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16話 ゲームに負けただけじゃないか!
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どうやって自宅に戻ったのかも覚えていない。すべての記憶が曖昧だった。
意識がはっきりした裕介が目にしたのは、失意のどん底へ叩き落とそうとする悪夢だ。
森の中、威勢よく仲間に檄を飛ばしていたアニラの心臓に、鎧を貫通するほど強烈な矢が突き立てられた。
え、と目を見開いた直後、二本目の矢が眉間に刺さる。仰向けに倒れた体格の良い女戦士は、それきりピクリとも動かなくなった。
警戒を叫ぶダイナルの前に、アニラが使っていたのよりも巨大な斧を装備した戦士が迫る。
水平に薙ぎ払われた残酷な刃が、ダイナルの胴と足を分断する。引き千切られた人形みたいに転がったダイナルは、目を剥いて血の塊を吐いた。呆然としたあとで自分の身に何が起きたのかを知り、恐怖に顔を歪ませて瞳から光を失わせた。
新たに仲間となったギーロスも、敵戦士のバスタードソードの一撃であっけなく大地の肥料となる。戦士たちを並べた前衛の壁が、あまりにも脆く崩れ去った。
「ひっ……」
いつも他者に上から目線で話す女魔術師が、普段からは想像もつかない怯えた表情を見せて後退りする。
恋仲にある弓使いのレイマッドが急いで駆け寄ろうとするも、それより先にハンマーを構えた大男の戦士がドナミスの眼前に立った。魔法を使うのも忘れ、涙目となったドナミスが助けてと叫んでレイマッドを見る。
懸命に腕を伸ばすレイマッド。その手を掴もうとするドナミス。二人の指が触れ合おうとした瞬間、レイマッドの前から最愛の女性が消え、舞い散る血飛沫が頬を濡らす。滴り落ちる様はまるで血の涙を流しているみたいだった。
最愛の女性のあまりにも無残な最期に悲しみすら忘れ、レイマッドは激昂する。
気合の限りに叫び、手に持った弓を引き絞る。放たれた矢は寸分違わず敵に命中するものの、頑強な鎧に跳ね返されて致命傷を与えられない。
ならばもう一度と新たな矢をつがえるが、撃つことはできなかった。その前にどこからか飛んできた矢がレイマッドの頭部を貫通したからだ。
「レイマッドさん! しっかりしてください!」
まだ息があるのなら助けたい。神官のミリアルルは回復の魔法を唱えるために、胸の前で両手を組んだ。服が血で汚れるのも構わずに大地へ膝をつき、信じる神へ祈りを捧げる。
数秒後に彼女は人生を終える。重なった両手をもてあそぶように貫いた矢が、勢いを弱めずに彼女の胸にまで届いていた。
衣服が濡れた血で染まり、物言わぬ躯となったミリアルルを戦士のひとりが邪魔だと蹴り飛ばす。向かう先にいるのは、拠点を守るデュラゾンだ。
「もうやめてよ! こんなの僕に見せないでよ!」
今回も宙に浮いている裕介は、幼い子供みたいに泣き叫んだ。どんなに喉を絞っても、声は誰にも届かない。
結末が決まっている残酷な劇を見せられるのは、より濃くどろりとした絶望を生み出す。
すべての原因は裕介にあり、そのせいで生きているようにしか思えない夢の住人たちは無残な死を遂げていく。救いも希望もない、死屍累々とした大地が眼下に広がる。
「見たくない……僕はもう見たくないんだ! ゲームに負けただけじゃないか! 誰だって負けてるじゃないか! どうして僕だけがこんな夢を見なくちゃいけないんだ!」
耳を塞ぎたくとも手は動かず、今回は目を瞑ることすらできない。そのせいで各人の断末魔の声が鼓膜にこびりつき、現実世界では見る機会のない血の海を目撃させられる。
しゃくりあげるせいで、呼吸も困難になってくる。いっそ裕介自身も夢の中で死んだら、現実に戻れるのだろうか。そんな風に考えても実行はできない。いくら夢とわかっていても、怖いのは怖いからだ。
「許さん……許さんぞ! 村を……皆を、よくも!」
魔騎士を辞めてただの村人にしかすぎないデュラゾンが、ロングソード片手に自らを取り囲んだ三人の戦士に挑みかかる。絶望的な状況でも勇気を失わず、決して諦めない。それは日中に大貴へひとりで挑んだ裕介にも似ていた。
しかし、結果は思い出すまでもない。圧倒的な戦力差が勇気や気合で埋まるはずもなく、デュラゾンは戦士のひとりが持つバスタードソードで串刺しにされた。
いつもならここで目が覚めるのに、今回に限って続きが存在した。悪辣非道の戦士の群れが村長の家のドアを蹴破り、中にいた住民を外へ連れ出す。
村人の中には、裕介が設定していたノーマンとリエリもいた。木の棒を持ったノーマンが挑みかかるも、あっさりと返り討ちにされた。
女子供にも容赦はない。これがお前のもたらした未来だと言わんばかりに、裕介は悲惨としか言いようのない光景を延々と見せられた。
やがて動く者がいなくなると、戦士たちは村に火をつけた。略奪した食物を片手に笑う戦士たちと一緒に、裕介は森の中で燃え盛る村を見続けた。
少し前まではあそこにデュラゾンがいて、アニラがいて、数多くの村人たちが平穏に暮らしていた。調子に乗った裕介が下手な正義感を発揮して、大貴に挑まなければ避けられた光景だ。
幼少時のトラウマを引きずり、息をひそめるように暮らしてきたのに、どうして壁を破ろうと考えたのだろう。暗い気持ちが裕介の中で大きくなる。
次第に涙を流すのも忘れ、火の海となった森を裕介はただ眺めていた。
※
暗転した直後に、視界へ映ったのは自室の天井だった。ようやく裕介は夢から覚めた。
だからといって気分が晴れやかになるはずもなく、寝汗で汚れたシャツを肌に張りつかせながら天井を見つめる。
のろのろと起き出し、風呂場に行って軽くシャワーを浴びる。制服に着替え、朝食をとらずに家を出た。
久しぶりにひとりで登校する。いつものコンビニに通りかかる。朝から二人の男性が英雄で遊んでいた。
そのうちのひとりが裕介に気づき、対戦相手に何やら話しかける。向けられる視線の数が増えた直後、風の囁きのように耳元まで男たちの会話が届いてくる。
「あいつだよ。女の前で調子に乗ってコテンパンにされた奴。惨めだよな。もうここでゲームできないんだろ?」
「それだと仲間外れっていう虐めになるからな。本人が望んだら、審判はプレイを許可するだろ。ま、俺だったら恥ずかしくて参加できないけどな」
それなりに距離があるので、男たちが本当に言ったのかはわからない。それでも裕介には、自分を嘲り笑う声が確かに聞こえた。
遠巻きにヒソヒソと自分の事を話される。過去のトラウマが現代に蘇ったような錯覚に陥る。
誰もが裕介の文句を言っている。仲良さげに話しかけてくる連中も、隠している顔で笑っている。止まらない妄想被害が急激なストレスとなり、道端で嘔吐しそうになる。
力が入らなくなりつつある足を引きずるように、涙目の裕介はその場を離れた。周囲に人の気配がなくなっても、全身を揺らすような不快な動悸が収まらない。
自分みたいな人間が、ゲームを少し上手くできた程度で得意になるからこんな目にあう。そんな考えばかりが、裕介の脳内を駆け回る。
考えてみれば、最初に大貴に勝てたのも援軍として七海が入ってくれたおかげだった。感謝すべき事実なはずなのに、歪んだ思考は恩義ある幼馴染の女性にまで疑惑を抱かせる。
もしかしたら裕介を追い込むために、あえて最初は勝たせたのではないか。七海も、大貴や真雪と裏で繋がっていたのではないか。平常時であれば一笑に付して終わる仮定が、妙な真実味を含んで裕介を苦しませる。
そんなはずはないと信じたくとも、過去の絶望と悲しみが悪魔を象って囁きかける。本当にそうかと。よく考えてみろと。そのたびに友情や信頼といった不確かなものが揺らいでいく。
教室へ入っても、何ひとつ精神状態は好転しない。近づいてくる人間全員に裏があるように思えて、ぎこちない対応に終始する。会話が弾むはずもなく、自然と裕介は教室内でも孤独になっていく。
休み時間になっても席を立たず、昼休みになれば逃げるように人けのない場所へ移動する。さながら常に肉食動物の脅威に怯える小動物みたいだった。
放課後すぐに帰宅しようとする裕介の前に、ひとりの女性が立ち塞がる。校則で定められた通りの長さのスカートの裾を揺らし、もの申すとばかりに両手を組んでいる。
裕介は目の前に立った七海の目を見ようともせず、そそくさと脇をすり抜けて教室を出ようとする。だが、彼女は許してくれなかった。
「行くんでしょ? 今日も」
サイドステップして、ポジションを変えた七海が引き続き障害物になる。ほんの少しとはいえ、彼女は裕介よりも身長が高い。加えて裕介が背を丸めているせいで、余計に見下ろされる形になる。
「今日は……いいよ」
それだけ答えて話を終わりにしたかったが、何故か七海は普段よりも厳しい顔つきで納得してくれない。
「どうしてよ。せっかく面白くなってきたんじゃない。私を引きずり込んだ責任をとってよね」
教室の後ろでやりとりしてるものだから、七海と裕介は嫌でも目立っている。それでなくとも、仲が良いのはクラスで有名なのだ。
「珍しいわね、夫婦喧嘩してるの?」
友人のひとりが七海を冷やかす。普段なら照れた様子で否定するが、今日の七海は違った。
「そうよ」
きっぱりと断言しただけなら大騒ぎになりそうだが、纏っている雰囲気がいつもと異なる。友人であっても、恐怖を感じる類のものだ。
ただならぬ空気を察した友人女性は、頑張ってと言い残してそそくさと別の出入口から出て行った。
「あ、あのさ、七海。僕、もう帰りたいんだ。だから、そこ、退いてよ」
自分でも驚くほど、裕介の声はか細かった。仲間外れにされた頃に、戻ってしまったみたいだった。
「……やっぱり。今朝もひとりで登校するから、おかしいと思ったの。でも褒めてあげる。大貴に負けてショックだったろうけど、引きこもらないで学校には来たものね」
今までの厳しい顔つきが一変して、穏やかな微笑みを浮かべた。七海の優しい声が耳に馴染み、温かな波に揺られているような心地よさに包まれる。
反射的に甘えたい気分になってもおかしくないが、途中で裕介は冷や汗を頬に流して七海から離れた。
意識がはっきりした裕介が目にしたのは、失意のどん底へ叩き落とそうとする悪夢だ。
森の中、威勢よく仲間に檄を飛ばしていたアニラの心臓に、鎧を貫通するほど強烈な矢が突き立てられた。
え、と目を見開いた直後、二本目の矢が眉間に刺さる。仰向けに倒れた体格の良い女戦士は、それきりピクリとも動かなくなった。
警戒を叫ぶダイナルの前に、アニラが使っていたのよりも巨大な斧を装備した戦士が迫る。
水平に薙ぎ払われた残酷な刃が、ダイナルの胴と足を分断する。引き千切られた人形みたいに転がったダイナルは、目を剥いて血の塊を吐いた。呆然としたあとで自分の身に何が起きたのかを知り、恐怖に顔を歪ませて瞳から光を失わせた。
新たに仲間となったギーロスも、敵戦士のバスタードソードの一撃であっけなく大地の肥料となる。戦士たちを並べた前衛の壁が、あまりにも脆く崩れ去った。
「ひっ……」
いつも他者に上から目線で話す女魔術師が、普段からは想像もつかない怯えた表情を見せて後退りする。
恋仲にある弓使いのレイマッドが急いで駆け寄ろうとするも、それより先にハンマーを構えた大男の戦士がドナミスの眼前に立った。魔法を使うのも忘れ、涙目となったドナミスが助けてと叫んでレイマッドを見る。
懸命に腕を伸ばすレイマッド。その手を掴もうとするドナミス。二人の指が触れ合おうとした瞬間、レイマッドの前から最愛の女性が消え、舞い散る血飛沫が頬を濡らす。滴り落ちる様はまるで血の涙を流しているみたいだった。
最愛の女性のあまりにも無残な最期に悲しみすら忘れ、レイマッドは激昂する。
気合の限りに叫び、手に持った弓を引き絞る。放たれた矢は寸分違わず敵に命中するものの、頑強な鎧に跳ね返されて致命傷を与えられない。
ならばもう一度と新たな矢をつがえるが、撃つことはできなかった。その前にどこからか飛んできた矢がレイマッドの頭部を貫通したからだ。
「レイマッドさん! しっかりしてください!」
まだ息があるのなら助けたい。神官のミリアルルは回復の魔法を唱えるために、胸の前で両手を組んだ。服が血で汚れるのも構わずに大地へ膝をつき、信じる神へ祈りを捧げる。
数秒後に彼女は人生を終える。重なった両手をもてあそぶように貫いた矢が、勢いを弱めずに彼女の胸にまで届いていた。
衣服が濡れた血で染まり、物言わぬ躯となったミリアルルを戦士のひとりが邪魔だと蹴り飛ばす。向かう先にいるのは、拠点を守るデュラゾンだ。
「もうやめてよ! こんなの僕に見せないでよ!」
今回も宙に浮いている裕介は、幼い子供みたいに泣き叫んだ。どんなに喉を絞っても、声は誰にも届かない。
結末が決まっている残酷な劇を見せられるのは、より濃くどろりとした絶望を生み出す。
すべての原因は裕介にあり、そのせいで生きているようにしか思えない夢の住人たちは無残な死を遂げていく。救いも希望もない、死屍累々とした大地が眼下に広がる。
「見たくない……僕はもう見たくないんだ! ゲームに負けただけじゃないか! 誰だって負けてるじゃないか! どうして僕だけがこんな夢を見なくちゃいけないんだ!」
耳を塞ぎたくとも手は動かず、今回は目を瞑ることすらできない。そのせいで各人の断末魔の声が鼓膜にこびりつき、現実世界では見る機会のない血の海を目撃させられる。
しゃくりあげるせいで、呼吸も困難になってくる。いっそ裕介自身も夢の中で死んだら、現実に戻れるのだろうか。そんな風に考えても実行はできない。いくら夢とわかっていても、怖いのは怖いからだ。
「許さん……許さんぞ! 村を……皆を、よくも!」
魔騎士を辞めてただの村人にしかすぎないデュラゾンが、ロングソード片手に自らを取り囲んだ三人の戦士に挑みかかる。絶望的な状況でも勇気を失わず、決して諦めない。それは日中に大貴へひとりで挑んだ裕介にも似ていた。
しかし、結果は思い出すまでもない。圧倒的な戦力差が勇気や気合で埋まるはずもなく、デュラゾンは戦士のひとりが持つバスタードソードで串刺しにされた。
いつもならここで目が覚めるのに、今回に限って続きが存在した。悪辣非道の戦士の群れが村長の家のドアを蹴破り、中にいた住民を外へ連れ出す。
村人の中には、裕介が設定していたノーマンとリエリもいた。木の棒を持ったノーマンが挑みかかるも、あっさりと返り討ちにされた。
女子供にも容赦はない。これがお前のもたらした未来だと言わんばかりに、裕介は悲惨としか言いようのない光景を延々と見せられた。
やがて動く者がいなくなると、戦士たちは村に火をつけた。略奪した食物を片手に笑う戦士たちと一緒に、裕介は森の中で燃え盛る村を見続けた。
少し前まではあそこにデュラゾンがいて、アニラがいて、数多くの村人たちが平穏に暮らしていた。調子に乗った裕介が下手な正義感を発揮して、大貴に挑まなければ避けられた光景だ。
幼少時のトラウマを引きずり、息をひそめるように暮らしてきたのに、どうして壁を破ろうと考えたのだろう。暗い気持ちが裕介の中で大きくなる。
次第に涙を流すのも忘れ、火の海となった森を裕介はただ眺めていた。
※
暗転した直後に、視界へ映ったのは自室の天井だった。ようやく裕介は夢から覚めた。
だからといって気分が晴れやかになるはずもなく、寝汗で汚れたシャツを肌に張りつかせながら天井を見つめる。
のろのろと起き出し、風呂場に行って軽くシャワーを浴びる。制服に着替え、朝食をとらずに家を出た。
久しぶりにひとりで登校する。いつものコンビニに通りかかる。朝から二人の男性が英雄で遊んでいた。
そのうちのひとりが裕介に気づき、対戦相手に何やら話しかける。向けられる視線の数が増えた直後、風の囁きのように耳元まで男たちの会話が届いてくる。
「あいつだよ。女の前で調子に乗ってコテンパンにされた奴。惨めだよな。もうここでゲームできないんだろ?」
「それだと仲間外れっていう虐めになるからな。本人が望んだら、審判はプレイを許可するだろ。ま、俺だったら恥ずかしくて参加できないけどな」
それなりに距離があるので、男たちが本当に言ったのかはわからない。それでも裕介には、自分を嘲り笑う声が確かに聞こえた。
遠巻きにヒソヒソと自分の事を話される。過去のトラウマが現代に蘇ったような錯覚に陥る。
誰もが裕介の文句を言っている。仲良さげに話しかけてくる連中も、隠している顔で笑っている。止まらない妄想被害が急激なストレスとなり、道端で嘔吐しそうになる。
力が入らなくなりつつある足を引きずるように、涙目の裕介はその場を離れた。周囲に人の気配がなくなっても、全身を揺らすような不快な動悸が収まらない。
自分みたいな人間が、ゲームを少し上手くできた程度で得意になるからこんな目にあう。そんな考えばかりが、裕介の脳内を駆け回る。
考えてみれば、最初に大貴に勝てたのも援軍として七海が入ってくれたおかげだった。感謝すべき事実なはずなのに、歪んだ思考は恩義ある幼馴染の女性にまで疑惑を抱かせる。
もしかしたら裕介を追い込むために、あえて最初は勝たせたのではないか。七海も、大貴や真雪と裏で繋がっていたのではないか。平常時であれば一笑に付して終わる仮定が、妙な真実味を含んで裕介を苦しませる。
そんなはずはないと信じたくとも、過去の絶望と悲しみが悪魔を象って囁きかける。本当にそうかと。よく考えてみろと。そのたびに友情や信頼といった不確かなものが揺らいでいく。
教室へ入っても、何ひとつ精神状態は好転しない。近づいてくる人間全員に裏があるように思えて、ぎこちない対応に終始する。会話が弾むはずもなく、自然と裕介は教室内でも孤独になっていく。
休み時間になっても席を立たず、昼休みになれば逃げるように人けのない場所へ移動する。さながら常に肉食動物の脅威に怯える小動物みたいだった。
放課後すぐに帰宅しようとする裕介の前に、ひとりの女性が立ち塞がる。校則で定められた通りの長さのスカートの裾を揺らし、もの申すとばかりに両手を組んでいる。
裕介は目の前に立った七海の目を見ようともせず、そそくさと脇をすり抜けて教室を出ようとする。だが、彼女は許してくれなかった。
「行くんでしょ? 今日も」
サイドステップして、ポジションを変えた七海が引き続き障害物になる。ほんの少しとはいえ、彼女は裕介よりも身長が高い。加えて裕介が背を丸めているせいで、余計に見下ろされる形になる。
「今日は……いいよ」
それだけ答えて話を終わりにしたかったが、何故か七海は普段よりも厳しい顔つきで納得してくれない。
「どうしてよ。せっかく面白くなってきたんじゃない。私を引きずり込んだ責任をとってよね」
教室の後ろでやりとりしてるものだから、七海と裕介は嫌でも目立っている。それでなくとも、仲が良いのはクラスで有名なのだ。
「珍しいわね、夫婦喧嘩してるの?」
友人のひとりが七海を冷やかす。普段なら照れた様子で否定するが、今日の七海は違った。
「そうよ」
きっぱりと断言しただけなら大騒ぎになりそうだが、纏っている雰囲気がいつもと異なる。友人であっても、恐怖を感じる類のものだ。
ただならぬ空気を察した友人女性は、頑張ってと言い残してそそくさと別の出入口から出て行った。
「あ、あのさ、七海。僕、もう帰りたいんだ。だから、そこ、退いてよ」
自分でも驚くほど、裕介の声はか細かった。仲間外れにされた頃に、戻ってしまったみたいだった。
「……やっぱり。今朝もひとりで登校するから、おかしいと思ったの。でも褒めてあげる。大貴に負けてショックだったろうけど、引きこもらないで学校には来たものね」
今までの厳しい顔つきが一変して、穏やかな微笑みを浮かべた。七海の優しい声が耳に馴染み、温かな波に揺られているような心地よさに包まれる。
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