朝の夢と同じような展開を見せるのだとしたら、この先には絶望しか待っていない。

「アニラ、村人の避難は終わったのか」

 ひとりの男性がやってくる。三十代半ばで長い青髪を揺らしている。着ているのは布の服だけで鎧はない。腰にはロングソードを携えている。

 裕介の持ちカードの中でシンボルリーダーを務めるレベル十の村人、デュラゾンだ。元魔騎士の設定に相応しく、細マッチョな体型で雄々しい目をしている。

「デュラゾンの旦那! もうすぐ避難は終わるよ。けど、どうしてこんな村に敵が攻めてくるんだい!」

 勝気そうなアニラの顔が不安げに歪む。

「こんな村だからだろう。自分たちの兵に犠牲を出さず、物資を補給しつつ新たな拠点を得る。不愉快な考えだ」

 吐き捨てるように言ったデュラゾンの肩に、先ほどまで威勢良く住民の避難誘導をしていたアニラが額をちょんと乗せた。

 その様子にダイナルが面白くなさそうにするが、文句を言ったりはしなかった。これが最後の機会になるかもしれないと彼自身も理解しているのだ。

「アタシさ、怖いんだ。情けないよね。いつも皆に何があっても守ってやるって言ってんのにさ。見張りに出ていたレイマッドから、敵に屈強そうな騎士がいるって聞かされただけでこの有様だよ」

 デュラゾンは真っ直ぐにアニラを見つめ、彼女の肩に両手を置いた。

「恐怖を覚えるのは当然だ。誰だって怖い。俺もな。だけど、やらなくちゃいけない。この村を……黙って蹂躙させてたまるものか」

「そう、だね。その通りだ。へへっ。アタシらしくもなかった。さて、そろそろ避難も終わったみたいだ。配置につこうかね」

 背中から巨大な両手斧を手に取り、アニラは村の出入口を目指して歩く。敵を迎撃するために。

 お供するぜと言ったのはダイナルだ。

「俺はお前に惚れてるからな。最期も一緒させてもらうぜ」

「ハン、勝手にしな。そんじゃ、デュラゾンの旦那。先にあの世で待ってるよ」

 ひらひらと手を振って歩くアニラの背中が徐々に遠ざかっていく。

 しばらく見つめていたあと、デュラゾンも自分のすべき事のために行動を開始する。

 村の中央へ行くと、そこには女性の魔術師と神官がいた。近くには逃げなかった村人も二人いる。十代後半と思われる少年と少女だ。

 その二人を見た瞬間、裕介の胸が痛んだ。どのような役目を担うか知っているせいだ。

「デュラゾンさん、俺も戦うよ。今はひとりでも戦力が欲しい時だろ!?」

「そうよ。私たちだってこの村の人間だもの。守るために何かしたいの。それが絶望的な戦いだったとしても!」

 詰め寄ってくる少年と少女の剣幕に、デュラゾンは困惑する。

「ノーマン、リエリ。お前たちの気持ちは嬉しいが駄目だ。両親と同じように避難して今後の村のために――」

「――征服された村での生活が、幸せだとは思えない! それに避難した人たちの命が助かるかどうかだって」

 涙を流すリエリの前で、デュラゾンは唇を噛む。

 ノーマンが再びお願いだよと頭を下げた。子供だと思っていた少年は、いつの間にか戦士の目をするようになっていた。

「どんな役目でもいいの。少しでも勝つ確率が上がるなら、命だって惜しくないわ!」

「……わかったよ、リエリ。ノーマンも。俺に協力してくれ」

 ノーマンとリエリが目を輝かせる。死への恐怖よりも、村のために戦えるのが嬉しくて仕方ないという感じだ。

「勝てる作戦なんてあるのか? わらわにはとんと思いつかぬがな」

 それまで黙っていた魔術師のドナミスだった。年齢は二十代後半。栗色のショートボブで、頭には三角帽子を緩めにかぶっている。緑色のローブで全身を覆い、肌が見えているのは両手と足首くらいだ。

 自らをわらわと呼ぶ独特な口調の女魔術師の問いかけに、しばらくデュラゾンは沈黙する。何かを考えるように。

 空から見ている裕介の中で、急速に嫌な予感が膨れ上がる。やめろと叫んでも、村の中にいるデュラゾンたちに声は届かない。

 やがて意を決したように、デュラゾンはその場にいる全員を見た。

「少ないながらも勝ちを期待できる作戦はある。だが、そのためには俺は外道にならなければならん」

 デュラゾンが口にした衝撃的な作戦の内容は、戦闘経験の浅い二人が敵の最初の突撃を受け止めるというものだった。

 相手の足が止まったところでドナミスが魔法攻撃を放ち、隊列を組んで向かっているという敵の布陣に穴を開ける。

 アニラとダイナルは出来た穴から敵陣深くに入り込み、指揮を執っていると思われる騎士を討つ。期待するのは統率の乱れだ。

 敵が戸惑う間にひとりずつ各個撃破する。上手くいけば形勢を覆せる。

 説明を終えたデュラゾンは辛辣な表情を浮かべた。自分が今、どんなに残酷なことを言ったか知っているからだ。

「……わかった。その役目、俺達が引き受けるよ」

「そうね。デュラゾンさんには皆を率いる役目があるし、最初に倒れたらどうにもならないわ」

 顔を見合わせて頷いたノーマンとリエリは、暗くならないようにと気遣って無理やりに笑みを浮かべた。

 それをわかっているからこそ、デュラゾンも強引に口角を上げた。

「そうと決まれば、急いでアニラさんたちに追いつかないと!」

「ええ。行きましょう、ノーマン。じゃあね、デュラゾンさん。どうか……村を守ってください」

 深々と頭を下げた少年と少女は、どちらからともなく手を取り合う。並んで歩を進める様は、まるでウェディングロードにいるかのようだった。

 死地に赴くのを承知しているからこそ、同じ村で育った幼馴染の少年と少女は互いの感情を素直に表現できているのだろう。

「俺は……最低だな」

「その通り。よもやわらわに慰めなど期待しておらぬな?」

 デュラゾンは苦笑する。慰めてもらうつもりがなければ、許してもらうつもりもない。選んだ作戦はそれほどまでに非道だった。

「魔騎士だった頃の力はもうないが、命の続く限り剣を振ろう。そして村を守ろう。俺にはそれしかできない」

「それで十分です」

 ドナミスと似たようなローブに包まれた胸の前で両手を組み、そう言ったのはロングヘアーを背中で揺らす女性神官のミリアルルだった。年齢は二十歳になったばかり。この村の出身で、つい先日神官としての修業を終えて戻ってきた。

 故郷の風にたなびく光沢のある髪を押さえようともせず、美しい顔のまぶたを閉じてひたすら祈りを繰り返す。犠牲となる人々の魂が、真っ直ぐに天へと向かっていけるように。

「彼らの願いは村を守ること。そのためにすべてを差し出し、デュラゾンさんに託しました。私も同じです」

 祈りを終え、ミリアルルはにっこりと微笑む。慈愛に満ちた目が、デュラゾンの心に巣くう自己嫌悪を微かに癒してくれた。

「わらわは違うがの。修めた魔法の威力を試してみたいだけじゃ」

 元々は旅の魔術師だったドナミス。偶然に立ち寄ったこの村を気に入り、それ以来何かと理由をつけては数年以上も滞在し、今では村の一員として認知されている。

 整った顔立ちを不敵に歪めていたが、最後に一瞬だけ寂しそうにため息をついた。

「若い連中だけを死なせるわけにはいかぬからの」

 それだけ言うと、この場をあとにする。すぐ後ろに続くのはミリアルルだ。

「デュラゾンさん。短い間ですがお世話になりました。どうか私の両親も含めた村人をお願いします」

 デュラゾンは頷くことしかできなかった。村人はすでにアニラやダイナルの誘導で、一番頑丈な村長の家へ避難している。そこを守るのがデュラゾンの役目となる。

 勝ち目は薄い。わかっていても、挑まなければならない。さもなくば、蹂躙されて終わる。

 それぞれのやりとりを、裕介は空から見ていた。夢から覚めてくれないので、そうするしかなかったのだ。

 やがて横に並んだ戦士たちの姿が、先頭に立つアニラの視界に映った。事前の報告どおりに、隊のすぐ後ろで立派そうな鎧に身を包んだ騎士が指揮をしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...